第33話 4番レフト ドロ子
「大変です大変です大変ですぅぅぅううう!」
私がパワ◯ロのサクセスで能力値オールAの慎ちゃん選手育成に励んでいると、美咲が生徒会室の扉を勢いよく開け放ち叫びながら入室してきた。
美咲がこうも取り乱すなんて珍しいと他の生徒会メンバーも少し驚いた表情で、言葉を発せずにいる。
ここは生徒会長である私が先陣を切るべきであろう。
「そんなに変態変態騒がなくても、美咲が変態なのはもう知っているから」
ため息をつきながら私はクールに美咲を落ち着かせる。
「変態です変態ですって自己紹介しながら現れる人がいると思いますぅ?! てか会長の方が100倍変態ですから!」
生意気にも反論してくる美咲。
「確かに智美は紛う事なき変態だな」
「ですね」
「おっぱいからしてもう変態ですわ」
「言いたい放題?! おっぱい関係ないし!」
なんかこの生徒会、会長に辛辣ぅ!
言っとくけどキミたち全員変態だからね?! ヘンター×ヘンターだからね?!
やけにハイスペック集団だと思ってたら、変態という『制約と誓約』だったのかしら。
「で、何が変た……大変なの?」と遥香が聞く。
「あ! そうでした!
「ねえ今すごく失礼なルビ使わなかった?」
「皆さん、ご存知ですか?」
美咲が私を無視して皆に問いかける。
「慎ちゃん先輩の年下の従姉妹の存在を」
「従姉妹?」
「聞いたことないな」
「でも、わざわざ従姉妹の話題なんて出ることの方が珍しいと思いますわ。知らなくて当然じゃないんですの?」
確かにドリちゃんの言う通りだ。
だけど、慎ちゃんのことなら何でも知っておきたかった。悔しい! 今度探偵雇って身辺調査しよ。
「というか、なんで美咲はそんな従姉妹の存在なんて知ってんのよ」
悔しかったのは遥香も同じだったのか、美咲に食ってかかる。
あーこれは遥香のストーキングも今後は一層苛烈になるだろうな。慎ちゃんご愁傷様。
「もちろんハッキングによる成果です」
「お巡りさんこの人でーす」
私が叫ぶと薫はスマホを取り出して画面を3回押し、「はい。……はい。……事件です」と素早く通報する。おそらく時報だろうが。
「違います違います! 違いますから! スマホを遠隔操作で覗き見ただけですから!」
美咲は慌てて両手をぶんぶん振りながら謎の釈明を始める。
「いや何も違わないから。何きみ、スマホだから良いとでも思ってんの?」
謎の言い訳を一蹴された美咲は頬を膨らませてさらに反論する。
「でも遥香先輩も盗聴器仕掛けてるし、会長も拉致してるし、ドリちゃん先輩のドリルは卑猥だし、薫先輩なんてクールな顔して慎ちゃん先輩でオナッてるじゃないですか!」
「なァァアアアアアアア!? 何故それをォォ?! いや、というか好きな男子で自分を慰めるのは割と普通だろ?!」
薫が顔を真っ赤にして弁明している。否定すればいいのに、速攻でオナ事実を認めてんじゃん。
「私のドリルは卑猥じゃありませんから! いや、というかドリルじゃありませんからァ! もう! 話がさっきから全く進んでいませんわ! その従姉妹がなんだって言うんですの?」
ドリちゃんが軌道修正する。慎ちゃんを無理やり転校させようとするイカレポンチのくせに最近まともキャラを確立しつつあるのが、ちょっとイラッとする。
「今日、慎ちゃん先輩、家庭の事情で生徒会活動休みじゃないですか? 実はその理由というのが、…………その従姉妹なんです。…………今日慎ちゃん家に来てるらしいんですよ……」
「……………………」
沈黙が訪れる。
「ま、まぁ従姉妹だし? そんなことも、あるんじゃない……?」
遥香はそう言うが声が震えている。精一杯の強がりなのかもしれない。
「しかも」と美咲が続ける。
「しかも、今日慎ちゃん先輩のご家族は帰ってきません」
「………………」
再び沈黙する一同。
「…………今日泊まるそうですよ」
これがトドメであった。
「こんちくしょォォォオオ! んなこと許せるかァァアア!」と遥香が吠える。
「その通りですわ! 従姉妹だろうと男女が二人きりでお泊まりなんてダメですわ! ダメ、絶対! ですわ!」とドリちゃんのドリルが高速回転を始める。どういう仕組みだ……?
