第21話 絶対に笑ってはいけない校長スピーチ24分

「第2回! 王様ゲーム with 投書箱〜!」


 会長が投書箱を掲げて高らかに宣言した。

 美咲ちゃんは例のごとく、ポケットからパフパフラッパを取り出して、鳴らす。


 パフパフ


 すごく満足気で、にっこりしている。可愛い。


 しかし、『第2回王様ゲーム with 投書箱』には苦言を呈さざるを得ない。

 僕は先手を取って、釘を刺しておくことにした。


「僕はもう潜入捜査はしないですからね!」


「えぇ〜! 新聞部の時は、慎ちゃんも楽しんでたじゃぁぁん!」


 会長がそう言いながら、座っている僕の後ろから、僕の首に飛びつき、ぎゅぅっと抱きしめる。

 後頭部におっぱいが当たってます。ありがとうございます。


 既に定期業務になりつつある引き剥がし部隊の薫先輩と桃山が会長を引っ剥がし、会長の手と足を持ってブランコのようにブンブン振ってから、その辺に放り投げた。

 会長は「んに゛ゃ!」と呻いて、びたん、とうつ伏せに全身を床に打ち付けるが、すぐに何事もなかったかのように起き上がり、椅子に座り直して、話の続きを進行させる。


「まぁ、解決方法は投書を引いてから考えようか」


 お気楽な会長らしい考え方である。

 そこにドリちゃん先輩が心配そうな顔で口を挟んだ。


「本当にそんなテキトーな感じで大丈夫ですの? もし慎様しんさまを抱かせろっていう――



「――そのくだりは第13話で、もうやったから」


「第13話ってなんですの?!」


 ドリちゃん先輩には分からないだろうが、僕にとって新聞部の一件は第13話なのだ!





「お、なんかまともそうだぞ」と薫先輩が投書を開きながら言った。



「――って、引いとるぅぅぅううう! 何勝手に投書引いてんですかァ!」


 薫先輩は何でもないことのように、投書をぴらぴら振って言う。


「何騒いでんだ慎一。そんなに自分で引きたかったのか? ふふ。子供だなぁ。可愛いやつめ」


「ちっげぇぇえーよ! 物語的に焦点あてるところでしょう! そこは!」


「誰が引いたって変わらんだろ。そんなことよりも、重要なのは投書の内容だ。みんな見てくれ」


 全員が薫先輩の持つ投書を見る。

 そこにはこう書かれていた。



『全校集会の校長のスピーチがつまらな長い。どうにかして』



 確かにこれは、全国の小学生、中学生、高校生が等しく抱く悩みだ。


「……ってこれ、解決は無理ではありません?」


 ドリちゃん先輩が早々に匙を投げる。

 校長に転校を賭けたゲームを許可させた人物とは思えない発言である。

 一大イベントが終わったからって、急に良識ぶるのやめて?!


 でもまぁ、確かに、ね。

 今回の依頼が無理っぽいのは頷ける。

 しかし、桃山の考えは違った。


「いえ。大丈夫です。私が校長に直談判してきますよ。『校長。校長はすべっておいでです』って、言えばきっと改善されます! ちょっと行ってきます」


 言いながら桃山はガタッと椅子から立ち上がる。


「待て待て待て待て! 落ち着け。頼むから落ち着け」


 皆で桃山を取り押さえる。

 桃山、お前いつからそんな血気盛んなヤバめのキャラになった?

 穏やかな顔立ちで、垂れた困り眉が優しげな、可愛らしい赤縁メガネちゃんがお前のキャラだろ?

 だから、特攻隊長はやめろ。そんな属性今すぐ捨ててしまえ。


「しかし、これは困ったねぇ。何か良い方法はないかなぁ」


 会長も今回ばかりは、どうしたものか、困っている。

 すると、唐突に美咲ちゃんが手を挙げた。


「私に妙案があります。準備にちょっと時間がかかりますが、次の全校集会には間に合わせます。今回は私に任せてくれませんか?」


 すごい自信だ。

 ふんす、と鼻息を荒く吐き、やる気満々である。



「美咲が言うなら、間違いないね」と会長。

「ああ。美咲ならきっとやってくれる」と薫先輩。

「美咲はできる子ですからね」と桃山。


 何その全幅の信頼!

 美咲ちゃんって、未だかつて、やらかしたことしかないよねぇ?!

 僕は『おやつ』にされたこと忘れないぞ!


