第26話 学校案内

 僕が生徒会室に向かって廊下を歩いている時である。

 正面から歩いて来る男子生徒がいた。

 メガネをして真面目そうな顔をしたその男子生徒は、少しずつ僕の進路に寄って来る。


 何この人。当たり屋か何か? こんなひょろひょろな見た目で?


 僕は逃げるのも癪だったので、正面から受けて立つことにした。相手ヒョロガリだし。



 ドンっ!



 僕は当然のように壁際まで吹き飛ばされ、ゴロゴロと転がる。

 なんで?! あの人、めっちゃもやしルックじゃん! この世界の人は攻撃力が100くらい加算されてない?! それか僕の防御力が1に軽減されているか。

 相手の男子生徒はその場から1歩も動くことなく、そのまま佇んでいた。




 にも、かかわらず、




「いってぇぇぇええ!」と男子生徒が叫ぶ。



 いや、絶対痛くないよねキミ。そのセリフは吹き飛ばされた僕のセリフだよね。



「足が! 足が折れた!」



 いや、絶対折れてないよねキミ。そもそもぶつかったのは肩で、キミは吹き飛んでいないんだから、足が折れるはずないよね。



「校長に呼ばれていたのに! これじゃ行けないよ! 残念!」


「どこのギター侍だよ、お前は!」

 僕はついに我慢できずにツッコみをいれてしまった。これが間違いだったのかもしれない。男子生徒は僕に絡んできた。


「そこのツッコみがうざいキミ! 頼みがある!」


「うざくて悪かったな! 人に物を頼む態度じゃないだろ!」


 男子生徒はお構いなしに続ける。すでに頼み事は引き受けてもらえる前提で話し出す。


「校長室に行って、要件を聞いて、校長の願いを叶えるだけだ。簡単だろう?」


「僕は神龍シェンロンか何かかな? 簡単なら自分でやれよ! 僕はそんな面倒なこと――


「――それでは頼む」


 男子生徒は僕の話を最後まで聞かずに、スタスタと歩いて去って行った。


「足はァァアアア?! 足の骨折はァァアアア?!」


 僕の最後のツッコみも案の定、スルーされるのであった。





 ♦︎




 コンコン



「失礼しまーす」


 僕は仕方がないので、とりあえず校長室まで来ていた。事の次第を校長に報告してから、すぐに帰るつもりだった。


「よく来たね、田辺くん」


「いえ、校長。僕は田辺くんでは――


「――今日は君に頼みたい事があって呼んだんだ」


「いえ、校長。だから、僕は――


「――まぁ、かけたまえ、田辺くん」


 全然聞かねぇぇえええよ! 校長全然話聞かねぇぇえええよ!

 僕がまだソファに座ってないのに校長は本題に入る。勧めたならせめて座るまで待てよ!


「実は明日、アスタリア共和国の第3王女が我が校に視察研修に来ることになった。是非うちの学生に案内を頼みたいとおっしゃっているのだそうだ。だが、困ったことに我が校の生徒はアホばっかだ。生徒会ですらアホなのだ。本当に困ったものだ」



「いえ、校長。あなたもなかなかアホ――


「――そこで、だ。田辺くん。我が校の生徒で唯一常識人である君に、王女様の案内を頼みたい。お願いできるかな?」


「い――


「――そうか! ありがとう! 君なら引き受けてくれると思っていたよ! それじゃ、頼んだよ! では、この後、私は会議なのでね。悪いが失礼するよ」


 スタスタの校長が校長室から退出する。


 ……あーあ。妙なことになったぞ。

 なんで僕が王女の案内なんかを……。

 アスタリア共和国とか言ってたな。そんな国、聞いたこともない。少なくとも元の世界ではなかった国だ。

 そもそも言葉が通じないだろうに。

 どうしたものか。

 …………困った時は、生徒会のドラ◯もんに相談だな。きっと秘密道具を1日で開発してくれるだろう。




 ♦︎



(翌日の放課後)




