第42話 8月5日 ドリちゃん先輩②

 

「慎様っ、次、何乗ります?」


 わたくしは慎様の腕を取って、密着する。

 胸を押し付けるように慎様の腕をギュ〜っと抱いた。

 今日の私は一味違う。

 いつも日和見スタイルの私もついに覚悟を決めた。


 唐突に訪れたこのチャンスを絶対に物にする、と!


 なんだかんだと言い訳して、生徒会メンバーの猛アタックをのらりくらりと交わしてきた慎様が、何故か今日はやたらと積極的!

 こんなチャンスはもう一生訪れないかもしれない!


 絶対に! 絶対に慎様の心を鷲掴みにしてみせますわ!



 慎様は『ドリちゃん先輩の豊かなおっぱい、最高かよ!』という顔をしている。単純脳みその慎様の思考は読みやすい。絶対にポーカーとかしない方が良い人種だ。



「ドリちゃん先輩の豊かなおっぱい、最高かよ!」


 ほら見たことか。一言一句同じ発言をするとは恐るべし単純脳みそ! というか、本人を目の前にして堂々と言うセリフではない。

 慎様は私の視線に気がつくと『はっ』と我にかえり、咳払いをした。咳払いをしてもさっきの発言が消えたわけではないのに、慎様は何事もなかったかのように平然としている。

 そして、ぬけぬけと言い放つ。


「もォ〜。胸が当たってますよー。ドリちゃん先輩ー。これセクハラ――あ。待って! お願い待って! 胸はそのまま! そのままで大丈夫です!」


 試しに離れようとしてみると、慎様は慌てて私の腕に絡みついてきた。顔が必死過ぎる。どんだけおっぱいに飢えているのか。可愛い。

 慎様が必死に私を求めている。少し汗の匂いの混じった慎様の香りが私の理性にダイレクトアタックをかましてくる。

 かろうじて耐えているが私のライフポイントは尽きつつあった。お股がキュンキュンして、ビショビショで、冷たくて、最悪。



「ちょっとお腹すいてきたなァ」


 能天気な慎様が私のお股事情なんて知りもせず、何やらクンクン私のにおいを吸引しながら呟いた。

 エッチな王子様はランチをご所望のようだ。


「では、お昼ご飯にしましょうか」



 ♦︎




「あの……ドリちゃん先輩…………。いつこんなとこ予約したんですか……?」

「いやですわ慎様。たまたま空いていただけですわ」


 慎様は最高級のコース料理の数々に圧倒されていた。

 本当は急遽、金の暴力で一席開けてもらったのだけれど、そんなことを言えばさらに慎様をドン引きさせてしまうから黙っておく。


 慎様は既にテーブルマナーを早々に諦めて、ステーキを星形に切り抜き出している。

 本人は真剣そのもの。額に汗し、職人のような顔でステーキを星形にしているが完全にマナー違反である。


「し、慎様。私が切って差し上げますわ」


「素人は黙ってろォいィィィ!」


 しゃくれた慎様が吠える。

 周りの視線が痛い。

 というか、なんでしゃくれているのか。

 私は慎様のステーキに少し切り込んでしまったナイフを引っ込めた。


 すると、


「手ぇ出すならしまいまでやれ!」


 カマ爺がいるゥゥウウ! 千と千尋のカマ爺がいるゥゥゥ!

 切っても怒鳴られ、切らなくても怒鳴られる! どうしたら良いのか。

 結局、全て私が切って差し上げた。


 そして、慎様の奇行以外はつつがなく食事は進み、ついに待っていたタイミングが来る。


「お、もうデザートかぁ」


 キャビアを耳たぶに付けた慎様が言った。どうやって食べたらキャビアが耳たぶにつくのだろうか。さすがMr.奇行の慎様である。

 デザートは敢えて私と慎様とで、違うものを頼んであった。

 それはもちろん例のアレを敢行するため。


「慎様。このマカロンとっても美味しいですよ。一口食べてみてください。はい、あ〜〜〜〜〜ん❤︎」


 そうコレ! コレコレコレ!

