第22話 転校生
私は教室の扉の前の廊下で、先生に呼ばれるのをドキドキしながら待っていた。
私の名前は
今日から、この
緊張するぅぅ! 知っている人とかいたりして。
私は中学2年まで、この街に住んでいたのだ。この学校の近くの中学校に通っていた。
でも、私はその中学校で、初恋に敗れ、そのショックで学校を休みがちになった。
たかが失恋で、って思うかもしれない。
でも、あの辛さは失恋した人にしか分からないよ。
運命の人と思える男子に、「キモイ。マジないから」って拒絶される苦しみ。
私は耐えられなかった。
そこで、ママに相談して、彼を諦めるために他県の学校に転校させてもらったのだ。
ところが、ママの仕事の関係もあって、高2になった今、こっちに戻ってくることになってしまったのだ。
もう高校生になったんだし、初恋のあの人がいるわけでもないんだし、大丈夫! そう自分に言い聞かせて、落ち着かせる。
「小田切さん、入っていいわよ」
先生がドア越しに私を呼ぶ。
よし! 頬を叩いて気合いを入れ、教室に入り、元気よく挨拶をしようとして、
固まった。
1人の男子生徒から、目が離せなかった。
天然パーマでボサボサな黒髪に、眠たげな目をした小柄な少年。
私が中学時代、恋焦がれた少年。
「慎……一…………くん……?」
■■■■■■■■■■■■■■■■■■
なに? なんか転校生がこっち見てるんですけど。
とりあえずウインクしてから、眉毛をふよふよ上下させてアピールしておく。
転校生は目を見開いて絶句する。
超常現象でも見たかのような反応。
ちょっと面白い。
転校生は心ここに在らずといった様子で、ボソボソと自己紹介してから、先生に促され、僕の後ろの席に座った。
僕は後ろを振り返り、俯いている転校生を見る。
黒髪のツインテールが可愛らしい女の子。
この世界の女子は全体的にルックスが良い子が多い。
だが、浮かれてばかりもいられない。
なぜなら、可愛い子はだいたい、容姿の良さに比例して、頭のおかしさもまたヤバいからだ。
可愛い子は頭がヤバい!
これは僕がこの世界で学んだことだ。
きっとこの転校生――小田切とか言ったか――も頭がおかしいに違いない!
僕は警戒した。
どんな絡まれ方しても、咄嗟にスマートなツッコみができるように。
だが、待てども待てども、一向に絡んでこない。
もう昼休みになってしまった。
妙だな……。
顔が可愛いのに、頭がおかしくない?!
そんなこと…………ありえるのか?
僕は
「小田切、飴ちゃん食べるか?」
僕はピーチ味の飴ちゃんを手のひらに乗せて、小田切に差し出した。
小田切がまたも驚愕の表情で僕を見て、固まる。
「あ、ピーチ味嫌いだった? おっぱいがピーチのようだから好きだと思ったんだけど」
僕はたわわに実った小田切の胸に向かって話しかけた。
「慎一くん、それセクハラだよ」と隣の千葉が言う。
ははは、バカな。この程度がセクハラなわけないだろう?
このレベルでセクハラなら、僕は普段5分に1回はセクハラを受けていることになるぞ。
僕はピーチ味の飴ちゃんをしまい、別の飴ちゃんを差し出す。
「じゃあ、これは? グアバ味。これを食べると、大事なとこから体液がグアバっと出る! なんちって!」
僕は小田切のスカートの中心のお股の辺りに話しかけた。
「慎一くん、それ、よりヘビーなセクハラだよ」
いやいや。これはただの挨拶だ。生徒会では常識だぞ?
千葉は少しおかしいのだろう。まぁ千葉、ギャルどけど美人だもんな。美人は頭おかしいもんな。
一向に小田切が飴ちゃんを受け取らないので、僕は小田切の筆箱が飴ちゃんでぱんぱんになるまでねじ込み、今度は右手を差し出して握手を求めながら、にこやかに言った。
「僕は須田 慎一。よろしくな」
すると小田切は僕の手は握らずに言った。
「あなた誰?」
今名乗ったばかりなんですけどォォ!
