第30話 合コン

「なァ、慎一ィ、今度合コンしねぇ?」


 北高の友人、隼人はやとのやかましい声が電話越しに聞こえる。


「合コンん?! お前、女子にまるっきり興味ないみたいなこと言ってなかったか?」


「いや、そうだったんだけどさァ。俺のダチが年上彼女にベンツで送り迎えしてもらってて、いいなァって思ってな! 俺ってイケメンだろ? 合コンすれば彼女の1人や2人簡単にできるだろーし」


 ウゼェ! 電話切っていいかな?

 でも確かに送り迎えは憧れる! 僕も外車で拉致されたことならあるけど……。あのちびっ子の運転はもう勘弁願いたい。


「合コンに興味がある男子なんてほとんどいないからよォ、俺の引き立て役探すのが大変なんだよ」


 僕は電話を切った。


 プルルルルル、ピッ


「――いきなり切るなんて失礼な奴だなァ?!」


「いや、お前の発言の方が100倍失礼だわ」


「頼むよォ! 今度エロDVDやるからさァ。いるだけでいいから! メンバーは全員俺が揃えるし!」


「………………」


 欲しい……! この世界は男女比の関係で、男向けエロDVDがめっちゃ少ない。つまり貴重なのだ。

 多分、男はヤろうと思えば、簡単にヤレるのも原因の一つだと思う。僕みたいな童貞男子も珍しいのだろう。

 だから喉から手が出るほど、欲しい!


「しょ、しょーがねぇーなぁ。親友のためだ、僕も一肌脱ごう!」


「ホントか?! サンキュー! やっぱり持つべきものは良き『当て馬』だよなァ」


「お前、まじでぶっ飛ばすぞオイ」



 こうして僕の合コン参戦は決まった。




 ♦︎




(合コン当日)



 僕たち男子陣が遅れて、店に入ると、女性陣が声を上げる。


「あ、来た来た! ヒュー! カッコいいイケメンくん達ィ! 待ってたよォ♪」


 少し年上の茶髪ショートのお姉さんが言う。ちょっとお調子ものっぽいキャラ。


「今日は来てくれてありがとうねぇ〜。お姉さんとっても嬉しいな」


 こちらも年上の大人な黒髪ロングのお姉さん。声がアニメ声で、優しそうな感じである。


「うん、本当嬉しい〜! で会えて嬉しい〜」


 こちらは同い年のウェーブしたピンク髪の美少女である。というか桃山である。




 …………………………。




 桃山ァァアアア?! 何故いるぅぅぅうう?!

 コンタクトでもしているのか、いつもの赤縁メガネはしておらず、いつもと雰囲気が違う。雰囲気が違って、めっちゃ可愛い。

 ただ、僕はそれにときめいている余裕はなかった。

 なぜなら桃山の笑顔の奥に激しい嫉妬の炎が燃え盛っているから。


 怖ぇぇええよ! てか、どっから情報仕入れた?!

 いや、聞くまでもない。聞くまでもなく、盗聴である。間違いない。



 僕の動揺を他所に合コンは始まる。

 僕は恐怖であんまり聞いていなかったが、まず女子2人が自己紹介をしたようだった。

 茶髪ショートのお調子者っぽい女性が麻弥まやさん、23歳新米弁護士。黒髪ロングのお淑やかな女性が京子きょうこさん、24歳ファッションデザイナー。

 2人とも結構美人だし、スペックが高過ぎる! なんでそこに女子高生の桃山が並んでんの?! ルックスでいったら桃山が最強だからか?


 僕の混乱を他所に桃山が自己紹介を始める。


「桃山遥香でェ〜すっ! 20歳女子大生やってまァ〜す」


 嘘つけ! お前女子高生だろ! 高校2年生だろ!

 多分、この合コンの女子の参加条件が『20歳以上』なのだろう。

 車送迎を目的にしている隼人くずの考えそうな事である。

 桃山の自己紹介は続く。


「好きなタイプはァ、優しくて、変態で、名前に『慎』がつく、そこの人でェ〜す」


 桃山が僕を指差しながら、言う。

 それもう『好きなタイプ』じゃなくて、『好きな人』じゃん! 合コンで一発目からそれする?!

