第10話 生徒会相談 後編

 最後の相談者は三年生の男子、二年生の男子、一年生の女子という変な組み合わせの3人組であった。

 部活動かなんかの繋がりなのかな。



 三年生男子が代表して話しだす。

「私は海堂かいどうという。こちらの2年が川田かわだ、一年が長戸ながとだ」


 何故か3人とも、時折作業スペースにいる僕に視線を送ってくる。睨みつけるような、どこか刺々しい視線。


「私たちはこういう組織に属して活動している」


 言いながら、海堂先輩は金属フレームの眼鏡を押し上げながら、会長に名刺を差し出した。

 名刺って、なんかカッコいいな。きっと凄い組織なのだろうな。海堂先輩もどこか頭良さげな雰囲気だし。



反須田勢力はんすだせいりょく取りまとめ協会ぃ?!」



 会長が素っ頓狂すっとんきょうな声を上げる。




 前言撤回しよう。

 全然凄い組織じゃない。

 そんなくだらない組織のために名刺作ったの?!

 アホか!

 インテリの皮を被ったアホである。



 ここで川田がもう我慢ならないといった様相で声を荒げて言う。


「ここは客に何のもてなしもしないのか?! えぇ?! お茶くらい淹れたらどうなんだ、須田ァァ!」


 僕に難癖つける川田。

 僕よりも先に桃山が立ち上がり、応じる。


「はぁ?! 別にあんたら客じゃないし! 相談に乗ってもらう立場で――」


「――いいよ。桃山。お茶くらい出すよ」


 僕は庇ってくれる桃山を遮り、3人の協会員の横まで移動すると、ポケットから飴ちゃんを出し、3人の前に置いてから、ゆっくりと元の作業スペースに戻った。


「ちょっとォ! これ飴じゃない! 誰が飴くれなんて言ったのよ!」と一年の長戸ながとが文句を垂れる。


 なんだ。いちからか? いちから説明しなければダメか?