 ただ、まぁ、厄介事を押しつけられるなら、それに越したことはない。

 そうして、この件は満場一致で、美咲ちゃんに一任された。





 だが、僕たちはこの時はまだ知らなかったのだ。

 あの地獄の全校集会。『絶対に笑ってはいけない校長スピーチ24分』が訪れることを。





 ♦︎





「この機材を向かう側とこちら側で、全校生徒を挟むように置いてください。置けたら、私の方で設定調整しますので、教えてください」



 僕は厄介事から逃れられると思っていたが、美咲ちゃんにあっさり捕まり、半強制的に助手をやらされていた。

 そのくせ、何をやるのか聞いても「お・た・の・し・み」とウインクするのみで教えてくれない。でも可愛い。



 美咲ちゃんの調整が済んだ頃、まだ全校集会は始まらなかった。

 校庭に全校生徒が集まるのだ。かなりの人数である。それだけ時間もかかるというものだ。

 しかし、それももうすぐ完了する。

 美咲ちゃんが僕に話しかけた。



「もう慎ちゃん先輩にしてもらうことはないんですけど、念のため、これ渡しておきますね」


 そう言って美咲ちゃんが差し出したのは、何かの原稿のようであった。


「校長のスピーチの原稿です」


 美咲ちゃんが、なんでもないことのようにサラッと言う。

 一体どうやってコレを手に入れたのか、問いただしたかったが、直に校長のスピーチが始まる。

 ここで騒いで先生に怒られるのも面白くないので、黙って原稿に目を落とした。

 どうやら校長のスピーチは『今日は夢の話をしようと思う』から始まるみたいだ。


 校長がゆっくりと歩いて壇上に上がる。

 上がりきると、今度はまたもゆっくりとマイクの高さを調節する。

 そして「ん゛んっ! ウォホン!」と咳払いをして、冒頭の言葉を述べた。














「今日は【チンポ】の話をしようと思う」




「ブフゥゥー!」


 全校生徒がほぼ同時に吹き出した。

 僕も例に違わず吹き出す。

 校長! いったいどうしてしまったんですか!

 あなたは確かに転校を賭けたゲームを許可してしまうくらいには頭がおかしかったけども、決してこんな直接的な下ネタを言う人ではなかったはずだ!

 僕はその答えを美咲ちゃんの口から聞かされた。



「この機械、『ボイスキャンセル&クリエイター』の効果です。これは校長の発するマイク音の一部を打ち消すと同時に、校長の声で短い単語を作り出し、それをマイク音に乗せて、あたかも校長が言っているかのように見せかけることが出来るのです! しかも、この機械を向けている全校生徒にだけしか聞こえない。校長には、自分のスピーチが普通に何の変化もなく、聞こえているはずです」



 またとんでもない物を作り出したものだ。この天才は。

 美咲ちゃんの万能性がそろそろドラ◯もんの域に到達しそうである。

 でも、やはり美咲ちゃんは美咲ちゃん。

 チョイスするワードが『チンポ』であるところが、安定の美咲ちゃんである。

 バーチャルリアリティの時もそうだったけど、なんで『チンポ』なの? 変態かよ。





 全校生徒の気持ちも知らずに、校長は続ける。










「皆、大なり小なり【チンポ】は持っていると思う」









 ダメだ! 皆耐えるんだ! バレたらゲンコツ食らうぞ!









「持っていない人もいる。そういう人も大丈夫だ。その人は【パイオツ】を持っている」









 ブフゥ! と、どこからか吹き出す声が聞こえた。

 ちなみにこのパイオツは原稿では『可能性』となっている。

 地獄は続く。









「【パイオツ】を持った人は、今一度よく【チンポ】について考えてみるといい。自分の【チンポパイオツ】が何に向いているのか。【チンポ】は何の分野に強いのか」




 全校生徒の列の前方の人は項垂れてプルプル震えている。

 おそらく『興味関心』を『チンポパイオツ』のコンボに置き換えられたせいだろう。




 校長はここで少し間を置いた。




 そして、力強く次の言葉を紡ぐ。




「考えたら、次は【オナニー】だ!」



 僕は、強い目力で見つめる校長と目が合い、同時に低音で芯のある声で紡がれる『オナニーだ!』が合わさり、耐えきれずに吹く。少し鼻水が出た。

 僕はそれでも必死に堪えながら、ふと3年生の最前列に目を向けると、会長が脱落していた。

 声を殺して爆笑する会長。


 こら! 会長! 耐えろ! 生徒会長だろ!


 ドリちゃん先輩も両手で顔を覆って震えている。




 スピーチは続く。










「何でも良い。小さな【パイオツ】でも良いんだ! 小さな【パイオツ】で、【チンポ】は大きく変わる!」






 ここで薫先輩が腕で顔を隠しながら、ダッとトイレに向かって駆け出した。

 笑いを堪えているためか顔は真っ赤で、プルプル震えながらトイレに逃げる。

 校長は続ける。







「【チンポ】! そして、【オナニー】だ! これを忘れないで欲しい」





 校長の真剣な面持ちに桃山がペタンと座り込んでしまう。

 体育座りで顔を膝につけて、ひっくひっく言っている。

 やはり笑いを堪えたせいで、耳まで真っ赤に染まっていた。



 その後も校長の絶対に笑ってはいけないスピーチは20分ほど続いた。

 スピーチが終わって、校長が壇上から降りた時には全校生徒は皆ぐったりしていた。



 ちなみに一部の教師は生徒付近で見張りをしていたからか、ばっちり改造スピーチを聞いていたようだ。

 何故それが分かるか。

 教師がうずくまって震えているからだ。

 自分が爆笑していては、生徒に示しが付かない。

 そんな誇りとプライドを持って臨んだ校長のスピーチに、奮闘虚しく、『教員、アウト』になってしまった。

 校長にタイキックされないことを祈る。




 こうして『つまらな長い』校長のスピーチを、美咲ちゃんの活躍で『おもしろ長い』スピーチに変えることが出来たわけだが、言うまでもなく、この後、僕と美咲ちゃんは仲良く生徒指導室行きとなった。


 美咲ちゃんは説教を聞きたくないからと、生徒指導室でも例の機械を使おうと言い出したが、流石に僕が止めた。

 それを使ったせいで、これから怒られるというのに、よくそんな発想になるな。



 マジで美咲ちゃんの頭の中はヤバい!

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