第11話 計画的犯行

「慎ちゃん、時々私のブレザーくんくんしてるよね?」



「ブフゥゥ! ゴホッゴホッ!」


 飲んでいたお茶を盛大に吹き出してしまった。

 デジャブである。激しくデジャブである。

 今は会長と僕の二人しか生徒会室に来ていなかった。

 2人で楽しく雑談していたのに、脈絡なく、いきなりの本人バレである。

 なんでバレた?!


 会長はカバンからタオルを取り出すと、僕の吹き出したお茶を綺麗に拭いていく。

 面倒見の良い先輩である。


 僕はやはり、ダメ元でとぼけてみた。


「ナ、ナンノコトカナ」


「時々ブレザーの脇のところに慎ちゃんの匂いが残ってるから、バレバレだよ」


 犬かァァアアア! どんだけ嗅覚いいんだよ!


「慎ちゃん、そんなに私の匂い好きなのっ?」


 会長がニヤニヤしながら聞いてくる。

 そうだけども! 好きだけども!

 でも、なんかウゼェ!


 僕がどうしたものか、と黙っていると会長は顔をりんごのように真っ赤に染めながら、もじもじしながら言う。


「そんなに好きなら……嗅いでもいいよっ」


 長袖のワイシャツを着ているから直接脇が見えることはない。

 ないが、なんか逆にエロい!

 今すぐ脇に顔を埋めてくんくんしたい!


 だが、待て。

 落ち着け!

 これは罠だ!


 ここまでくればもう認めざるを得ない。

 僕は会長が好きである。異性として。

 だが、それ以上に今の生徒会のメンバーで仲良くしたいのだ!

 生徒会の仲が崩れるようなことは、たとえ会長とでも出来ない! したくない!


 ところが、そう単純に事を運べないのが思春期の男子の難しいところである。


 考えてもみてほしい。

 好きな女の子に迫られて、それを断れる男子が世の中に何人いる?

 キミなら出来るのか? いや、無理だね。キミがいくら理性の強い人間であっても、男は根本的に皆エロスなのだ!


 つまり、何が言いたいのかというと、ここで会長の脇をくんくんすれば、もう僕は戻って来られない。ゴールインまで一足飛びである。

 脇くんくん=セックスなのだ!

 そしてセックス=生徒会の崩壊、なのである!

 ここは意地でも耐えるのだ!

 がんばれ僕! がんばれ息子!


「遠慮しなくていいんだよ? 慎ちゃんが望むなら、頭のてっぺんから、足の先まで、全部慎ちゃんの物にしていいんだよ? ほら、おいでっ❤︎」


 会長が今度は両手を僕の方に伸ばして、優しい笑みを浮かべて僕を呼ぶ。

 こんなにちっこいのに母性に溢れているから驚きである。


 僕は一歩、二歩、と会長に近づいてしまう。

 頭ではダメだと分かっている!

 だけど、可愛いんだもん!

 とてつもなく可愛いんだもん!

 会長の誘惑! 恐るべし!




 だが、ギリギリで理性が目を覚ます。

 踏ん張れ! もう少しで他の生徒会メンバーがやってくるはずだ!



 会長は僕が何を待っているのか察したのか、妖艶に微笑み、僕に絶望を与える一言を放つ。



「みんななら来ないよ」


 な……なに……?!


「今頃先生から山程の頼まれごとをされている頃じゃないかな? 私と慎ちゃんは今日は生徒会を休むと嘘の報告を先生にしているから、あの3人にだけ、頼み事はされてるはずだよ」


 な……! つまり、この誘惑は計画的犯行?!

 というか、前にコンドームが消えた事件の時に、生徒会のメンバーに他人の足を引っ張るような人はいないとか言ってなかったか?

 思いっきり引っ張っているではないか!

 むしろ引き倒して、手錠で拘束するレベルのことをしている!

 会長あくどい!



 だが、落ち着け!