「この私に黙ってお泊まりなんて、いい度胸だ。人生の先輩としてたっぷりとお説教してやろう」と薫が静かにブチギレている。
当然、ブチギレているのは私も同じだ。
慎ちゃんの初めては私がもらうことになっているのだ。どこぞのガキンちょになんぞに取られてたまるか!
「皆」
私は静かに呼びかけ、そして立ち上がった。
「行くよ」
「ああ!」
「ええ!」
「はい!」
「了解!」
私は猿とキジと犬よりも100倍獰猛な仲間を連れて、
♦︎
「会長、来たはいいけど、どうやって慎ちゃん宅に入るんですか?」
私たちは慎ちゃんの家の前のブロック塀に隠れて、慎ちゃん家を見上げていた。
怪しすぎる。どう見てもストーカー集団です本当にありがとうございました。
いやいや、違う。ストーカーではありません。盗聴器仕掛けるまじモンのストーカーが1人混ざってるけど、私は違います!
「そりゃピンポン押して、『来ちゃった❤︎』が定番じゃない?」
「いやいや流石に何か理由がないとおかしなことになりますわ!」
それもそうか。「来ちゃった❤︎」「何しに来たの?」で詰むしね。
うーん、しかし説得力のある自然な理由って難しくない?!
しばらく皆でうんうん悩んでいると美咲が突然挙手した。
「任せてください! 私に妙案があります!」
小さな胸を張って、ふんすと意気込んでいる。
「本当に大丈夫なの……?」
この子、何気にやることなすことぶっ飛んでるからなァ……。
「大丈夫です! ちゃんとドラ◯もん全話見て、学びました」
おかしいよ。もうすでにおかしいよ。
どっから学んでんだよ、この子。ドラ◯もんにそんなシーンないから。同級生の家に侵入するシーンないから。いや、あるわ。どこでもドアでお風呂場に侵入してたわ。
マジで美咲ならどこでもドア出して来そうで怖い。
「じゃあ、行きますよ!」
誰も了承していないのに勝手に任された美咲が懐からリモコンを取り出した。
「リモコン……?」
「さぁ! 行け! ドローン! キミに決めた! 体当たりだ!」
……………………は?
バリーン!
ドローンは慎ちゃん宅の2階の窓ガラスをぶち割って中に侵入した。
「美咲ィィィイイイイ?! 何やってんの? 何やってんの? バカなの? 侵入する理由考えてただけなのに、強行突破してんじゃん! ドローン単体で強行突破してんじゃん!」
「まぁまぁ落ち着いてください。私の作戦は今始まったばかりなんですから」
「終わってるわ! 完全に終わってるわ!」
「大丈夫です! 今に慎ちゃんが『コラァー! またお前たちか!』って言いながら出てきますから」
「ドラ◯もんの空き地の隣のかみ◯りさんか!」
そうこうしてるうちに慎ちゃん家のドアが勢いよく開く。
「コラァー! またお前たちか!」
本当に出てきたよ! 両手を上げて、怒りながら出てきたよ! その手にはドローンが握られている。
『また』って、割ったの初めてなんですけど……。なりきってる? 慎ちゃん、かみな◯さんになりきってる?
美咲がずいっと前に出て弁明する。
「いやァ〜、すみません慎ちゃん先輩! 私たち野球してたんですけど、皆ダメだって言ってんのに会長がフルスイングするものですから……」
オォォオオオオオオイ! 何私のせいにしてんの?! キミのせいじゃん! 完全にキミの独断じゃん! 『キミに決めた! 体当たりだ!』ゆうてたじゃん! サトシかお前は!
慎ちゃんは呆れ顔で口を開く。
「いや、というかなんで野球しててドローンが突っ込んでくるんですかねぇ……?」
ごもっともォオオ! ドラ◯もん見て学んでんなら野球ボール投げろよ! なんでドローン?!
「いえいえ、その子4番レフト、ドロ子です。ホームランボール追っかけて、自分が慎ちゃん先輩家にホールインワンしちゃいました。でもそれって、野球じゃなくてゴルフですよねっ。うふふ、ドロ子ったら、もう。うっかり屋さんっ」
うふふ、じゃねェェエエ!
ドロ子って誰?! 死んでんじゃん! 仮にドロ子だとしたら、今まさに慎ちゃんの手に握られてぐったり息絶えてんじゃん! 蘇生しろよ!
慎ちゃんは「ダメだこいつら頭おかしいわ」って顔をして私たちを見ていた。
美咲があたおかなのは間違ってないけど、私たちまで巻き込まないでくれる?!
