第16話 バーチャルリアリティ 後編

 

「はぁはぁはぁはぁはぁ」



 僕は全速力で逃げていた。

 なんとか浄めの塩は手に入れた。

 あとは『約束の棺』にこの浄めの塩を振りかけるだけだ。



 ゾンビが進行方向の曲がり角から唐突に現れる。


「邪魔だ! どけぇ!」


 僕はゾンビを押し飛ばして逃走を再開する。

 ゾンビごとき、もはや脅威でもなんでもない。もっと恐ろしい者は他にいる。

 あと少しなのに! あと少しでゴールなのに!

 どうしてこうなった!





 ♦︎




 僕が病院の廃墟に飛ばされて、一人彷徨い歩くこと10分。

 僕はあっさりと浄めの塩を手に入れていた。

 円柱型の容器に入り、『クレイジーソルト』と表記されている。


 待て。『クレイジーソルト』はオニオン、ガーリック、セロリ、タイムなどがバランスよく含まれた優れた調味料だ。決して除霊に使うものではない。

『クレイジーソルト』だって、そんなクレイジーな使われ方は想定していないだろう。

 僕は『クレイジーソルト』以外にも、ハンドガンとか、弾とか、ロープとか、何やらたくさん拾ったが、お化け・ゾンビの類は一向に現れない。



「慎ちゃん!」




 僕が『クレイジーソルト』をシャカシャカ振りながら歩いていると、唐突に後ろから声をかけられた。

 そこには桃山が立っていた。

 僕は即座に逃げようと思ったが、どうも桃山の様子がおかしい。


「待って! 行かないで!」


 桃山はガタガタ震えながら、こちらに歩いて来る。

 そして、ガバッと僕に抱きついた。


「お願い、1人に……1人にしないでぇぇ!」


 涙目で懇願する桃山。可愛い。


「桃山、怖いの苦手なのか?」


 僕は桃山の頭を撫でながら、聞いた。


「うん。役立たずでごめんね慎ちゃん」


 桃山は震えながら、申し訳なさそうに俯く。

 どうしよう。弱ってる桃山が可愛いすぎる。


「桃山、大丈夫だ! むしろ暴走がない分、その怯えも役に立ってる!」


「どういう意味だろう、慎ちゃん」と桃山が震えながらも、ジト目で僕を睨んでいた。


 僕と桃山が並んで、病院の廊下を歩いていると、奥のナースステーションの方から「ウヴァアアアア」と呻く声が聞こえた。

 おそるおそる近づき、物陰から見てみると、ゾンビがなにやら倒れた人を貪っている。あの死体は多分、オブジェクトで、あのゾンビは僕らがゾンビの視界に入るまで延々とオブジェクトを貪ってる設定だろうから、ここにいれば襲われることはないだろう。


 僕が『襲われない』と分かり、緊張が切れて床にペタンと座った瞬間。
















 押し倒されて、襲われた。





















 桃山に。




「もうダメ! 我慢できない! ナースステーションを四つん這いでお尻をぷりぷりさせて覗く慎ちゃん、可愛すぎィ❤︎ いい? そのお尻食べていい? クレイジーソルトかけて食べていい?」


 まるでゾンビである。


「落ち着け桃山! というかお前怖いんじゃなかったの?!」


「慎ちゃんのお尻に比べたら、自分の生き死になんてどうでもいいっ!」


 狂っとるぅぅぅううう!

 自分の生命よりもお尻をとるなんて、クレイジー桃山である!

 生死よりも精子をとるってか?

 言っとる場合か!


 桃山は僕に覆い被さる状態となり、目をとろけさせている。桃山の顔がゆっくりと僕の顔に近づく。

 僕は桃山の赤縁メガネをひょいっと取り、シャーっと横に滑らせた。


「ああんっ! 慎ちゃん何すんのっ!」


 桃山が動揺した隙に、僕は桃山の下から抜け出し、叫んだ。


「ゾンビさーん! ここです! ここにむちむちのワガママボディを持った美味しそうな美女がいます!」


 言いながら、ポケットに入ってた飴ちゃんをゾンビに向かって投げる。

 コツンとゾンビに当たり、ゾンビがこちらに向き直って襲いかかって来た。


 僕はメガネを探している桃山を置いて逃げた。

 後ろから『きゃぁああああ』と悲鳴が聞こえる。

 よし。まずボスを一人やっつけたぞ!

 グッとガッツポーズして、先に進んだ。



 ♦︎



 闇雲に進んでいると、少し広めの部屋に出た。

 その部屋はゾンビだらけであった。

 だが、慌てる必要はない。そこにあったのは死んだゾンビだからだ。

 いや、ゾンビは元々死んでいるのだから、動かなくなった元ゾンビとでも言おうか。


 これ、生徒会の誰かがやったのか?