「初めまして。私はアスタリア共和国第3王女のサニアと申します。今日はよろしくお願いしますね」


 サニア様がにっこりと微笑む。

 紫色のストレートの長い髪を背中の辺りで一つ結びにして、踊り子のような少し露出度の高い服に羽衣みたいな布を纏っている。

 『可愛い』よりも『美しい』といった言葉がぴったりな美人さんである。

 僕は生徒会のドラ◯もんにもらった翻訳イヤホンを片耳に付けているため、サニア様の言葉をはっきりと理解することができた。



「サニア様、ちょっと失礼しますね」

 僕は通じないだろうけれど、一応断りを入れ、サニア様に翻訳イヤホンをセットしようと、サニア様の耳に触れる。


「――ひゃんっ!」



「ああっと、すみません! 耳がサニア様にとっての性的に敏感で快楽的刺激をより強く感じられるスポットであられるとは存じ上げませんでした。お許しください」


「無駄にエッチな言い方しないでくださる?!」


 サニア様は頬を真っ赤に染めて抗議する。

 よしよし、ちゃんと聞こえているな。セット完了だ。


「僕は慎一と申します。サニア様の案内役を務めさせていただきます。よろしくお願いします」


 サニア様は先の僕のセクハラ発言のこともあり、少し警戒しているようであったが、小さく僕にお辞儀を返した。


「では、これから校内をご案内しますが、どこかご覧になりたい場所はありますか?」


「そうですね。では、慎一さんのおすすめの場所をお願いできますか?」


 僕のおすすめ、か。

 あんまり人には教えたくなかったのだが、相手は王女様だ。仕方ない。とっておきのスポットを紹介してあげよう。


「承知しました。では、僕について来てください」


 僕とサニア様は雑談しながら、時には飴ちゃんを差し上げながら、ゆっくりと移動した。


 着いたのは、音楽室や美術室がある特別棟の3階から屋上に上がる階段の踊り場。

 僕は屈んで、身をひそめ、息を殺す。

 サニア様は不思議そうな顔をして、首をかしげた。


「ここに何があるんですか?」


「しぃー! お静かに! 運が良ければ、もうすぐ現れますよ」

 僕はサニア様の唇に人差し指を当て、声を落とさせる。ちょびっとだけサニア様の唇に僕の指が当たった。

 めっちゃ柔らかくて温かい! えっろ!

 僕の興奮も知らずに、サニア様は楽しそうに、


「なんかイルカとかクジラとかを見る時みたいですねっ。何かの動物でもいるんですか?」とはしゃいで、僕に尋ねた。


「ある意味、動物です。非常に野生的なのでよく聞いていてください。――あ、ほら! 聞こえた!」


 サニア様も耳に手を当て、小さく聞こえる鳴き声に耳を澄ます。












『ぁん❤︎ ぁああん❤︎ ぁぁあああん❤︎』






「聞こえましたか? この上階の施錠された屋上扉の目の前のスペースは『両親が家にいてチョメれない男女のチョメチョメスポット』なんです」


「なんちゅー場所に案内してんですかァァアア?!」


 サニア様がツッコみを入れる。

 若干サニア様のお淑やかキャラが崩れてきている。

 僕は慌てて補足した。



「大丈夫大丈夫! 大丈夫です! 生徒会のドラ◯もんに貰ってきたこの『自粛ガン』を奴らに向けて撃てば…………ほら!」



 自粛ガンを撃つと、いかがわしい声が一瞬で変化した。





『チョメチョメチョメリンコォォオオオ❤︎ チョメリー❤︎ メリメリチョメリーっ❤︎』




「ほら? ね?」


「いや、『ね?』じゃありませんから! いかがわしい喘ぎ声がいかがわしい『メリメリチョメリー』になっただけですから! てか、『メリメリチョメリー』ってなんですか?!」


