第46話 8月10日 薫先輩②
慎一がおかしい。
壊れてしまった。
いや、もともとちょっと頭のネジが何本か足りてない子ではあったが、寝起きいきなり手足拘束はさすがに頭おかしいと思う。
確かに拘束されて慎一に好き放題されるのは大変魅力的ではある。是非めちゃくちゃにして欲しい。
でも、それはちゃんと準備をしていた場合の話である。
今の私は寝汗もかいてるし、メイクもしてないし、髪の毛もボサボサだし、ていうか寝巻きだし。
ハッキリ言って思いを寄せる殿方に見せて良い格好ではない。
早く! 早く慎一を説得して拘束をはずし、メイクとか消臭スプレーとかして来ないと!
ガチャっ
慎ちゃんが扉から入ってくる。
トレイを両手で持っている。トレイの上には小さな鉄板に盛り付けられた美味しそうなステーキ。そしてご飯や冷奴など、定食風の品々。
お腹がぐぅ〜と鳴った。
思えば昨日の夕方から何も食べてないな。
ゴクリと唾を飲み込む。
「薫先輩の為にとっておきの品を用意しました!」
慎一が得意げに言い放つ。
このドヤ顔が最高に可愛い。
「どうぞ召し上がってください」
私は両手両足、拘束されているため、代わりに慎一がナイフでステーキを切って、一切れフォークに刺した。
「はい、あ〜〜〜〜んっ」
慎一が私の口にフォークを近づけた。
少し照れくさいが、慎一にあ〜んしてもらえるのは素直に嬉しい。
一口でパクっとステーキを頬張る。
カリッ
――ん?!
カリカリコリカリコリ
え…………これ――
「………………にんじん?」
「テッテレーーーーー!」
どこから取り出したのか慎一が『ドッキリ大成功』の看板を掲げて、少し音程をはずしたテッテレーを繰り出す。
「ステーキ定食に見せかけて、実は全部にんじんドッキリ大成功ォオオオ!」
「ぇえ?! この冷奴も?!」
「角材のようなにんじんです」
「ご飯も?!」
「パラパラしたにんじんです」
「馬か、私は!」
本物そっくりだが、全てにんじんらしい。
てか、これSM関係ない! 慎一、SMとドッキリは別物だと気が付いてくれ!
しかし、慎一はそんな私の心の叫びにも気付かず、ノリノリである。
慎一は唐突に私とキスできそうなほど、顔を近寄せてきた。
急な接近に心臓が跳ねる。
「今、馬と言いましたか?」
「ぇ、ぁ、ああ。まぁ――
「――良いところに気がつきましたね! そう! 馬です!」
慎一は何故か恍惚とした顔で両腕を広げて語る。なんか謎の役になり切っている。
慎一は続ける。
「馬と言えば、アレ! ペシンペシーンですね」
ん? ペシンペシーン……? なんか雲行きが怪しくなってきたぞ……。
「もうみんな分かったよね? そう! お尻のムチ打ちですっ❤︎」
そう言いなが慎一が私のホットパンツをずり下げ、パンツを露出させた。
「ちょォオオオ?! 『もうみんな分かったよね?』じゃない! コラ何やってる! やめ、ちょっと待て待て待て! パンツのゴム紐にスティック人参挟むのやめて?!」
慎一は真剣な顔でスティックにんじんを私の腰とパンツの狭間に挟み並べていく。
いや何してんのマジで?!
「だまらっしゃァァアアい!」
ペシーーーん!
「――んひゃぅんっ❤︎」
慎一はムチ打ちと言いながら、何故か手のひらで私のお尻をパンツの上から打つ。
恥じらいと快感がせめぎ合う。
でも、やっぱ無理ィィィイイ! 今日のパンツ一軍じゃないの! 一軍どころか戦力外通告パンツなの! 見ないでェェエエエ!
「もう一回遊べるドーン!」
ペシーーーん!
「――――ひゃィィィんっ❤︎」
身体がビクっと跳ねる。
慎一はゲーセンに絶対1人はいる太鼓の達人ガチ勢みたいな眼差しで私のお尻を何度も引っ叩く。時折腰骨辺りを『カッカッ』している。
お尻の達人は私が快楽落ち寸前になるまで続けられた。
♦︎
「――ひッ❤︎ ――――はッ❤︎」
私は拘束を外してもらうも、生まれたての子鹿のように脚がガクガクして立てないでいた。時折、身体がビクっと跳ねる。
叩かれたお尻は真っ赤になっていた。
しかし慎一はこりもせず、眉を八の字にしてアヒル口をした顔で、首をコテンと傾けて聞いてくる。
「もう一回遊べるドン?」
「遊べないドン! ちょコラ! 100円玉を差し込むな! お尻の割れ目に100円玉を差し込むな!」
ちゃんとドン語で断っているのに、慎一がもう一回遊ぼうとしてくる。
私のお尻をこんなにしておいて、よくもコンテニューしようとできるものだ!
私は逆に慎一の鼻の穴に100円玉を詰めて、黙らせた。
とにかく今のうちにこの謎の屋敷を脱出だ。
扉は鎖の手錠をロックしておけば開くことは分かっている。私は空で手錠をしめた。
拘束部屋から出ると、慎一がフンっと100円玉を鼻から放ってからヒョコヒョコとついてくる。無言なのが不気味である。
扉の向こうは右側に廊下が続いていた。
左側は突き当たりに扉があるが、開けようとしたところ鍵がかかっていた。
仕方がないので右の通路を進む。
慎一はニヤニヤを隠そうとして隠せていない。口をもにょもにょとさせ笑みを堪えている。可愛い。
慎一のもにょもにょ顔に癒されながら歩いていると、不意にニュルっとしたものを踏んづけてお尻から派手に転ぶ。着地したお尻がベチャッと音を立てた。
――いや待て。ベチャ?
よく見ると床一面がテカッている。
ヌルヌルのついた親指と人差し指をくっつけて離すとヌメ〜っと糸を引いた。
おいこれ、まさか。
案の定慎一がズイッとヌメヌメゾーンの一歩手前まで歩み出る。
「テッテレーーーーー!」
またも慎一がニヤニヤ顔で例の看板を持ち出した。
「床一面がローションまみれドッキリ大成功ォオオオ!」
ドッキリがしつこいィイ!
何度も言うけどドッキリはSMとは別物だからな?!
慎一はローションがないエリアから勢いをつけてペンギンのようにツィーっとローションエリアを滑って先に行ってしまった。
私は一人取り残される。
………………………………
「――いや何がしたいん?!」
♦︎
やっとこさローションエリアを突破した時、私はもうヌルヌルのトロトロであった。
慎一は簡単そうにペンギン滑りして一瞬でクリアしていたが、あれは一朝一夕でできるような芸当ではない。
何をやってもポンコツな慎一の意外な才能である。唯一の才能がローション滑りっていうのも何か哀れで慎一っぽい気もするが。
とにかく私はついにその部屋にたどり着いた。
扉を開くと中は薄暗い部屋。
床はふかふかとクッション性があり歩き心地が良い素材。
真っ暗な部屋に声が響く。
「やっと来ましたね」
慎一の声だ。
だが、暗くて慎一の姿を確認できない。
「おい! 慎一! どこにいる?」
呼びかけてみるが、答えてはくれなかった。
代わりに今度は慎一が私の名を叫んだ。
「薫先輩」
いつもふざけてばかりの慎一だが、今の声にはおふざけはないような気がする。
いつになく真剣な慎一の声に、私は少し緊張して、耳を澄ます。
「薫先輩に言っておきたいことがあるんです」
妙な胸騒ぎがする。
嫌な予感しかしない。
そもそも今回の監禁も、よく考えれば少し妙だ。慎一は変態ではあるが普段は基本的に受け身で、自分から何かを仕掛けることはあまりない。
慎一が動くときは何か厄介ごとを振り払うときだ。
つまり、今回も何かに巻き込まれている?
