第8話 ジョン・ウェイン・ゲイシー(ITのモデルになった殺人ピエロ)

 スティーブン・キングのホラー小説「IT」のモデルとなった殺人ピエロである。



 ジョン・ウェイン・ゲイシーは1942年3月17日イリノイ州シカゴで生まれた。


 彼はその名に当時のハリウッドスター、ジョン・ウェインの名をつけられているように父からの期待を一身に背負って生まれた。


 彼の父親は叩き上げの熟練工であり、「人に負けない」「弱みを見せてはいけない」という人生哲学を持っていた。


 この父親は先天的に脳内に手術不可能な腫瘍があり発作的な癲癇を起こすなど情緒は不安定でその矛先はしばしば自分の家族に向けられていた。


 やがて息子に先天的な心臓疾患があるとわかると、息子に向けられていた期待は逆に失望にとってかわり、ジョンは父によって虐待を受けるようになっていった。


 動作が遅いとか座り方が悪いとか、ほとんど言いがかりのような文句をつけられてジョンは虐待を受け続けた。


 父スタンリーは身体の弱いジョンをことあるごとに「クズ」「まぬけ」「お前はホモになるのさ」などと罵倒し、ジョンは心臓の発作ばかりかパニック障害もわずらうようになった。


 度重なる虐待への不安からジョンはストレスや身体の不調を必死に我慢し続けて失神するようになる。


 失神の直接的な原因は病院でもわからず診察した医師はこれを「再発性の失神症」と表現した。


 いずれにしても精神的なものであったことは想像に難くない。


 医師のアドバイスを受けてジョンの母な父スタンリーにもっと息子を大事に扱うように懇願したのだが、スタンリーは「あのガキはああやって親の気を惹いていやがる」と吐き捨てたという。


 ある日、息子のふがいなさに激怒したスタンリーはジョンの目の前でジョンが可愛がっていたバルと言う名の雑種犬を射殺した。


 ヘンリー・リー・ルーカスの母も息子の前で彼が可愛がっていたラバを射殺しているがこれは偶然の一致なのだろうか。



 だが不思議なことにこれだけ虐待を受けていながらジョンは父親への愛情を失わなかった。


 むしろ成長するにつれてなんとか父親に認めてもらおう、愛してもらおうと必死に努力する様子が見て取れるのである。


 職業訓練校を優秀な成績で卒業し、父お気に入りの民主党議員を応援するなど彼はその働きによって地域住民に認められ始めたが、それはすべて父の歓心を買うためだけになされたものであった。


 のちにジョンを診察した精神分析医は彼をこう表現している。


「彼は人に非難されたとき決まって言い逃れしようとする。どんなに不利な状況でも責任転嫁をし自分に都合のいいように物事を解釈する」


 管理人はこのジョンの父親への依存をストックホルム症候群の亜種というべきものではないかと疑っている。


 ストックホルム症候群とは犯人と人質が閉鎖空間で長時間非日常的体験を共有したことにより高いレベルで共感し、犯人達の心情や事件を起こさざるを得ない理由に同情したりして人質が犯人に信頼や愛情を抱くようになる症状を言う。

 これは犯人に対して反抗や嫌悪で対応するより、協力・信頼・好意で対応するほうが自分の生存確率が高くなるため起こる心理的反応が原因と説明されている。


 ジョンも自分の虐待を少しでも減らすべく逆に父に依存していったのではないだろうか。





 成人するとジョンは靴のセールスマンとして就職し入社からわずかにして抜群の成績を収めた。


 若くしてエリアマネージャにも就任。さらにジョンは地元の青年会議所のメンバーにもなり、会議所の貯蓄販売券の販売でも優秀な成績を残してその2年後には州全体で3番目の活動実績を挙げたとして第一部長に就任している。


 1964年にはマリリンという女性と結婚し、彼女の父親が所有していたケンタッキーフライドチキンを経営してここでも商業的成功を収めた。


 地域活動にも熱心で人望も厚かったゲイシーは青年会議所の次期会長選出が確実視された。


 彼の才能と行動力は「眠らない男ゲイシー」という愛称で好意的に受け止められ、彼が将来的に商工会の会頭、あるいは市長という立場につくことも夢ではない。


 まさにこの時までジョンの成功を疑うものは誰もいなかったと言っていい。


 だが全ては遅すぎた。


 すでにこのときジョンは深い同性愛の道にどっぷりと首までつかってしまっていたからである。


 かつて恋人との情事の最中、持病の癲癇の発作で気を失ってしまったのが切っ掛けと言う話もあるが、ジョンは靴のセールスマンであった当時から同僚の男性と同性愛関係を結ぶなどし、アルバイトの少年にわいせつな行為を働いていたのだ。




