水無月裕太-1



 俺の名前は水無月裕太。


 どこをどう見ても只のイケメン大学生にしか見えないが、イケメンにありがちな人には言えない秘密ってやつを持っている。


 実は霊能力ってやつを持ってる霊能力者の端くれだったりするんだよね。と言ってもそれで生計を立ててるわけではないから正確にはもぐりの霊能力者だ。


 俺はとある事情でやむにやまれず霊能力を身につけたのだ。それは400字詰めの原稿用紙1万枚にも及ぶ大スペクタクル小説に仕上げられる程複雑な事情で、話すと長くなるから今は割愛させてもらう。別に面倒臭くなったわけではない。


 ホントだよ?


 実は今、俺は命の危険に晒されているんだよね。


 綺麗なねーちゃんがいたので声をかけようとタイミングを計っていたら、そのねーちゃんが突然襲いかかってきたのだ。しかも人ではなく妖怪……所謂いわゆる猫女ってやつだ。


 詐欺だ! ……と叫びたい。まぁ、美人だったら猫女だろうが人狼だろうが構わないか……むしろ萌える。


 と、それは置いといて……襲いかかってきた猫女はなかなかの実力者だ。つーか妖気の強さと猫型妖怪ならではの高い運動能力は洒落では済まされないレベルで、最初の一撃で危うくお陀仏するとこだった。正直このまま、まともに正面からやり合っても勝てる気がしない。妖怪な分、向こうの方が体力も回復力も上だから長引かせるとこっちが不利だ……と言うか、元々コッチとしては戦いの意思はない!目的はナンパなのだ!早いとこ誤解を解いて本来の目的に戻らねば!


 あー、見れば見るほど俺の好みなんだよなーこのおねーさん……。


 ペルシャ猫を思わせる少し縮れてごわりとしたショートの髪は、今は獣人化して色が藍色掛かった黒から銀髪へと変化してるが、どっちにしても勝ち気そうな切れ長の瞳と合っている。


 首に巻き付いてるチョーカーからその全身を包むワンピース、そしてその服装にベストマッチのブーツまで、全てを黒で統一されているところを見ると、それが彼女の譲れないこだわりなのだろう。


 何よりあの愛らしい猫耳とか、二股に分かれてゆらゆら揺れてる尻尾とかを見て、心が揺さぶられないおとこはいない。そう『漢』と書いて『おとこ』だ。揺さぶられない奴はおとこじゃない!おとこの皮を被った全く別な生き物だ!うひょーやべー!見れば見るほど萌えてきたー!


 その彼女が今はこちらに嫌悪感丸出しの視線を向けて来ている。俺はそんな視線を受けて喜びを感じるような属性は持っていない。どっちかって言うとMではなくS。


 このままだと俺のガラスのハートが粉々に砕けちってしまう。早いとこ何とかせねば。


 どうしたら誤解は解けるかな?彼女は俺を敵だと認識してるみたいだけど、そんな事実は存在しないんだ。敵意など微塵も無いことを知らせないと。敵意どころか好意を抱いているんだけど、今すぐ気付いてくれんかなー。純朴な俺の、この溢れんばかりの好意に。でも初対面の相手に好意を押し付けても引かれるだけだよな。只でさえ敵認識状態なんだし。ならまずは、彼女のあの野生動物ばりの警戒心を解きほぐさなきゃダメだよなー……どうすりゃ良いんだ?んー……やっぱり警戒心を解くにはまず彼女の心をリラックスさせるべきだよな?リラックスって言ったらまず笑顔だよな?


ニコ♪


 ……ダメだ!何故か更に警戒しちまった!俺の笑顔は食堂のオバちゃん達にスゲー好評だったのに……あ!まてまてまてまてまてって!何とかしなきゃ何とかしなきゃ何とかしなきゃぁぁぁぁぁ! そうだ!まず何か話しかけよう!話せばワカル!ナニゴトも!なんて話しかける?!何言えば良い?!穏やかに……和やかに……彼女の心よ鎮まり給えぇぇぇぇぇ!そうだ!笑いだ!笑う門には福来たルー○柴!


