第14話 シャッフルチェンジ
私は開いたままの教室の後ろのドアからこそこそと教室の中に侵入していた。
しゃがんだまま移動して、目的の机まで隠れながら移動する。
教室は誰もいないようだが、念のためである。
『桃山』と椅子の裏にシールが貼ってある自分の机を通り過ぎる。
目的の机はまだ先だ。
私がこんなことをしているのには、海よりも深い訳がある。
今日の体育の時間のことだ。
今日は珍しく男女混合であり、種目はサッカーであった。
「へ〜い! 桃山! パス! パス! へぇ〜い!」
慎ちゃんが一生懸命に私を呼んでいる。可愛い。
でも、慎ちゃんごめんね。
慎ちゃんがさっきからポジショニングしてるところ、全部絶妙に使えないコースだから。
慎ちゃんは試合開始から、一度もボールに触れていない。
一人だけ違う種目をしているかのようだ。
サッカーをする大衆の中で、一人マラソンをする慎ちゃん。
可愛い❤︎
人一倍、一生懸命に声出ししてるのも可愛い! 可愛すぎる!
私は千葉さんにパスを出す。
千葉さんは慎ちゃんを可哀想に思ったのか、わざわざ慎ちゃんにドリブルで近づいていき、敵を上手くかわした上で、慎ちゃんにパスを出した。
ゴール前の絶好の位置。千葉さんはそこに慎ちゃんを導いた。千葉さんは運動神経が良いから、このくらいは朝飯前だ。
慎ちゃんが「うぉぉぉおおおおおお!」と叫びながらボールに向かって駆ける。
リアルで叫びながらサッカーやる人、初めて見た。
でも、良かった! 慎ちゃんのマラソン記録はここで終わりを迎えるのだ。晴れてサッカーマンの仲間入りである。
あ。空振った。
ノロノロのボールを空振り、慎ちゃんのマラソン記録は継続された。
そして、そのまま試合終了となり、慎ちゃんはしょんぼりしながら、グラウンドから校舎の方にトボトボ歩く。
試合前に『ゴール決めた時の喜び方』の練習をしていただけに、痛ましさが尋常じゃない。
あぁ、可愛い……じゃない、可哀想!
未来の妻である私が慰めてあげなきゃ!
私は慎ちゃんに近付いた。
が、近付いた瞬間、私の奥底が急激に疼いた。
次にクラっと来て、視界が回る。
なんだ、これは! ヤバイ! 慎ちゃんのエロスがヤバイ!
そこにあったのは、強烈なエロスオーラだった。
当然と言えば、当然だ。
慎ちゃんは一人
慎ちゃんがかいた汗は人一倍多いはずだ。
その汗の香りを吸引した私は慎ちゃん酔いしてしまったのだ!
自身の危うさに全く気付く様子のない慎ちゃんはそのまま周りの女子を発情させながら、教室に戻って行った。
慎ちゃんは体育着から制服に着替え、エロスオーラ事件は終わった――
――かに、見えた。
しかし、私の中のエロスは終わらなかった。
『もう一度嗅ぎたい!』
『顔を埋めて思いっきり吸引したい!』
その思いは刻一刻と強くなり、そして私はついに自分が抑えきれなくなり、犯行を決意するのである。
放課後は慎ちゃんがカバンに体育着を収納してしまうので、ダメだ。放課後までに吸引しなくてはならない。
そこで、私は移動教室のある5時間目の選択授業に目をつけた。
選択授業は皆それぞれに選択した授業の教室に行っているため、この2-Dはもぬけの殻だ。
慎ちゃんは確か音楽だ。私は美術。
美術は先生が基本放任主義なので、多少抜け出してもバレることはない。
そうして私はこの誰もいない教室で、こそこそと慎ちゃんの机を目指して、少しずつ進んでいるのだ。
もう少し! もう少しで、あの机の横にかかっている体育着袋に辿り着く!
よし! もう届く!