 大丈夫だ。

 僕には盗撮がある。

 盗撮されていることを、まるで切り札みたいに言うのも嫌なのだが、実際、役に立つのだから仕方ない。

 僕は常に監視されているから、すぐに桃山辺りが駆けつけてくれるはずだ!


「盗撮ならされてないよ」


 さっきから心読むのやめて?!

 エスパーかよ!


「この生徒会室のライブカメラは今全てニセの映像が写されているから、誰も気付かない。ライブじゃないカメラは放置してるけど、データを取り込んだ時はもう後の祭り。私と慎ちゃんの営みをカメラで見せつけられるだけだよ」


 どうしてそんな技術力があるぅぅうう?!

 ホントその何でもできる才能をもっとマシなことに使いなよ!


「さぁ。邪魔者はいないよ? 慎ちゃん。私の全てをあげる。受け取ってくれるよね?」



 痺れを切らした会長が、両手を広げたまま、こちらに歩み寄ってくる。

 目がとろ〜んとしていて、瞳の中にハートの光が映っているように錯覚するほど、今の会長はエロ可愛い!




 ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい!




 この生徒会の存続がヤバい!

 言い換えれば、僕の貞操がヤバい!


 分かっている。会長からは襲ってこないだろうことは分かっている。

 だが、今の会長に近づかれたら、僕が会長を襲う。まず間違いなく!

 これは会長の精神攻撃なのだ!

 一歩、二歩と後ずさる。


 そして、ついに僕の背中は壁に衝突した。

 もう逃げ場がない。


 ここまでか…………!




 僕が諦めようとしたその時!








 ガラガラガラ!






 勢いよくドアが開く。




 そこに立っていたのは、



















「待たせたね、慎ちゃん! もう大丈夫だよ!」


 全身汗だくで、肩で息をする桃山がいた。




「な?! なんで?! 盗撮カメラは全て封じたはずなのに!」


 会長が動揺する。


「確かにライブカメラでは気付きませんでした。会長にそんなことができたとは驚きです。でも私の盗聴はこの部屋だけではありません」


 何、得意気に犯罪行為を暴露してんだよ、とは思ったが、よく考えたら今更だったので指摘するのをやめた。


「それは有り得ないよ。この生徒会室は防音材をふんだんに使った特別仕様だよ? 他の部屋からリアルタイムの盗聴なんて不可能だよ」


 と会長が説明する。

 なんで防音材をふんだんに使ってるんでしょうね?

 絶対それやったの学校じゃないよね?

 会長が独自でやってるよね?

 噂では、会長は実は相当なお嬢様だと聞いたことがある。

 だとしても無断で学校を改装するなよ、とは思うが。


「会長。違いますよ。私は別の部屋に盗聴マイクを仕掛けたのではありません」


「……じゃあどこに仕掛けたというの? この部屋のリアルタイム盗聴マイクは全てニセの音声を拾うように細工してあるんだよ?」


 最もな疑問だ。

 別の部屋ではない。

 この部屋のマイクは細工済み。

 では、どこに仕掛けたのか。答えはないように思える。


「それはですね。慎ちゃんに仕掛けたんですよ」


 …………おい、何ドヤ顔している。この変態め。

 だとしたら、何か? 僕はうんこぶりぶりしてる音も、トイレで息子を鎮めている音も全て筒抜けだったということか?!

 だが、会長はそれすらも否定する。


「いや。やっぱりそれもないよ。私は慎ちゃんと雑談しながら、さりげなく慎ちゃんの持ち物及び衣類検査をしたんだから。その結果盗聴器の類は一切なかった」


 …………おい、何すまし顔している。この変態め。

 だとしたら、何か? 僕のバックの中のエロ本も、拓也から借りたエロDVDも、全て筒抜けだったということか?!

 エロDVDがロリ系だったから自信をつけて、犯行に及んだのか?


「そうですね。外から見たんじゃ分からないですからね」


「外から?」


 どういうことだ? すっごく嫌な予感がする。


「私が盗聴器を仕掛けたのは慎ちゃんの体内なんですよ!」


「な……!?」


 僕はいつの間に人体改造されていたのか?!