やっぱり頭おかしいじゃん! 話聞かない系のおかしさじゃん! 会長と同タイプだ!
「いや、だから、須田慎一だって」
小田切はそれっきり黙りこくってしまった。
千葉の方を見ると、千葉は『わたしは何も知らない』とでも言うように首を横に振るのだった。
放課後、僕が生徒会室に行こうとしたところ、後ろから肩に手を置かれた。
振り返るとそこにいたのは小田切だった。
「ちょっと付き合って」
「告白ならもっとロマンティックな場所で――」
「――話があるからついて来てって言ってるの!」
何故か少し顔を赤らめて、慌てて言い直す小田切。
小田切の反応が面白いので、僕は即座に決めた。
よし、小田切で遊ぼう。
僕はさっそく小田切に条件を突き付けることにした。
「いいけど、僕疲れたからおぶって。それならついて行ってあげる」
「はぁ?!」
面食らった様子で、あわあわと落ち着きがなくなる小田切を僕はじっくり観察した。
なるほど…………可愛いな。
しばらく挙動不審にキョロキョロしたり、目を瞑ったり、口をもにゅもにゅしたり、顔を赤くしたり、忙しなかったが、やがて「くっ」と言いながら僕の前に後ろ向きで屈んだ。
これも一種の「くっころ」かも知れない。少し興奮した。
僕はおぶられて、運ばれる。
周りの視線がすごい。
羨望や殺意にさらされながら、小田切はひた走る。
僕がただおぶられているだけだと思ったら大間違いだ!
やることはちゃんとやる! それが僕という男だ!
僕は、少し汗ばんだ小田切のうなじに鼻をつけて、すんすんした。
「ひゃぁん?!」
小田切がよろけて転びそうになる。
が、なんとか持ち堪えて、再び進む。
小田切のうなじは女の子の甘い香りがした。
当然僕は到着するまで、うなじを楽しんだ。
小田切はふらふら、ふらふらしながら、なんとか目的らしき場所に到着した。
そこは屋上であった。
小田切は屋上に着くなり、僕を下ろして、ぺたんと座り、はぁはぁ呼吸を荒げる。顔が紅潮している。
「へいへ〜い! 女子なのに体力なさすぎないかァ?」
僕が小田切を煽るとギロリと睨まれた。
「あなたが、うなじをくんくんするからでしょ!」
げっ! 何故バレてる!? バレないようにくんくんしたつもりだったのに!
でも大丈夫!
「僕呼吸してただけだもーん。それとも何か? キミは僕に呼吸するなと言うのか? 生命活動を止めろと言うのか?」
はい、論破ー!
しかし、小田切は即座に反論した。
「うなじに鼻を擦り付ける必要はないでしょ」
「……………………」
論破されてしまった……。
僕はもう何も言い返せなかったので、この話はやめることにした。
「で、話ってなんだ?」
「聞きたいことがあるの」
小田切は静かにそう切り出すと、続けて口を開く。
「須田くん、あなたは誰?」
「いや、だァかァらァ! 須田慎一だって! てか、自分で『須田くん』言ってるじゃん!」
「あなたは、須田慎一ではない。偽物よ」
「――ッ?!」
ギクリとした。
この世界に来てから今の今まで、僕が異世界人であることを見抜いたものなど1人もいなかった。
正体バレの初めての危機である。
上手く誤魔化さないと。
「何言ってんだよ。僕が須田慎一じゃないなら、じゃあ誰なんだよ」
「それは分からない。けれど、須田くんはおっぱいやお股をガン見してエグいセクハラしてきたり、うなじに鼻を擦り付けてくんくんしたりするような人じゃなかった」
え、やっぱりアレ、セクハラだったの?!
おかしいのは千葉じゃなく僕の方だったの?!
でも、そんなエグくなかったろ!
というか、小田切は僕のことを知ってる風なことを言う。もしかして、僕が憑依する前の慎一くんのお知り合い?
「ひ、人は変わるんだぞ小田切! 思春期の男の子が少しくらい女の子に興味持ったっておかしくないだろう?」
「いや、ありえないよ。以前の須田くんは、自分の進行方向にいる女子を『邪魔』って言って蹴飛ばす人だよ? 女子が話しかけると『臭い。キモイ。消えて』って返すような人だよ? そんな人がこうはならないと思う」
須田慎一ィィイイイ!
