第7話 アレがない!

「犯人は…………慎ちゃん。あなたですね」



 桃山が僕の方に向き直り、静かに言う。



「いやいや。僕な訳――」


「――お黙り!」


 強制的に黙らされる僕。

 お黙り! じゃねーよ。弁明もさせないんかい、この迷探偵。


「慎ちゃんのやった事は全部すべて、もにゅっと、ペロっと、じゅるっとお見通しだ!」


 ビシッと僕を指差し、ト◯ックの仲間由◯恵みたいなことを言う桃山。

 しかし、ワードのチョイスは仲間さんよりずっと生々しく変態チックだ。というか意味わからん。






 事件は数十分前、月曜日の憂鬱な放課後、生徒会室に全員が揃ったときに起こった。



「ない! ないです! 会長! 非常用のアレがない!」


 桃山が脚立に乗って、生徒会室の棚の一番上の戸棚を開けながら叫ぶ。


「ぇえ!? アレがないの?! そんな!」


 会長が動揺する。


「金曜日には確かにあったぞ! 私が帰りに確認したから間違いない!」と薫先輩。


「困りましたっ。アレがないと非常時にどうしたら良いのか……」


 美咲ちゃんが困り顔で呟く。


「え。待って待って。皆が言うアレって何のことですか?」



 僕が動揺するメンバーの話に割って入る。



 女子4人が顔を見合わせ、何かを確認した。

 そして、全員が同時に僕の方に顔を向け、これまた全員が同時に声を揃えて言った。



『コンドーム』



「………………は?!」


 理解が追いつかない。

 コンドーム?

 って避妊用具のアレ?

 え? 非常用のコンドームって何?!

 なんでコンドームが生徒会室に備品顔して常備されてんの?!

 いや、待て。もしかしてコンドームって避妊用具以外にもあるのか? 専門的な防災用具か何かなのか?

 童貞の僕は混乱した。



 僕が混乱しているのを察してか、桃山が話しだす。


「セックスの時、ゴムを用意するのは女の務めだからね。でも常時ゴム持ち歩いていたらプレイガールだと思われるでしょう? だから、もし、この部屋でそういう事態になった時のために、非常用に皆でカンパして用意しておいたの」


 やっぱ避妊用具でしたァア!

 というか、この部屋に入る男子なんて僕しかいないんだが! 何本人を前に堂々と『もし、この部屋でそういう事態になった時』とか言っちゃってんの?


「でも、それなら話は簡単じゃん。この中の誰かがゴムを持ち出して、男とチョメったってだけの話だろ?」


 僕は自分で言っておいて少し胸が苦しくなった。

 他の男とチョメチョメする皆は、なんか嫌だ。


「いや、それだけはないよ」

「ああ。あり得ん」

「うん。ないない」

「そんな尻軽じゃありません」


 全員が否定した。

 僕はこっそり胸を撫で下ろした。



「でも、じゃあ誰が持ち出したのでしょう?」


 美咲ちゃんがコテンと首を傾げて言う。

 ハーフ美少女がそんな仕草をすると、まじ萌える。


「もしかして、これは生徒会に対する嫌がらせなのではないか?」と薫先輩が切り出し、続けて仮説を話し出す。


「犯人は生徒会に学校のアイドルたる慎一が在籍しているのが許せなかった」


「え、待って。僕アイドルなの?」


 僕の問いかけは無視され、薫先輩が続きを話す。


「そこで生徒会に嫌がらせをしようと考える。例えば、生徒会役員の誰かが慎一といい感じになり、ついにこの生徒会室で最終決戦セックスを迎えるとしよう」


「わざわざ生徒会室で最終決戦しないでください」


 やはり僕のツッコミは無視される。


「セックスもたけなわ! さぁ挿入だ! と言う時、戸棚を開けると、そこにあるはずのゴムがない! あたふたしているうちに慎一は萎えてしまい、帰ってしまう。これで学校のアイドルの貞操は守られる。どうだ? こういうことだったのではないか?」



