第28話 嘘つき

 僕は今、外車の助手席に乗せられ、高速道路を走っていた。

 いわゆる拉致ってやつかな?

 死の恐怖を全身に感じる。

 僕は隣の運転席に座り、ビュンビュンとスピードを上げる犯人を見る。






 僕、もう死ぬのかな。

 このまま殺されちゃうのかな。












 会長に。





「会長ォォォォ! そんなスピード上げないでぇぇええ! てか、なんで車なんか運転してんですかァァ! 無免許運転じゃないですかァァァ!」



「失敬だなぁ、キミは。私はちゃんと免許持ってますぅ! もう18歳なんだから。今日で」



 そっか。18歳か。なら、運転免許を持っていてもおかしくないし、巨大財閥のトップの娘なら外車を持っててもおかしくない。



 …………ん? ちょっと待て。今、『今日で』って言わなかったか?


「会長の嘘つきィィ! 今日で18歳なら免許とれるわけないじゃないですかァァァ! あと、おめでとうございます」



「やっぱり失敬だな、キミは! 18になる2ヶ月前から教習受けられる制度があるんですぅ! あと、ありがとう」



 そうなのか? 本当か? そんな制度、元の世界にはなかった気がするのだが……。


 僕はもう一度、運転している会長の横顔を見る。

 お馴染みのライトブラウンのミディアムヘア。

 ただいつもと違うのは、会長が私服であるということ。

 薄ピンクのフレアスカートに脇がちらっと見えそうな袖の短いフレンチカットの白いシャツ。

 ヒールを履いて、唇には濃いピンクのルージュを引いている。

 いつもより少し大人っぽい会長にドキッとする。



 そもそもなんでこんなことになっているのか。

 分からない。

 僕は金曜日の夜、つまり、昨日の夜。

 会長から『大事な生徒会の仕事があるから、明日午前7時に私服で学校の正門前に集合』とラインが送られてきたため、今日僕は時間ぴったりに待ち合わせ場所に行ったのだ。


 そして、挨拶もなく突然現れた会長に助手席に押し込まれ、今に至る。

 訳分からん。



「会長! なんで僕拉致されてんですか?!」


「だからァ。生徒会の大事な仕事だって」


 んな訳あるか!

 第一、他の生徒会メンバーどしたんだよ!

 僕が聞く前に会長が続けて口を開く。



「先生にさァ、もうすぐ修学旅行だから、現地の下見して来てって頼まれちゃってさァ。いつもなら断るんだけど、慎ちゃんも一緒なら行ってもいいかなァって思ってね」


「いやいや、修学旅行の下見って、完全に教師の仕事じゃないですか!」


「ここの教師陣、アホだからさ」


 納得の一言である。

 先生たちには、そんな一言で納得されてるって事実を重く受け止めてほしい。



「じゃあこれ、どこに向かってんですか? 京都?」




「ん? グアムだよ」




「降ろして! 降ろしてぇぇえええ! 母さァァァァァん!」


 バカか?! このちびっ子! ちょっとそこまでェって感じで海外行こうとしてんじゃないよ!

 だいたいパスポート持ってきてないし!


「慎ちゃんのパスポートなら、ここにあるよ」


「なんで持ってるぅぅう?! てか、心読まないで?!」



「大丈夫だよぉ! 心配しなくても夜には帰すからさァ! ちゃんとお家まで送るよ? お望みなら送りオオカミにもなるよ?」


「ならんでいいわ! うちの姉貴に殺されるぞ!」


 一度も登場していないが、うちの姉貴おっかないんだから! 僕は怒られたことないけど。




 そんなこんなで、僕たちは空港まで着き、グアムに飛び立った。

 ちなみにお金は全て会長が払ってくれた。





 ♦︎





「ここが……グアム!」


 僕たちは4時間程で無事グアムに到着した。

 無理矢理連れて来られたグアムではあったが、僕は少しワクワクしていた。

 家族旅行以外の海外なんて初めてだ!