 僕はあたりを警戒しながら、入ってきた扉と反対に位置する部屋から出る扉に向かって歩いた。


 あと2、3歩で出口というところで、後ろから何者かに抱きしめられた。

 いつの間に?! てか、この部屋にずっといたの?! 忍者のような気配のなさ!


「慎一……はぁはぁ❤︎ 捕まえたぞ慎一っ❤︎」


「薫先輩?! 息荒っ! ちょ! 落ち着いてください!」


 硬く抱きしめられ、逃れることが出来ない。


「私は……私は知りたいのだ! 処女膜の痛みを!」


 薫先輩が僕のズボンに手をかける。

 絶対に使われないだろうと思われた痛覚システムが今まさに使われようとしていた。

 クソっ! こうなったら!


「薫先輩! 待ってください! セックスには雰囲気が大事なのです!」


「そうなのか? しかし、慎一。お前は童貞だろう」


 やかましいわ! てか、なんで知ってんだよ!


「……いにしえよりそう言い伝えられているのです! いきなり挿入ではなく、まずはキスとかで盛り上がった方が練度の高いセックスです」


 練度の高いセックスってなんだ!

 自分でおかしなことを言ってる自覚はあるが、薫先輩を言いくるめるためだ! 耐えろ!


「なるほど、ではまずキスだな」と薫先輩が言う。


「はいっ!」


 僕は薫先輩に向き直りながら、返事をして、さらにもじもじしながら言った。


「薫先輩っ……見つめられると恥ずかしいですっ……。キスのとき、目を瞑るのはマナーですよ」


「か……可愛いっ❤︎ そ、そうだな! よし、分かった。目を瞑ろう」


 薫先輩が目を瞑って、少し唇を突き出す。

 僕はその唇に当てた。









 銃口を。











「薫先輩っ❤︎ 先輩、タマがお好きでしょう? 差し上げます! 受け取ってください! 僕の弾弾タマタマ



「ま、待て慎一! 私は……竿さおの方が――」







 ダァァン!






 僕は二体目のボスを倒した。




 ♦︎



 次の部屋は部屋の中央にベッドがあり、何やらベッドの周りが光り輝いていた。


 あ。これセーブポイントか?


 僕は、とりあえずベッドに横になった。

 上手くすれば、クリアしなくても脱出できるかもしれない。


 あれ? 何も起きないな…………あぁ……でも……心地い……い――――








 ――ハッ! 寝てた! バーチャル世界なのに寝てた! そんなことってありえるのか!

 僕が布団から出ようすると、違和感を感じた。

 体が妙に重い。


 何気なく掛け布団を少しだけめくってみると、じーーーーっとこちらを見る幼女がいた!


 怖っ。ぇ。怖ァア!


 呪怨かよ! 俊雄くんかよ!


 その正体は当然会長である。

 会長が全裸で僕の布団に潜り込んでいた。



 …………え、待って。全裸……?



「ちょ! 会長! こんなとこで何やってんですか! てかなぜ裸?!」


「え? 着衣えっちが慎ちゃんの好み?」


 コテンと首を傾げて可愛らしく問う会長。

 そういうことじゃねぇーよ!


 よく見ると、ベッドの横に会長の脱ぎ散らかした制服、パンツ、ブラが落ちていた。

 会長の何も纏っていないふくよかなおっぱいが僕の胸に押し当てられ、むにゅっとつぶれている。かろうじて乳首は隠れていた。

 でも会長の綺麗な鎖骨が目の前にあってエロい!


「寝てる慎ちゃんもめっちゃ可愛かったけどォ、やっぱり起きてる慎ちゃんとしたかったからさっ。だからずっと待ってたんだよ?」


 僕の頬を両手で包み込み、コツンとおでことおでこをくっつけて、ニコッと優しげに笑う会長。可愛い!

 やはり会長の誘惑は危険だ!

 早くこのボスもやっつけよう!


 僕は掛け布団で会長を包み込むと、さっき拾ったロープで縛った。


「んに゛ゃ?! 何すんのさっ! 慎ちゃんっ!」


 僕は会長を抱えて、部屋の窓を開けた。

 窓の外の階下には尋常じゃない数のゾンビがうようよと彷徨っていた。

 このゲームは病院から逃げ出せないように、病院の外には大量のゾンビが配置されているのだ。

 僕は躊躇うことなく、会長を窓から落とした。


「いやァァァァア! 慎ちゃんの鬼ィィイイイ!」


 会長の末路を見ることなく、僕は窓とカーテンを閉めた。

 よし、これで3体目のボスを倒したぞ!



