第19話 アホドリル 後編

「北高、アホ高の諸君! お待ちかね! 生徒会エキシビションマッチの開幕だァァ!」


 校庭の大スクリーンに映し出された実況役の北高の女子生徒が高らかに叫ぶ。


 ウォォォォォオオオオ、と校庭の北亜保那きたあほな高校と亜保那あほな高校の生徒が実況に呼応して叫ぶ。


「実況は管制室から北高3年 金森がお送りします!」


 北亜保那高校 通称『北高』と、亜保那高校 通称『アホ高』の合同球技大会は北高の校庭で行われ、その全課程がたった今終了し、最後の催し、両校の親睦を深める生徒会エキシビションマッチが始まろうとしていた。


 ただの親睦会と侮るなかれ! この生徒会エキシビションマッチは長らく争われた『どちらが格上でどちらがアホか』を決める絶好の機会。群馬県と栃木県の争いのようなものである。

 球技大会終了を前にして、この日最大の盛り上がりをみせていた。



 そんな中、僕は生徒会メンバーなのに、『景品だから』と試合に参加させてもらえず、ブルマ姿にリボンをぐるぐる巻きにされ、長机の上に転がされていた。

 危うくすっぽんぽんにリボンを巻かれそうになったので、体操服を所望したところ、運動着上衣とブルマを渡されたのだ。

 ちなみにお隣さんは、松坂牛1kgと草津温泉旅館ペアチケットである。



 実況がルール説明を始める。


「ルールを説明しよう! 今から5分後に校舎全域にハンターたちを解放する! 生徒会のメンバーはハンターに捕まらないように校舎内を逃げ切れ! 制限時間は無制限! 最後まで残った者の所属する学校を勝者とする!」


「まるっきり逃◯中じゃねぇーか! というか、これもはや球技じゃないし!」


「はい、そこの景品さん! 文句を垂れなーい! 文句を言う前にハンター達をよく見て!」


 実況ウザっ!

 しぶしぶ実況の言う通りに、目を凝らしてハンターを見てみる。

 全員黒スーツを着て、グラサンをつけている。

 グラサンでちょっと分かりづらいが、これって、もしかして……。


「…………全員、男?」


「そう! 男! つまりたまです! 予備の球もついてくる親切設計! もう分かったよね? 誰がなんと言おうが、これは球技なのです!」



 『もう分かったよね』じゃねーよ!

 タマタマを使う球技大会なんてイヤ過ぎる!

 だが、僕が何を言おうがもう始まっているのだから、無駄だ。しぶしぶ口を閉じる。

 僕は僕のできることをしよう。


「フィールドが北高であるため、北高有利な代わりに、北高は生徒会長の北条 紗希の1人のみの参加です! 対するアホ高は生徒会長の西条 智美をはじめ全生徒会メンバーの参加となります!」


 『全生徒会メンバー』って、僕参加してないんだが。僕『景品』なんだが。

 しかし、1人で参加するなんて北高は良い度胸だな。運悪くハンターに挟まれたらそれでゲームオーバーじゃないか。


「さぁ! ハンター放出だァァ! 注目のハンターは陸上部のマサルくん! 鍛え上げた肉体で生徒会に迫る! 男子に追いかけられるなんて、女子にとっては夢のような競技だ!」


 黒服の男子達が一斉に校舎内に入っていく。

 会長たち大丈夫かな?

 薫先輩と桃山は身体能力が高いからなんとかなりそうだが、会長と美咲ちゃんははっきり言って運動系は頼りない。



 よし。ここは僕が頑張らないと。



「あぁっと! 一人出遅れたハンターがいるみたいです! ん? あれ? ブルマ?! あのハンター! ブルマです! ブルマをはいてます! 黒スーツジャケットにブルマを合わせています! 変態です!」



 ふはははは! こんなこともあろうかと開始前にいやいやハンターにされた男子に声を掛けて、ジャケットを譲ってもらっていたのさ! 流石にズボンは貸してくれなかったけど。

 でも、これで僕もハンターの一員だ!



