第24話 自由研究
「山中さん、ちょっといいかしら? 多目的室から机を1つ持って来てほしいのだけれど」
もうすぐ夏休みに突入する。
低レベルでうざったい授業を受けないで済むのは、いいのだが、夏休みはそれを差し引いても看過できない重大な問題をはらんでいる。
私はそれをどうするか、1人うんうん悩んでいた。
「あのー……山中さん? 山中 美咲さん?」
その問題とは、すなわち『慎ちゃん先輩に会えなくなる』という極めて重大な問題だ。私にとっては死活問題である。
ただ慎ちゃん先輩を見るだけなら簡単だ。
ドローンでも飛ばして、撮影すればいい。
アホ可愛い慎ちゃん先輩のことだ。窓に衝突しまくれば、きっとドローンを部屋に入れてくれるだろう。
だが、そうではないのだ! 私が求める水準はもっと高い。
生の慎ちゃん先輩を見て、聴いて、嗅いで、あわよくば舐めたいのだ!
そのためには慎ちゃん先輩と2人きりの状況を
「山中 美咲さん!」
ふと副担任の先生が私を呼んでいることに気がつく。
「なんですか先生? そんなに叫ばなくても聞こえますよ?」
「いや、聞こえてなかったよね? 完全にアウトオブ眼中だったよね?」
「先生、それ死語ですよ。歳バレるから使わない方がいいですよ」
「うるさいわね! そんなことより、多目的室の机! 1つ今日中に1―Aまでちゃんと運んでよね! いい!?」
何故か知らないが、先生は年甲斐もなくぷりぷりしている。ぷりぷりしてるのは二の腕だけにして欲しい。
「なんか言った?!」
立ち去ろうとしていた先生が、野生の勘で振り向く。
「いえ、何も」
「もう! 夏休みの宿題作らなきゃいけないんだから、時間取らせないでよね!」
またも太ももと同様にぷりぷりしながら、先生は去っていった。
しかし……、宿題か。
これは良いアイディアかも知れない。
そうと決まれば、さっそく慎ちゃん先輩を待ち伏せよう!
私は生徒会室に行く途中の曲がり角にいそいそと向かった。
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はぁ。もうすぐ夏休みか。
元の世界では夏休み大好きだったが、今はあまり乗り気じゃない。
だって、美少女に会えないじゃん!
会長、薫先輩、桃山、美咲ちゃん、ドリちゃん先輩。
彼女らは頭のネジこそぶっ飛んでるが、皆、それぞれ最高級の美少女である。
会うだけで心が癒されるのだ。
そして、彼女らが起こす問題で、心がくたびれ、最終的にプラマイ0だ。
いや、でも、やっぱり生徒会のみんなに会えないのは寂しい。
あと曲がり角1つ曲がれば生徒会室、というところ。
僕が角を曲がろうとしたら、何者かにタックルされた。
僕はぶっ飛び、ゴロゴロと壁まで転がって行った。
「ゴフッ!」
マジ痛ぇ!
「
起き上がれないまま、顔だけ上げると、そこには食パンを咥えた美咲ちゃんが、膝に手をついて、僕を見下ろしていた。
僕は『いきなり何をするのか』か『何故食パン咥えてんのか』のどちらを問おうか迷って、前者を取った。後者は予想がつき過ぎて聞きたくない!
「美咲ちゃん……いきなり何すんだよ……」
美咲ちゃんは咥えていた食パンを手で外した。
ずっと咥えてたからか、少し美咲ちゃんの唾液が光を反射させながら、糸を引く。えっろ!
「慎ちゃん先輩、まず食パンについて、つっこんでくださいよ!」
言いながら美咲ちゃんが歯形がついた食パンをぐいぐい僕の頬に押し付ける。
ちょ、やめ! なんか湿ってるから! その食パン湿ってぐにゃぐにゃだから!
