第6話 笑わせ師

「慎ちゃん先輩、ときどき会長のブレザーくんくんしてますよね?」


「ブフゥゥ! ゴホッゴホッ!」


 飲んでいたお茶を盛大に吹き出してしまった。

 今は美咲ちゃんと2人で他の生徒会メンバーが生徒会室に来るのを待っていたところだった。

 そこにこの爆弾発言である。


 美咲ちゃんは文句を言うこともなく、ポケットからハンカチを取り出して、机の上の僕が吹き出したお茶を拭いていく。出来た後輩である。


「ナ、ナンノコトカナ」


 とりあえずダメ元でとぼけてみる。


「いえ、カメラに収めてあるんで、取り繕わなくて大丈夫ですよ」


 やっぱりなァァ! そんなに甘い女ではないのだ! この生徒会は!


 僕が、どうしたものかと黙っていると美咲ちゃんが続けて口を開く。


「会長だけ、ズルいですぅ! 慎ちゃん先輩は会長が好きなんですか?」


 なんとも答えづらい質問だ。

 好きではあるが、付き合いたくはない。

 僕は生徒会の皆とバカできるこの空間が好きなのだ。

 誰かと付き合えば、それはまず間違いなく崩れる。

 いくらハーレム推奨の世界とはいえ、相手はこの生徒会役員達なのだ。

 皆で仲良くシェアなんてやつは一人もいないだろう。

 この気持ちは今後変わるかもしれない。けど、少なくとも今は誰とも付き合いたくはない。


「僕は『この生徒会』が好きなんだよ。くんくんについては、会長がいつも無防備でブレザー置いていくから、つい、ね」


 何を言わされてるんだ僕は。

 とんだ羞恥プレイである。



「ぶぅ〜。じゃあ私にも慎ちゃん先輩をくんくんさせてください。それでおあいこです」


「ちょっとそれは違くない?! 僕が美咲ちゃんをくんくんするなら分かるけども」


「それは嫌です。くんくんされるのは恥ずかしいし、私きっと汗臭いです」


 それがいいんじゃないか、という言葉はドン引きされるので心にしまった。


「僕だって嫌だよ。今日体育あったし、汗めっちゃかいたから」


「本当ですか?!」


 汗というワードで美咲ちゃんが目を輝かせる。

 変態同士考えることは一緒、ということか。


「いや、無理無理。男の汗はめっちゃ臭いんだよ!」


「それがいいんじゃないですか!」


 僕が躊躇ためらったワードをノータイムで躊躇ちゅうちょなく放つ美咲ちゃん。

 この生徒会の女子は変態性が羞恥心を上回っているため、エロ発言に迷いがない。


「マジで! マジで勘弁してください!」


 僕は僕でノータイム土下座を繰り出す。


「もぅ〜。仕方ないですねぇ。じゃあ代わりにデートしてください。下校デート」


 デート……。

 デートかぁ〜…………うーむ。

 デートくらいしてやればいい、と思う向きも多いだろう。しかし、事はそう簡単ではない。

 万が一。万が一他の生徒会メンバーに知られた時、怒涛の『私も』が始まるのである。

 おまけにデートにかこつけて襲いくるセクハラにも注意が必要だ。

 相手はただの可愛らしい女子ではない。この生徒会女子なのだ!


 だが、今の僕に拒否権はない。

 皆に知られないことを祈りながら頑張るしかないのだ。



「分かったよ。じゃあ早速今から行くか」


「え? 生徒会は?」


「2人でバックれよう」


 その方が他の3人に目撃される確率は減る。

 生徒会メンバーに、この生徒会室で僕と美咲ちゃんが来るのを待たせ続けることで、この部屋に縛り付けられるのだ。

 若干、心が痛むが必要な犠牲だ。すまぬ。



「2人だけの逃避行ですね。ふふっ」


 美咲ちゃんは何故か嬉しそうにしていた。




 僕たちはゲームセンターに来ていた。

 美咲ちゃんに行き先を任せたら、きっとラブホとかになるだろうと思い、僕が勝手に決めた。

 美咲ちゃんがゲーム好きなのを考慮しての選択である。

 我ながら、なかなか良いチョイスだ。



「何しましょうかっ♪」


 美咲ちゃんも心なしか少しはしゃいで見える。可愛い。


 まずは僕の男らしさと勝負強さを見せつけて、格の違いを思い知らせてやろう。


「じゃあ、これだ!」


 僕は人気レーシングゲームの椅子に座った。


「いいですね! 私パイナポー姫ぇ〜♪」


 ふっ。バカめ。パイナポー姫は確かに使いやすい初心者向けのキャラだが、重量が軽すぎるため、簡単に吹き飛ぶ雑魚キャラだ。

 僕のビビンバ大魔王でぶっ潰してやる!