 恋人同士の恒例の甘ァ〜いイベント! 一度やってみたかったのですわ!

 しかし、慎様はちょっと躊躇いがちであった。


「えェ〜…………ちょっとなァ……」


 慎様は周りをキョロキョロ見回してモジモジしている。可愛い!

 でも、どうしてだろう? どうして慎様は躊躇っているのだろう? いつもなら、それくらい受けてくれるのに。

 慎様にならって私も周りを見てみると、確かに周りの人たちは私たちをチラチラ伺っていた。

 カップルが少ないこのご時世に、これ見よがしにイチャイチャしていれば当然注目を集める。

 ん? 待てよ? 周りに見られて?

 ――はっ! そういうことか! 謎は全て解けた!


 慎様はきっとこう言いたいのだ。


『周りに見られているのだから、あ〜んでは生ぬるい。もっと過激なやつで来い!』


 私はマカロンを口に丸ごと放り込み、慎様に口移ししようとガバッと抱きつこうとした。


「ぇ、はァ?! ちょ待――


 慎様が咄嗟に突き出した手が私の喉を突き、口に充填してあったピンクのマカロンが、フリスビーのようにシュポっと飛び出した。

 回転して付着したヨダレを撒き散らしながら、マカロンフリスビーは『待っ』の形を作った慎様の口に吸い込まれていく。


 かぽっ


「んんぅんん?!」


 慎様は口にホールインワンしたマカロンを咀嚼もせず、勢いそのままに丸呑みにしてしまった。

 続けて水を一気飲みし、ぜぇはぁ言いながら涙目で私を睨んでいる。なんでだろう?

 ――はっ! もしかして! 謎は全て解けた!


「分かりました慎様。私が咀嚼してから口移しの方が良かったってことですね」


「どんなマニアックな変態だ僕は! しばくぞクソドリル!」


 何故か慎様は怒っていた。





 ♦︎




 今、今回のデートのメインイベントが執り行われようとしている。

 そうそれは――



『観覧車チッス』



 ――ですわ。

 カップルは観覧車のてっぺんに到達すると必ずキッスをしなければならない。鉄の掟。

 いかに慎様と言えどもこの掟がある限り、私に襲われても決して文句を言うことは叶わない。

 そもそもデートの場所を遊園地に指定したのは全て、この観覧車で強制わいせつするためである。


 もうすぐ! てっぺんはもうすぐそこォオ!


「なんかドリちゃん先輩、さっきからそわそわしてません?」


「い、いいえ? 気のせいですわ」


「いや、顔真っ赤だけど」


「暑さのせいですわ! ああ〜暑い! 暑いです!」


「いや、なんか太ももモジモジさせてるけど」


「お、おしっこ我慢してるんですの!」


「いや、なんかドリちゃん先輩のイスだけ、少し湿ってんだけど」


「おしっこ! おしっこが少し漏れただけですの!」


「えぇ…………」


 何がなんでもごまかしきらないと! 興奮して既に愛液が止まらないだなんてバレてはいけない! それを隠すために致命的な言い訳をした気がするけれど、もうヤケクソですわ!







 そうこうしているうちにてっぺんを知らせるマークが真横にやってきた。






 よし! 今ですわ!









 私は慎様にキスをしようと、てっぺんマークから慎様に顔を向け直した時、それは突然訪れた。





















「んんんぅ?! んんぅっ! 慎しゃまっ――んんぅっ❤︎」



 唐突に慎様にキスをされた。

 私がしたのではない。慎様から、である。

 私の両手は指を交差するように慎様に握られて、抵抗を封じられている。もとより抵抗するつもりは皆無なのだけれど、その一見乱暴に見える所作が、慎様からの猛烈な求愛だと強く感じられ、興奮が止まるところを知らない。


 私は慎様の口に舌をにゅるっと挿しこんだ。


「んぁ?!」


 慎様は驚いて私の両手を離す。

 私は空いた両手を慎様の首に回して、慎様の退路を塞いだ。

 逃しはしませんわ!