私が手を伸ばして体育着袋を掴むと、慎ちゃんの机の反対側から、同じように体育着袋を掴む者がいた。
誰もいないと思った教室にいたのは、私と同じように屈んで隠れながらも、がっしりと体育着袋を掴むギャルだった。
「千葉さん?!」
「桃山さん?!」
私と千葉さんは同時に声を上げる。
まさか! まさか私と同じことを考える者が他にもいたとは!
「ちょっと千葉さん? その手を離してもらえるかな?」
私は威嚇する。
「桃山さんこそ、離してよ。私は発情を抑えるのにコレが必要なの!」
千葉さんは血走った目でそう言いながら、体育着袋を引っ張る。
完全にヤク中である。
「私だってコレがないとお股の疼きと体の震えが止まらないんだから!」
私も負けじと引っ張る。
体育着袋にプリントされた厨二が好きそうな黒い龍の絵が横に伸びて、ツチノコみたいになっている。
私と千葉さんが必死の攻防を繰り広げていると、教卓の方から突然声がした。
「お前ら、僕の体育着袋で何やってんの……?」
そこにいたのは、ドン引き顔をして教壇に立っている須田 慎一その人であった!
なんで?! なんで慎ちゃんがここに!?
私がパニックに陥っている間に、慎ちゃんがこちらに歩いてくる。
私がモタモタしていると、千葉さんは必死に弁明を始めた。
「違うの慎一くん! これは自病の発情を抑えるために必要なの! 下心はないの!」
弁明になっていない。意味不明である。
「自病の発情ってなんだよ! 発情を発作みたいに言ってんじゃないよ!」
案の定、千葉さんは慎ちゃんのツッコミの餌食となる。
その時、ふと慎ちゃんが後ろ手に何か隠しているのが見えた。
「慎ちゃん、何隠してるの?」
「え゛?! いやぁ? なんにも? 何にもないよ?」
動揺する慎ちゃん。怪しすぎる。
フットワークの軽い千葉さんは、慎ちゃんの体育着袋は掴みながらも、器用に半身だけ慎ちゃんの後ろにずいっと回り込み、そして、慎ちゃんが持っている物を取り上げた。
あ。私の体育着。
「………………」
「………………」
「………………」
「違う! 違うんだ! これは! これは自病の発情が!」
ダメぇぇぇぇえええええええ!
お願いやめてぇえ! 絶対臭いから! めっちゃ汗かいたからァ!
慎ちゃんが私の体育着で発情してくれたのは嬉しい! とっても嬉しいよ?
でも、私は慎ちゃんの汗の匂いは嗅ぎたいが、自分の汗の臭いを嗅がれるのは、たとえ慎ちゃんであろうと嫌なの!
女子の汗は臭いんだよ慎ちゃん!
私は、慎ちゃんに
「お前も僕のこと軽蔑する資格ないけどな!」
ちょっと慎ちゃんが何言ってるのか分からない。
私は左手で慎ちゃんの体育着袋を千葉さんと引っ張り合い、右手で私の体育着袋を慎ちゃんと引っ張り合う。
場は
三すくみの
「分かった! 分かったよ! じゃあこうしよう!」
そう言いながら慎ちゃんは空いている方の手で、隣の千葉さんの席の横フックから体育着を取る。
そして、器用に片手で袋を開けて自分の机の上に千葉さんの体育着を出す。白い半袖シャツと紺のブルマだ。
千葉さんは顔を赤らめて恥ずかしそうにしている。
そりゃ汗まみれの体育着を机に広げられてはたまったもんじゃない。
しかし、慎ちゃんはお構いなしだった。
「こうやって、全員の体育着を机に出し、ごちゃ混ぜにする。そして、一人ずつ目を瞑って一枚一枚引いていくんだ」
なるほど。完全にランダムだから恨みっこ無しってことか。しかも、体育着は上下分かれているから、チャンスは2回!
出来れば慎ちゃんのシャツが欲しいけど、半ズボンでもそれはそれで有り!