お前、ほんとクソだなァ!
『ツンツン』ってレベルじゃねーぞ!
というか、憑依前の須田慎一がツンツンな性格ってこと覚えてる人いないぞ多分! 第1話でさらっと説明されて以来、ずっと放置されてきた設定なんだから!
「あなたは須田慎一ではない! 須田慎一に乗り移った何者か、よ!」
ズビシと僕を指差して、小田切は断言した。
何故か少しイキイキしている。
そしてキメ顔である。自分に酔っている顔をしている。
誰かが乗り移るとか……
厨二乙!
…………って言いたい。とてつもなく言いたい!
けど、
当たってるぅぅうう!
本来だったら、絶対そんなことありえないのに! 絶対こいつファンタジー小説読み過ぎて現実と空想の境が見えなくなったただの厨二病患者なのに!
それなのに、今回は奇跡的に当たっちゃってるんだよ!
もう、こうなっては仕方がない。
全て話して分かってもらうしかない。
僕は覚悟を決めた。
「実はな。誰にも言ってなかったんだけど……」と切り出す。
小田切が、ごくり、と唾を飲む。
「……僕は異世界人なんだよ。キミの言うとおり、中学2年の夏、おそらくキミと会わなくなった後、この須田慎一の体に何故か入り込んでしまったんだよ。元の名前は覚えてないけど、本当だ。以来、僕はずっと須田慎一をやってる」
あまり暗くならないように勤めたが、何となく気まずくて苦笑いになる。
「戻り方が分からなくてね」
僕は力なく笑う。
「…………須田くん……」
小田切が僕を見て、同情でもしたのか、気遣うように僕を呼ぶ。
そして、微笑んで言った。
「厨二乙」
あ、これ違うわ。微笑みじゃないわ。人を小馬鹿にした笑みだわ。ニヤぁっとした笑みだわ。
小田切はプークスクスみたいな笑い方をしている。
すげームカつく。
「なんでだよ! てか、お前が言うな!」
そもそも小田切が、『須田慎一に乗り移る』とか言い出したんだろォが!
「だって……ぷっ! あはははは! 異世界人て! あはははは! 現実とファンタジーの境、見失い過ぎィィ! あははははは!」
こいつ……!
なんで憑依はオッケーで、異世界はダメなん?!
謎の境界線引いて、異世界人を差別するんじゃない!
僕が怒りと恥ずかしさで俯いて震え、小田切にそれをぶつけようと口を開こうとした瞬間。
「私は慎ちゃんを信じるよ!」
屋上にある普段は鍵が閉まっているポンプ室の中から突然声が上がる。
そして、ガチャっと扉が開いた。
そこにいたのは、
「桃山?!」
「待たせたね、慎ちゃん!」
桃山が良い笑顔で言う。
いや、待ってねぇーよ!
てか、お前どこから登場してんだよ! ホントどこにでも現れるな!
訓練されたストーカー、エリートストーカーだ。
しかし、桃山に異世界うんぬんを聞かれたのは、少しまずいかもしれない。あいつ信じるって言ってるし……。
桃山は何を勘違いしたのか、僕を見て優しげな笑みを浮かべて言った。
「大丈夫だよ、慎ちゃん。慎ちゃんが異世界人だったとしても、私の愛は変わらないよ。そのくらいで揺らいだりしない。私が出会って、恋したのは、今の慎ちゃんだから……」
桃山が頬を染めて、少し照れながらそう言う。
正直言ってすごく可愛い。グラっとくる。
「桃山……」
僕は嬉しかった。
僕を異世界人だと信じた上で、それでもいい、好きだって言ってくれることが。
僕を、受け入れてくれたことが。
桃山は続ける。
「どんな慎ちゃんだって、私は受け止められる! どんな慎ちゃんも愛してる! 私がこれからもずっと慎ちゃんを支えていく。たとえ…………」
桃山が優しげに笑い、力強く言う。
「たとえ慎ちゃんが厨二病患者であっても!」
桃山ァァアアア! 台無しだなァ! おい!
なにが『私は慎ちゃんを信じるよ!』だよ!
