第20話 生徒会裁判

「と、いう訳で、今日からよろしくお願い致しますわ」


 つややかな茶色のドリルヘアを垂らしながら、紗希先輩が綺麗にお辞儀した。

 生徒会室に座る一同が紗希先輩に注目する。


「というか、マジで転校してきたんですか? バカですか?」


 僕は、あれは結局うやむやになったとばかり思っていたが、どうやら紗希先輩は本気だったらしい。誰も望んでいないのに。アホである。


「当たり前です。女に二言はありません! 宣言通り、私も今日から生徒会役員として、粉骨砕身、バリバリ働きます!」


 紗希先輩が胸の前でグッと可愛らしいガッツポーズをする。可愛いドリルもあったものだ。


「ドリルではありませんわ!」


 的確に心を読んでくるドリル先輩。


「でも、ドリちゃん」と会長。


「誰がドリちゃんですか!」


「骨を粉にするまでバリバリ砕くのはいいんだけどさァ……」


「言ってません! そんなこと!」


 ツッコみが忙しいドリちゃん先輩。

 ツッコみはこの世界では僕の専売特許だったのに、最近薫先輩といい、ドリちゃん先輩といい、競合相手が増え過ぎである。

 会長はお構いなしに続ける。


「あなた、生徒会役員じゃないよ?」


「…………ぇ。えぇ?! そうなんですの?!」


「当たり前じゃん。生徒会役員は副会長以外は選挙で決まるわけだし」


 よくよく考えれば、確かに当たり前である。

 このドリルは北高の生徒会長だったくせに、その辺を何も考えずに発言していたらしい。

 …………て、いうか。


「ドリちゃん先輩、北高の生徒会、ほっぽり出してきたんですか?」


「誰がドリちゃん先輩ですか! 北高の生徒会はちゃんと優秀な後継ぎに、完璧に引き継ぎをしてきましたから、ご心配には及びませんわ」


 生徒会長ってそんなに軽々しく交代するものでもないと思うんだが。



「あ! あった! ありました!」


 先ほどから何やら冊子をペラペラとめくっていた桃山が冊子を開きながら声を上げる。

 どうやら冊子は生徒会会則のようだ。


「生徒会会則によれば、生徒会役員に欠員が出た場合、臨時に生徒会で会議を開き、生徒会役員の推薦で新たな生徒会役員を選べるそうです」


 そんな規則があったのか。知らなかった。

 案の定、ドリちゃん先輩がその規則に飛びつく。


「それです! 皆さんで私を推薦していただければ万事解決です!」


「いや、でも欠員なんて出てないじゃん」


 僕が指摘すると、会長が答えた。


「ううん。この生徒会は欠員あるよ。『庶務』が不在」


「そうなんですか? なんで庶務がいないんです?」と美咲ちゃんが疑問を投げかける。


 その疑問には会長ではなく、薫先輩が答えた。

 この人はなんだかんだ、良く会長の補佐をしている。僕よりよっぽど副会長っぽい。


「昔はいたんだ、庶務も。しかし、庶務というのは役柄上、雑用が多くてな。そのせいか、生徒たちの間では『庶務は生徒会役員の中でも格下』というイメージが定着してしまって、前回の選挙ではとうとう立候補者が誰も出なかったんだ」


「そんな経緯があったんですねー」と美咲ちゃんは自分で聞いたくせに、どこか他人事のようにお茶をすすりながら、ほわほわと言った。


「なら、わたくしが庶務になります! 私はそんなくだらないイメージ気にしませんから」


 これで丸く収まる、と輝くような笑顔のドリちゃん先輩とは反対に、会長は目を瞑って「う〜む」と何やら唸っていた。

 そして、何か閃いたのか、唐突に目を開いて言った。


「よし、じゃあ今日の遊び……もとい議題はそれにしよう! ちょっと準備してくるから、慎ちゃんとドリちゃんはここで待ってて! 皆! 行くよ!」


 会長はそう言うと、僕とドリちゃん先輩を置いて、他の3人を連れて生徒会室から出て行ってしまった。

 どうでもいいけど、今『遊び』って言わなかった? あのちびっ子。


「いったい何なんですの?」

「さぁ。会長の意味不明は今に始まったことではないですから」



(10分後)



