第29話 進路
「う〜ん」
僕は鼻と口の間に鉛筆を挟んで、生徒会室で作業する皆を他所に1人うんうん唸っていた。
「慎一、さっきから何をうんうん唸っているんだ?」
薫先輩が電卓を弾きながら僕に尋ねる。
「いやぁ、進路希望調査の紙になんて書こうかなァ、と思いまして」
将来の夢、というものが僕にはない。
この進路調査で、その事を改めて確認できた。
「慎ちゃん、そんなこと悩む必要ないじゃん」
会長がぬり絵をしながら何でもないことのように、割り込む。
え、待って会長、何ぬり絵してんの?! 何プ◯キュアのぬり絵してんの?!
僕の心のツッコみを他所に会長が続ける。
「だって、慎ちゃんは私の会社で雇うんだから」
「いや、『雇うんだから』じゃありませんよ。何勝手に決めてんですか。というか、会長、会社経営してんの?! そんなにお子様なのに?! ぬり絵してんのに?!」
会長は可愛らしくほっぺを膨らませて抗議する。
「失礼な! プ◯キュアはすごいんだよ?!」
いや、そこじゃねーよ! 確かにプ◯キュアの偉大さは疑いようがないが、僕が言ってんのはそこじゃねぇーよ!
「智美は親が大企業の社長だからな。既に経営の一部を任されてるんだろう」と、薫先輩が会長の代わりに答えてくれた。
「ふふふ、慎ちゃんは私が公私共に面倒みて行くんだよっ! もちろん
会長がウインクして、僕の下を見る。
見てんじゃねぇーよ! 下の世話なんて…………是非お願いしまァァァす!
……いや、そうじゃない。デリカシーのない会長で困ってしまう。まったく。
「いやいやいや、会長、何脳内お花畑なこと言ってんですか?」と美咲ちゃんが会長に噛み付く。
「慎ちゃん先輩は、天才発明家の私の助手として世界にはばたくってもう決まってんですから! とっくに予約済みです」
「決まってねぇーよ! キミ助手いらないよね?! 既に助手なしであり得ないメカ開発しまくってるよね?!」
ぷんすか両手を上げて、漫画みたいな怒り方をしている会長を押しのけて、僕がツッコむが、美咲ちゃんは怯まない。
「いえ、助手は必要です。美咲、これでも悩んでるんですっ! 何故かどのメカも、完成すると鼻にチンポが付いてるんです! 何故でしょう? でも慎ちゃん先輩が助手してくれれば大丈夫な気がします」
「全然、大丈夫じゃない。キミの頭が大丈夫じゃない。まずは自分の正常な脳みそを開発してください」
その後も、競うように、「いやいや、慎一は芸人に」、「いえいえ、慎様は私の会社の副社長に」、「いーえ、慎ちゃんは私のお家で観賞用に」と皆が主張する。
ちょっと待て。『観賞用』とか言ってるやつだれだ。それ就職じゃないから。それ監禁だから。
「ていうか、慎一は何かやりたいこと、ないのか? 将来の夢とまではいかなくても、今やってみたいこととか」
「やりたいことかァ。う〜ん……。強いて言えば……YouTuber?」
「うっわ。先を見据えない若者みたい」と会長が偏見に満ちた発言をする。
やりたい事を言えと言われたから、言ったのにあんまりである。
「じゃァ、ちょっとやってみたらどうですか?」
美咲ちゃんの一言で、皆が当たり前のように準備を始めた。何この連携。
♦︎
「みな、さん、こん、にち、はっ! 慎一チャンネルのっ! 慎ちゃんとっ」
「…………ドリちゃんです……。これ、本名言っちゃダメなんですの……?」
ダメに決まってるだろ? 紗希ちゃんとか言っても誰が分かるっていうんだ? 読者はキミの名前誰も覚えてないから。もうドリちゃんが定着してるから。
「今日はっ! ドリちゃんのっ!
「いや、元気よく言っても見せませんわよ?!」
ケチなドリルである。
「大丈夫大丈夫! ドリちゃん程度のお尻でR18にならないから。せいぜいR15だから」
「ぶん殴りますわよ?! いくら慎様でもぶん殴りますわよ?!」
「ちぇ〜。皆さん、申し訳ありません……。僕の力不足でおっぱいしかオーケーでませんでした……」
「おっぱいもオーケー出してませんけど?!」
あれもダメ、これもダメって、ドリちゃん先輩は、我が儘だなぁ。
そう思っていたら、今度は会長から横やりが入った。
「カットカットカーット! 私の慎ちゃんとイチャイチャしないで欲しいよ!」
「イチャイチャというか、ヌード要求されてただけなんですけど……」
「慎ちゃんに求められるなんて、ズル過ぎるよ! 代われっ!」
会長はどこかの芸人のコントみたいなことを言いながら、ドリちゃん先輩をどかして、僕の横に来る。
「どうも〜!
