第13話 新聞部

「今日は投書箱を開けるよ!」


 会長が投書箱を頭の上に乗っけて、言った。

 まず初めに断っておこう。この話はやたら長い。そして得るものなど何もない。そう聞けば、賢明な人なら、そっと立ち去ることだろう。

 だが、僕は知っている。変態同志である君たちならば、最後まで聞いてくれるということを。


 投書箱とは、生徒たちが自由に意見や要望、苦情などを書いて入れることができる箱だ。

 生徒会室の前の廊下に設置してある。

 この学校の生徒は勉強はできるが、アホな人が多いので、入っている意見もアホな意見ばかりなのだが、時折『これは!』という意見が入っていたりもする。


 会長は自分で開けると言ったくせに、一向に投書箱を開けようとしなかった。


「何してんですか? 早く開けてくださいよ」


 僕は痺れを切らせて、会長を急かす。


「いや、普通に開けるのも面白くないなー、と思ってね」


 会長がいたずらっ子のような笑みを浮かべる。


「何か考えがあるのか?」と薫先輩が尋ねると、会長はニヤリとより一層笑みを深めた。

 そして叫ぶ。


「題して! 王様ゲーム! with 投書箱ぉお!」


 美咲ちゃんはここで発表があると予想していなかったのか、あせあせとカバンからぱふぱふラッパを取り出すと、一度床におっことし、慌てて拾ってから鳴らした。


 パフパフ


 何、きみ、ラッパ係なの?

 いつもそれ持ち歩いてんの?


「ルールを説明しよう! 投書箱から一枚だけ意見用紙を引き抜き、生徒会は何があってもその意見用紙の要望を全力で叶える、というものであるっ!」


「会長、そんな博打みたいなことして大丈夫なんですか?」


 僕は非常に不安だった。

 もし、休日を増やしてくれといったような不可能要望だったらどうするんだ。


「大丈夫大丈夫! 私がなんとかするよ」


 へらへらと安請け合いする会長。

 だが、実際会長ならなんとかしてしまいそうである。それだけ、この人の能力と影響力は凄い。

 ただのロリっ娘ではないのだ!


「もしも慎ちゃんを抱かせてって要望だったらどうするんです?」と桃山。


 というか、それは要望ではなくセクハラである。


「それはなしで」と会長が答える。


「じゃあ慎ちゃん先輩とオーラルさせて、とかだったら?」と美咲ちゃん。


「それもなしで」と会長がまたも答える。


「じゃあ慎一とキス――」


「――小出しィィイイ! もうエロ関係全部なしでいいでしょ!」


 僕は割って入り、不毛な質問タイムを終わらせた。


「えぇ〜! じゃあ『慎ちゃんが会長と付き合うまで帰れまテン』もダメ?」


 やっぱりなァァ!  

 可愛い顔して平気で卑怯なことをする会長のことだから、何かしら仕掛けていると思ったわァ!


 気を取り直して、副会長たる僕が投書を引く。

 会長は信用が無さすぎて、満場一致で引き役を罷免された。


 バッと一気に引いて、投書を開く。

 全員が僕の手の投書を覗き込んだ。

 そこにはこう書かれていた。









『新聞部のパパラッチがウザイ。仕返しに新聞部のスキャンダルを暴露したい』



 ■■■■■■■■■■■■■■■



「どうも〜。よろしくお願いしまぁーす。須田 慎一でーす」


 僕は新聞部の活動場所である社会科室に来ていた。

 大きな声で元気よく挨拶する。

 初めが肝心である。第一印象を良くしなくては。


「ようこそ、新聞部へ! 今日は体験入部ということみたいだけれど、本当の部員だと思って、ゆっくりくつろいで行ってね」


 新聞部部長の白石先輩がにこにこ愛想よく笑って歓迎してくれた。

 水色のサラサラの髪の毛が綺麗で、少し短めの緑チェックの制服スカートから白くて柔らかそうな太ももがすらっと伸びている。

 口の右端の下にあるホクロがなんかエロい。


『こちらカメラ1桃山です。慎ちゃんがだらしなく鼻の下伸ばしています。どうぞ』


『こちら司令本部、西条。慎ちゃんはエロに弱いからね。エロレベルが3を超えたら狙撃して。どうぞ』


『狙撃の件、了解。以上、桃山』



 狙撃ってなんだァァアアア!