 バンッと勢いよく誰かが扉を蹴り開こうとする。おそらく会長だ。

 しかし、扉は引き戸だったので、ただ衝撃音がなっただけで扉は開かなかった。

 会長がガラガラと気まずそうに扉を開き、入室する。



「……………………会長、なんですか。その格好」



 会長は黒い法服を着て、頭にはひし形の平たいのがてっぺんに付いた黒の帽子を被っていた。

 片手にはピコピコハンマー、反対の手には何やら大量の書類が綴られた分厚いファイルを抱えている。


 これはアレか? 裁判官コスプレか?


 会長の抱えるファイルの背表紙には『物品管理システムマニュアル』と表記されている。

 その書類、全然関係ねぇ! おそらく会長が雰囲気作りのためにテキトーに持ってきたのだろう。


 会長の後に続く薫先輩と美咲ちゃんもピコピコハンマーとファイルは持っていないが、会長と同じような服装をしている。

 最後尾の桃山は何故かグレーのパンツスーツ姿で、こちらも分厚いファイル『物品管理記録』を持っている。なんで持ってくるファイルは物品管理シリーズなのか!


 会長たちはいそいそと長机を動かし、コの字に整えると、コの字のお誕生日席にあたる位置に裁判官3人が並んで座った。

 桃山は僕とドリちゃん先輩の反対側の長机に座る。

 僕はもう分かったぞ。会長がやろうとしていることが。



 会長は高らかに宣言する。




「それでは! これより、『ドリ岡 ドリ美』の刑事裁判を始める!」


「誰ですの、それ?! ていうか、なんで裁判なんですか?! 私何も悪いことしておりませんのに!」


「ガリガリガリガリうるさいです! 慎ちゃん弁護人。被告人を落ち着かせてください」


 あ。僕弁護人なんだ。

 僕は「ガリガリなんて言ってません!」と騒いでいるドリちゃん先輩の頭を撫でて、落ち着かせる。

 ドリちゃん先輩はテレテレしながら、幸せそうな顔になった。

 きっとこれから会長たちに散々な目にあわされるんだ。今ぐらい幸せに浸るといい。



「異議あり!」


 桃山が凄い形相で、立ち上がりながら、ビシッとドリちゃん先輩を指さす。


「変態の分際で、慎ちゃんにナデナデしてもらうなんて言語道断! 去勢の刑を求刑します」


 変態さで言ったら、桃山の方が上だと思うんだが。

 というか、去勢って女でもできるのか?


「誰が変態ですかァ!」とドリちゃん先輩がまたぎゃあぎゃあ騒いでいると、会長がピコピコハンマーを机に打ちつけた。



 ぴこぴこぴこ



「静粛に!」


 なんとも可愛らしい裁判長である。やっぱりどう見てもキッザ◯アだ。



「被告人『ドリ岡 ドリ美』の罪状を読み上げる。◯月✖️日、午後4時15分頃、亜保那あほな高等学校中庭において、自らの両手に手錠をかけ、頭にはパンティを被り、陰部に電マを押し当て、ふしだらな声を上げ、R15の本作をR18の領域に踏み込ませようとし――――



「それ全部、あなた方のせいじゃないですかァァァ!」


「静粛に! ドリ美静粛に!」


「誰がドリ美ですか! ていうか何回やるんですか、このやり取り!」


 僕は、もう諦めて『ドリ美』呼ばわりを受け入れたらいいのに、と思ったが、ドリ美がまた騒ぎそうなので黙っておいた。

 会長は気にせず、罪状の続きを述べる。


「そして、卑怯な手をもって、慎ちゃんを転校させようと試み、慎ちゃんに全治6ヶ月の心の傷を負わせたものである」


 僕は別に心の傷は負っていないのだが……。

 罪状のでっち上げがすごい。


 会長が罪状を述べ終わった瞬間、桃山が唐突に叫んだ。


「異議あァーり! 慎ちゃんの心の傷は全治8ヶ月です裁判長!」


「お前は『異議あり』言いたいだけだろォが! 裁判長に異議を唱える検事なんて聞いたことないわ!」


「異議、あ〜り」と言いながら桃山が僕の方に両手でゲッツのジェスチャーで指さす。

『異議あり』を『それな』みたいに使うんじゃない!