理想は慎ちゃんの手に千葉さんの体育着が渡り、私が慎ちゃんの体育着を得る展開。
私はこの勝負に乗った。
結果は山分けであり、痛み分けであった。
私は念願の慎ちゃんのシャツを手に入れ、自分のブルマが戻ってくる。
千葉さんは慎ちゃんの半ズボンを手に入れ、自分のシャツが返ってくる。
そして、慎ちゃんは私のシャツに、千葉さんのブルマを手に入れて、ホクホク顔であった。
考えてみれば、慎ちゃんだけ、ハズレがない!
私のでも千葉さんのでも性欲は満たされるし、もしも自分のが返ってきても、私たちに体育着を使われる心配がなくなるのである意味当たりだ。
まんまとハメられた!
でも、そんな卑怯なところも可愛い!
私は慎ちゃんの手に私のシャツが渡るのはすごく嫌だったが、ルールはルール。諦めるしかなかった。
初めの取り決めの通り、放課後までは各々体育着をレンタルすることとし、その場はお開きとなった。
しかし、5時間目が終了し、教室に皆が戻った時に、予期せぬ事態が起こる。
体育の角野先生が2-Dにやってきて、大声で伝達する。
「体育の創作ダンスの進みが遅れてるから、今日の6時間目は急遽体育とすることになった。体育着に着替えたら、女子は体育館、男子は武道場に集合だ」
まさかもう一度体育着を使うことになるなんて、予想だにしていなかった。
普通に考えたら、体育着のレンタルを中止して、それぞれの持ち主に返すのが、一番良い選択だ。
慎ちゃんもそう思ったのだろう。何か言いたげにこちらに目で訴えてかけていた。
私はとんずらダッシュした!
だってだってだって!
慎ちゃんの体育着を手放すなんてとんでもない!
国宝級の体育着は一度手に入れたら、離すことなどできないのだ!
私はコレ着て創作ダンスするも〜ん❤︎
『須田』の名札が縫い付けてあるので、『彼氏のシャツ借りちゃった❤︎』と皆にアピールすることもできて、一石二鳥!
後ろを振り返ると千葉さんもとんずらダッシュしていた。
そして、その向こう側に立ち尽くし、哀愁を漂わせる慎ちゃんが見えた。
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「須田。お前なんでブルマなんだ?」
角野先生は良い先生だ。
頭ごなしに叱りつけないで、まず理由を聞いてくれる。
この時もそうだった。
やや顔を引き攣らせながらも、慎重に僕に問う。
「先生。僕は目立つのが嫌いなんです」
ブルマ履いて来といて何言ってんだコイツ、という顔をする角野先生。
まぁいいから聞け、角野よ。僕の考えたパーフェクトな言い訳を聞け。
僕は構わず続ける。
「目立たないためには、どうするか。木を隠すには森の中。では、女子だらけの世界で隠れるなら、どうするか。…………これがその答えです」
「須田。大変言いづらいが、全然隠れられていないぞ。女装する前にまず、その
未成年の主張みたく言わないでほしい。
『学校でイこう』ってことか?
確かにトイレで鎮めるときもあるが。
僕の
この桃山のシャツだ。
ヤバすぎる! 桃山の汗をふんだんに染み込ませ、少し湿ってひんやりしている。そして濃厚な桃山の匂いに、常時包み込まれ、まるで裸の桃山に布団の中で抱きつかれているかのような感覚!
ブルマはブルマで千葉の汗で湿っていてエロい。
股間部に千葉の汗が染み込んでいると思うと、興奮を禁じ得ない。
そんな代物を装備しているのだ。
そりゃ
この状況を打破するために、僕はどうしたか。
踊ったのさ!
もうただただ踊った!
僕の汗で、桃山と千葉の汗を上書きするために踊り狂った。
僕のダンスは授業終了まで途絶えることはなかった。
ダンスが終わった時、後ろを振り返るといつの間に付いたのか、数人の男子がバックダンサーを務めていた。
僕は思った。
何やってんだコイツら。バカか。
決めポーズでダンスの余韻に浸るバックダンサーを置いて、僕は更衣室に戻った。
後に僕は『変態ブルマダンサー』と呼ばれるようになり、翌日の学校新聞では当たり前のように一面をかっさらった。
見出しにはこう書かれていた。
『慎ちゃんのブルマダンスがヤバい!』
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