 物騒な通信してんじゃないよ!

 え。冗談だよね?

 本当にスナイプしないよね?

 本当だとしたら怖すぎる。



「そんなに硬くならないで大丈夫よ。私が一から手取り足取り教えてあげるから、ね。今日はよろしくね」


 僕が物騒な生徒会メンバーに恐怖しているのを、緊張していると勘違いして、白石先輩が優しく微笑み、手を差し出した。


 や、優しい! 言い回しがちょっとエロいけど、優しい!

 こんな人がスキャンダルなんて起こすのだろうか。



 僕は白石先輩の手を取って握手した。


 そして、手を離そうとしたところ、






 ギュッ!






 あれ? おかしいな? ちょっと白石先輩? 強くない? 握力強くない?





 白石先輩は、僕の手を硬く握ったまま、もう片方の手でも包み込み、優しく僕の手を撫でる。

 というか撫で回す。


 どう見てもセクハラです。

 本当にありがとうございました。






 スキャンダルNo.1 部長の握手がやらしい







「さぁ。まずは食レポの練習からしましょうか」


 何事もなかったかのように白石先輩が話を進める。

 この新聞部では、購買の新商品なんかを食べて、その感想なども書いているという。


 僕に出されたのは何の変哲もないプリン。



 僕は飴の袋を開けて、口に入れた。


「いや、あの……慎一くん? 食べて欲しいのは飴ではなく、プリンなのだけれど……」


「いやいや、大丈夫大丈夫! これ、ハッカ味」



「……………………」


「……………………」


『こちら、カメラ2、山中。一体何が大丈夫なのでしょうか?』

『こちら司令本部、西条。慎ちゃんが意味不明なのは今に始まった事ではないから、気にしないように』



 なんだよ、おい。誰も分からないの? ハッカ味はお口がスッキリするから、食レポ前には向いているというのに。

 というか、会長にだけは意味不明とか言われたくない。


 仕方がないので、ハッカ飴をバリボリ噛んでから、スプーンでプリンをすくい、一口。


 美味うまっ!


 何これ美味うまっ!


 僕は食レポを忘れて普通にプリンを楽しんだ。


「か。可愛いぃ❤︎ プリンを夢中で食べる慎一くん可愛い! 食レポなんてもうどうでもいい! 田中! 撮りなさい! 慎一くんのほっぺについたカラメルもちゃんと収めるのよ!」


 どこから現れたのか、ごついカメラを持った田中なる女子がパシャパシャ僕を撮影し出した。

 何、僕これほっぺのカラメル拭っていいの? それとも付けとかなきゃいけないの?

 とりあえずそのままボケーっと突っ立っておくことにした。



『こちらカメラ3 菊池。こちらからでは慎一の可愛い顔が見えん。そっちから撮ってくれ。そして後でデータをくれ』


『こちら、カメラ2、山中。ラジャーです。あ、慎ちゃん先輩、カラメルは拭かないでいてくださいねっ』


 いや。君たち本来の目的忘れてない?

 僕じゃなくて新聞部撮れよ。


 写真撮影が終わると、プリンを乗せた皿とスプーンは白石先輩が隣の社会科準備室に運んで行き、僕は田中先輩と2人残された。

 ちなみに部員は他にもいるが、皆ちらちらこっちを伺いながら、各々作業をしており、話しかけてはこない。

 僕は手持ち無沙汰になったので、田中先輩に話しかけてみた。


「田中先輩は3年生ですよね?」


 田中先輩は無言でニコッと笑う。


「田中先輩、写真が好きなんですか?」


 田中先輩はまたニコッと笑う。


「田中先輩、僕この後どうしたいいですかね? 白石先輩帰って来ないんですけど」


 田中先輩はやっぱりニコッと笑う。






 何か言えぇぇええええええ!


 いや。待て、先天性の病気か何かで話せないのかもしれない。だとしたら、仕方のないことだ。


 その時、部員の一人がたたたと田中先輩のところまで駆けてきた。


「田中先輩。ここの記事チェックしてもらえませんか?」

「ああ、いいよ。どれ? ああ。ここの文章をこっちに持ってきた方がいいと思うよ。あとここを――」


 普通に喋ってるぅぅうう!