 僕がにこにこしながら突っ立っていたら、唐突に白人のお婆さんに話しかけられた。


「Are you traveling?  Where are you from?」


 意味わからん!

 意味分からないけど、何やら優しげに笑みを浮かべながら、ペラペラ英語を話す老婦人。


 怖ぇ〜。海外怖ぇ〜!

 どうしたらいいの? ねぇ、これどうしたらいいの? 飴? 飴あげたらいい?


 すると僕の水着を買いに行ってた会長が戻ってきて、間に入ってくれた。


「ぺらぺら〜ペ、ぺぺららぺ〜ら、ぺらぺらフラペチ〜ノ、ダ〜クモカチップフラペチ〜ノ」


 違くない? これ絶対違くない? 会長最後フラペチーノ言ってんじゃん。ダークモカチップフラペチーノ言ってんじゃん。

 絶対違うと思ってたのに、何故か老婦人との会話は成立し、老婦人は手を振って去っていった。



「もォ、慎ちゃんは世話が焼けるなぁっ❤︎」


 会長はそう言いながら、背伸びして僕の頭を撫でた。

 いや、今通じてたけども、なんかあの『フラペチーノ』会話でお姉さんぶられるのは釈然としない。



「慎ちゃんもせっかく海外来たんだから、思い切って外人さんに話しかけてみたら? 案外通じるよ?」


「そ、そうですよね! よし!」


 会長のフラペチーノ会話でいけたんだ。僕だってできるはず!

 僕はちょうど通りがかった外人女性に話しかけた。


「はろ〜! フラペチーノ! フラペチーノ! エスプレッソアフォガートフラペチーノ!」


「What?」


 ダメじゃん! なんでだよ! なんで会長のフラペチーノは通じるんだよ!


「ひぃ〜ん、会長ォォ」


 僕が会長に泣きつくと、会長は一言、二言、フラペチーノ会話をして、外人さんは去って言った。


「僕英単語なんて知らないですもォォん! ハローとビッグとペニスしか知らないですもォォん!」


「なんで、そんないかがわしい単語だけ知ってるのかなぁ……?」


 会長の腰に抱きついて、引きずられるような体勢で横になっている僕の頭を会長が優しく撫でつつ、珍しく会長がツッコみをいれる。


 僕が会長から離れると、会長はテクテクと1人の外人女性に話しかけに行って、すぐに戻ってきた。

 そして、僕に言う。


「慎ちゃん大丈夫だよ! ハローとビッグとペニスだけでも英会話できるよ、きっと!」


 会長がその豊かなおっぱいの前でグッと可愛らしく両手の拳を握る。




 すると、さっき会長が話しかけていた金髪グラマラスお姉さんがこちらに歩いて近づいて来た。

 そして、僕の前に立つ。

 うっわ。背高っ! スタイルすごいなァ!

 僕がそんなことを思っていると、お姉さんはおもむろにしゃがみ、僕のジョニーに視線を合わせて、言った。


「Hello big penis」


 誰と英会話してんだァァアアア!

 ビッグでもないわ! なんなら今はスモールだわ!



 お姉さんはにこやかに会長からお金を受け取ると、手を振って去って行った。

 去り際、



「Big penis……プフッ!」



 笑ってんじゃねぇぇえええ!

 悪かったな! ビッグじゃなくて悪かったなァァアアア!




「さて。英語のお勉強も出来たことだし、遊ぼっか!」


 会長がニコッと笑って言った。

 あの会話のどこが英語のお勉強だったのかは謎だが、遊ぶという提案には大賛成だ!

 僕は会長が買ってきてくれた水着を受け取り、さっさと更衣室で着替えて来て会長を待つ。



「慎ちゃん、お待たせ」



 会長はオフショルダーのフリルのついた白色ビキニを身に纏い、女子更衣室から出てきた。


「か……可愛い!」


 しまった! うっかり口を滑らせて、素直な感想を言ってしまった! こんなこと言ったら会長が調子のってしまう!


