第27話 ひとり隠れんぼ

「会長。なんで慎一勃起人形が机に置いてあるんですか……?」


 慎ちゃんが私に問う。


「よくぞ聞いてくれました!」


 私はヨイショと上履きを脱いで机に登り、全長20cm程の慎ちゃん勃起人形に並んで立つ。


「今日はみんなで『ひとり隠れんぼ』をするよ!」


 私は腰に手を当て、仁王立ちで言った。言ってやったった! 完璧に決まった! ふふっ、ドヤっ!


「みんなで『ひとり隠れんぼ』って矛盾です」と慎ちゃんが呆れたように指摘する。


「うるさいなァ! 『ひとり隠れんぼ』は『ひとり隠れんぼ』って名称なんだから、みんなでやったって『ひとり隠れんぼ』なんだよォ! 劇◯ひとりだって、芸人仲間とお食事行くでしよォ!」


「いや、劇◯ひとりのプライベートは知りませんけど……。というか、なんで『ひとり隠れんぼ』なんてやる必要があるんですか?」


 慎ちゃんは何にも分かってないな。ダメだこりゃ。このダメな後輩に私がしっかり教えてあげないと。

 私は滝川クリ◯テルよろしく、一文字ずつ、ゆっくりと言った。


「オ・モ・シ・ロ・イ・カ・ラ。オモシロイカラ」


「『おもてなし』みたいに言わないでくれます? 要するにやる必要ないんじゃんっ!」


「あるあるぅ! あるのォォ! あ、そうだ! ほら! 音楽室のピアノが夜な夜な鳴っているって怪談が怖いから調べてほしいって投書あったじゃん? アレの調査!」


 我ながらナイスな機転である。

 オバケ調査なら生徒会の仕事だよね!

 だが、慎ちゃんは無情にもばっさりいく。


「なら、音楽室調べろよ」


 慎ちゃんのバカァァアアア! 音楽室のピアノなんて使い古された怪談面白くないよ! だったら『ひとり隠れんぼ』で心霊現象を作り出した方がずっと建設的かつ合理的だよォ!



「慎一、『ひとり隠れんぼ』とはなんだ?」


 薫が慎ちゃんに尋ねる。


「降霊術の一種ですよ。僕も詳しくは知らないけど、人形に霊を宿らせて、自分はどこかに隠れるんです。すると、人形が元々置いた場所から居なくなったり、テレビが勝手についたりと、怪奇現象が起こるらしいですよ」


「ひぃぃぃい! やめようよ! やめましょうよ! そんな危ないことダメですよォォ!」



 話を聞いた遥香がガタガタと震え出した。

 遥香は幽霊とか怖いの苦手なんだっけ。



「桃山はホント怖がりな」と慎ちゃんがここぞとばかりにマウントを取る。小物っぽい。小物可愛い。



 私は遥香の耳元で、こっそり今回の作戦を伝えた。

 すると、遥香の震えは止まり、


「やりましょう! 大丈夫です! たった今克服しました!」


「えぇぇ?! おかしくない?! その克服のしかた不自然すぎない?!」


 慎ちゃんがワーワー騒いでいたが、多数決で『ひとり隠れんぼ』の実施が決まった。



「この、慎様勃起人形を使うんですの?」


「女の子が勃起勃起言わないでほしいんだけど? 特に僕の名前の後に勃起って付けないでほしいんだけど?」


 慎ちゃんが何やらまた文句を垂れていたが、私はスルーして、ドリちゃんに答える。


「そうだよ。この慎ちゃん勃起人形を使うよ。本当は人形の中に米と爪を入れるんだけど、この慎ちゃん勃起人形はポリ塩化ビニル製で中に入れられないから、勃起部を加工して、勃起部の中に収納してるよ」


「そうまでしてこの人形使う必要ある?!」


『「ある」』


 女子全員の声が重なった。

 私たちの心は一つだった。






 その後、私は『ひとり隠れんぼ』の準備をすすめる。

 私は『ひとり隠れんぼ』の面倒な手順を大幅に端折った。まぁ誰も正式な手順など知るまい。

 こんなに端折ってはうまく降霊できないだろう。

 だが、別にそんなことはどうでもいい。

 私の、いや、私たちの目的は別にある!