 僕は獲物を探した。




(10分後)




 見つけた!

 僕は獲物目掛けて走る!



「え? うわぁあ! て、なんだ……慎ちゃん先輩ですか。驚かさないでくだ……て、えぇ?! ちょ! 待って待って! なんで追いかけて来るんですかァ?!」


 獲物たる美咲ちゃんは、一瞬でブルマハンターが僕だと見抜き、安心していた。

 だが、僕は止まらない。

 紗希先輩だろうと美咲ちゃんだろうと関係ない。僕は獲物に飢えているのだ!

 一度やってみたかったんだ! 逃◯中のハンター!

 うちの生徒会はまだ3人もいるし、インドアもやしゲーマーが1人減ったところで問題ないでしょ!


 美咲ちゃんは止まらない僕を見て、慌てて逃げ出す。

 というか、速っ!



「あぁっと! アホ高生徒会広報の山中さんがブルマハンターに見つかったァァ! あ、でも……遅い! 恐ろしく遅いです! ブルマハンター! みるみるうちに山中さんとの距離が広がるぅ!」



「がはぁ! ぜばォ!」

 もう体力の限界だ!

 美咲ちゃんは、絶対インドアもやしかと思ってたのに! なんか悔しい!


 美咲ちゃんは角を曲がって、姿をくらます間際。

 わざわざ監視カメラの死角に小瓶をカランと転がして行った。


 僕はカメラの死角のそれを拾う。


「これは……」




 ■■■■■■■■■■■■■■■■■




「さァ! 試合も大詰め! ラストスパートです! ハンターを追加します!」


 さらに5人のハンターが追加で校舎内に入っていく。わたくしはそれを校舎の窓から、眺める。

 すでに試合開始から1時間が経過している。

 アホ高の生徒会は奮闘虚しく、残るはあと生徒会長の西条 智美だけになっている。

 対する北高代表たるわたくしはまだ無事。























 まぁ、ですけどね。












 これは仕組まれたゲーム。

 ハンター達は私の犬。

 私の居場所はGPSで各ハンターに知らされ、こちらには来ないようにさせている。

 つまり全ハンターがアホ高の生徒会しか狙わない。

 私には始めから負けはありえない!

 なんか慎一様がハンターに紛れ込んでいるようだけれど、慎一様の鈍足は世界を震撼させる一級品の鈍足!

 私が捕まるはずない。





 私が廊下を歩いていると、前方の角から、ライトブラウンのアホ毛を揺らした幼女が現れた。

 そして、私の目の前、1mのところまでゆっくりと歩み寄る。


「まさかこんなあからさまなイカサマしてくるとは思わなかったよ」


 西条智美が不敵に笑う。

 この状況でまだ強がりますか。

 録音とかで不正の証拠でも得る気かしら。

 少し用心しないと。


「なんのことでしょう?」


「とぼけなくていいよ。録音なんてしてないから。それにあんたといれば、不正もハッキリとカメラに映るでしょ。あなたを素通りして、私を捕まえたりしたら……ね」


 ちっ。面倒なことを。

 私が西条智美を振り切るしかないかな。


 そう思った瞬間。


 私は勝利を確信した。

 ニヤッと笑いそうになる。

 おっとっと。顔に出さないように気をつけなきゃ。


 西条智美の背中のずっと奥。

 廊下の角から黒服スーツのグラサンハンターが現れたのだ。

 西条智美はまだハンターに気付いていない。

 この位置なら、先に西条智美を捕まえても何もおかしくない。

 だって、西条智美の方がハンターの近くにいるのだから。

 私は西条智美の意識をこちらに向けさせておくだけでいい。

 少し大きめの声で私は西条智美に話しかける。


「いい加減、諦めたらいかが? 慎一様は私が婿として迎えて幸せにして差し上げますから」


「何を言ってるのか分からないなぁ。慎ちゃんは私の未来の夫だから。それが慎ちゃんにとってのこの上ない幸せに決まってる! それに……ちょっと言いづらいんだけど……、人とドリルは結婚できないんだよ?」


「何度も言いますけど、私ドリルじゃありませんから!」


 余裕ぶっていられるのも今のうち!

