第7話 熊に食べられる自分を実況中継した少女
2011年8月11日、ロシアのカムチャッカ半島の田舎町で悲劇は起こった。
その日の午前、突然鳴った電話のベルに出た母親は相手がひどく慌てた娘からであることに気づいて微笑んだ。
「助けてママ!熊が私を食べようとしてるの!」
確かにシベリア地方では毎年熊に襲われる人が後を絶たない。
しかし携帯電話で連絡してくるという話は母も聞いたことがなかった。
「変な冗談を言わないで」
「ママ!嘘じゃないわ!」
そのとき唸るような肉食獣の声と荒い息遣いが電話口を通して聞こえてくるとさすがに母親は惑乱した。
「まさか!本当なの!?」
慌てて母は父であるイゴール・チガネンコフ氏に連絡を取ろうとするが氏が電話に出ることはなかった。
そのときすでにイゴール氏は死亡していたからである。
娘オルガを食べようとしているまさにその熊の手によって。
早朝から娘と釣りに出かけていた父は子連れのヒグマに襲われ、殴られた衝撃で脛骨を骨折して即死していたのである。
父が殺される瞬間を目撃したオルガは悲鳴をあげて60m近く逃走したが、そこでヒグマに追いつかれ押し倒されたのだ。
※記事を掲載したイギリスデイリーメールではツキノワグマとなっているが現地で熊を仕留めたハンターの証言ではヒグマになっている。
父親に連絡がつかないため母は警察に連絡した。
そして警察への連絡が終わった直後、娘から2度目の連絡が入る。
「ママ、後ろに熊がいる。小熊を3頭連れてきて……私を食べてる!痛い……痛い………」
生きながら内臓や胸の肉を食べられる苦痛は想像に余りある。
人間は割と簡単に死ぬ動物であり、父イゴール氏のように即死してしまう場合も少なくないが、個人によっては逆になかなか死なない動物でもあるのである。
戦場では上半身と下半身が真っ二つに引き裂かれても数時間以上生存していたケースが数多く報告されている。
不幸にもオルガさんはなかなか死なない方の人間であったようだ。
最後の電話は最初の電話から約1時間後にかかってきた。
なんと1時間である。
1時間もの長い時間をオルガさんは絶望と苦痛にさらされ一人で耐えなければならなかった。
すでに死を覚悟していたのだろう。
「ママ、もう痛みも感じない………今までごめんなさい、愛してるわ…………」
号泣する母に最後の礼を伝えてオルガさんは息を引き取った。
警察の捜索隊が到着したのはその30分ほど後のことであった。
変わり果てた姿で息を引き取ったオルガさんの死体の向こうで、ヒグマたちはイゴール氏の肉をまだ貪り続けていた。
駆け付けた6人のハンターによって母熊と子熊3頭はその場で射殺。
オルガさんは音楽学校を卒業し、つい数日前に運転免許をとったばかりで父と釣りにでかけたのはそのお披露目であったという。
今でも熊に襲われる事件は日本でもなくなることはない。
しかし食われているまさにそのときを電話で連絡したというケースは管理人の知るかぎり、このオルガさんの事件のみである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます