第44話 7月30日 桃山②





 ああ…………。





 やっぱり好きだなぁ......。





 ニッコリ微笑みかけてくれる慎ちゃんを見て、胸が苦しくなる。

 まるで心臓が何かに締め付けられて、もがいているみたい。

 思考はぼやけているのに、 心音だけがやたら早い。


 私が人にぶつかりそうになると、さりげなく抱き寄せてくれる慎ちゃん。

  私が良いところを見せようとして空回ると、自分も失敗してみせて無邪気に笑う慎ちゃん。

 ためらっている私の手をかっさらって、指を絡めてくれる慎ちゃん。

 慎ちゃんの全てが愛おしい。



 今これ以上の幸せはないとはっきり言える。



 慎ちゃんの呼吸を頬に感じる。

 目を開けると慎ちゃんも優しい目で私を見ていた。 ゆっくりと離れていく唇が名残惜しい。

 キスの後も慎ちゃんはやっぱり優しく微笑んでいた。









 私の長年の想いはようやく成就し、私は最愛の人と結ばれた。











 なのに。











 なぜだろう。










 心に根付いた一抹の不安は、 幸福の中にあっても消えることはなかった。





 ♦︎





「よっ。 来たな」


 そう言って、駆け寄ってくる慎ちゃんは、 紺色の浴衣を着ていた。


 それがまたちんちくりんの慎ちゃんと絶妙にミスマッチで、この世のものとは思えないほど、愛くるしかった。

  今日は慎ちゃんと夏お祭りデート。

  人生で一番幸せな日だ。


「どう? 僕かっこいい? イケメン?」


 自慢げにポーズをとる慎ちゃん。

 可愛すぎる。勘違い可愛い!



 「可愛い……❤︎」


 私がつい漏らした感想を聞いて、慎ちゃんは思っていた感想と違ったのか、少し不服そうに口をとがらせている。

 それがまた可愛い!


「慎ちゃんは次に『ぁ』と何かを思い出し、目線を泳がせながら口を開く。


「も、桃山も浴衣似合ってんな。 か、 可愛いよ」


 可愛いィィィイイイイイ! 絶対今のセリフ練習してきてるゥゥウウ! 完全たる童貞ムーブ! 可愛い! 可愛すぎる!


「童貞可愛い……❤︎」


「童貞可愛いって何?! 今童貞関係ねェェし! つか童貞じゃねェェーしィィ!」


 またも私が漏らした感想を聞いて、 慎ちゃんが見え透いた嘘をつく。


「じゃ、 行こっか」

「おう」


 私は慎ちゃんの腕を抱いて歩き始めた。


 あれ? おかしいな?


 いつもなら、「胸ェェ! 理性 VS 胸ェェエエ!」とか言いながら腕をほどいてくるのに、今日に限ってはその気配がない。


 なんだか分からないけどラッキー♪


 私たちはイチャイチャと密着しながら、 屋台をまわった。


 たこ焼き、焼きそば、チョコバナナ、りんご飴。


 両手に食べ物を抱えてながら、ふらふらと行ったり来たりする屋台めぐりは本当に楽しかった。

 慎ちゃんがりんご飴を食べて「25点。歯にくっつく」 と厳しめの評価をくだしたり、私がチョコバナナをエロく食べようとしたら慎ちゃんに止められたり、くだらないことで二人で笑いあって、 時間はあっという間に過ぎた。


 次に慎ちゃんがふらふらと吸い寄せられるようにむかったのは、射的だった。


「いらっしゃい。 可愛い坊や。 私を当てたら、お持ち帰りも可よ♥」


「え本当ですか?」


 ボンキュッボンのお姉さんが慎ちゃんを誘惑する。


 むぅう。慎ちゃんったら鼻の下のばして!

 私がむくれていると、慎ちゃんはポンポンと私の頭を撫でた。


 ………………それはずるい。





 慎ちゃんはお姉さんに向き直り、


 「でも、僕には最高に可愛い彼女がいるんで、遠慮しておきます」


 そう言いながら、 慎ちゃんは私の腕に抱きついた。

 唐突の幸福にちょっと鼻血がでた。

 お姉さんは「あらあら羨ましいこと」 と白けている。


「桃山、どれ欲しい?」


 私の興奮も知らずに慎ちゃんが無邪気に聞いてくる。

 私はとっさに慎ちゃんを指さしていた。 慎ちゃんが欲しい。 私の欲しいものはそれだけ。


「射的で自決はちょっと......。 絵面的に」


 慎ちゃんはそう言うと、手に持ったコルクの弾を私の鼻の穴に詰めた。


 いや………………慎ちゃん。


 確かに鼻血は止まったけどさ。


 最高に可愛い彼女の鼻になんてことするのよ。

 浴衣来た彼氏と、鼻にコルク詰めた彼女。 こっちの方が絵面的にどうなの……?