勝手に名称変更された。
夫婦じゃねーし。
「こちらのキューティーボーイ須田慎一とォォ、わたくし須田智美がお送りいたしまァ〜す」
西条な。キミの苗字西条な。
「さて、では早速今日の企画参りましょう! 本日の企画はァァ! だらららららららら」
ドラム音まで口で言う会長。ちょっと舌足らずで可愛い。
「じゃじゃんっ! 慎ちゃんの『ちょっと会長のおっぱい揉んでみたー』」
会長は言いながら、僕の手首を掴むと自分のおっぱいに僕の手を押し当てた。
ぷにっと柔らかい感覚が返ってくる。
てか、タイトルコールと同時にもう触らせてんじゃん! コールして即終了してんじゃん! 嬉し恥ずかしの前振りとか前戯とかそういうのないの?
仕方ないので、とりあえずタイトルコール通り、会長のおっぱいを鷲掴んで、ムニムニっとちょっと揉んでみた。
「――んっ……❤︎」
なんか感じてるぅぅう!
ちょっと切なげな顔を上気させてるぅぅう!
僕は即座に腰を後ろに引き、前屈みになり『ジョニーの呼吸』を発動する。
危ない危ない。勃起がバレるところだった。
桃山のプラスチックのコップが会長めがけて飛んでくる。
会長は僕を盾にした。
「あいたっ!」
コップは僕の頭に勢いよく当たって、跳ね返る。
なんで僕を盾にする?! 僕のこと好きなんだよね?!
そして、すぐに桃山が割り込んできた。
「ちょっとォ! ズルいです! 会長、何感じてんですか! 代われっ!」
桃山がまたもどこかの芸人みたく、会長をどかして、僕の横につく。
何、その『代われ』って。言う決まりなの? 会長、ちびっ子だけど、一応キミの先輩だよ?
「はいっ、今日はわたくし桃山遥香と、須田慎一でお送りするパコパコチャンネル〜」
卑猥! 桃山、お前、卑猥!
ドン引きしている僕を他所に桃山が勝手に進行する。
「さて、では早速本日のパコパコ参りましょう! 本日のパコパコはァァ! だらららららららら」
本日のパコパコって何?! いちいち卑猥! 桃山、お前いちいち卑猥!
お前の『だららら』、それもうドラムじゃないから! ヨダレ『だららら』だから! とりあえずヨダレしまえ!
「じゃじゃんっ! 慎ちゃんの『ちょっと桃山の秘部いじってみたー』」
桃山は言いながら、僕の手首を掴むと自分のスカートの中に僕の手を突っ込んだ。
ぬちゃっと湿った感覚が返ってくる。
――ってお前何やってんの?! 『ぬちゃ』じゃねぇーよ! 何濡れてんの?!
「ほら早くっ! 慎ちゃん! いじって!」
「いじれるかっ! バカなの? きみバカなの?」
僕がバッと手を引っこ抜くと、今度は美咲ちゃんのコップが桃山めがけて飛んできた。
桃山もやっぱり僕を盾にする。
「痛ァァ! ちょ、これアルミ製じゃん! 危ねぇよ」
アルミ製のコップはカァンと音立てて僕の頭に当たり、跳ね返った。
ねぇ、もう一度聞くけど、キミ達本当に僕のこと好きなの?! 好きじゃないよねぇ?! だって盾にしてるもん! 守るべき男子を盾にしてるもん!
それでも僕に引っ付く事をやめようとしない桃山を僕以外の全員が取り押さえにかかった。
僕はその隙に、まだ少しぬるぬるしている指先をくんくんしておく。『アワビの呼吸』である。
最高に興奮した。
いつまで経っても「次は私だ」、「私が先だ」と揉め続けている生徒会女子たちを尻目に、僕は進路希望用紙にサラサラっと希望する進路を書いて、静かに生徒会室を出た。
職員室にノックして入り、担任の先生のところへ行く。
「先生。遅くなってすみません。進路希望書いたんで提出します」
「あーはいはい。どれ?」
先生は僕から用紙を受け取ると、すぐに用紙に目を落とす。
「………………須田くん、これ本気?」
「ええ。本気も本気。大マジです」
「……そっか。分かったよ。じゃあこれから頑張らないとねっ」
「はい。……あ、先生。ひとつだけお願いなんですけど、このこと誰にも言わないでもらえますか? 特に生徒会役員には」
「あー……そうだね。その方がいいかもね」
先生は苦笑いして答える。
もしこれが生徒会メンバーにバレたら、また大波乱である。
卒業まで誰にも知られない方がいい。
実は少し前から、なんとなく自分がどうしたいのかは、決まっていたのだが、今一つ勇気が出なかったのだ。
でも、今日の皆を見てたら、ドン引きすると共に、少し冷静になれた。
そして冷静に考えたが、やっぱり僕はこの道がいい。自分の力でこの道を進みたい。
だけど、そのためには今の僕の成績だとキツいよなァ……。
僕の就活がヤバい……。
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