全然僕のこと信じてないじゃねぇーか!
誰が『厨二病患者』だ!
僕の感動を返せ!
はぁ。もう異世界人説すら信じて貰えないなら、僕にとれる手段はこれしかない。
出来れば、やりたくなかったが……、仕方ない。
ため息を一つついて、僕は、いや、
ドカッと音が鳴る。
小田切が笑うのをやめて、こちらを凝視する。なんか固まっている。
僕は自分の出せる限界の声で、迫力がでるように精一杯頑張って怒鳴った。
「ギャーギャー、ギャーギャーうるせーんだよ! ぶち殺すぞ!」
「ぇ……ぁ…………その」
小田切がテンパって、目を泳がせている。
「俺が変わっただァ? この方が都合が良いから、こうしてんだよ! 文句あんのか?」
「ぁ。ぃぇ。……ぁりません」
小田切は自分で、
何か須田慎一にトラウマでもあるのかもしれない。
「乗り移るだとか、異世界だとか、仕方なく付き合ってやれば、つけ上がりやがって。俺は俺だ! 勝手なこと吹聴したら、ぶっ殺すぞ!」
僕の容姿で、ぶっ殺すとか言われても間抜けにしか見えないだろう。
現に桃山はこっそりと『ぷふっ』と吹き出していた。
僕は後でお仕置きに桃山の体操着をくんくんすることを決めた。これはお仕置きなのだ。仕方あるまい。
だが、小田切は過去のトラウマの影響か、ガクガクと震えていた。
僕の恫喝が効くのは全人類で小田切しかいないかもしれない。
僕はトドメとばかりにポンプ室の壁を背にしている小田切に壁ドンをかまし、耳元で言った。
「このことは黙ってろ。分かったな?」
「……はいっ❤︎」
小田切はガクガク震えながらも、顔は上気し、目がハートになっているかと錯覚するほどの、恍惚とした表情を浮かべていた。変態である。
怖がるのか、興奮するのか、どちらかにしてほしい。
ヘナヘナと腰が砕けて、座り込む小田切を置いて、僕は屋上を出て、階段を降りる。
はぁ。柄じゃない。
全くもって柄じゃない。
何あの口調。キモ過ぎ。ヤバい。
階段の踊り場で、壁に手をついて、自己嫌悪していると、ふわっと微かに甘い女の子の匂いがした気がした。
そう思った瞬間。
後ろから抱きつかれた。顔だけ振り返ると、そこには桃色のウェーブした髪の毛が見えた。
桃山?!
ぎゅっと固く結ばれた桃山の両手は、僕のおへそ辺りに置かれている。
『ノーブラか?!』と思うほど、柔らかいものが、むにっと僕の背中で潰されていた。
桃山は、僕の耳の横に、顔を近付けて言った。
「ご苦労様。慎ちゃんはホント優しいね」
桃山の優しげな声と共に甘い吐息が耳をくすぐる。
こいつ、わざと?! わざとやってんの?!
エロ過ぎだろ! ありがとうございます!
「や、厄介事を振り払ってるだけだろ!」
僕はなんとなく恥ずかしくて、つっけんどんな態度を取ってしまった。
しかし、桃山は全く気にした様子もなく、『ふふっ』と笑う。
「慎ちゃんのそういうところが、大好きっ❤︎」
桃山はそう言って、僕の頬にチュッとキスをして、にっこり笑うと、僕を置いて、先に階段を降りて行った。
頬に手を当てると、桃山にキスされたところだけ微かに湿っていた。エロい。
これはヤバい。
完全に落としに来ている。現に僕の理性はグラッグラ揺れている。いつ理性が崩壊してもおかしくない。
この生徒会はやっぱり危険である。
普段、何気なく通常運転で、ほっこりほのぼのストーリーやってるかと思いきや、いきなり攻めてくる。
ラブコメを謳いながら、見えない力によってラブは延々と引き伸ばされようとしている本作だが、この生徒会がそうはさせない。
いったい僕は誰のハニートラップにハマる結末を迎えるのだろうか……。
僕はとりあえず、桃山にキスされた頬を触った自分の手を、ひと舐めしておいた。
僕の未来がヤバい!
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