「いや、……是非タックルについて聞かせてくれ……」
「いえ、ただ学校の角で運命の出会いがあっただけですよぅ❤︎ 慎ちゃん先輩! 式はいつにします?」
「式……? ラグビーの開会式のことかな?」
美咲ちゃんは「んもぅ! 照れちゃってぇ〜」と言いながら、さらに力強く食パンを僕の顔に押し付けてくる。顔がパンカスだらけである。
「てか、待ち伏せまでして、何の用だったの?」
僕は何とか美咲ちゃんの食パンを取り上げてから、床にあぐらをかいて座る。
「待ち伏せ? 何のことですか? 私はただ通りがかっただけですよ?」
「あー! もう! それでいいよもう! で、何の用なんだ?!」
「ちょっとォ、先生にィ、机持ってこいって言われちゃってェ、美咲そんなの持てなァ〜いって思ってェ、慎ちゃん先輩に助けてもらおうって思ったんですっ❤︎」
美咲ちゃんが甘ったるい声を上げながら、上目遣いで僕を見据える。
可愛い。
確かにめっちゃ可愛いよ?
いや、でもさぁ……
「僕を壁際までぶっ飛ばす程、パワフルなんだから――」
「――慎ちゃん先輩に助けてもらおうって思ったんですっ❤︎」
「いや、だから――」
「――慎ちゃん先輩に助けてもらおうって思ったんですっ❤︎」
何これ。『はい』を選択しないとストーリーが進まないRPGのように、美咲ちゃんが寸分のズレもなくセリフをリピートする。怖すぎる。
「…………手伝わせていただきます……」
「わぁ、本当ですかァ? 慎ちゃん先輩優し〜い! 好きっ!」
言いながら、ピトッと美咲ちゃんが僕にくっつく。
いや、優しいというか、それしか選べなかったんだが……。
僕は美咲ちゃんと2人で多目的室に向かった。
美咲ちゃんは軽々と机を1人で持つと僕と並んで、1年生の教室目指して歩く。
「…………ねぇ、美咲ちゃん、これ僕いらな――」
「――もう夏休みですねっ! 慎ちゃん先輩!」
聞けよ! わざと被せてきてんなコイツ……!
「宿題とかどうですか? いっぱい出てます?」
僕はどんな罠が仕掛けられているのかと、警戒する。でも、ただの雑談にしか聞こえないよな。大丈夫か。
「まぁね。まだ宿題を提示されてない教科もあるけど、すでに分かってるだけで大量にあるよ……」
何故か美咲ちゃんは満足気にうんうん頷いている。なんなんだ……。
「ところで、慎ちゃん先輩って頭あんぽんたんですよねっ♪」
「……お前、美少女だからってなんでも許されると思うなよ?」
美咲ちゃんは僕の睨みを無視して続ける。
「良かったら、私が教えてさしあげましょうか?」
美咲ちゃんがにっこり天使のような笑みで提案する。
「それは願ってもないことだけど、美咲ちゃん、自分の宿題もあるんだろ? 大丈夫なん?」
「大丈夫です! あんな低レベルな宿題、問題をスキャン解読して全自動で記入するマシン作ってやらせますから」
「いや、それを僕に貸せば良くない?!」
「慎ちゃん先輩はダメです! 自分でやらないと成長しませんから! ねっ! 私が手取り足取り腰取り、教えますからっ!」
勉強に腰は使わないだろ……。
果てしなく不安なんだが。
でも、誰かに助けてもらわないと宿題を終わらせる自信がないのも確かだ。
僕は美咲ちゃんの申し出を受けることにした。
「じゃあ、お言葉に甘えてお願――」
「ちょォォっと、待ったァァアアア!」
突然、廊下の窓がガラッと開いたかと思えば、窓の外からバドミントンのユニフォーム姿の
脇が見えそうな程袖の短いユニフォームを纏い、ハーフパンツから伸びる白くて柔らかそうな太ももが眩しい!