 僕は『セックスもたけなわ』というパワーワードが頭から離れなくて、最後の方は聞いていなかった。



「でもさぁ」と会長が切り込む。


「このコンドームの存在は生徒会関係者しか知らないはずだよ? 薫の説が正しいということは、犯人は私たち生徒会の誰かってことになっちゃうじゃん」



 確かにその通りだ。

 会長、お子様に見えて、意外と頭が良く、学力テストでも上位をキープしているのだ。

 見た目はロリっ娘、頭脳は大人。コ◯ンくんみたいな人なのである。



「むむっ。確かにそうだな」


 薫先輩があっさりと自説を引っ込める。


 すると、唐突に桃山がハッと息を吸い込みながら、両手で口を覆う。

 どうでもいいが、この学校の生徒は演劇めいたムーブが好きみたいだ。



「私…………分かっちゃいました」



 桃山が静かにそう告げた。

 皆は沈黙で推理の続きを待つ。


「確かに、会長の言う通りだったのです。犯人は生徒会のメンバーだった」


「ぇえ?! このメンバーでそんな足の引っ張り合いみたいなことする人いる?!」


 会長は生徒会メンバーをえらく信用しているようだった。

 だが、いつもこの4人の足の引っ張り合いを目の前で見ている僕に言わせれば、『いる』としか答えられない。

 ところが、桃山の推理はそういうことではなかった。


「いえ、そうではありません。コンドームを取った動機は『嫌がらせ』ではなかったのです」


「じゃあ、どんな目的があったのでしょう?」と美咲ちゃんが尋ねる。



「それは『試着』です」



 僕はとてつもなく嫌な予感がした。



「犯人は童貞だった。しかし、見栄っ張りな面がある可愛らしい慎ちゃ……犯人は、本番でスマートにコンドームを装着できないかも、と不安だった」



「おい。もう言っちゃってるじゃん。慎ちゃ、って言っちゃってるじゃん」


 例の如く、僕のツッコミは無視される。



「そして、ある日、ふと生徒会室の戸棚を見ると、なんとあるではないか! コンドームが! 慎ちゃんはこれを使って予行演習をすることにした。慎ちゃんのたけのこの里にゴムが装着されたその時! 生徒会メンバーが歩いてくる音が聞こえた。慎ちゃんは慌ててズボンを履き、コンドームの箱を窓から投げ捨てた。これが真相です」


「おい。待てコラ。誰のアレが『たけのこの里』だ?!」


 案の定、僕の抗議は無視される。



「犯人は…………慎ちゃん。あなたですね」



 そして、冒頭に戻るのである。





「そんな、慎ちゃん……。心配しなくても、ゴムなら私がつけてあげたのに……」と会長が俯いて首を左右に振りながら言う。


「会長、『なんでそんなことを……』のノリでエロいこと言わないでください」




 全員の視線が僕に集まる。

 いや、僕の『たけのこの里』に集まる。

 待て待て。僕はまだ『たけのこの里』だと認めてないからな! 断じてない! 『きのこの山』でもない!


「いや。本当に僕じゃないって! 僕が取ったっていう証拠でもあるのかよ!」


 つい本当の犯人みたいな言い逃れ方をしてしまう。



「ふふっ。あるよ、慎ちゃん。証拠」


 桃山がドヤ顔で微笑む。



 また口から出まかせを。

 証拠などあるはずがない。

 だって僕取ってないもん、コンドーム。



「じゃあ出してみろよ」



「いいよ。でも、出すのは私じゃないよ。慎ちゃん、あなたが出すの」


「…………は?」

 僕は訳が分からなくて、つい素っ頓狂すっとんきょうな声を出してしまった。


「そのズボンの下のたけのこの里は今もコンドームを纏ったままのはず。さぁ! 出してっ! たけのこの里を!」



 しまった! やられた!

 桃山はこの推理が正しいとは、おそらく桃山自身思っていない。

 全てはこの流れに持っていくため。

 僕にたけのこの里を出させるための前準備!

 計算されつくした道筋を僕は進まされていたのか!

 この流れはもう…………たけのこの里を……出すしか……




「――って出すか! ばか!」









 ガラガラガラ







 その時、唐突に生徒会室のドアが開いた。


「お〜っす。やっとるかぁ、ガキどもぉ……と慎ちゃん」


 入ってきたのは、この生徒会執行部の顧問教師である水島 詩織みずしま しおり先生である。

 20代後半(推定)の若手の先生で、赤髪ロングヘアを後ろで束ね、キリッとした猫のような目が特徴的な数学の教師である。

 女子に対しては口が悪いが、生徒からは見えないところで生徒のために行動をするタイプの良い先生だ。

 ちなみに僕に対してはめちゃくちゃ甘い。



「あれ? 先生今日来る予定ありましたっけ?」


 この先生はあまり生徒会室に来ない。来る時はあらかじめ、この日にこういった要件で行くから用意しておくように、と通達がある。


「いや。ちょっとコレを返しにな」


 そう言って、先生がポケットから出したのは、僕たちが探し回っていた例のコンドームであった。


 よっこらしょ、と先生が脚立に登り、コンドームを戸棚にしまう。


「な、なんで先生がそれ持ってんですかァ?!」


 誰もが聞きづらくて、黙っていたが、流石会長と言うべきか、会長が代表して聞く。


「へ? ああ。土曜に男と会う予定があってな。会う前に学校で残務を片してて、ゴム用意し忘れてたことを思い出したんだよ。だから、とりあえず生徒会室のを借りたんだ。もちろん後で買い直す予定だったぞ? …………まぁ男が待ち合わせ場所に来なかったから、使わなかったがな……ハハ、ハハハハハハ……」



 責めたくても、先生が不憫すぎて誰も責められなかった。

 沈黙の中、先生の渇いた笑い声だけが響くのであった。

 役員だけではなく、顧問までもがヤバい。それがこの生徒会なのだ。

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