「落ち着いて! サニア様落ち着いてください! 分かりました! もう行きましょ! 次行きましょ!」


 僕はサニア様をなだめて、次のスポットに向かった。

 まったく、世話の焼ける王女様だ。



 ♦︎





「ここは……?」


「体育館です」


「なるほど。部活動の見学ですか! 今やっているのは……バレーボールですか? 亜保那あほな高校はそんなにバレーボールに力を入れているんですか?」


 まぁ〜た頓珍漢とんちんかんなこと言ってらァ、このサニちゃん。

 僕はため息を一つ吐いて答える。


「全然違いますよ、サニちゃん」


「サニちゃん?!」


「バレーボールの上手い下手など、どうでもよろしい! それよりも注目していただきたいのは…………アレ! あの腿上ももあげトレーニング! どうですか? 素晴らしいでしょう?」


 サニちゃんが疑問と焦りの表情で、まじまじと腿上げトレーニングをするバレーボール部女子を見つめる。

 サニちゃんは早く正解を答えなきゃと焦っているのだろう、額に汗を張り付けて必死に答えを探す。

 が、結局何が素晴らしいのか分かっていない様子であった。


「ふ、普通に腿上げトレーニングしているようにしか見えませんが……」


「えぇ?! 分からないんですか?! 王女なのに?!」


「す、すみません……」



 まったく仕方のない王女様だ。この僕が一から教えてやるか。

 僕は優しくサニちゃんに言う。



「おっぱいですよ」



「……………………は?」




 サニちゃんは訳がわからない、という顔をしている。



「おっぱい。バレーボール部は巨乳率が段違いだんちです。見てください、あの3番の女子! すごいおっぱいでしょ? 腿上げの振動でプルプル、プルプル震えて波打っているようです! 弾んでいます! 弾むことリムルの如しです」



「おっぱいと王女関係なくありません?! あとレジェンド級の他作品の主人公を汚すの、やめてください!」


 ガチで差し迫った顔で、苦情を入れるサニちゃん。

 リムルは大丈夫なのに! リムルはレジェンド過ぎて、逆に大丈夫なのに!


「もぅ〜! サニちゃん文句ばっかりィ〜! せっかく僕が身を削る思いで、秘密のエロスポット教えてあげてるのにィ!」


「エロスポット?! エロじゃないスポットを教えてくださいよぉ!」


 エロじゃないスポット、か。

 じゃあ最後はあそこしかないな。

 僕がこの学校で1番好きな場所。

 僕の愛してやまない、あの場所をサニちゃんに知ってもらいたい。

 こんなにバカで楽しい場所があるんだって、知って帰ってもらいたい。



 僕はサニちゃんを連れて、生徒会室に向かった。





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 もうなんなの! この慎一という男子は!


 思い返せば、出会った時から、慎一はヤバかった。

 いきなり私の性感帯の耳をほじほじしたのだ!

 別にほじほじする必要ないでしょ?!

 イヤホン挿すだけでしょ?!

 慎一はあろうことか小指を突っ込んだのだ! 私の耳に! とんだ変態野郎よ!




 案内されるスポットはエロ関連ばっかだし、いつの間にか『サニちゃん』って呼ばれてて、タメ口きかれてるし……。


 でも、生まれてこの方、あだ名なんて付けられたことがなかったから、ちょっと嬉しい……!

 私にタメ口きいて、遠慮なく素直な意見をくれる人もあまりいないから、慎一の無遠慮な発言も新鮮で心地が良い。


 男性って皆、もっと嫌々対応している感じの覇気がない人ばかりだと思っていたけど、慎一は何か違う気がする。

 私を楽しませようと、この学校の生徒会の方々のお話を聞かせてくれたし、飴玉もたくさんくれたし。

 慎一は変な人だけど、悪い人ではない。とっても優しい男の子だと思う。あととってもエッチな男の子。



 そうこうしているうちに最後の慎一のおすすめスポットに着いた。

 大丈夫かなぁ? 本当にエロじゃないかなぁ?