 なんで僕には無言ニッコリなんだよ!


 田中先輩は頼れない。

 僕は白石先輩を追って社会科準備室に移動した。




 社会科準備室の扉を開けて、入室しながら、白石先輩に声をかけた。


「白石先輩、僕この後――」






 言いかけて、僕は固まった。








 白石先輩は椅子に座っていた。

 それはいい。

 だが、表情がおかしい。

 いや、表情というか口がおかしい。



 赤い舌を伸ばして、僕がさっきまで使っていたスプーンに舌を絡ませようとしている。

 まるでイジリー岡◯である。




 白石先輩と目が合う。



「……………………」



「……………………」



「……………………」



「違うの! これは違うの! ちょっと慎一くんの唾液がどんな味なのか食レポしようと思っただけなの!」


「いや、先輩、それ何も違いませんから。正真正銘の変態ですから」






 スキャンダルNo.2 部長がイジリー白石






 変態がバレはしたが、白石先輩はメンタルが強く、何事もなかったかのように優しく上品なお姉さんキャラに戻った。



 社会科室に白石先輩と戻ると、白石先輩は何やら小声で部員にひそひそと話した。


 僕には全く聞こえなかったが、会長たちは超高性能集音マイクで聞き取っていたようだ。


『――?! こちらカメラ1桃山。あいつら、社会科室を暖房ガンガンで暑くして、慎ちゃんに服を脱がさせる気です!』


『こちら司令本部、西条。各員、狙撃準備!』


『こちらカメラ2山中。でも会長、服脱いだ慎ちゃん先輩をカメラに収めるチャンスですよ? どうか再考を』


『こちら司令本部。狙撃中止! 狙撃中止! 繰り返す! 狙撃は中止する!』



 なんか暑いと思ったわ。

 狙撃は中止していいが、僕は意地でも脱がんぞ!



 どんどんと熱気を増す社会科室。

 当然僕だけでなく、新聞部員も暑さで汗だくになっていた。

 ワイシャツが汗で透けてブラスケ祭りである。

 白石先輩を見ると黒いキャミソールが透けて、白い肌にワイシャツが張り付いていた。エロい。

 それだけではない。

 部屋中が女子の汗の匂いで充満している。

 ヤバい! 男子の僕には刺激が強すぎる!

 エロレベル3を優に超えている。狙撃がくるかもしれない。


『こちらカメラ3 菊池。慎一の汗がエロい! ワイシャツが張り付いててエロいぞ! ひょぉぉおっ!』


『こちら司令本部。落ち着いて! 薫、落ち着いて! キャラが崩壊してるよっ!』



 僕はハイテンションの薫先輩にドン引きしつつ、何気なく田中先輩を見る。

 田中先輩もこちらを見ていた。

 田中先輩と目が合った瞬間、案の定、田中先輩はニッコリ微笑んだ。


 そして、ツーっと鼻血を垂らすとバタっと倒れた。

 ほっぺが赤く染まって、まるで酔っ払いみたいだ。この暑さでは無理もない。

 何故か幸せそうに笑っている田中先輩を介抱するために暖房は切り、窓を開けて換気した。


「慎一くん、はぁはぁ、汗、すごいね。私のタオル使って? 是非使って? はぁはぁ」


「いえ、白石先輩。先輩の鼻血の方がすごいです。僕の汗より自分の鼻血拭いてください」




 スキャンダルNo.3 部長と田中は汗フェチ変態





 僕は体験入部の全課程を終了し、今は向かい合って座り、最後の会談に移っていた。



「今日一日の体験入部はどうだったかな?」


 白石先輩が尋ねる。


「非常に刺激的でした。色々な意味で」


「ふふっ。そうでしょ? 生徒会で物足りなくなったらいつでも新聞部に来てね」


 そう言うと、イタズラっぽく白石先輩が笑い、再び口を開く。


「今回のこれ。生徒会の調査か何かなんでしょ?」


「……分かっていたんですか?」


「ええ。うちは記事にした人たちに恨まれることも多いからね。おおかた調査を依頼でもされたんでしょ?」


「よく分かりますね」


 白石先輩はふふっと笑ってから、今度は真剣な表情で「でもね」と切り出した。


「私たちが記事にするのはあくまで不正や倫理・道徳から外れる行為だけだよ。不正じゃないなら、それは個人の自由だから。私たちはそんなことは絶対にネタにしない。それが…………私たち、新聞部だよ」