「よく見てくれ。これは抹茶味の飴ちゃんだ。甘さ控えめだから、もうほとんどお茶のようなものだ」


「慎ちゃん先輩、その理屈は無理があります……」


 美咲ちゃんが呟く。

 まさか身内に否定されるとは……。




「お茶などどうでもいい。俺たちが来たのは生徒会に相談もとい要求を伝えるためだ」


 えせインテリの海堂先輩が、抹茶飴の袋を開けて、口に放り込む。

 おい。どうでもいいなら食うんじゃねーよ。


「私たちの要求はただ一つ。生徒会副会長の須田 慎一の即時の罷免だ」


 海堂先輩が僕を一瞥してから冷たく言い放った。

 静まり返る生徒会室。

 海堂先輩が口の中で飴をコロコロ転がす音だけが響く。


 桃山は無言でますます殺気だつ。

 薫先輩と美咲ちゃんも作業を止めて、海堂先輩を睨みつけている。


 なんか剣呑な雰囲気だな。

 僕はリップの形状をした飴を出して、唇に塗っては舐め、塗っては舐めと、これを繰り返した。

 海堂を睨みつけていた生徒会メンバーの視線は、いつの間にか僕の唇に釘付けとなっていた。



「なんで慎ちゃんを辞めさせたいのかな?」


 会長が名残惜しそうに僕から視線を外すと海堂先輩に質問した。

 このリップ飴、画期的だもんな。皆がこのリップ飴を見つめてしまうのも頷ける。


「私たち反須田勢力取りまとめ協会員は、そこの須田という男に皆、煮湯にえゆを飲まされてきたのだ!」


 バンと机を両手で叩くと海堂先輩が叫んだ。


「と、言っているけど」と会長が僕に話を振る。


 僕はリップ飴を塗るのが面倒になり、直接ちゅぱちゅぱ舐めながら、首を横に振った。

 僕は煮湯を飲ませた覚えはない。

 こんなアホな組織を作る人だ。絶対勘違いである。


「俺たちにあんな仕打ちをしておいて、よくそんな態度を取れるな須田ァ」


 2年の川田が立ち上がって言う。

 そして続け様に口を開く。


「俺ァ好きな人がいたんだ。2-Dの千葉って子だ。明るくて、可愛くて、話が合ういい子だったんだ」


 手のひらを上に向けて腕を広げ、生徒会室をゆっくりと歩き出しながら、何やら語り出す川田。

 こいつもアレだ。劇場型ムーブだ。うろちょろするな、鬱陶しい。


「だが、ある日突然、『慎一くん、慎一くん』と須田のことしか話さなくなった。口を開けば、『慎一くん』、メールをすれば『慎一くん』、俺は須田の一日のトイレに行く回数など知りたくない!」


 何それ怖い。

 僕のトイレ回数はカウントされているの?

 僕は今後どこで荒れ狂う息子を鎮めたらいいというのか。


「あー典型的な慎ちゃん病だね」と会長。

 人を病原菌みたく言わないでほしい。



 川田のターンは終わったのか、川田が席につく。

 何のためにうろちょろしたのか。

 だが、それも終わった。

 やっと腰を落ち着けて話ができる。







 そう思った瞬間。






「私はバドミントン部でダブルスの県大会にでるはずだった」



 川田と入れ替わりで今度は一年女子の長戸ながとが立ち上がりゆっくりと歩きながら語る。

 何キミたちうろちょろしないと話せないの?


「ペアの明美と毎日猛練習して帰る日々。苦しくも楽しかった。でもある日! 明美が急に練習をサボるようになった。たまに練習に来たかと思えば『慎ちゃんのトイレを出待ちするから』とだけ言って、しばらく戻って来ない」



 何それ怖い。

 僕のトイレって出待ちされてるの?

 賢者の凱旋をパパラッチされてるの?


「結局私たちは予選であっさり負けて、県大会には出られなかった。だと言うのに、明美はヘラヘラして、『賢者様を撮れたから悔いはないよ』と言う始末。あんなに練習してきたのに! 私の青春を返してっ!」


 撮られてたァァアアア! 賢者タイム撮られてたァァアアア!

 そっちこそ僕の賢者タイム写真返してっ!


 長戸が席に着く。

 こうなると、次の展開に期待してしまう。

 僕は海堂先輩に期待の目を向ける。



「私はな。自分でいうのもなんだが、女子にモテていたんだ。人気者だった」


 海堂先輩が座ったままで静かに話し出した。


「立たないんかい!」


 僕はついとっさに、タメ口で先輩にツッコんでしまった。

 でも、これは海堂先輩が悪くないか? ここまで来たなら、立てよ! うろちょろしろよ!

 海堂先輩は無言で僕をギロリと睨むと続きを話し出した。

 ちょっと残念な気持ちで話に耳を傾ける。



「それなのに、だ。須田! お前が来てから女子にモテなくなった! 私のクラスも、違うクラスも、後輩も、皆須田のことばかりで私に注目する者が激減した! どうしてくれるんだ!」



 くだらねぇぇえええ!

 海堂先輩、あなたが一番くだらない理由です。ナンバーワンです!

 劇場型語りが出来ないのも納得の中身の薄さだ!



 会長は呆れた目でため息をついてから、僕を見る。

 『慎ちゃんが責任もってなんとかして』と、そう目で訴えてくる。

 いや、僕だって知らんがな。

 仕方がないので会長たちがいる応接ソファに移動し、会長の横に座る。

 そして、どうやって穏便に帰ってもらおうか、プランもないのに、見切り発車で話し出す。


「皆さんの言いたいことはよく分かりました。納得できるかは別として理解はしました。その上で言わせてもらうと、申し訳ないけれど僕は生徒会やめません。生徒会が好きだし、生徒会のみんなも好きだから、絶対やめません」


 僕はこの生徒会だけは辞めない!