「そ、そう? ふふっ、ありがとっ❤︎」


 意外にも、ちょっと照れながら、礼を口にするだけだった。

 もっと『ふははは! 慎ちゃんは私にぞっこんだねぇ!』とか言うかと思ったのに、とんだ肩透かしである。


「慎ちゃんもとっても似合ってるよ! 可愛い!」


 僕はカッコいい男になりたいのだが、何故か褒められる時はいつも『可愛い』なのだ。まぁいいや。ディスられるよりはずっといい。


 それから僕たちは海で泳いだり、シュノーケリングしたり、バナナボートに乗ったり、ダイビング体験をしたりと大いにはしゃいで遊びまくった。

 すごく楽しかったし、楽しそうに笑う会長を見てると、なんだか心がポカポカした。



 そして、帰りの飛行機の時間が近付く。


「はぁ〜。楽しかったねぇ!」


「はい! 遊び過ぎてもうくたくたです」


 そう言って砂浜で2人笑い合う。

 それから並んで座り海を眺める。



「………………」



「………………」



 え、何これ。シリアス展開? 『私転校するの』とか言わないだろうな?

 僕がそんなことを心配していると、会長が唐突に言った。



「1つだけ、やり損ねたことがあったんだった」






 会長が優しく微笑みながら、そう言うとこちらに向き直った。





















 そして、僕が会長の方に顔を向けるとゆっくりと会長の顔が僕に近付き、























 唇が重なった。







 長いキス。

 唇と唇が甘噛みするように合わさる。

 目を開くと会長の紅潮した顔が目の前に見えた。

 ギュッと瞑った目は長いまつ毛を震わせている。

 僕の首に回された会長の腕がギュゥっとさらにきつく僕を抱きしめる。

 会長の優しい匂いがした。

 心臓はドクドクと速く鼓動していたが、不思議と心地よくて、ずっとそのままでいたいと思えた。

 ゆっくりと会長の匂いが僕から離れる。







「にひひ、私のファーストキスだよ!」



 会長が恥ずかしそうに顔を赤らめてそう言った。

 僕はあまりの衝撃で言葉が出ずにいた。



「私の誕生日なのにプレゼント貰ってなかったからさァ。だから、今貰ったのっ❤︎」





 会長は「さて。着替えよっか」と言うと、ポカーンとしている僕を置いて、1人で鼻歌を歌いながらスキップして更衣室へと行ってしまった。





 1人寂しく残った僕は、仕方ないので、自分のジョニーに話しかける。




「ハロー、ビッグ ペニス」




 それは確かにビッグであった。





 ♦︎



(数日後)



 それは薫先輩と2人で雑談している時だった。


「いつもの抱き枕がないと眠れなくてな」


「意外と乙女チックなんですね。可愛いです」


「う、うるさい! 意外とはなんだ、意外とは!」


 顔を赤らめる薫先輩。いや、そのギャップ、まじ可愛いっす。


「しかし、いつまでもこんなんじゃダメだよな。せめて修学旅行までにはなんとか直したいと思っているのだが」


 修学旅行かぁ。3年生は、前に会長と一緒に行ったグアムに行くんだよなぁ。


「修学旅行ってもうすぐなんですよね確か」


「いや? まだ大分先だぞ? 確か11月とかじゃなかったか」


 ん? あれあれ? おかしいぞ? どういうことだ?


「え、11月に行くんですか? グアム」


「グアム? 修学旅行は京都だぞ?」


 おいおいおい……。まさか…………。まさか……!


「……会長の誕生日って7月2日ですよね?」


「いや、智美は確か4月9日だな」


「………………」



















 あんんのチビっ子ォォォォオオオオ!





 全部嘘っぱちじゃねぇぇか!

 やられた! まんまと会長の策略にハマった!

 初めから生徒会の仕事でもなければ、会長の誕生日でもなかった。

 ただ会長と日帰りグアムデートしただけだ!

 もう会長の言うことほぼ全部嘘じゃん!

 やべーよ、あの人の言うこともう何も信用できねーよ!



 この生徒会は、会長のホラ吹きがヤバい!

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