第43話 幸せの木

二年後


小高い丘の上に一本のふさふさの木。

「面白い事に一年中葉が繁っているよ」

「これ、もしかして、あのどんぐり?やっと来れました」

「お土産のね」

「意地悪ですね」

「お土産にどんぐりをくれる令嬢はいないだろう。お土産じゃなくてもいないよ」

「うっ、あの時は焦ってしまって考えなしといいますか、適当?」

と戯けて言えば、

「なんて顔するんだい」

とローレンス様は笑う。

「凄い嬉しかったよ、なんて言ったらいいか、損得なしって言えばいいか、見るたびに笑ってしまうこととか元気になることとか。持ってるだけで楽しくて、なかなか土に埋めてあげられなかった。どれだけ助けてもらえたか」

感慨深く言うローレンス様に私は、

「やっぱり特別などんぐりだったのかしら?」

「「妖精」」

二人で声を合わせて言い、笑い合う。

こんな幸せもらっていいのかなぁ。やっぱりこれは、乙女ゲーム?ラノベ?あのどんぐりは物語のキーアイテム?なんてグルグル想像が巡る。あのサマーパーティー以降、転生者に会ってない、私はゲームはあの時点で終了していたと考えている。

「不思議なのはもう一つ、どんぐりが落ちてこない」

「まだ実になってないという事ですか?」

「わからない」

ジッと木の幹を見たあと、ローレンス様はゆっくり私を見る。

「これからずっと一緒にこの木を見てくれないか?大公としては、この領地を貰った。醜聞や傷モノ王子は嫌かい?」

と少し戯ける。

「まさか嫌な訳ないじゃないですか、民からも貴族院からも信頼あるローレンス様にこんな幸せな気持ちを教えてもらえて私は……」

「うん、ありがとう。泣かないでくれよ」

私の頬に手をあて涙を掬いあげる。少し困ったような微笑みはこの人が凄く好きだと気付かされる。

「私、ローレンス様が大好きです」

泣きながら告白した。

ローレンス様は私の背中と腰に手をまわし、引き寄せる。ぎゅっと抱きしめられれば、心臓の音が聞かれてしまうのではと思ったが、くっついた体温が温かくて顔が上気した。

「可愛いシャルロッテ、ずっとシャルと呼びたかった」

私の頬に手を添え微笑んで、ローレンス様の唇が私の唇に押し当てられた、軽いリップ音に益々顔が赤くなる。

「そんな可愛い顔をしないでシャル、我慢出来ないよ」

と言ってお互いの唇がまた触れる、だんだん深くなる口付けは、私の意識を奪う。呼ばれるように上を見ると、木の上が光っている、慌てて、手でローレンス様の胸を押す。

「見て、ローレンス様、木の上光ってる」

と言うとローレンス様も見上げる。

「一番星が木の先端に刺さっているみたいだ」

「星ですか」

「妖精かと思った?」

「揶揄わないで下さい。私まだ少し信じていますし」

本当にこの幸せは妖精のおかげだと思った。

「転生者はゲームを引き起こすのか否かってことだね。シャルはそうなんだろう?」

「どうなんでしょう?」

婚約者候補になった私は、この2年、淑女教育が王宮での教育と自宅での圧迫教育で成り立ち、唯一学院だけが安息の地となった。ウォーキングは花を見る会として今も続けている。そしてある言葉を聞いてローレンス様を疑っているが、何度聞いても誤魔化される。


「突然、鳥たちを連れて来たと思ったら、養鶏場をつくって『プリン』という菓子を国内外に広めるのですもの。みなさん夢中になりましたし、ローレンスのプリンを知らないものはいませんわ。私には突然閃いたとは思えませんのよ。一体いつ降りて来たのですか?」

「突然ではないさ。でもシャルには悪かったね、婚約者候補にして王宮に閉じ込める感じになって。一年ぐらいで軌道にのったけど商会や利権で忙しくなって、やっとこの場所に来れた」

「この場所やこの時期は、敢えてではなくて?」

「何を言っているのかな、シャル嬢」

「また誤魔化すのですか?全く私の2年前の告白は言う必要なかったし」

「まぁまぁ、シャル、明日は卒業式だ。そろそろ冷えてきた、帰ろう」

「また殿下のファンに囲まれてしまうかしら。断罪なんてあるのかしら?」

と言えば、満面の笑みで

「俺は、明日の卒業式には行かない。体調が悪くなる予定。ふわふわピンク頭や悪役令嬢には万一にも会わない。何が起きても執務室。シャル自力で解決を頼むよ」

「全く、たまに『俺』って出てますよ。ローレンス様、掴みやすそうな尻尾ですが、まだ教えてはくださらないのですね」

「俺も同じわからないからなぁ」

「本当に毎日でもここに連れて来てくれるんですか?」

「う〜ん、仕事が立て込んでるから実際には無理」

「情緒がない」

木がさわさわ揺れている。風に揺れ、笑ってるように聞こえた。

「乗馬の訓練して良かったわ、ここに来れるもの」

「いつの間に乗馬?本当にシャルは。嬉しいよ、隣に居るべき人だね、好きだよ、シャル」

ぎゅっと握りしめた手が私を引き寄せる。幸せがこの木に降っているようにふさふさの葉や幹の隙間から星が輝く。


〜fin〜

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