 のちの市長候補とまで言われたジョンは1968年同性愛関係にあった15歳の少年ドナルド・ヴァリューズに少年への性的虐待の罪で訴えられ禁錮10年の刑を宣告された。


 社会的成功を収めようやく心を開きつつあった父スタンリーは再び息子に失望するとともに翌年の1969年に死去する。


 この報せを獄中で聞いたジョンは号泣したという。


 実のところジョンを訴えたドナルド・ヴァリューズは性行為のたびにジョンにお金をせびっていたらしく、ジョンが単に少年を性行為の相手とするのではなく殺害に及ぶようになるのはこのドナルドの裏切りに等しい行為がジョンを殺人鬼へと駆り立てたように思えてならない。




 獄中においてもジョンの行動力と弁舌は変わらなかった。


 彼は獄中で高校卒業の資格をとると、さらに通信教育で大学の心理学の単位を取得したのみならず、刑務所の待遇改善のための法案を二つも州議会に提出した。


 これらの行為から模範囚として高い評価を受けたジョンは10年という服役期間にもかかわらず、わずか16ケ月でイリノイ州刑務所を出所してしまう。





 出所後再びジョンは少年をあさり出した。


 その中の一人とベッドをともにしたジョンは朝目覚めて仰天する。


 少年がナイフをもって自分を見下ろしていたからである。


 格闘の末無我夢中で少年を刺殺したジョンは、実は少年がジョンのためにサンドイッチを調理しておりたまたまナイフを持ったままジョンを起こしにいったらしいことを知った。


 混乱しながらもジョンは死体を自宅の床下に埋めた。


 これが殺人ピエロ、ジョン・ゲイシーの出発点であった。



 殺人を犯してもジョンの行動力と経営才能には影響はなかった。


 1971年、彼はシカゴのノーウッドパークに家を購入し、リフォームなどの建築ビジネスに参入してたちまち成功を収める。


 さらに高校時代からの知人キャロルと結婚したちまち地域の名士的存在になりおおせた。


 休みには道化師「ポゴ」に扮し、福祉施設を訪れるなどして子供たちの人気者となる。


 民主党メンバーとしても精力的に活動し、なんと時のアメリカ大統領夫人と握手した写真が残されるほどであった。


 しかしそうした表の顔とは裏腹にジョンは少年を殺害し続けていた。


 1975年に妻キャロルとの離婚が成立するとジョンの殺害ペースは一気に倍増した。


 たちまち床下は少年の死体で埋め尽くされ、捨て場に困ったジョンはなんと川へ死体を流し始めた。






 1978年ついにというべきか、ジョンはアルバイトの面接にいった少年が行方不明になった件で州警察にマークされてしまう。


 すでに民主党の有力な支持者として政治力まで持っていたジョンは人権侵害であるなどと主張して警察の追求を避け続けたが、彼を疑った警部補ジョゼフ・コゼクサックはジョンが綿密な尾行の結果彼がマリファナをガソリンスタンド従業員に渡していた事実を突き止め、麻薬物不法所持の容疑でジョンを現行犯逮捕。


 そして念願の家宅捜索令状を手にする。


 強制捜査の行われた結果は悲劇的であった。


 少年たちの死体はグズグズに腐っており、中には死蝋化しているものまでいた。


 あまりに保存状態が悪すぎて身元を特定できない死体も9体にのぼり、毒性の強い腐敗菌によって調査にあたった警官は怪我をした場合命にかかわると宣告されたほどであった。




 そして1980年ジョンは死刑の判決を受けるが彼はこれまでに蓄えた数百万ドルに及ぶ資産をフルに活用して上訴を繰り返し、持ち前の弁舌と模範的な態度により死刑の執行を免れてきた。


 あるときは多重人格を理由に、またあるときは死刑制度そのものを相手として上告を繰り返したためにジョンの死刑を早く執行するようデモが起きたほどであった。


 しかし魔がさしたのか、わずか10歳で大統領顕彰の成績優秀学生賞を受賞した天才少年ジェイソン・モスと文通を始めたジョンはモスに「人殺しをしたほんとうの理由を教えてあげる」と言葉巧みに彼を誘い出し、大胆にも刑務所の面会室でモスを殺害しようと凶行に及んだことで彼の命運は尽きた。


 間一髪通りがかった看守によってモスは救い出され、ジョンの死刑執行が確定した。





 1994年5月10日深夜、薬物注射による死刑が執行されたのだが本来平均7分ほどで静かに死ぬはずが、どういうわけかジョンにかぎって薬効にムラが生じ、彼は20分近くも苦しんで絶命したという。


 これにたいしてコメントを求められた担当検事のウィリアム・カンクルは「被害者が受けた苦痛に比べれば、ゲイシーの苦痛など大したことはないね」と述べた。



 余談であるがジョンに殺されかかった天才少年モスは「お前のせいで死刑になっちまった」というジョンの捨て台詞のせいか犯罪被害者の弁護士として活躍が期待されていたにもかかわらず2006年6月6日自宅浴槽で拳銃自殺を遂げた。

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