『泣きべそかいた可愛い慎ちゃんを見たい! そしてあわよくば、助けを求めてきた慎ちゃんをナデナデして抱きしめたい!』



 これが最終目標だ。

 そのために私はこの計画を秘密裏に進めてきた。

 そして美咲の協力を得て、このプランが遂に実行される時がきたのである。


 あの慎ちゃん勃起人形は、本当は人形などではない。あれは『慎ちゃん勃起ラジコン』

 美咲が開発した、超高性能二足歩行ラジコンなのだ!

 この慎ちゃん勃起ラジコンを使って、慎ちゃんを恐怖のどん底に陥れるのだ!



「――『次は慎ちゃん勃起人形が鬼』っと。さて。じゃあ皆、隠れて!」


 慎ちゃんが真っ先にドタドタと動き出した。超必死! 可愛いっ❤︎


 そして、別にこの部屋じゃなきゃいけないなんて言っていないのに、何故か慎ちゃんはこの生徒会室の置き型スチール書庫の中身を全て机に出してから、中に入った。


 いや、慎ちゃん……。勃起人形の正面の書庫に隠れるとか正気? めっちゃ目撃されてんじゃん。しかも机の上に、『書庫に隠れた証拠』が散乱してんじゃん。

 これが本当の『ひとり隠れんぼ』だったら、まっさきに見つかってるよ。見つかって惨殺されてるよ。

 勇気があるのか、おバカなのか。

 おバカの方だな。可愛い。



 私たちは慎ちゃん以外全員が別室へと向かう。

 慎ちゃん勃起ラジコンの操作端末がある別室へ。



 後ろから慎ちゃんの声が聞こえた。



「もういい〜よぉ」



 私たち全員が吹き出した。





 ■■■■■■■■■■■■■■■■■■



 やっべーよ! 怖ぇぇえよ!

 いつ始まるの?! もう始まってるの?!

 僕の『もういい〜よぉ』待ちなの?



「も、もういい〜よぉ」



「………………」



 反応ねぇぇえええよ!

 僕は書庫の扉を少しだけ開いて、慎一勃起人形の様子を伺った。

 先程と同じように座って勃起している。異常なしだ。

 しばらくじっと身を隠していると、変化は唐突に起こった。



「――ッ?!」



 なんと慎一勃起人形が『よっこらせ』と聞こえてきそうなムーブで立ち上がった。

 どこかお爺ちゃんじみた動きである。


 え?! え!? まじで動いてんじゃん! 降霊してんじゃん! お爺ちゃんの霊が降霊してんじゃァァん!



 そして、慎一勃起人形はそのまま少し前屈みで歩き出した。



 歩いたァァ?! 前屈みで勃起がバレないように工夫を凝らして歩いたァァ! でも無駄じゃん! ポリ塩化ビニル製だから無駄じゃん! しっかり見えてるじゃん勃起!



 慎一勃起人形は机の端まで来て、止まって下を覗く。



 そうか! 降りられないんだ! 良かったァ、それならここまで来られな――――飛んだァァァ?! アイア◯マンみたいに手足からジェット噴射して飛んだァァァ?!

 え?! あれ、霊っていうか機械じゃん! 霊なら浮けよ! 念動力で浮けよ!


 慎一勃起人形は床に着地すると、キョロキョロと人を探す動作を繰り返す。

 そして、段々と僕の隠れている書庫に近づいてきた。



 やべぇぇぇえええ! 来んなァ! 頼むから来んなァァァ!



 僕の願いも虚しく、慎一勃起人形は僕の隠れている書庫の前まで来ると、ガンっと扉を蹴飛ばした。



 ひぃぃぃいいい! 怖ぇぇええええ! 幽霊っていうよりかはヤンキーっぽいけど、とにかく怖ぇぇええええ!



