第3話 コスプレ

「だからぁ、この等速運動をしている点Pはとっても寂しがり屋なんです。過去に恋人に裏切られたというトラウマがあって、心に深い傷を負っているんです。ところが点Iとの運命的な出会いが――」


「――点Pの過去はいいから、答えの求め方教えてもらえるかなァ?!」


 僕は生徒会室で美咲ちゃんに数学を教わっていた。

 後輩に勉強を教わるなんて、と思うかもしれないが、美咲ちゃんはマジもんの天才である。

 本人が言うには高3までの数学など余裕らしい。

 簡単過ぎて謎のストーリーを設定してしまう程だ。


「慎ちゃんにそんなに求められるなんて……点Pの座標が羨ましい!」


 桃山が可愛らしいクマさんのハンカチを噛んで引っ張っている。

 数学の解に嫉妬するやつ初めて見たよ。


「美咲。それはちょっと違うんじゃないか?」


 ここで薫先輩が口を挟む。


「そうだそうだ! 言っちゃってくださいよ薫先輩っ!」と僕は薫先輩を煽る。


「美咲。ちゃんと点Pの性癖まで設定したか? ディテールまで拘らなければ物語に深みはでんぞ! 点PはドMということにしよう。点Mだ」


「違います、薫先輩。僕が言いたいのはそうじゃありません」


 トンチンカンな指摘をする薫先輩。

 なるほど……、と顎に指を添え、思案顔の美咲ちゃん。

 なるほど、じゃねーよ! 感心する要素皆無だろうが。



 その時、ガラリと生徒会室のドアが開いた。

 そして、会長がゆっくりとドヤ顔で、モデルさんのような歩き方で入室する。




「…………会長。なんですか、その衣装」



 会長は警察官のコスプレをしていた。

 手には黄緑色の水鉄砲を持っている。

 小学生のような見た目の会長が警察官コスプレをすると、まるでキッザ◯アの子供のようで微笑ましい。

 僕は会長の頭を撫でながら、聞いた。

 ふにゃぁっとデレデレ顔になる会長。

 すかさず3人が間に入り、子供との触れ合いタイムは即刻終了した。


 気を取り直した会長が言う。

「今日は広報用の写真を撮るよっ! コミカルでファンシーな感じがいいから、演劇部で色々借りてきたんだよ。みんなに似合いそうなの持ってきたから、みんな着てみて」



【10分後】




「じゃーん! どうかな? 慎ちゃんっ」


 薫先輩も桃山も美咲ちゃんも、それぞれ衣装に着替えて生徒会室に入ってくる。


 薫先輩は赤いチャイナドレスに身を包んでいた。

 切れ込みから太ももがチラチラ見えてエロい。エロ可愛い。

 薫先輩は性癖さえ出さなければ、女優さんばりの超美人さんなのだ。


 桃山は純白のナース衣装であった。

 手には注射器を持っている。

 桃山の優しさを体現した垂れた眉が、ナースという職業にマッチしていて、素晴らしい!

 是非看病してもらいたい。


 美咲ちゃんはメイド服を着ていた。

 アキバのエロエロメイド服ではなく、クラシカルなロングスカートのメイド服だ。

 美咲ちゃんの彫りの深い顔がリアルメイド感を醸し出し、よく似合っている。

 こんなメイド僕も欲しい。



 僕が鼻の下を伸ばして4人を眺めていると、会長が口を開く。



「慎ちゃんのも用意してあるよっ! 着替えてきてね」



【10分後】



「……………………」




「うわぁあ〜! 可愛い! 慎ちゃん」

「うん。よく似合っているな」

「慎ちゃんこっち向いて〜!」

「パシャっ……パシャパシャっ」



 ベタ褒めする4人。

 無表情で佇む僕。

 というか、美咲ちゃん。無言で写真撮りまくるの止めようか。どこから出したその一眼レフ。


 可愛い素敵カッコいい、とやたら褒められるが、僕はこの衣装に疑問を感じざるを得なかった。





 会長が改めて言う。







「慎ちゃん、本当似合ってるよぉ! そのデスギドラ!」




 そう。デスギドラなのだ。



 僕だけデスギドラなのだ。





 デスギドラとは、ジゴラという怪獣映画に出てくる敵役の三つ首の恐竜のような怪獣だ。

 会長が僕に見繕ったのは、そのデスギドラの着ぐるみであった。


「なんで僕だけコスプレではなく着ぐるみ?!」



 僕に似合うのがデスギドラって普段僕のことどう思ってんだよ!