 ただでさえ、女子の自己紹介を笑顔ひとつ見せずに品定めしていた隼人ともう一人の謎のぽっちゃり男子――以降『ポチャ謎くん』と呼ぶことにする――が、眉間にシワ寄せてるから!

 てか、なんで2人ともしかめっつらなの?! 自分で合コン開催しといて、そりゃないわ! ニコニコしてる僕の方が異端児みたいになってんじゃん!


 ここでポチャ謎くんが動く。


「ボク、人の物を掻っ攫うのが好きなんだよねぇ」と隣の僕にだけ聞こえるように呟いてから、ポチャ謎くんが桃山に顔を向ける。



「ねぇ、遥香。ボクの名前も『慎』がつくぞ。慎蔵しんぞうっていうんだボク。ボクの隣来い」


 偉そうにポチャ謎くん、もとい慎蔵が言う。

 てか、名前渋っ!

 そしてポチャ謎くん! キミの隣僕が既にいるんだけど?! 勝手に席替えさせないでくれる?! あいつ僕の上に乗りかねないから!


 僕は恐る恐る桃山に視線を向ける。




 しかめっつらしてるぅぅうう!

 やめろ! 桃山、お前のしかめっつら、怖ぇーんだよ! 僕のジョニーが縮みあがってるからやめろ!



「ポチャ謎くん、私はあなたの隣には行かないよ」


 はっきりと言い切る桃山。

 というか、同じあだ名つけてんじゃねぇーよ! どんな確率だよコレ!


「あ゛?! 『ポチャ謎くん』だと?!」とポチャ謎くんが剣呑な空気を作る。


「待て待て待て! ポチャ謎くん! 落ち着け! まだポチャギレる時間じゃない!」


 僕は慌てて、仲裁しようとする。


 が、


「ポチャギレるって何?!」と隼人が邪魔してくる。

 バカ! 余計なツッコみしてんじゃないよ!


 ポチャ謎くんが僕を睨んでいる。何故だ! 分からない。

 僕はとりあえず場を収めようと皆の顔を見て言う。


「と、とにかく! スマ〜イル! みんなで仲良くやりましょうよ! ね! そう思いませんか? お姉さん方!」



「そ、そうだよそうだよ! 良いこと言うねぇ!」

「そうそう! 真蔵くんの真剣な顔もカッコいいけど、笑った顔も見たいなぁ」


 麻弥さんと京子さんが援護射撃をしてくれる。

 さすが大人のお姉さん! 空気が読める!

 それに引き換え、桃山はなんか更に不機嫌になっている。

 僕が麻弥さん達に助けを求めたからか?

 だって仕方ないじゃん! お前、ポチャ謎くん怒らせることしかしなさそうだし!


 その後、なんとかポチャ謎くんの怒りは収まり、男子陣の自己紹介も無難に終わった。

 ちなみにポチャ謎くんと隼人の自己紹介は名前のみの簡潔すぎる自己紹介であった。


 沈黙が訪れる。

 気まずいよ! 何か言えよ、主催者!

 仕方なく、僕が口火を切る。


「じゃ、じゃあゲームでもしませんか?」


「いいねいいね!」

「何のゲームに――



「――王様ゲーム!」


 不機嫌だった桃山が京子さんの言葉を遮り、叫ぶ。

 え、なに? 『それだったらやってもいい』ってこと? てか、なんで若干偉そうなの?! ポチャ謎くん並みに偉そうだなお前!

 なんでそんなエロチックなゲームをこのメンツで――


「――良いチョイスだ! 偉大なこのボクに相応しいゲームだ! いいだろう、やってやる」


 ポチャ謎くぅぅぅん! キミ、このゲーム知らないでしょ?! 王様より下僕になる確率の方が高いのよ?