 数秒後にはあなたは、あなたのバカにしたドリルの前に屈しているのよ! いや、ドリルではないけれども。





「負けないよ、私は」



 西条智美が脈絡なく言い放った。



「私は負けない。信じてるから」



 もう少し! もう少しでハンターが西条智美に届く!

 あと少しの時間稼ぎ!



「何を信じていますの? あなたの仲間はもう皆さん捕らえられておりますのよ?」



 もう届く! これで終わりだ! 西条智美!





「何をって?」







 西条智美がニヤリと笑う。そして言う。



















「慎ちゃんを」























「あぁあああああ! 捕まえた! 捕まえましたァァ! ハンターが最後の一人を捕まえましたァァアアア!」






 実況の声が響く。

 北高とアホ高の生徒の歓喜と絶望の叫びが重なる。







「これにてゲームセットォォォ! 最後まで生き延び、このゲームを制したのはァァアアア――」



























 慎一様がグラサンを外す。





























「西条 智美ィィイイイ!」












 私は膝から崩れ落ちた。






「どう……して……」





「僕たちの勝ちです」



 目の前のハンター。須田 慎一様が変顔で私を煽りながら言った。



「僕は美咲ちゃんが偶然たまたま落とした睡眠薬を使って、ハンターの一人を眠らせ、ズボンとグラサンを剥ぎ取ったんですよ。ブルマを履いたマサルくんがその辺に転がってるはずです。後で回収してあげてください」


 そんな! 驚異的鈍足の慎一様が陸上部のマサルくんを陥れるなんて!



「くっ、そんなのずるいですわ! ハンターが獲物を選り好みするなんてイカサマです!」


 西条智美が『お前がそれを言うか』という顔でため息をつく。

 そして、口を開いた。


「これは北高の生徒会とアホ高の生徒会の戦い。あなたがそう言ったんじゃん。慎ちゃんはアホ高の生徒会副会長だよ。私たちは5人揃ってはじめて『生徒会』なんだよ」


 西条智美がキメ顔でそう言うと、すかさず慎一様が横から口出しする。


「僕の足が遅いからって、『景品』ってことにして、爪弾きにしようとしたのは――」


「――慎ちゃんは黙ってて!」


 私もハンターを使ってイカサマしていただけに、これ以上は責めきれない。

 でも……! でも、やっぱりそんなのおかしい!

 だって!



「慎一様は序盤でアホ高生徒会広報の山中さんを本気で捕まえようと追いかけ回していたではありませんか! 西条智美! あなたはどうして自分は慎一様に捕らえられないなんて分かったのです!」



 西条智美が、面倒くさそうに答える。



「いや、だからさぁ、さっき言ったじゃん。人の話はちゃんと聞こうよ」



「あなたにだけは言われたくありません……」



「私は慎ちゃんを『信じてる』って言ったでしょ? 別に確信なんてなかったけどね。慎ちゃんが生徒会を大切に思ってることは分かってたから」







 そういうことか……。




 絆。


 私が負けたのはきっと――





「いやァ、しかし危なかったなァ! 最後まで迷ってたんですよねぇ! 会長に後ろから抱きついて、『え?! 私に来るの?!』みたいな顔を拝もうかどうか」


「はぁ?! それシャレにならないから慎ちゃん! 負けたら慎ちゃん転校だったんだよ?!」


「いやだって、会長が最後の一人だったなんて知りませんでしたし。会長のちょっと得意げな後ろ姿を見ていたらドS心が疼いたというか」


「…………私、もう慎ちゃん信じるのやめる! 金輪際やめる!」






 あ。違う。これ絆じゃない。

 絆じゃない何かだ。

 絆じゃない何かのせいで私は負けた! もうそれでいいや。この人たちを理解しようとしても無駄だ。それだけは分かった。







 この生徒会は絆ではない何かで強く繋がっている! 意味わからん! やばい!

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