金城美依子-2



 人気の無い路地に差し掛かり、少し進んであたしは一旦足を止める。


 ハンドバックを傍らに置きつつ背後に意識を向けば、やはり何者かが付けて来ている気配……。


 あたしはそっと目を瞑り、内なる【あたし】に意識を向ける。


 チリッ--


 瞬間…全身に、いや全細胞に行き渡る微かな刺激の奔流が、眠れる【あたし】を呼び覚ます。



 ザワッ--



 髪の毛が逆立ち



 ザワワッ--



 同時に大気が震え出す。


「先手……」


 黒から銀へと映ろう髪の毛から、毛に覆われた明らかな人外の耳がムクリと立ち上がり、そして尾骨の先のあたりから、人の身ではあり得ない艷やかな獣毛に覆われた二股の尾が生えい出る……そう、あたしはヒトではなく妖怪……猫女なのだ!


「……必勝!」


 叫びながら振り向いたあたしの視線の先には、ジーンズにチェックの開襟シャツという、能力者としては実にカジュアルなごく普通の格好をした中肉中背の男……あら、顔はあたし好みだわ。


「へ?」


 そう間の抜けた声を漏らす男の脇を駆け抜け瞬時に背後を取ると、あたしは私情を遥か彼方へ投げ捨てて、その背中めがけて獣のものへと変化した右腕を振るう。



 ピキィィィン--



「っ!!」


 地面スレスレから振るわれた右腕は、薄い光という形で可視化された見えざる障壁に阻まれ、微かな振動を周囲に伝えるのみでその動きを止められた。


 やっぱり能力者……しかも、様子見の一撃とはいえ、死角から放ったあたしの攻撃を完璧に防げる程の手練の能力者だ!


 でも……その程度で防いだ気になってるなら……角砂糖入りホットココアなみに甘いわ!


「うっ……んにゃぁぁぁぁぁ!」


「ちょ……ちょっとタンマァァァァァ……」


 一度は止められた一撃を力任せに振り抜いて、男を障壁と一緒に遥か彼方へと吹き飛ばす。


 そして、放物線を描いて飛びさる男に更なる追撃を加えるべく、私は落下点へと駆け出した。


 音もなく男に追い付き、落下に合わせて右ストレートをブチかます!


「うりゃぁぁぁ天誅ぅぅぅぅぅ……あにゃ?」


 しかし拳は空を切り、あたしはその場でたたらを踏んだ。


 男が、自然の重力に逆らって、突如放物線から抜け出し、私の落下予測地点を通り過ぎて着地したのだ。


「し、死ぬかと思った……いきなり何しやが……りますか?」


「……」


 何故に疑問系? そうツッコミたくなるのをグッとこらえ、あたしは油断することなく男を注視する。


 男が最初にあたしの攻撃を防いだのは、多分退魔士がよく使う霊壁だと思うんだけど、その後の動きはサイキッカーの念動力サイコキネシスに近い。


 霊能力と超能力は似て異なる存在で、原理は同じでも発現までの過程が全く違うこの2つを高いレベルで両方使える人間はまずいない。


 詳しい話は時間がないので省くが、超能力は気合いで霊気をスババーンと使って直接的に超常現象を起こし、霊能力は言葉や文字、道具を利用して霊気をエイヤーと使って間接的に超常現象を起こす能力なのだ。なのだったらなのだ。


 まぁ、どっちにしろ、猫女……つまりは妖怪であるあたしとは血で血を洗う関係なのだ。分かり合う事なんて赦されない。


 しかしそれなのに……何だこの男? 一応構えてはいるけど、おおよそ殺気というものを感じない。戦歴の猛者プロにしてはありえない程その雰囲気においを感じさせず、それはもうただただ戸惑っている一般人にしか見えない。


 あたしの一撃を防いだ障壁に、さっきの動きを見れば只者ではないことは間違いないはずなんだけど……隙もないし。


 ……頭を切り替えよう。迷いと油断は死を招く。


 まずあの障壁からは妖怪であるあたしを拒絶する力があった。あれは隔世の狭間より生まれいでたあたし達妖怪の存在を拒絶するエネルギー……所謂、人が持つ霊気と呼ばれる物質に他ならない。もしくは気とかフォースとか魔力とか最近ではMPとか言う人もいる。


 さっきの障壁は強固なもので、その後の動きは得体のしれないものだった。相手の能力が予測できれば対処法も自ずと見えてくる……筈なんだけど……んー……なんか……なんか……ああ! なんかこの間の抜けた面ムカつく! 命のやり取りしてんだからもっと緊張感出せっての!


「ああ! もうなんか考えるの面倒くさい! あんたなんか今すぐ死んで土に還れ!」


「ちょ、ちょっと待ってよ! いきなり何さ! 俺、なんかした?!」


「いきなり人に襲い掛かってきておいて『なんかした?』とは何よ!」


「いやいやいや、俺、襲い掛かってなんかいし……寧ろ今現在こっちの方が襲い掛かられてる側なような気がするけど……」


「……後ろからコソコソ着いて来てたじゃない! 隙を見て襲い掛かって来るつもりだったんでしょ?! その筈よね?そうに決まってる! あたひが今そう決めた!!」


「んなアホな……」


「……アホって言ったわね? あたしは……」


「アホって言われるのがこの世で1番嫌いだって言いたいのかな?」


「……コロス」


「んな理不尽な!ちょ、ま……」


「問答無用!この場にあんたの内臓ぶちまけてやる!」


「おおおお落ち着いて!はは話しあえば分かりあえるって!」


「敵と話し合う趣味は無い!」


「敵じゃないし!寧ろ俺は……」


「貴様ら人間の能力者とは、この世に生を受けたその瞬間から未来永劫敵同士だ!」


「話聞けってぇぇぇぇぇ!」


 その訴えを却下して、私は再び、今度は真正面から男に襲い掛かる。


 妖気を込めた右フックを左頬目掛けて繰り出すが、またも障壁で防がれる。しかも今度は受け止めるのではなく、障壁ごと身体を捻って受け流しやがった!こいつ戦い慣れてる!


 男は捻った勢いを利用して、私に向かって右肘を突き込んでくるが、私は受け流された勢いのままわざと態勢を崩して地面に転がりすぐさま起き上がる。


 あ!


「服が汚れたじゃないの!!!」


「い、いやだからそれは俺のせいじゃないし……」


「誰がとう見てもアンタのせいでしょうが!アンタが素直に殴られて脳漿ぶちまけてればあたしの服が汚れることもなかったのよ?!」


「いや、脳漿ぶちまけられたらもう俺、死体だよね?いくら何でもナンパしようとしただけで三途の川を渡りたくはないし」


「あたしの命を狙った時点でアンタの未来は闇のな……今なんて言った?」


「いやだから、脳漿ぶちまけられたらもう死んじゃってるよねって……」


「その後!」


「……ナンパで死罪は不当だと思います。つーかまだ声も掛けてなかったから未遂だし」


「ナンパ?」


「そう。好みのおねーさんを見かけたから声を掛けようか迷っていたら、いきなり襲い掛かってくるもんだから迎撃しただけだよ俺は」


「……ナンパが目的の人間が、延々と人の後ろをコソコソ付け回し、その対象者をなぶる様に視姦した上に力尽くでモノにしようとしたと……」


「いや違うし!普通にナンパしようとしただけだし!ちょ、ヤメて!そんな風にケダモノを見るような目で見るのはヤメてぇぇぇぇぇ!」


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