 ドキドキしながら慎一の後について行く。




 慎一が扉を開いた。









「はい! じゃあこの勃起した慎ちゃんフィギュア! 美咲が写真から完全再現させた1品限定の超レア物だよっ! 10万円からっ! はい、長戸さん11万円! おっと白石さん15万! いきなり上げるねぇ〜!」




 何だろうコレ。闇オークションみたいなのやってる……。

 ライトブラウンのミディアムヘアの女の子が仕切っている。

 その小学生のように小さな女の子が手に持っているのは、慎一にそっくりのフィギュアだった。

 何故か股間部が盛り上がっている。いわゆる『勃起』である。


 三度目の正直、と臨んだ慎一おすすめスポットツアーはやはり最後までエロスポットなのね。



「ち、ち、違うからァ! サニちゃん、違うからァァ! いつもはこんな下ネタ……あ、よく考えたら割といつも下ネタだわ……」


 慎一は何か諦めたような顔になっていた。

 でも、私はそんなことはどうでも良かった。

 私の視線はただ一点に注がれていた。


 それはあのちびっ子が持つ慎一人形に、である。


 欲しい! あの慎一勃起人形が欲しい!

 国に帰ればもうしばらくは慎一には会えないだろう。

 だったらせめて! せめてあの勃起人形をてにいれたい!




「はい〜、新聞部部長、白石さん28万円! もういないかなァ? 終わりでいいかなァ? 」





 気付いたら私は手を挙げていた。




「100万円!」



「うおおおお! 出たァァ! ここで謎の美女から100万円が出ましたァァア! 白石さんも苦悶の表情! どうだ? 越えられるか? 白石さんは100万円を越えられるかァ? おぉぉ! 101万! 白石さんから101万円がでましたァァ!」



「300万円!」



「さ、300万円ー! またも謎の美女ォォ! これは大幅アップだ! 白石さんはどうだ? ……ダメだァァ! ここで白石ギブアップ! 慎ちゃんの勃起人形の落札者はァァ、謎の美女ォォ! てか、誰ェェ?!」



 困惑しているちびっ子司会者を他所に慎一が言う。



「いや、サニちゃん、あんだけエロを拒否してたのに、何勃起人形落札してんですかァ?!」



 慎一は訳が分からないって顔をしていた。

 だから、私はちょっとした意趣返しに言ってやった。



「えぇ? 分からないんですか? 変態なのに?」



「誰が変態だ、誰が!」



 あなたしかいないでしょ……。

 え?! まさかこの人、自分が変態である自覚がないの?! こんなに変態なのに?! ヤバすぎる。

 まぁ何故勃起人形を買ったのか、そのヒントくらいはあげてもいいかな。



「…………あなたのせいなんですよ?」



「へ?」



 間抜け面を晒した慎一は、勃起人形と同じ表情をしていて、とっても可愛くて、なぜか少し切なくなった。





 ♦︎



 リムジンの窓を開けて、慎一に別れの挨拶をする。


「慎一、あなたのせいで、この学校のこと何にも分からなかったけれど、一つ分かったこともあるわ」


「ほほぅ。僕の賢さ?」


「私が本当に欲しいのは、この勃起人形ではなくて、あなただってこと」


 私は慎一のネクタイを引っ張って、顔を寄せさせ、ほっぺにキスをした。


 固まって、顔を赤くする慎一。可愛い。


「じゃあね。いつか迎えに来るから、いい子に待っていてね」


 固まっている慎一に手を振って、別れを告げ、リムジンは出発した。


 私は勢いで落札してしまった慎一勃起人形を抱きしめる。

 私はもう既に慎一に会いたくなっていた。

 はぁ…………国に帰りたくない。

 ずっとここで慎一と一緒にいたい。

 第3の王女だから、よくない? 1人くらい国に帰らなくても。

 …………良いわけないよね。





 はぁ…………ツライ。







 初恋ってヤバい……。




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