 ポチャ謎くんの鶴の一声で、王様ゲームの実施が決まった。


「王様だ〜れだっ」


 ホスト役の京子さん以外が割り箸を一斉に引く。ちなみに京子さんは残り物の割り箸が割り振られる。


「あ、私だァ! じゃァ〜、1番が2番の膝の上に座る!」と京子さん王様となり、命令する。



 あ! 僕2番だ! やった! 女の子なら誰でもいい! 後ろから思いっきりクンカクンカしてやる! ハハハハハハ!




「あ、俺1番だわ」




 結果、僕の上に座る隼人というキモイ構図が出来上がった。




 オィィイイ! 野郎と密着してどうする! 野郎をクンカクンカしてどうするぅぅううう!

 てか、なんで隼人、何も言わない?! 『おいおい、慎一かよォ』みたいな事、言えよ! なんか照れてるみたいじゃん! まんざらでもないみたいじゃァァん!



 そのまま、第2回戦が行われる。


「王様だ〜れだっ」


「あ、私だ! やったァ」と麻弥さんが座ったまま小さくぴょんぴょんする。


「じゃあねぇ〜。3番が5番の膝の上に座る!」


 さっきからなんで『膝の上』縛りなの?! 他の命令しろよ!

 僕は自分の割り箸を見る。




 ――4番。

 ふぅ、今回はセーフだったようだ。

 僕がそう思った瞬間。

 僕の膝の上から声が上がる。


「あ。俺5番」と隼人。


 そして、続いて、


「ボク3番」とポチャ謎くん。





 結果、僕の膝の上に座る隼人……の膝の上に座るポチャ謎くんというキモいタワーが出来上がった。

 てか、重てぇぇええええ! ポチャ謎くんがズッシリきてるぅぅぅううう! 僕の太ももが煎餅せんべいになるぅぅううう!



「あ、あはは。なんか……すごいね」と麻弥さんが苦笑する。

 引いてんじゃねぇぇええよ! お前の命令だろォォが!



 3回戦の王様は再び京子さんだった。てか、さっきから桃山が全くゲームに絡めず、不貞腐れている!

 ちょっと可愛い。


 京子さんはこれ以上、僕に荷重が掛かったらヤバいと思ったのか、こう命令した。


「じゃ、じゃあ2番が王様の膝に座るぅ〜」


 なるほど! これなら誰が当たっても大丈夫だ! 2番が男ならイチャイチャできる上に、僕の荷重を減らすことができる! 考えたな!


 僕は自分の割り箸を見た。そして言う。


「僕、2番……」


「………………」


 京子さんの顔が真っ青になった。

 ヤバいィィイ! 京子さんが潰れるぅ! なんとかしなきゃ……。男の僕がなんとかしなきゃ!




 結果、京子さんの膝の上方数センチのところで、プルプルと震えながら踏ん張る僕……の膝の上に座る隼人……の膝の上に座るポチャ謎くん、というトーテムポールが完成した。僕の頑張りで成り立っているトーテムポールだ。プルプル震えている。


 早く……! 早く次のゲーム……! というか、もう終わって! 頼むから終わって!


 次はようやく桃山が王様になった。

 桃山は満足そうにニッコリ微笑んでから言った。


「王様と慎ちゃんがディープキス! R18になるくらい凄いやつ! 唾液交換系のやつ!」


 桃山が目をキラキラさせて、興奮して命令する。


「名指しで命令してんじゃねぇぇえよ! それ無しだろ!」


 僕がツッコむと、桃山はコテンと首を傾げる。


「私、王様だよ?」


「王様でも言って良いことと悪いことがあると思います!」


 僕が踏ん張りながら、一生懸命、桃山を説得していると、トーテムポールのてっぺんのポチャ謎くんが話に割り込む。


「遥香! 僕も『慎ちゃん』だ! 僕が特別にディープキスしてやろう」


「いえ、あなたは『慎ちゃん』ではありません。ポッチャリ謎めく『ポチャ謎くん』です」


「あ゛ぁ?! 誰がポッチャリ謎めくポチャ謎くんだ!」


 ポチャ謎くんが、自分の胸を叩いて怒りを表す。

 何その怒り方?! ゴリラかよ!