 僕がこの部屋から出ようとしたところ、部屋の入り口から拍手が鳴った。



 ぱちっ……ぱちっ……ぱちっ……ぱちっ……



 拍手していたのは、美咲ちゃんである。

 壁に寄りかかりながら、ゆっくりと拍手する。そこはかとなく強キャラムーブである。


「お見事です。慎ちゃん先輩」


 美咲ちゃんは拍手を止めて、笑みを浮かべて言った。


「慎ちゃん先輩なら、他の皆さんを倒せると信じてましたよ」


「僕にみんなを倒させるのが目的だったのか?」


「いいえ。違います。あくまでも目的はその先です。生徒会メンバーの排除はその前段階」


 どういうことだ?

 何か深い事情がありそうだ。

 簡単に『悪』と決めつけてはいけない。

 美咲ちゃんが続けて口を開く。


「私の目的は慎ちゃん先輩とバーチャルえっちすること! そのために2人っきりになる必要があったのです!」


 前言撤回。

 全然深くないわ! むしろ野生的と言っていいほどに単純だわ!

 もうこれは『悪』である。紛れもない『悪』である!


 僕は銃口を美咲ちゃんに向けて、躊躇なく撃った。

 大きな銃声を響かせるが、弾が美咲ちゃんに届くことはなかった。

 届く前に、見えない壁にぶつかり、阻まれたのだ。


「ッ?! な……!」


「驚きました? 慎ちゃん先輩、私がこのゲームの開発者だって、お忘れではありませんか?」


 美咲ちゃんがニヤリと笑う。


「このゲームは特定のコマンドをすることで、特殊スキルを得ることができるのです」


「くそっ!」


 僕がまた銃を撃ち込む。


「特殊スキル! 『鉄壁の処女膜』」


 美咲ちゃんが叫ぶとまた弾は透明の壁に防がれた。

 絶望が訪れる。

 だが、その前に、絶望さんが来る前に、一言だけ言わせてほしい。


「お前、処女膜好きな?!」


 ツッコミを入れてスッキリしたところで、僕は踵を返して逃げ出した。


「あ! ちょっとォ! 逃げるなんてずるいですぅ! 私はボス戦ですよォ!」


 当然美咲ちゃんが追いかけてきた。

 そうして、冒頭の逃走劇に戻るのである。



 あと少し! あと少しだ!

 見えた! あれだ! 多分あれが『約束の棺』


 最奥の部屋で、部屋の中央に置かれた不気味な棺。

 これが『約束の棺』だ!

 これに『クレイジーソルト』を美味しく振りかければ、晴れてゲームクリアとなる!


「ははっはァ! 僕の勝ちだ! 美咲ちゃん!」


 僕が走って棺に近づきながら勝ちどきを上げると、美咲ちゃんは悔しそうな顔で呟いた。


「くっ! まだ実用段階ではありませんが、一か八か……やるしかありません!」


 僕が棺に到達し、『クレイジーソルト』を振りかけようとしたその時、まだ5mほど離れた位置にいる美咲ちゃんが叫んだ。


「特殊スキル! 『処女喪失』」


 美咲ちゃんが叫ぶと同時にパッと消えたかと思ったら、僕の胸と0距離のところに現れた。

 そして、美咲ちゃんは背伸びをして、僕の首に腕を巻きつけると、頬を染めながら僕の唇にキスをした。

 美咲ちゃんの顔がすぐ目の前にある。

 目を瞑った状態の美咲ちゃんの長いまつ毛、ピンク色に染まった頬、柔らかい唇。

 味わったことのない感覚だった。

 僕は衝撃で『クレイジーソルト』の容器を手放してしまう。



 棺の上に落ちる『クレイジーソルト』



 そして、容器のフタが外れて、塩が棺にぶちまけられる。


















『ゲームクリア! 慎一!』



 僕は生徒会室に戻された。





 ♦︎



「あ! 慎ちゃん戻ってきた!」


 会長の声が横から聞こえた。

 僕はゆっくりとマシンを外す。


 『バーチャルでのことは肉体には影響しない』


 僕はそれは嘘だと分かった。

 だって、心臓が痛いくらいにバクバクしている。柔らかい美咲ちゃんの唇の感触がまだ残っている気がした。

 これはファーストキスに入るのか?

 それともバーチャルだからノーカンなのか?

 答えの出ない問いにうんうん悩んでいると、美咲ちゃんも起きた。



 そして、僕の方を見て、妖艶に微笑むと、ウインクしながら、唇に人差し指を当てて、『しー』とジェスチャーした。

 可愛い。それに『2人だけの秘密』みたいでなんか少しドキドキする。

 なんで、僕より年下のくせにこんなに手慣れた感じで小悪魔ちっくなのだろう。




 生徒会広報、山中 美咲のキスはバーチャルでもヤバい!

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