私は身構えて次の言葉を待つ。
すると慎一はとんでもないことを口走った。
「薫先輩。僕はあなたが好きです」
「――ふぇ?!」
いきなりの告白に心臓が跳ねる。
そして耳の奥に心臓があるのかと思うくらいドクンドクンと自分の鼓動がうるさく鳴り始めた。
いや待て待て待て。まだ慌てる状況じゃない。前にも似たようなことあったから。フェイクだったから。
テレビ撮影中に公開告白されて、でも結局何も進展しなかったのだ。
詳しくは第17話を見てほしい。て、何慎一みたいなこと言ってんだ私は!
とにかくこれもフェイクに違いない。
騙されてはいけない。
どうせ口だけ。慎一は究極の変態なくせに異常なまでに奥手なのだ。
大丈夫! どんな誘惑の言葉もクールにいなしてみせ――
「――んひゃァ?!」
突然後ろから抱きしめられた。
慎一も私もローションまみれで、お互いの肌が触れ合うとヌルっと滑るように擦れる。
どういう状況?! これどういう状況?!
パニック不可避。
「薫先輩。拘束されるの好きですよね?
慎一が私を抱きしめる力を強めた。
慎一の匂いに包まれ、慎一の息遣いを耳元に感じる。
胸は張り裂けそうな程、鼓動を強め、急激に体が熱を帯びる。
驚愕、歓喜、躊躇い、興奮。
色々な感情が複雑に混ざり合って、それが逆に私を動かなくさせていた。
待って待って待って! あれェ?! あっれェェエエエ?! 口だけじゃない! 今日の慎一は口だけじゃない?! ヤバいヤバいヤバいヤバい! 私はこのまま戦力外パンツで戦うしかないのか?!
いやいや、ダメだ! これも何かの罠に違いない! 誘いに乗ってはダメだ! 頑張れ私!
戦力外パンツが私の理性を強固たるものにしている。なんとしても戦力外パンツで初めてを迎えるという事態を阻止するのだ!
しかし私のささやかな抵抗はあっけなく終わることになる。
慎一の小さいのに少しゴツゴツした手。
その手が私の胸を優しく包み込んだ。
「――ッ?! あっ……慎…………一…………ん」
身体が勝手にピクピクと跳ねる。
ゆっくりと振り返ると、慎一は優しい顔で微笑み、私を見つめていた。
そして、そのままゆっくりと私に顔を近づける。
長いキス。
舌と舌が優しく触れ合って、輪郭をなぞり合う。
そのキスから後は、もう理性の『り』の字もない。
時間も分からない謎の屋敷の中で、私たちは力尽きるまで愛し合った。
結局これがハニートラップだったのか、なんなのか全く分からないまま、この奇妙な監禁生活からただの夏休みに戻った。
ただ一つ言えることは、私ははまんまと慎一のものとなり、そして世界一幸せな女になった、ということだけだろう。
日常に戻っても顔のニヤニヤは止まらない。だが、そんなことは大した問題ではない。
今一番の問題は、慎一と致した時の快楽が衝撃過ぎて今でも思い出して下が大洪水になることだ。
私はこれから一生、替えのパンツを持ち歩く生活をしなければならないのだろうか? 戦力外パンツもフル動員のパンツシフトである。
言ってるそばからもう濡れている。あーこれから塾があるのに………………もうヤバい。
――――――――――――――――
【後書き】
いつもありがとうございます!
本話のヒロイン 菊池 薫のイラストを近況ノートに載せています。もし、良かったら見て、いいねいただけると嬉しいです!
本作にもハート、レビュー等よろしくお願いします!
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