 慎一勃起人形はおもむろに喋り始めた。





「じ……ん゛……い゛……ぢ」





 呼ばれたァァァ! やめて呼ばないでぇぇええ!








「ぢ……ん゛……ご」







『ちんこ』って言ったァァァ! 幽霊が『ちんこ』って言ったァァァ! 何?! ちんこが何ィ?!


















「Trade……」



 英語しゃべったァァァ! 無駄に発音良くトレードって言ったァァァ! え?! 何?! ちんこ交換してってこと?! 嫌じゃァァ! 怖ぇぇええええ!




 バンッ!




 慎一勃起人形が勢いよく書庫の扉を開けた。






 慎一勃起人形と目が合う。






 その目は狂気に満ちていた。







 じゅわァァァァ










 僕は失禁し、












 気絶した。





 ■■■■■■■■■■■■■■■■■■






 私たちは今、正座させられている。

 全員が、である。全員が慎ちゃん先輩に正座させられていた。


「聞いてんの?! 美咲ちゃァん?!」


「はいぃ! 聞いてますぅ!」


 慎ちゃん先輩が私を呼ぶ。目が据わっている。

 どこから持ってきたのか竹刀を床にバシバシ叩きつけながら、並んで正座する私たちの前をウロウロ歩く。

 慎ちゃん先輩はおしっこを漏らしてしまったので、上はワイシャツ、下はジャージというヘンテコな格好をしている。



 慎ちゃん先輩が気絶した後、私たちは慌てて、生徒会室に戻って、慎ちゃん先輩を横にさせ、股間部にバスタオルをかけてから、ズボンとパンツを脱がせ、介抱した。


 そして床を拭き、消毒してと後片付けをしているところに慎ちゃん先輩が目覚め、怒涛の問い詰めの末、事の次第を隠しきれなくなった会長が全てゲロったのだ。

 おかげで私たちまで道連れである。



「キミたちは、僕1人だけを怖がらせて、それを見て楽しんでたんだろォ? なぁ会長?」


 慎ちゃん先輩が会長の豊かなおっぱいの横っ腹を竹刀でペシペシする。

 薫先輩がすごく羨ましそうな顔をしてそれを見ている。変態だ。


「す、すみませんっしたァァァ!」


 何故か体育会系のような謝罪をする会長。


「謝ってもオシッコは元に戻らねぇーんだよォ! 『オシッコ膀胱ぼうこうに返らず』なんだよォォ!」


「慎ちゃん、それを言うなら覆水盆に――


「――黙らっしゃい!」


 慎ちゃん先輩がまたも竹刀をバシンと床に打ちつける。


「はいぃ!」


 標的はドリちゃん先輩に移る。


「ドリ美、キミはこの生徒会のストッパーの役割を担う自覚があるのか? え? 全然ストップしてないじゃん! むしろ加速してんじゃん!」


 慎ちゃん先輩が竹刀の先端で、ドリちゃん先輩の鼻を豚っ鼻にする。薫先輩がまたも羨ましそうに見ている。やっぱり変態だ。


わたくし、ドリ美では――


「――黙らっしゃい!」


 慎ちゃん先輩はやっぱり竹刀をバシンと床に打ちつけた。そのムーブがお気に入りのようだ。可愛い❤︎


「美咲ちゃん、何ニヤニヤしてんのかな?」


 ひぃぃ! 今度は私ィ?!


「美咲ちゃんっ、簡単な質問をするね? 正直に答えてね?」


 ニッコリ笑って言う慎ちゃん先輩。

 逆に怖い! その笑顔が逆に怖いィ!


「この慎一勃起ラジコンを作ったのは、だ〜れだっ?」





 ……………………詰んだねコレ。





 私が黙っていると慎ちゃん先輩は勝手に正解発表をし出した。


「正解はァァァ…………キ・ミっ❤︎」


 竹刀でほっぺたをぷにっとされる。

 そして慎ちゃん先輩は急に真顔に戻り、言った。


「慎一勃起ラジコンを作ったものを主犯と認める。したがって、美咲ちゃんはパンツ没収の刑に処す」




 ………………はい?