 僕は今回ばかりはまともなツッコみをしたと自負していた。


 しかし、


「弁護人、意見がある時は挙手するか、元気よく『異議あり!』と唱えるかしなさい」


 何故か、僕が裁判長に注意を受ける。

 なんで『異議あり!』が正式な手法として認められてんだよ!



 すると、今度は裁判長の右隣の裁判官、薫先輩が発言する。

「異議あり! 裁判長、私の電マを勝手に股に当てて、電マを使い物にならなくさせた罪も追加してくれ。私は他人の体液がついた電マは使いたくないんだ」


 いや、『異議あり』の使い方、絶対おかしいだろ!


「それもやったの私ではありません! ていうか、そっちでヤレヤレ顔してるアナタでしょう?! 私の股に電マを押し当てたのは!」


 桃山は指さされても、ツーンと分かりやすく知らんぷりしている。


 次に発言したのは裁判長の左隣の裁判官、美咲ちゃんである。

「異議あり! 裁判長、マキタ製ドリルを侮辱した侮辱罪も追加してください」


「侮辱してねぇぇぇえええ!」

「落ち着いて! ドリちゃん先輩、落ち着いて! お嬢様キャラが崩れてます!」


 はぁはぁ、と息を荒げるドリちゃん先輩の背中をさすってなだめる。さりげなくブラホックのひっかかりを確認する。このブラホックタッチは一見何の意味もないけれど、少しエロい気分になれるのだ!

 すると、ドリちゃん先輩は次第に落ち着きを取り戻し、今度は顔を赤くして、恍惚の表情ではぁはぁ言い出した。変態だ。



 それを見ていた会長がムスッとした顔で呟く。


「………………有罪」


「…………はい……?」


 僕とドリちゃん先輩が聞き返す。え、今、有罪って言った?


「有罪有罪有罪ゆうざァァァい! 私の慎ちゃんとイチャイチャしないで欲しいよ! もう刑罰増し増しだよ! 刑罰増し増しの刑だよ!」


 そんなラーメン屋の野菜増し増しみたいな刑あるのか。


「そうだな、有罪だな」と薫先輩。

「ですね。有罪です」と美咲ちゃん。

 そして、勝ち誇ったかのようなドヤ顔で、ドリちゃん先輩を煽る桃山。



 ドリちゃん先輩が項垂れる。

 有罪ということは、ドリちゃん先輩は生徒会に入れない、ということ。

 僕は少し悲しくなった。なんだかんだでドリちゃん先輩好きだったのに。


「ドリちゃん先輩、すみません。弁護人の僕が頼りないばっかりに……」


「慎様のせいではありせんわ……。私の信用が足りなかった、それだけのことです」


 ドリちゃん先輩が力なく微笑む。


「生徒会には入れませんでしたが、同じ学校ではあるのです。学校で顔を合わせたら――



「ちょっとォォ! まだ判決の途中だよ! ちゃんと聞いて! ほんっとドリちゃんは人の話を聞かないんだから」


 会長が僕とドリちゃん先輩の会話に割って入り、ぶーぶー文句を言う。

 そして、判決を下した。


「被告人『ドリ岡 ドリ美』を懲役『卒業まで』の刑に処す! 卒業まで生徒会の庶務として、馬車馬のように働くこと!」


 ドリちゃん先輩の顔が一転してパァっと明るくなった。


「いいんですの?! 本当にいいんですの?! やったァァァ!」


 ドリちゃん先輩は僕の手を取ると、両手を繋ぎながらぴょんぴょこ跳ねた。


 本人がこんなに喜んでいるのだから、もう僕は何も言うまい。

 会長たちの顔を見て、僕はすぐ分かった。

 この人たち本当に馬車馬のようにドリちゃん先輩をこき使う気だ。

 悪い顔してるもの。めっちゃ悪い顔してるもの!


 噂だけだった生徒会庶務馬車馬説は、今名実ともに馬車馬庶務になろうとしている。





 この生徒会、腹の中が黒すぎる。ヤバい。



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