 これだけははっきり言っておかないと。


「慎ちゃんっ❤︎」


 会長が抱きついて頬をすりすりしてきたが、桃山たちが即座に会長を引き剥がし、取り押さえる。

 流石に手慣れている。


 会長が離れて落ち着いたところで、僕は続きを話す。


「ですが、今後も相談にはのります。罵倒でもクレームでも愚痴でも聞きます。話を聞くのは会長ではなく、僕になりますが、いつでも聞きます。生徒に寄り添うのが、生徒会ですから」


 僕はにっこり笑う。

 要約すれば『とりあえず今日は帰れ。な?』というだけのことなのだが、何故か協会員の3人は黙って神妙な顔をして聞いている。

 2年生の川田が沈黙をやぶる。



「…………それは恋愛相談でもいいのか?」


「いいよ。僕は千葉とは席が近いから協力できることもあると思うし」


 千葉と川田のために一肌脱ぐのはやぶさかではない。

 僕だって、みんな幸せになれるならその方がいい。

 ただ、『今日はもう疲れたから帰れ』というだけのことである。

 しかし、川田は目を輝かせて、僕の手を取る。


「本当か! 須田! いや、慎一!」


 こいつ節操ないわ。

 手のひら、くるん、である。

 だが、もう一押しだ!


「それにバドミントン部の明美さんにも生徒会が呼び出して、僕の方から、部活動サボらないように指導しておくよ」


 僕は今度は長戸に話しかけると、長戸は先輩である川田を押しのけて僕の手を取った。


「本当ですか?! 須田さん、いえ、慎一先輩っ!」


「お、おう」


 長戸、お前もか。

 チョロすぎる。


「須田! 私には! 私には何か特典はないのか!」


 海堂先輩が長戸を押しのけて、僕に詰め寄る。

 『特典はないのか!』じゃねーよ!

 あんた絶対僕のこと好きだろ?!


「海堂先輩は男を磨いてください」


「くっ。須田めぇぇえええ!」


 海堂先輩が僕に掴みかかろうとする。

 が、ガシッと両脇から川田と長戸に抱えられると、そのまま引きずられて出口の方へ向かう。


「慎一、勘違いで酷いこと言って悪かったな」

「慎一先輩、本当にすみませんでした。一生かけて償います」


 川田と長戸はそう言うと「離せぇぇええええ! 須田ァァアアア!」と暴れる海堂先輩を連れて去って行った。


 マジでしょうもない組織である、反須田勢力取りまとめ協会。

 こうして生徒会はようやく平和な通常業務に戻るのであった。




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(数日後)


「海堂、あれからこの反須田勢力取りまとめ協会も大分だいぶ人が減ったな」


 副協会長、もみあげの田村が私に声をかける。


「ああ。くそっ! 須田め!」


 あれから川田と長戸が抜けたのみならず、川田と長戸にほだされた協会員がどんどんと脱会していって、今では半数以下になってしまった。


 せっかく名刺までたくさん作ったのに!

 有り余った名刺は、現在はメモ紙として使われている。

 せっかくカッコいいのに! 出来る男っぽいのに!


「海堂、俺は諦めないぜ。須田に一泡ふかせるまで一人でも突き進む!」


 もみあげの田村はもみあげを揺らして意気込む。

 もみあげが気になって話に集中できないから、できれば切ってほしい。


「ああ。私も同じ気持ちだ。もみあ……田村。須田に思い知らせてやろうぜ!」


「今『もみあ』って言ったよね。キミ、絶対俺のこと裏では『もみあげ』って言ってるよね」


 だが、やはり須田には注意が必要だ。

 今回、須田を罷免させようと会談に臨んだのに、逆にメンバーを懐柔された。

 あいつは天然の人垂らしだ!

 油断していると協会員を片っ端から持っていかれる。

 私は生徒会への警戒レベルをまた一つ上げるのであった。





 この生徒会副会長の求心力はヤバい!

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