(5分後)




『WINNER パイナポー!』





「………………」


「やったぁ〜! 私の勝ちぃ〜♪」



 いやいや。これはビギナーズラックだ。

 僕はこのゲームを中2の時からやってるんだ!

 負ける訳がない!



「も、もう一回!」

「いいですよぉ」




(5分後)




『WINNER パイナポー!』





「なぜだァァァアアア!」


「慎ちゃん先輩、下手くそ過ぎて可愛い! 下手可愛い!」




「うるさい、うるさい! 次はあれで勝負だ!」


 僕はエアホッケー台を指差し、叫ぶ。

 流石にこれなら女子に負けることはないだろ!



(5分後)



「いぇ〜い! 私の勝ちぃ」



 普通に負けました……。



「男子が女子に勝てる訳ないじゃないですか」


 美咲ちゃんが笑いながら言う。


 そうでしたァァ! この世界では男女のパワーバランスが逆なんだった!

 なんであの華奢な腕が僕よりパワフルなのか未だに謎だ。




 UFOキャッチャーに、パンチングマシン、クイズ勝負なんかでも遊び、2人で思いっきりはしゃいだ。


 そうして、僕たちが一時間程、遊んだ後、長椅子に座って休んでいると、派手目のギャル3人組が僕たちに近づいて来る。


「あー! やっぱりぃ! 山中じゃァん」


 ギャルの1人が美咲ちゃんを指差して大声で言う。

 美咲ちゃんは顔を真っ青にして俯いた。


「久しぶりだねぇ山中ァ! お前高校でもギャグマシーンやってんの?」


 ギャハハハハと品のない笑い声が響く。


「ぁ…………ぅ…………ぅん」


 美咲ちゃんは俯いて目を伏せたまま、小さい声で答えていた。

 美咲ちゃん『ギャグマシーン』だったのか?

『エロマシーン』なら頷けるが。


「そっちの男子は彼氏?」


「…………ぅぅん。違うよ……」


「だよなァ! 山中みたいなギャグ要員に彼氏できるわけないよな!」


 またもギャハハと笑うギャル。

 美咲ちゃんも「ぅん。ハハ……」と力なく引き攣り笑いしている。


「ねぇ、キミぃ。私たち北高なんだけどさ、良かったら一緒に遊ばない?」


「山中の去る気?! なんちゃって!」


 たいして面白くないギャグにギャル達はやっぱりギャハハと爆笑する。


「でも冗談抜きで遊ぼうよ」


 そう言ってギャルの1人が僕の手首を掴んだ。


 僕は『これはチャンス!』と思って、美咲ちゃんにしなだれかかった。


「いやん。こわい。美咲ちゃん助けて」


 そして、さりげなく首筋の匂いをくんくんした。

 ハーフさんだからか甘い香りに少しスパイシーな匂いが混ざった女の子の匂い。控えめに言って最高だ!