「んんんぅ! んんぅん! ちょ! 待! んんぅんんん!」


「んはァっ❤︎ 慎様慎様慎様慎様慎様ァ❤︎ 逃げちゃ嫌ですわっ❤︎ てっぺんでのイチャつきは定番でしょう?」


「過ぎてるから! もうてっぺん過ぎてるからァ!」


「大丈夫ですわ! 慎様のジョニーはまだてっぺんに位置していますもの」


「やかましいわっ!」


 慎様が私を制止して、私が慎様の口をキスで塞いで。

 もうどれだけこの攻防を繰り返しただろう。

 私のお股は興奮で大洪水を起こしていた。

 あぁああぁ〜❤︎ ずっとこうしていた――








「――あの〜………………お客様……」











「……………………」

「……………………」








 ドン引き顔の遊園地スタッフ。

 どうやら私と慎様がイチャついている間に地上に戻ってきていたらしい。

 恥ずかしさに真っ赤に染まる慎様。

 きっと私もゆでだこのように真っ赤になっていると思う。耳が異常に暑い。


「降りてもらえますか?」


「………………はぃ」



 私と慎様はすごすごと観覧車から降りた。




 ♦︎




 帰り道。

 私は慎様からキスをしてきたことの意味を、いまだ聞けずにいた。

 期待をするともし違った時に悲しい。死にたくなる。多分生きていけない。

 聞かなければ、まだ可能性は残る。慎様が私を好きでいてくれているという可能性が。


 だから、何も聞かない。何も聞けない。


 沈黙のまま、2人ならんで出口ゲートに向かっていた。

 私は足元に落とした視線をチラリと慎様に向けると、慎様もこちらを見ていた。

 少し切なげな笑みを浮かべている。

 いったいどんな心境なんだろうか。

 鼓動の音がうるさい。

 別に今から告白すると決めていたわけでもないのに、何故か私の心臓はこれから訪れる何かを期待するかのようにドクンドクンとリズムを刻んだ。


 慎様は優しく微笑むだけで、何も言わない。

 まるで何かを待っているかのように。


 言え! 言うんだ! 慎様に好きだって! 付き合ってほしいって!


 でもあと一歩のところでやはり勇気が出なかった。

 いつもそう。私は肝心なところで足がすくむ。体が動かない。

 失敗すらできない。

 挑戦しないのだから。

 失敗もなければ、成長もない。一歩も進まない。

 やっぱり……私は私。

 目が眩むような純真で真っ直ぐな人を追いかけても、変わりようがないのね……。


 再びうつむき、またも視界が自分の足元でいっぱいになる。



 すると、突然。











 グンっと視界が揺らいだ。

 誰かに引っ張られたのだ。


 慎様である。


 慎様は私の手を恋人繋ぎで握ると強く私を引き寄せた。

 その顔はいたずらを成功させた子供のように無邪気でありながら、我が子の成功を祈る親のように優しかった。

 もう覚悟を決めるしかなさそうですわね。




 ……………………よし!





「し、し、し、慎様! こ、こ、今夜は一流ホテルに予約を取っているのですけれど――


「――いいよ」



 私が言い切る前に慎様が答える。

 いったい何が『いいよ』なのだろうか。

 また私を迷わし、惑わすことを言う。


 ともあれ。


 ホテルに行く、とはそういうことである。

 私はやりますわ! やったりますわ!

 お父様、お母様、私は本日処女を捨てます。いえ、最愛の人に捧げます。




 この展開は激アツ激ヤバですわっ!




――――――――――――――――――


久々の投稿ですみません!

子育てになかなか自由時間がとれず……言い訳ですね。すみません。少しずつですが、完結に向けて書いていきたいと思います!

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