 僕は白石先輩が変態であることを忘れ、不覚にも『カッコいい』と尊敬の念を抱くのだった。



 ■■■■■■■■■■■■■■■■■




 後日



『慎一くんの手は陶器のようにすべすべしており、まるで触るものを幸せへと導く、神の如きハンドパワーが――』


『慎一くんのプリンを頬張る様は、この世の全ての"可愛い"を凝縮したかのような愛らしさであり、慎一くんの咥えた唾液のテカるスプーンは甘美な――』


『汗でワイシャツが肌に張り付く慎一くんは、




 ――――もう、いいわ!!


 何だ、この変態を微塵も隠そうとしない記事は!

 スプーンの食レポしてんじゃねーよ!

 僕らが新聞部の変態性をリークする前に、自ら変態を晒しているのである。

 『これバラしたら、ちょっと可哀想だな』とか思ってた自分がバカみたいだ。


 はぁ、とため息をついて、何気なく、文末を見る。

 そこにはこう書かれていた。



 『最後に。慎一くんが遠い存在で私たちには見向きもしない高嶺の花だと、私はそう思っていた。しかし、それは事実ではなかった。慎一くんも私たちと同じ人間であり、慎一くんは私たちに確かに関心を寄せている。私はそう確信している。

 なぜなら、慎一くんの去り際、椅子から立ち上がる慎一くんを見ると、慎一くんのジョニーもまた、精悍に立ち上がっていたのだから』



 不正じゃないそびえ立つジョニースキャンダル、しっかり記事にしとるぅぅううう!


 話が違うぞ! 話が!

 確かにいい汗かいた白石先輩の匂いがずっとこもっててエロかったけども! 僕が座ってる間もジョニーはまるで訓練された軍人のように立ち続けていたけども!

 だからと言って、僕の軍人ジョニーを全生徒にリークするやつがあるか!



「何?! 慎ちゃん、新聞部見て興奮してたの?!」

「くっそ! 新聞部めぇええ!」

「慎ちゃん先輩! 私よりも、あんな変態女がいいんですか?!」


 いきりたつ桃山、薫先輩、美咲ちゃん。

 いや、変態度でいったら、どっちもどっちだと思うが……。


 僕が彼女らをどう鎮めようか、それともいっそのこと走って逃げようか検討していると、視界の下の方にライトブラウンのアホ毛が見えた。

 視線を下に向けると会長がニッコリ笑って、そこにいた。いや、目は笑ってない。嫉妬に燃えている目だ。



 僕は逃げようとしたが、遅かった。

 ガバッと抱きついてくる会長。



「違うよねー! 慎ちゃんは私一筋だよねー❤︎」


 会長が僕に抱きつきながら、僕の胸に頬をすりすりする。可愛い。

 最近の会長は僕にブレザーをくんくんされていると知ったことで変な自信をつけ、行動が妙にアグレッシブだ! 最高かよ!……いや、違う、危険だ!


 僕はテントを張った。


「ほら見て! 私の愛で慎ちゃんが小キャンプ始めたよ!」


 ちょ。こら。指さすな。

 僕の大事なところに注目を集めるな。


「はぁぁあ?! 何してんですか! 慎ちゃん先輩から早く離れてください!」

「智美! いつも自分だけずるいぞ! キャンプはみんなでやるから楽しいのであろう!」

「会長! いい加減にしないと会長の◯毛でキャンプファイヤーしますよ!」


 例の如く、会長は僕から引っ剥がされ、ドナドナされていく。



「助けてぇぇええええ! ジョニぃぃいいいいい!」



 僕の股間に助けを求められても困る。

 会長の陰◯がコゲコゲにならないことを祈る。









 この生徒会のジョニーへの執着がヤバい!




 いや待て。今回はそんな話ではなく、新聞部の話だったはずだ。

 このクソ長くてくだらない話の総まとめが結局ジョニー落ちなんて、そんなことあって良いはずがない。

 もう一度! もう一度だけチャンスが欲しい!

 ちゃんとやるから! 今度は正しく簡潔に言うから!







































 ペニスがヤバい!



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