金城美依子-3


 あたしは、頭を抱えてしゃがみ込んだ男を見て、大きくため息をつきながら構えを解いた。


 それでも油断はしない。この男はあたしの呪火の一撃に耐え、尚且つジャーマン・スープレックスを受け身も取れずに喰らっても尚、立ち上がったのだ。流石にダメージはあるようだけど、戦意を刈り取る程ではない。それどころか、この期に及んでムカつく軽口を叩く余裕すらあるようだ。


 更にはさっきのスカートめくりの時に使っていた道具と、その能力も気掛かりだ。あの時、後ろから抱きすくめられたあの体勢ではどう頑張ってもあたしのスカートの中など見ることは出来なかったはずなのだ。捲れたのはスカートの後ろの方だったし。


 馬鹿げた行動であることは間違いないが、それをもたらしたその能力は注意を喚起するに十分な脅威だった。


 馬鹿げた行動であることは間違いないが。


 何度も言う!馬鹿げた行動であることは間違いないが!ああムカつく!


 初撃の対応といい、あの道具といい、熟練の能力者である事は間違いないのに……言動があまりにちぐはぐだ。


 顔も結構好みだし、本当に純粋なナンパだったんならコーヒーくらい付き合ってやっても良かったのに……。


 あたしはもう一度ため息を突くと、気を取り直して男に問い掛けた。


「キミ、一体何者なの?」


「だから変態だって言ったのはその場のノリだったんだよー……悪者でもないんだよー」


「それはもういい!……あたしはキミの能力に興味がある。霊壁の使い方から、回避不可能な体勢からの攻撃回避……その見たことも無いような得体のしれない道具……どれもこれもただのナンパ師へんたいが扱って良い能力じゃないわ」


「んなこと言われても……俺は事実ナンパが目的でうろついてただけだし、身分としては大学生だし……まぁ、ただの大学生じゃないのは確かだけど」


「……じゃあどの辺が『ただ』の大学生じゃないか聞かせてもらおうかしら?」


「ただのじゃなくて実は天才大学生だし」



 プチ--



「この期に及んでまだ言うかぁぁぁぁぁ!」


「おねーさん、沸点低すぎだろぉぉぉぉぉ!」


 あたしは瞬時に間合いを詰め、呪火を纏った右拳を男に向かって振り放つ。拳は男の左頬に突き刺さる……前に、やはりさっきと同じように受け流される。


 しかし、今度はそれも織り込み済みだ!


 あたしは体勢を崩すことなく、身体をコマのように回転させ、左肘を男の後頭部目掛けて繰り出した。それは霊壁で防がれるも……


「せいっやぁぁぁぁぁ!!」


「グガッ!」


 いなされた事によって生まれた回転力を、更に尻尾や脚力で強化しての一撃は、その霊壁ごと男を地面へと叩きつける。


 普通なら昏倒どころか即死レベルの一撃だったけど、男はそれでも戦闘不能へは陥っていない。


 まぁ、それでも肋骨の一本くらいは折れてるでしょ。


「……さて、ソロソロ本当の事、喋ってくれるかしら?これ以上痛い目見たくはないでしょう」


 あたしのその有難い忠告に、男は不敬にも笑みを浮かべながら立ち上がり口を開いた。


「何故? これからが本番なのに……」


 先程までとは違うその雰囲気に、あたしは少し鼻白む。


「それに、ホントの事ならもう何度も言ってるし。俺はナンパが目的だし、大学生だし」


 まだ言うかこいつは……


「それがもし本当だとしても、キミが能力者であることは変わりない!しかも例え変態であってもその実力でビギナーだなんて有りえない!賞金稼ぎが組織員か分かんないけど能力者である以上、妖怪であるあたしの敵であることに変わりはないのよ!」


 そこまで言い切ったところで、男が何かに気付いたようにポンっと拳を叩いた。


 ん?その手に何か握られてる……黒い布?いつの間に取り出した?


 あたしの思考をよそに、男は納得したような顔で口を開いた。


「そーか、だからいきなり攻撃されたのか……でもそれ誤解だから。俺は能力者として生計を立ててるようなプロじゃないし、どっかの組織に所属してるわけでもないよ。能力を趣味で身につけた完全アマチュアの能力者」


「んなわけあるかぁい!そんだけの実力があって趣味とかあり得ないから!」


「だって俺、天才だし」


 手に持った黒い布を指に引っ掛けてクルクル回しながらそう嘯く男……ん?んん?!あれってまさか!


「キミ……」


「だから俺ってば天才だから……へ?どうし……ヤバッ……」


 あたしの視線に気付いた男の慌てて手に持った黒い布を背後に隠すその動作で、あたしは自分の推測の正しさを理解した。


 念の為、スカートの上から手を当てて確認もしてみる。


「……キキキキキミ!なななななんであたしのスパッツ持ってるの?!って言うかいつの間にどうやって抜き取った?!」


「…………ふぅ、見付かったからにはやむを得まーい」


 あたふたキョロキョロしていた男だったが、大きく息を吐いてふてぶてしさを装ってそう口を開いた。こめかみに浮かぶひと雫の汗と、視線を合わせようとしない不審者丸出しの表情がそのふてぶてしさを台無しにしているが。


「おねーさんの言うとおり、これはおねーさんから奪ったスパッツだす……なるほど、お尻の部分に穴が空いてるから破れないってわけか……パンティもそなの?」


「広げるなボケ!」


「俺、自分の欲求には忠実でね。知りたいと思ったら何としてでも成し遂げるよ?」


 私の言葉を無視して、無邪気な笑みを浮かべてそう投げかけて来たその言葉に、私は咄嗟にスカートの裾を抑えて一歩後退った。


「ひ、開き直ったわね!」


「今決めた。普通にやってナンパが上手く行かないなら、実力行使で振り向かす!おねーさん!俺と勝負して俺が勝ったらデートして!」


「するか!誰がキミみたいな変態と!」


「なるほど、おねーさんは自信が無い……と」


「なんだとー……」


「だって俺に勝つ自信がないから拒むんでしょ?自信があるなら問答無用で叩きのめせば良いわけだし」


「……それがキミのお望みならば……」


 あたしは再び呪火を喚び起こし、ビシッと男に向かって指をさして啖呵を切る。


「やってやろーじゃないの!吠え面かくなよ変態能力者!」


 こうして再度、戦いの火蓋は切って落とされたのだった。


 ……あれ?この勝負、もしかしなくてもあたしになんのメリットも無くない?な……なんで受けちゃったのよあたしぃぃぃぃぃ!


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