長戸は茶髪のポニーテールをふわりと揺らし、少しツリ気味のキレのある目で僕を見て、「どうもですっ」と微笑む。
一応説明しておくと、反須田勢力取りまとめ協会の元会員の長戸である。覚えていない人は第10話、第11話を見ていただきたい。
「お前、どっから現れてんだよ!」
「あなたの居るところならば、何処へでも!」
「やかましいわ!」
こいつ、ここ最近で桃山に勝るとも劣らないストーカーに成長しているのだ。エリートストーカーその2である。
「長戸さん! 邪魔しないでくれる?!」
美咲ちゃんがエリートストーカーに牙を剥く。
「黙って聞いていれば、山中さん! あなたは下心に溢れている! 慎一先輩に勉強を教える資格がない! だから私が慎一先輩に教える!」
……いつから黙って聞いていたのだろう? 下心といえば、長戸のこのストーカーも下心の
「はぁ?! 慎ちゃん先輩に教えられるのは、同じ生徒会役員で、なおかつ慎ちゃん先輩が愛してやまない私しかいないでしょ! そもそも長戸さんじゃ2年生の勉強教えられないじゃん!」
……いつから僕は美咲ちゃんを愛してやまないことになっているんだろう?
事実を捻じ曲げて吹聴しないでほしい。
「ぐぐぐ……! で、でも! 自由研究は教えられるもん! 私、フリーダムさには自信があるの!」
確かにな! 長戸、確かにお前はフリーダム過ぎるわ! むしろちょっと自重しろ!
「はっ! 研究で私に勝てるとでも思っているの?」
美咲ちゃん、キミの研究はガチもんだから! 高校生の宿題でやるレベルじゃないから! キミも自重して!
「なら勝負よ! 簡易の自由研究をして、それを慎一先輩に見てもらって、どちらの研究により興味を持つか! 期限は明日! どう? 自信がないなら逃げてもいいよ?」
長戸が美咲ちゃんを挑発する。
ていうか期限短すぎだろ! 美咲ちゃんに腰を据えてじっくり研究させない寸法か!
だが、美咲ちゃんは動じない。
「ふふ、いいよ。あなたの愚かさを思い知らせてあげる! あなたの泣き顔を見るのが楽しみ!」
お互いに睨み合い、うふふふふふ、あはははははと口だけで笑いながら、すれ違い、それぞれ逆の方向へ歩き去って行った。
いや、僕と机を置いていくなよ!
君たち本当に僕のこと好きなん?! 疑問すぎる。
仕方ないから、僕が1-Aまで机を運んだ。めちゃくちゃ重かった。
(翌日の放課後)
「どうやら、ちゃんと逃げずに来たようね」と長戸。
「あなたこそ、陳腐な研究を持ってよく来られたね」と美咲ちゃん。
僕は一人、多目的室の椅子に腰掛けて、格闘技のパフォーマンスのように睨み合っている2人を眺めていた。
「じゃあ早速、私の研究から発表させてもらうよ!」
長戸はそう言うと、ノートを1冊出す。
いや、1冊じゃない。2冊、3冊、4冊、5冊、止めどなく、バッグからノートが出てくる。
これを1日で書いたのか?!
いやでも物理的に無理じゃね?
「ふふ。これは観察日記だよ。期限が1日だから、数日かかる観察日記は不可能だと思ったでしょ? でも、私にはできる! なぜなら…………私は日々常に研究し続けているから!」
「長戸さん、あなた! まさか!」
なんだか、すごく嫌な予感しかしない。
「そう! 私の観察対象は『慎一先輩』だよ! 毎日毎日ストーキングして、研究、考察した内容を惜しみなく書き綴った私の魂の傑作!」
僕はノートをパラパラと少しめくって、すぐにギブアップした。
なんだよコレ! ただのヤバいストーカーの妄想日記じゃねぇーか!