「ぇえ? ちょー可愛いじゃん! 慎ちゃんデスギドラ!」


 会長の感性が分からん。

 ギラギラの目にギラギラの鱗。そして胸のあたりからカポっと顔だけ出して、頭の上から3本の首が伸びている。若干頭が重い。

 これに可愛い要素があるとは到底思えない。



 僕らはしばらくパシャパシャと写真撮影をした。

 が、少し撮り過ぎて飽きてきたころ。


「ちょっと寸劇でもやってみない?」


 と会長が提案する。


「いいですね! 寸劇!」

「面白そうだな」

「やりましょ、やりましょ♪」


 乗り気な3人とは逆に僕は思う。


 警官と中国人とナースとメイド、そしてデスギドラ。

 これでどうやって物語作るんだ?

 あきらかにデスギドラ場違いだろ。



 僕の心配を他所に会長が「はいはーい」と挙手し、設定を提案する。



「じゃあこうしよう。新人天才美人刑事の西条 智美は、相棒のデスギドラと共に、犯罪組織『ナース メイド イン チャイナ』を追う!」


「相棒がデスギドラって世界観おかし過ぎでしょ!」


 思わず手の甲をバシッとちびっ子刑事に当て、ツッコんでしまうデスギドラたる僕。

 手の甲にむにっとおっぱいの弾力が返り、デスギドラは幸せに包まれる。

 会長、ちびっ子のくせに胸は結構あるのだ。


「待ってください! 会長!」


 美咲ちゃんも流石にこの設定はおかしいと思ったのか、物申す。言う時は言う子なのだ、この子は。


「そのメイドは"made"、つまり作るって意味のメイドに聞こえるじゃないですか! 中国で作られた看護師って意味になっちゃいます! 私は"maid"の方です! 女中の方です!」


 美咲ちゃんが、無駄に英語だけ発音良く発声して、抗議する。

 抗議するとこ、そこ?


 すると、桃山が勝手に設定の続きを語り出す。


「しかし、デスギドラは刑事でありながら、敵幹部のナース 桃山 遥香に恋をしてしまう。そして、なんやかんやあってクライマックス! 2人は甘い口付けをかわす」


 桃山はデスギドラの三つ首の一つを抱き寄せ、本当にキスする。デスギドラの首が曲がってはいけない方向に曲がっているが、お構いなしで熱い口付けをかわしている。


 僕がドン引きしていると、薫先輩が感嘆の声をあげる。


「そうか! 慎一とお手軽にキスできるようにこの衣装を選んだのか! 考えたな智美!」


 薫先輩が解説しつつ会長を褒める。

 本当にそんな理由で選んでいるとした、とんでもないおバカである。


 薫先輩と美咲ちゃんもそれぞれ1本ずつ首を抱き、ちゅーちゅーする。


 引き攣り顔で佇むデスギドラと、それを貪る中国人、ナース、そしてメイド。



 どういう状況だコレ。



 僕が途方にくれていると、会長刑事がガラガラと椅子を持ってきて、僕の前に置く。


 そして、会長は椅子に上履きのまま乗っかると、




「じゃあ私はこっちぃ〜♪ 」




 流石にキスはまずいと思ったのか、それとも顔の位置が高すぎて合わなかったのか、キスは来なかった。

 が、代わりに胸がきた。


 会長の胸を顔に押し付けられ、そのまま会長にぎゅ〜っと頭を抱えられる。


 めっちゃいい匂いがするぅ〜。

 そして柔らけぇ〜。


 警察官コスプレの青いシャツの上からでも確かに感じるこの弾力、この温かみ。そして、微かに香る甘い女子の匂い。

 デスギドラの子ギドラがスタンドアップする。



「はぁ?! ちょ! 何やってんですか! 慎ちゃん先輩から離れてください!」

「智美! お前! 抜け駆けは許さんぞ!」

「会長! レッドカード! 退場です! 一発退場です! 次の試合も出場停止です!」


 例の如く、会長は3人に担がれ、ドナドナされていく。


「いやァァァアアアア! 助けてデスギドラぁぁぁあああああ!」


 会長の断末魔が響く。



「…………さて。帰るか」



 僕は着替えるのを忘れて帰ってしまい、家では母と姉に可愛い可愛いと写真を撮られまくり、おまけに『可愛すぎるデスギドラ現る』と翌日の学校新聞の一面を飾る事態になってしまうのであった。

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