「ひ、ひとつだけ聞いときたい!」


「……なーに?」


「おねーさん、今、獣人化したじゃないですか」


「……で?」


「あの……その……」


「だからなーに?」


「スカートの裾から出てるその尻尾ってやっぱりお尻から直接生え出したわけですよね?」


「……それが何か?」


「中はどうなってるのかと!下着破れたよね?!もしかして今ノーパン?!」



 ピキィィィンーー



 次の瞬間、空気が一気に凍り付く。


 どうやら俺は言葉の選択を間違えたらしい。ウェットに富んだ俺の冗談は理解を得られなかったようだ。


「あたしのビボーを見初めた美的センスは褒めてあげる。でもね……」


 彼女の周囲がゆらりと揺らぎ


「ナンパの対象にいきなり下着事情を聞いてくるような変態をのさばらせておくなんて……」


 その揺らぎの隙間から、ジリジリと黒い炎が滲みでる。


「この地上に生を享けた者として到底看過できる事じゃない!」


「……パンツの話で世界の敵認定とか……」


 やがて黒い炎は彼女の身を覆いながら


「お黙り下郎!」


 その一喝と共に、一気に溢れ出した。


「いや、だって気になるじゃん。好みのおねーさんのお尻から、いきなり尻尾がにょきって生えだしたんだよ?パンツどうなったか気にならない方がおかしくね?」


「気にする部分がおかしいんじゃぁぁぁぁぁ!」


 そして溢れい出た黒い炎は猫女の右の拳に集約し、それを、おそらくは強靭であろう武器へと変化させた。


「くぅたぁばぁぁぁ……れぇぇぇ!」


 そう叫びながら猫女が霞消え……って、え? ええぇぇぇぇ! 


「つ〜かま〜えた♪」


 黒い炎を目くらましに、背後取られて抑え込まれた!よーするに後ろから腕を回して抱きつかれているのだ!


「クッ……」


「獣妖の腕力舐めないでくれるかしら?女だからってそう簡単に……?キミ、何してんの?」


 自分の身体を……と言うか背中をもぞもぞさせている俺の行動を不審に思ったのであろう猫女が、そう疑問を投げかけてくる。



 モゾモゾモゾ……



「……っ!そ、そんな馬鹿な!ラッキースケベを堪能しようと思ったのに!その胸、作りもうげひゃ……」


 メキメキメキッと締め付けられる。


「死んで貰えるかしら?いや死んで貰えるわよね?いーやラッキースケベで昇天したんだから喜んで死ぬわよねキミ!」


「Aカップじゃ昇天できないっすー……ちょちょいまち!昇天は出来んでもチっパイは正義だ--ゴチン--がごブっ……」


 尻尾にぃ……黒い炎に覆われた尻尾にぃ……


「ヒトメボレした美人なおねー様に抱き締められながら、モフモフ尻尾にペシペシされて死んでいくんだから本望な筈よね?本望に決まってるわよね?本望だって言っちゃいなさい!『ひと思いに殺せ』と叫べ!」


「やだよー死にたくないよーウゴっ……」


「往生際が悪いわ!」


 更にガツンッと尻尾の一撃に頬を打たれ、一瞬意識が遠のき掛けるがなんとかその場に踏み止まった。


 こんな事でめげてたまるかー。


 俺はなんとか意識を集中し、『それ』と霊気を接続コネクトさせる。そして接続コネクトを果たした『それ』達が俺の腰に取り付けていた革製のポーチから次々勢い良く飛び出した。


「っ!!」


 それに気付いた猫女だったが、俺が体軸をずらすように筋肉に力を入れて牽制すると、慌ててそれに抵抗したため、一瞬『それ』から意識が逸れる。


 その隙を突いて『それ』達は猫女の死角から背後に回り込み……彼女のスカートの裾へと入り込んだ。


 よし!喰らえっ!


「必殺!リフティングスカートスペシャル!」


 唱えたワードと共に『それ』は一気に上昇し……


「ニャー!?」


 猫女が隠し果そうともがいていた秘所をこの場に露わにしたのだった……って……


「まさかのスカート・アンダー・ザ・スパッツ?!」


「何事かと思ったらスカートめくりとかいいかげんにしろ!この変態がぁぁぁぁぁ!」


「おごっ……そしてジャーマン……」


 受け身取れないこの体勢でジャーマン・スープレックスとか酷い〜。


 パンパンと埃を払うように手を叩きながら立ち上がる猫女。


「悪は滅びた」


 そう言って立ち去ろうとした彼女に、俺は抗議の声を上げて呼び止める。


「誰が悪じゃーい!」


「なっ?!」


 勢い良く立ち上がった俺は、驚いた様に振り返る猫女にビシィーっと指差しこう言った。


「変態と蔑まれる事は享受するが、悪と断じられるのは我慢ならん!俺は断じて悪ではない!変態だ!」


 その俺の台詞に……猫女は憐れむような視線をこちらに向ける。


 ……あれ?


 俺、何で変態である事を受け入れてるんだ?


「……ちょちょちょちょちょっとタンマ!今までのナシ!何か変なスイッチ入っちまっただけ!ちちち違うんだー……そんな目でーそんな目で見ないでー……」


 猫女から注がれる視線に、俺は急に我に返ったのだった……。



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