なにが『君は頭の天辺から、ま◯この奥まで、全て僕のものだ』だよ! 僕はそんなセリフ生まれてこの方、言ったことないわ!
「なるほど、考えたね」
美咲ちゃんが感心したように呟く。
「いや、コイツ何も考えてないから。ただ何も考えずに変態日記晒してるだけだから」
2人の世界に入ってしまった美咲ちゃんと長戸には僕の声が届いていないようだった。
「でも、私は負けないよ! おいで! チンいち2号!」
おい。ちょっと待て。今不吉な名前呼ばなかったか?
『お呼びですか? ご主人様?』
多目的室と繋がっている多目的準備室から僕によく似たロボットが歩いて出てきた。
よ、良かった! 鼻は普通だ! 普通に僕によく似たアンドロイドだ。
また鼻にチンポぶら下げたモンスターが現れんのかと思って、身構えてしまった。
そう思って、チンいち2号の下半身を何気なく見た時、僕は気付いたら叫んでいた。
「チンポでぇぇかっ!」
チンいち2号は下半身に1m程の巨大なテントを張っていた。
美咲ちゃんはチンいち2号のチンポに手を置き、説明する。おい、そこに手を置くな!
「テーマは『慎ちゃん先輩の思い描く理想の自分』です」
「いや、そうはなりたないわっ!」
いくら巨根が男の憧れと言っても限度ってものがあるだろ!
「しかも、このチンいち2号は完全自動自由思考を可能としたのみならず、知能指数もかなり高いです! ぶっちゃけ慎ちゃん先輩より賢いです」
「うるせーわ! 泣くぞコラ!」
僕が目の端に涙を浮かべていると、チンいち2号が全自動で自由に発言する。
「おい、慎一! 勉強ならオイがみてやる。心配すんな。一から教えたる!」
いい奴ぅぅううう! チンいち2号めっちゃいい奴じゃん! めっちゃまともじゃん! まともじゃないのはその一物だけである。
「……僕もうチンいち2号に教わる。チンコがなんだ! そんなこと関係ないくらいチンいち2号はいい奴なんだ!」
「えぇ?!」
「そんなァァ?!」
僕がチンいち2号と肩を組みながら言うと、美咲ちゃんと長戸が嘆きの声を上げる。
そして、美咲ちゃんが叫ぶ。
「チンいち2号! 主人である私を裏切るって言うの?!」
チンいち2号は僕と語らうのに忙しく美咲ちゃんの声は届かない。
「くっ」
美咲ちゃんが悔しげに声を漏らす。
「そんなのダメ……」
怒りで震えながら、美咲ちゃんが何やら呟く。
「私が……私が慎ちゃん先輩に教えたいのに……」
あ。なんかすごい嫌な予感する。
噴火寸前の火山的な危うさを美咲ちゃんから感じる。
「こんなの……こんなの! 認めないんだからァァアアア!」
美咲ちゃんが赤いボタンのついた箱を取り出し、それを勢いよく押した。
あ。これ死んだわ。
ボカァァアアアン!
チンいち2号が爆発した。
僕は爆風で壁際までゴロゴロと転がって吹き飛ぶ。
威力は計算されつくしているのか、僕にヤケドや大怪我はなかった。
が、精神的ダメージがヤバい。
美咲ちゃんと長戸さんはこの期に及んで、どちらが僕に膝枕で介抱するか争っていたが、爆発音を聞いて駆けつけた先生が生徒指導室に2人を連行して行き、僕はまたも1人取り残された。
とりあえず自由研究は自分でやろう、僕はそう決意した。
そして、今回の件ではっきりした。美咲ちゃんはガチでヤバい!
普通、自分の恋のために、恋する相手を爆風で吹き飛ばすか?!
マジで手段を選ばない。過激派過ぎる!
というか、本当に僕のことを好きなのかすら疑わしい。
果たして僕は生きてこの学校を卒業できるのだろうか……。
僕の命がヤバい……!
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