 僕がギャルを撃退することは簡単だ。

 土下座するだけでいい。

 だけど、僕は美咲ちゃんが蔑ろにされるのが気に食わなかった。

 美咲ちゃんはあんなギャルに萎縮するような子ではない。何か裏があるはずだ。



ギャルは僕が美咲ちゃんにぴったりくっついているのが、気に食わなかったのか、一回舌打ちをしてから、ニヤァっと悪い笑みを浮かべる。



「仕方ない。これ見てごらん。中学の山中。これ見てもまだ山中と一緒にいたい?」


「ぃゃ…………ダメっ! お願い止めて!」


 美咲ちゃんがガタガタ震えながら、止めようとするが他の2人のギャルに阻まれて、それは叶わなかった。


 僕はそれを見ないことも出来た。

 しかし、それでは何も変わらない。

 美咲ちゃんのことを知りたい。もっと。

 可愛い後輩を助けたい。



 僕は写真を見た。



 それはプリクラをスマホに取り入れたものだった。

 例のギャハハ顔で笑うギャル達に囲まれて、想像を絶する変顔をする美咲ちゃんが写っていた。

 美しい顔をこれでもかと歪めている。

 一目見て分かった。

 これは盛り上げたくてしている変顔ではない。

 ギャル達の小馬鹿にした顔がそれを物語っている。

 これは『いじり』と称した『いじめ』だ。

 おそらく半強制的にやらされたのだろう。


「ぅぅ…………ぐすっ」


 美咲ちゃんが羞恥に顔を真っ赤に染めて、泣き出してしまう。


「どう? 最高に面白いっしょ?」


 ニヤニヤと小馬鹿にした笑みを絶やさずに、僕に問いかけるギャル。



 僕は、















「ぶふぅっ! あはははははははっ! もうダメ! ぶはははははっ!」



 吹き出した。





 僕は耐えきれなかった。

 シリアスな雰囲気を崩すまいと、ずっと我慢していたのだ。

 この美咲ちゃんの最強の変顔を前に、我ながらよく耐えたと思う。

 しかし、もう限界だ!

 面白すぎる!

 ギャルの言う通り最高に面白い!



「ね? こんなギャグ要員と一緒にいると変顔が移るよ? あたしらと遊ぼうよ」



 何を勘違いしたのか、ギャルが頓珍漢とんちんかんなことを言う。


「は? こんなに面白い子から離れる訳ないじゃん」


「…………え?」


「いや、だからぁ。こんなに人を笑わせることが上手いんだから、美咲ちゃんといた方が楽しいって言ってんだよ」


「いや、君。あの醜い顔ちゃんと見た? 一緒にいて恥ずかしいよ?」


「見たよ。見た見た! ぷっくくく。最高にイカした変顔だよな! あれ見てますます美咲ちゃんが好きになったよ僕は」


「す……す……すき?!」


 美咲ちゃんは頬から耳まで真っ赤に染めて、動揺している。


 俺はボーナスタイムだったことを思い出し、再び美咲ちゃんにピトッとくっつく。

 そして、もちろん匂いを嗅いだ。



 ギャル達はイチャイチャを見せつけられていると勘違いしたのか、舌打ちをした後、面白くなさそうに帰っていった。


 美咲ちゃんは顔をゆでだこの如く、真っ赤に染めたまま、カチンコチンに固まっていた。

 僕はこれ幸いと、さりげなく美咲ちゃんの脇と胸の間辺りに鼻を当てて、スンスンと嗅ぐ。

 それは美咲ちゃんの変顔と同じくらい『最高』の匂いであった。



 その後、落ち着いた美咲ちゃんに謝られた。

 なんでも美咲ちゃんは中学の頃は友達がいなくて、あのギャル達に面白半分で仲間内に入れられたらしい。

 そして、『お笑い担当』という名のサンドバッグにされていたのだ。

 これは僕の推測だが、おそらく美咲ちゃんの美貌に嫉妬して、美咲ちゃんを貶めたかったのだと思う。



 僕はその話を聞いて、『それが美咲ちゃんのトラウマである』と承知の上で、それでもどうしても欲しかった。

















 美咲ちゃんの変顔が。




 だって、奇跡の変顔だよ! アレ!

 財布に忍ばせておいて、落ち込んだ時とかに見れたらいいな、と思ったのだ。







「ねぇねぇ美咲ちゃん。あれあれ」


 僕はプリクラを指さす。


「せっかくだから、一緒に撮らない?」


 にっこり笑って提案する。








 あぁ、良かった。







 美咲ちゃんも笑っていた。







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(数日後)



「あれ?! 何これ! え?! ちょっと会長! これ見てください!」


 私は書記である桃山 遥香に呼び止められた。

 遥香は床に落ちている紙片を拾い上げて、私に見せる。

 どうやらプリクラのようだ。


 見てみると、そこには慎ちゃんと美咲ちゃんが二人で写っていた。

 普通なら嫉妬で狂うところだろう。

 今回も後から嫉妬それはくると思う。

 けど、その前に来たのは『爆笑』であった。


「ぷっ! くっ、あはははははははははっ! 何これ! あはははははっ! なんで2人して変顔してんの!」


 私に釣られて、堪えていた遥香も笑い出す。


 生徒会室はいつも笑いが絶えない。

 それは最強の笑わせ師が2人もいるからだ。





 この生徒会の変顔はヤバい!




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