その時である。
「慎一お兄ちゃーん、まだァ? お兄ちゃんが戻ってこないと寂しい〜❤︎」
玄関の奥の部屋から黒いキャミソールにショートパンツを履いた少女がやってきた。
強くウェーブした銀髪が肩口で切りそろえられ、幼い顔立ちの中に、意志の強そうな吊り目を備えた美少女。
おそらく小学校高学年から中学1年生くらいの歳だろう。
私達は確信した。
『この女が
私たちの敵意を察知してか、鬼の目が鋭く私たちを見据える。
「えー、このオバさん達だ〜れ? お兄ちゃんあたし怖いぃ」
言いながら鬼は慎ちゃんの腕に絡みつく。
「お、おば…………」
「ちょっとォオ! 何馴れ馴れしく慎ちゃんの腕に抱きついてんの?! 離れなさい!」
オバさん呼ばわりにドリちゃんが白目を剥き、遥香は怒りに爆発している。
慎ちゃんが慌てて間に入る。
「まぁまぁまぁ! 落ち着け桃山! な? いい子だ! どうどう! ちょバカ! 舐めないでもらえる?!」
慎ちゃんが遥香の顔にムギュッと押さえつけていた手を舐められて素早く引っ込める。いいな。私も舐めたい。
「早苗ちゃん、この頭のおかしい人たちは、僕の学校の生徒会役員達だよ」
慎ちゃん、その紹介はあんまりじゃない?!
おかしいけど! 確かに私以外皆頭おかしいけど!
慎ちゃんは今度は私たちに、従姉妹の紹介をする。
「この子は、僕の従姉妹の早苗ちゃんです。早苗ちゃんのお母さん--僕の叔母ですけど--が僕の母と旅行で出かけてるので、今日一日僕が面倒みることになってるんです」
「早苗でーす。12歳小学6年生でーす。好きな食べ物は慎一お兄ちゃんでーす❤︎」
「ばっかだなぁ、僕は食べ物じゃないだろ? 本当早苗ちゃんは天然さんだなぁ」
何も気付いていない慎ちゃんは早苗と無邪気に笑い合っている。
だが、私たちは皆戦慄を覚えた。
『捕食者の目をしている!』
ヤバいヤバいヤバい! このままでは本当に慎ちゃんの初めてがこのガキンチョに食い散らかされてしまう!
なんとかしなければ!
「そ、そうなんだァ〜? 大変そうだねぇ! あ、そうだ! じゃあガラス割っちゃったお詫びに私たちも早苗ちゃんと遊ぶの手伝うよォ」
遥香がそう提案する。
ナイス! これで慎ちゃん家にも潜り込める!
しかし、慎ちゃんが発言する前に早苗が口を挟む。
「遊んでもらわなくても大丈夫ですぅ〜。私は慎一お兄ちゃんと遊ぶから! 慎一お兄ちゃんと大人の遊びにチャレンジするから!」
「ばっかだなぁ、早苗ちゃんはまだまだ子供だろォ? 一緒にジェンガでもしようぜ」
またも何も気付いていない天然慎ちゃんはのんきに笑っている。
気付いて?! 慎ちゃん、キミの貞操の危機なんだよ?!
「いえいえ、割ってしまったガラスの片付けもありますしぃ。なんなら夜ご飯、
ナイスドリちゃん! 何がなんでも慎ちゃん家に転がり込むよ皆!
今生徒会女子メンバーの心は一つになった。
しかし、早苗がそれを阻止すべく動く。
「作ってもらわなくても大丈夫ですぅ〜。あたしが慎一お兄ちゃんに愛とアレを込めた手料理を振る舞うから!」
「ばっかだなぁ、早苗ちゃんは子供舌なんだから、いくら僕が
ちっげェェェエエエ! 多分『アレ』って唐辛子じゃないから! ヤンデレ女子がバレンタインチョコに混ぜちゃうようなヤバめのものだから!
いつもの慎ちゃんなら『アレってなんだァァアアァ?!』くらい言いそうなものなのに……! 完全に腑抜けている! あとさっきから『ばっかだなぁ』が妙にイラッとくる!
しかし、ここで天は、というか慎ちゃんは私たちに微笑んだ。
「でもまぁ、せっかくだからあがっていきます?」
皆の表情がパァァっと明るくなる。
そして同時に叫ぶ。
「やったァ!!!」
「よっしゃァァアア!」
「ファォォォォオオオオ!」
「キタコレェェェエエエ!」
「やりましたわ!!」
そんな私たちを慎ちゃんはドン引きの眼差しで眺めているのであった。
つづく
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