 しかし、実態はそういうことではなかった。

 桃山がタネを明かす。


「今日の昼休み、私は家で作ってきたカップケーキを慎ちゃんに食べさせました。美味しい美味しい言って、ほっぺにつけながら食べてて可愛かったなぁ。で、実はそのカップケーキに超小型防水高性能盗聴器を仕込んでおいたのです」


 僕は今後桃山の作ったものは毒見なしには食べないと決めた。

 今決めた。


「体の……中に?!」


 会長が驚愕と絶望の表情を浮かべる。

 一番驚愕して、一番絶望しているのは、何を隠そうこの僕だ。


 桃山がすたすたと歩いて、絶望している会長の横を通り過ぎると僕の横まで来た。


 そして、ワイシャツの第一、第二、第三ボタンを開けて、両手を僕の方へ伸ばして言う。


「慎ちゃん。あんなお子様より、私の方が大人な体で慎ちゃんを包んであげられるよ? 浮気さえしなければ、何でも慎ちゃんの言う通りにする。慎ちゃんを一生守って、一生養ってあげるよ? だから、ね? おいで❤︎」



 僕の心は激しく揺れ動いた。

 桃山の少しむっちりして、それでいてちゃんとくびれている体がすぐ目の前にある。エロい。

 ワイシャツをはだけて、薄黄緑のブラが見えている。エロい。

 桃色のウェーブした髪が赤縁メガネの上に、掛かっていて、乱れた美女といった風貌である。エロい。


 いや。待て。

 桃山、お前何しに来た?!

 助けに来たんじゃないの?!

 誘惑が増えてんじゃねぇーか!



 はぁ。仕方がない。

 パシリみたいで出来れば使いたくなかったが、緊急事態だ。

 僕は素早くある人物にメールを送った。

 そして窓を開ける。

 ここ生徒会室は2階であるため、流石に飛び降りて逃げることは叶わない。

 だから、僕は窓の外に向かって思いっきり叫んだ。


「助けて! 長戸ながとらまーん!」



 すると、『お前絶対上階で待機してたろ?』という早さで、上階からロープが掛かり、上からシュルルルとポニーテールのキレのある細い目をした一年女子、長戸が降りてきた。

 覚えている人もいるかと思うが、長戸は反須田勢力取りまとめ協会の元会員で、バトミントン部の一年女子の長戸である。

 あの一件から、無事ダブルスペアの明美さんも部活に復帰し、何故か明美さんだけでなく、長戸まで僕に懐き、一方的にストーキングをされる間柄になっていた。要するにストーカーと被害者の関係だ。

 今回はその長戸を活用して逃げようという魂胆だった。


「慎一先輩! 助けに参りました! さぁ早く!」



「――?!」

「しまった!」


 会長と桃山が事態を把握した時にはもう手遅れである。

 一番窓際にいた僕はギュゥッと長戸に抱きついて、窓から外に出る。

 抱きつかなければ落ちてしまうので、結構必死に強く抱きついた。


「――?! 慎一先輩っ! そんなに抱きつかれては……私の理性が……!」


「ちょ! ばか! こんなとこで発情すんな! 早く下に降りろ!」


 なんとか耐え切った長戸は下に着くと抱き止めていた僕を離し、お股を押さえて震え出した。


「ふぅ〜。助かったよ、長戸! ありがとう!」


「慎一先輩、私は……自分が抑えきれません……! 早く、逃げて!」


 苦しそうな顔をして長戸が言う。

 パンデミックかよ!

 ゾンビ映画じゃないんだぞ!

 僕は慌てて長戸から離れた。


 しかし、ついに僕はやり遂げた!

 あの生徒会からの逃走に成功したのである。

 でも、今後は僕がもっと鋼の理性を持たなくてはダメだ。今回のことでそれがよく分かった。

 このままだと絶対に彼女らの誘惑に負ける。

 断言できる!




 この生徒会の誘惑はヤバい!

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