「早くっ! さっさと脱ぐ!」


「ちょ! ちょちょちょちょっと待ってください! 主犯は会長ですっ! 会長に誘われて、やったことです!」


 私は会長を指差しながら慎ちゃん先輩に訴える。


「ちょぃィィイ! 美咲ィ! それは言わないお約束ぅ! 慎ちゃん勃起ラジコン作ったのは美咲でしょォ!」


「会長! ズルいですぅ! 会長が計画したことでしょォ! 私はほんのちょびっとお手伝いしたに過ぎません!」


「違いますぅ! ちょびっとじゃありません〜! 慎ちゃん勃起ラジコンがなかったら、実行は不可能だったんだから、もうこれは計画の核だよ! 美咲! キミは核だよ! 自信持って!」


 会長が胸の前で可愛らしくグッとガッツポーズをする。

 こんんのチビっ子がァァァ!

 私がさらに言い返そうとしたところ、


「もういいです。2人とも黙って」


 慎ちゃん先輩が割り込んだ。

 そして、静かに優しい口調で言う。


「美咲ちゃん、会長が一番タチが悪いのは分かってるから。あのちびっ子は後でお尻叩き100発の刑だから。でも、可愛い後輩の美咲ちゃんにお尻叩きは可哀想だと思ってのパンツ没収の刑だよ? 分かるね?」


 会長が「んなァァァ?!」と白目を剥いている。


 私は静かに瞳を閉じて、全てを諦めた。

 そして、ゆっくりと慎ちゃん先輩に見られないようにスカートで隠しながら、パンツを脱いで、慎ちゃん先輩に渡した。


 慎ちゃん先輩はそれを受け取ると、早速鼻に押し当て、スゥゥゥウと匂いを嗅ぐ。



「ぁぅぅ……」



 私は恥辱に耐える。

 恥ずかしさで顔が発火するんじゃないかと思うくらい熱い。

 俯いて、ギュッと手を握り、耐え続けた。



 慎ちゃん先輩がようやく鼻からパンツを離し、ポケットにしまおうとする。



 や、やっと終わった……!


 

 私は心から安堵した。

 が、何故か慎ちゃん先輩は、パンツをポケットにしまう直前で鼻にUターンさせ、再び匂いを嗅ぐ。



 なんでフェイントぉぉお?! いつまで続くのォ?!



 しばらく嗅いだ後、ぱぁぁあ、と慎ちゃん先輩が良い顔になり、やっとくんくんタイムは終了した。


「美咲ちゃんの素晴らしいパンティに免じて、許してあげよう。次やったら全員パンツ没収ですからね!」



 こうして私たちはやっとの思いで慎ちゃんの許しを得られたのだ。お股がスゥースゥーする。



「あ、会長はこのまま生徒会室に残ってください。刑を執行しますので。他の人は解散っ!」





 私たちは慎ちゃん先輩の気が変わらないうちに、さっさと荷物をまとめて、生徒会室を退室した。

 私たちが階段を降りようとした時、生徒会室の方から叫び声が聞こえた。



「痛ァァアアアアアアアいっ! 慎ちゃん待って待ってマジ痛――んァァァァアアアアアア!」



 私たちは生徒会室に向かって合掌してから、帰路についた。


 心臓がバクバクいってる。

 あー、まじ怖かった。『ひとり隠れんぼ』よりよっぽど怖い!

 慎ちゃんのマジギレは初めてな気がする。

 それだけビビりお漏らしを晒されたことが堪えたってことか……。

 今回は確かにやり過ぎた。やり過ぎて超えてはいけないラインを無意識に超えてしまったのだろう。

 今後は気をつけなくては。

 次は全裸ではりつけにされて、お尻を100回叩かれてもおかしくはない。




 慎ちゃんのマジギレはヤバい!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る