♦︎




「慎ちゃん、そろそろ花火の時間だよ」


 私が声をかけると慎ちゃんは金魚すくいのポイを「ポイポイポイポ ポイポポイ ピー」 と叫びながら「ピー 」と同時に、ごみ箱に投げ捨てた。

 外れた。

 私がポイを拾ってゴミ箱に入れる。


「僕、 秘密の穴場しってんだ。 こっち」


 そう言って慎ちゃんは私の手を取って駆けだす。 子供みたいにはしゃいでいる。可愛い。

 人の流れに逆らって、どんどん進み、 少しずつ人が少なくなっていった。


 そして人気のない通りで止まる。


「ここ?」


 そこは目立たない通りの神社の階段前。

 目の前に何段あるのか分からない長い階段がそびえている。


吉幾三よし行くぞぅ


 慎ちゃんはよせば良いのに、なぜかしょっぱなから飛ばして階段を駆けて行く。 案の定、途中でコヒューコヒュー言いながら死にかけている慎ちゃんに追いついた。

慎ちゃんの背中をさすりつつ、私たちはなんとか頂上まで登り切った。


 薄暗い神社の境内。 1つしかない電灯がぼんやりと辺りを照らしていた。


 ジージーと虫の声だけが鳴り続け、その他は無。

 人の気配は一切なく、静寂が一帯を支配していた。


 だが、慎ちゃんには大変言いにくいのだが――


「慎ちゃん、あの…………花火、 見えないんだけど…………」


 鬱蒼と生い茂った木で花火の上がる方角の空はほとんど見えない。

 人が来ないのも頷ける。 だって見えないんだもの。 そりゃ誰も来ないよね。

 でも慎ちゃんは動じていなかった。





「いいんだ」





 慎ちゃんが静かに呟く。








「桃山と二人きりになりたかっただけだから」


 慎ちゃんは正面から私を抱き寄せた。




 ドォン パラパパパパ




 力強い抱擁と一発目の花火の音。


 遠くから小さく花火を見る人たちの歓声が聞こえる。

  慎ちゃんの呼吸は花火の音よりも大きく聞こえる。 耳のすぐそばで感じる。


 私は突然のことに驚いて体が硬直していた。 体が熱い。


「桃山、 耳真っ赤だぞ」


「――ゃ」


 耳元で囁かれる慎ちゃんの声にゾクッと体が震えた。


 今日の慎ちゃんはいつになく積極的だった。

 えっ、なんで? 夢? 夢でしょ? これ。

 私が混乱している間に、慎ちゃんはこちらに顔を寄せてくる。

 

 え待って待って待って。うそでしょ? えマジ? いいの?! 本当にいいの?!


 私は目をギュッとつむり、その時にそなえる。


 






 ……………………………………











 ……………………………………












 ……………………………………あれ?







 キスは一向に来ない。


 その代わり、




 コツン


「痛」


 おでこに何かがぶつかった。 別に痛くなかったけど、つい反射的に声をあげてしまう。


 目を開けると、地面に先ほどの射的のコルク弾が転がっていた。

 慎ちゃんは一歩離れたところでにんまりといたずらっ子の顔をしている。


「桃山ゲーット!」


 ううぅ。 いじわるにも程がある。


 私が落胆していると、 慎ちゃんは再び私を抱き寄せ、


「桃山はもう僕のものだよ」


 そういって唇を重ねた。


 完全な不意打ち。


 唇に柔らかい温もり。

 互いに唇を軽く合わせるだけのキス。

 だけど、私の心はじんわりと満たされていく。




 この時間が一生続けば良いのに。




 薄暗い境内の中、見えない花火と二人の息遣いだけが鳴り続けた。



♦︎




「慎ちゃん」


 二人の汗を吸い込んだベッドの上、慎ちゃんの胸板に頬を寄せて、上目遣いに慎ちゃんを見やる。

 慎ちゃんは目だけで答える。 優しい目。


「呼んだだけ」


 んふふ、と自然に声が漏れる。 慎ちゃんは相変わらず優しい目で私を見ている。


「……………………夢じゃないよね?」


 不意に不安になって、聞いてみる。


 慎ちゃんは優しい目のまま、人差し指と中指を私の鼻めがけてアッパーのように下から突き上げてきた。


 すんでのところで、慎ちゃんの手首を掴み阻止できた。 慎ちゃんが悪びれることもなく言う。


「夢じゃないって教えようかと思って」


「今そういうのいらないから」


 まったく。 油断も隙も無い。


 でもこれだけの幸せが一気に押し寄せてきたのだから、今「ハイこれは夢です」 と言われたら納得できてしまいそうだ。


 それに私の好意に応えてくれたのは、本当にうれしいのだけれど、あまりに急すぎるのも気になる。

 今まで生徒会メンバーの猛アタックをかわし続けてきた慎ちゃんだけに、今日の慎ちゃんが不自然なような気もした。







 …………もしかしたら私の知らないところで何かが起こっている?






 考えすぎか。





 幸せ過ぎて、不安になっているだけなのかも。


 はぁ〜〜〜〜幸せ過ぎる! ヤバい!



―――――――――――――


【後書き】

いつもありがとうございます。作者です。

本話のヒロイン 桃山 遥香をイラストで描いて近況ノートに載せてみました!

良かったら見ていただけると嬉しいです。

ただ「イメージと違った」ということもあり得ますので、ご自分のイメージを大切にされている方はスルー推奨です。



それから本話を読んで、もしかしたら「あれ?」「ん?」と違和感を感じた方もいるかと思います。

説明不足ですみません。ちゃんと後々回収しますので、最後まで読んでいただけると幸いです。

今後ともよろしくお願いします!







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