 ポチャ謎くんが激しくドラミングして暴れたために、トーテムポールがグラグラと揺れた。


「ばか! ポチャ謎くん! 暴れんな! ドラミングやめろ! 倒れるから!」


「だァァれがポチャ謎くんだァァ!」


 ポチャ謎くんが更に激しくドラミングしだす。

 でも『誰が』を『だァァれが』と言うあたり、意外にポチャくんもノリノリなのではないか?


 ポチャ謎くんのドラミングで、ついにトーテムポールは崩れた。

 僕は京子さんを潰さないようにと、なんとかポチャ謎くんと隼人を京子さんの横に落とす。

 しかし、それによって無理な体勢になった僕は京子さんの豊かな胸の谷間に顔を埋めることになった。

 いわゆるラッキースケベである。

 しかし、今はラッキーとは言い切れない。もちろん京子さんに問題がある訳ではない。シチュエーションの問題である。



 怖ぇぇええええ! 桃山、目が怖ぇぇえええ!

 やめて! 睨まないで! これワザとじゃないから! 不可抗力だから!


 僕は慌てて京子さんから離れようとした。

 が、それよりも早く京子さんの腕が伸びてきて、がっしりと頭をホールドされた。


「いや〜ん、慎一くん、だいた〜ん❤︎」


 ちょ! やめ! お前死にたいのか?! 見られてるから! ガン見されてるから! 死神桃山に!


 死神桃山は僕を睨みながら、目の前のグラスを一気に呷った。



 て、お前それ――





 ダァン!




 桃山が机に空のグラスを打ち付ける。










「慎ちゃんの…………」









 顔を赤くして、僕を睨む。

 目が据わっている。









「慎ちゃんの…………」








 あいつは20歳っていう設定だったから、配られた飲み物は酒だった。

 要するに酔っ払ったのだろう。

 初めての酒で一気飲みするからそうなる。

 僕は酔っ払った桃山が大暴れする様を思い浮かべ、胃が痛くなった。





 が、桃山は、









「慎ちゃんのばかぁぁぁああ! うぁああああ〜〜〜ん」






 泣いた。

 まさかの泣き上戸である。

 僕は慌てて京子さんのホールドを振り解き、桃山に駆け寄る。


「何泣いてんだよ桃山っ」


「だって……! だってぇ〜……! うわぁああ〜〜〜ん」


 一向に泣き止まない桃山を抱きしめて、頭を撫でる。

 桃山は両手で目を擦るように隠しているので表情はよく見えな――え、ちょっと待って。笑ってね? ちょっと口元、ニヤけてね?


 僕が桃山の嘘泣きを疑り、離れようとした時、その兆候は現れた。

 桃山がピクっと止まって、うっぷ、と頬を膨らませる。



 あ、これヤバいわ。こいつ吐くわ。



 僕は即座に近くに置いてあった僕のカバンの中身を全て床にぶちまけた。隼人からの報酬である僕のエロDVDが大衆に晒される。麻弥さんと京子さんから、『え?!』て顔で見られた。

 大丈夫。変態バレはもう慣れっこだ。恥ずかしくなんか……ないもん……! ぐすっ。


 っとと、そんなことよりゲロ袋だった!

 さよなら、僕のカバン! この世界に来てからずっと使ってたカバン! お前は今この時からカバンではなく、ゲロ袋だ! 活躍してこい……!



 その後、僕のカバンもといゲロ袋は大活躍し、桃山は酔い潰れて眠ってしまった。



「あー、実は僕桃山とは知った仲なんですよ。なんで、僕が桃山を家まで送ります」


 そう言って、僕は桃山と合コンを抜け出し、桃山をおぶって、夜道をトボトボ歩き、帰路についた。


 この時の僕はもうすっかり1日を終えた気で『今日も楽しかったなァ』とお気楽に構えていた。

 おぶられている桃山の目がギラリと怪しく光っていることも知らずに……。




 つづく

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