第三話
あらゆる地域におかれている定点カメラが、今日も全国にお天気ニュースを伝えています。
「この年の台風の勢力は一段と強く、東北地方にまで上陸しました。勢いは弱まってきているものの、庭やベランダにあるものは家の中に避難させましょう」
台風21号(イマイくん)は、いわき市の電波からそんな声を聴いていました。そして、できるだけ野外におかれているものを倒さないように気をつけようと思いました。とくに植木鉢の近くは慎重に移動しなければなりません。今まで通ったいろんな国の人が、お花や植木を大切に育てているのを見てきていましたし、なによりお花が散ってしまうのは、台風21号(イマイくん)にとっても悲しいことなのです。
そんなことに気をつけながら下を向いて進んでいると、奥羽山脈にぶつかってしまいました。山にぶつかった雲は、上昇気流になって雨をたくさん降らせます。水蒸気がなくなってしまうと台風は消滅してしまうのです。しかし、どうにかして奥羽山脈を越えないと、北海道のお姉さんのところにはたどりつきません。
台風21号(イマイくん)は言いました。
「奥羽山脈さん、ここを通して。僕は北上しなくてはならないんだ」
「通すわけにはいかない」
奥羽山脈さんの地を這うように低い声がひびきわたります。
「見てみろ、君たち台風のおかげで山の木々たちや花たちがこんなに犠牲になってる」
今にも吹きとんでしまいそうなお花や、折れてしまいそうな枝を目の当たりにして、台風21号(イマイくん)はどうしていいかわからなくなってしまいました。
「ごめんなさい。僕はこんなつもりじゃなかったんです」
「本当にひどいことだ。君は今年の台風の中でも相当に猛烈な方だ。台風16号と同じくらいだよ」
台風21号(イマイくん)は、親友の名前が出たことにびっくりしてしまいました。
「彼はどうなったんですか」
「ここで食い止めたさ」
「つまり台風16号は、ここで消滅したということですか」
「そうだね」
台風21号(イマイくん)は泣きました。泣いたらたくさんの植物がまた犠牲になると分かっていましたが、どうしても涙を止めることができませんでした。台風21号(イマイくん)は、勢いのままに奥羽山脈さんにぶつかり続けました。もうそうすることしかできなかったのです。
「落ち着くんだ」
「僕はさいていだ」
「仕方のないことだ。みんなそうやって生きてる」
「ちがうんだ。草木をたおし、親友を失って、それでも僕はお姉さんに会いたいと思ってる。自分が許せないんだ」
奥羽山脈さんは台風21号(イマイくん)の目を見つめました。
「ならばいけ。若者よ。お前はつき進むことしかできないのかもしれない。その結果どうなってしまってもそれは不可逆的かつ不可避なことだ。悲しいことだがな。台風16号が、消えかかってるときに言ったんだ。21号が来たらそのときはよろしくたのむと。北北東の方角に谷がある。そこを通っていけ」
台風21号は、進んでいきました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます