男女比1:20の異世界。意外に馴染めてると思っていたら、この生徒会がヤバすぎる！

第2話 慎ちゃんが誰かれかまわず、女子に優しくし過ぎ問題

「慎ちゃん。数学のプリントもう終わってるかな？」

　教室で生徒会書記の桃山に話しかけられる。

　桃山と僕は同じクラスなのだ。

　この学校では、女子から男子に告白してはいけないという暗黙の了解があり、それが派生して男子に軽々しく話しかけてはいけないと解釈する女子も少なくない。

　別にそんなルールはないのだが、当初僕が想像していたような、砂糖に群がるアリ状態にはならなかった。

　そのため、気軽に話しかけてくれる桃山は僕にとっては癒しの存在であった。

「うん。回収ご苦労さん」

「これも委員長の仕事だから」

　にっこりとエクボを作って笑う桃山。

　桃山は生徒会書記以外にもクラス委員長も務めており、非常にまとめ上手で、リーダーシップが抜きん出た人材である。

　プリントを渡すと桃山は「ありがと」と一言礼を述べ、他の生徒のプリントを回収しに行った。

　直後、いきなり何者かに肩を組まれる。

　僕はそれが誰か、瞬時に察した。

　こんなことをするのはコイツしかいない。

「いよぅ、慎ちゃん！　相変わらず高齢の猫みたいな目しちゃって、まぁ」

「こら！　拓也！　やめろ！　放せ！」

　周りの女子がざわざわし、こちらをガン見してくる。パシャっと誰かが写メを撮る。拓也がイケメンだからだろう。

　コイツは根岸　拓也（ねぎし　たくや）。ウザ絡みを得意とする僕の友人である。

　コイツをウザイと思わなかった日は多分片手で数えられるくらいしかないと思う。

　拓也は男女比１:２０のこの世界で、イケメンで、かつコミュ力モンスターときた。

　とんでもないチート野郎である。

　代わって欲しいくらいだ。

　ちなみに超美人の年上彼女がいるリア充野郎でもある。

「いちいち肩組むやめろよ！　鬱陶しいなぁ！」

「なんだよ、慎ちゃん。つれないな〜。周りの女子だって喜んでんじゃん」

　何人かの女子がうんうんと頷いている。

「僕がいやなんだよ！　男に抱きつかれて喜ぶ男がどこにいる！」

「なんだよ、まるで女子ならオーケーみたいな言い方だな」

「そりゃそうさ。可愛い女子なら尚良い」

　つい、元いた世界の認識で答えてしまう。

　周りからガタガタっと一斉に音がしたが、気のせいだろう。

「うそ……」

「ワンチャンあり……？」

「胸パッド増量決定」

　と、何やら漏れ聞こえるが……。

　あー、あー、聞こえない聞こえない。

　僕は悪くない。僕は悪くない。

　これでラッキースケベを頂いてもそれは不可抗力だ。

　そうだろう？

　ハッと気付くと桃山が可愛らしい微笑で、しかし、暗黒オーラを纏って、こちらを伺っていた。

　漫画の世界であったなら、僕は多分あのオーラだけで気を失ってしまうだろう。それほどの覇気だ。覇王色だ。

　僕がラッキースケベを誘発させようとしているからか？　なんて勘の鋭いやつ。

「同級の女子に抱きつかれて喜ぶなんて、お前頭イッちゃってんな」

「うるせーよ！」

　この世界では、唐突に女子に抱きつかれて喜ぶなんて、僕ぐらいかもしれない。

　元の世界で言えば、女の子が知らない男に急に抱きつかれるようなものだ。恐怖しかないだろう。

「で？」と僕は先を促す。

「んぁ？」

　拓也は全く理解しておらず、アホ面で聞き返す。

「わざわざ１０分休みに来たんだから、何か用があったんだろ？」

「あー！　そうだった、そうだった！　次、地理なんだけどさぁ、教科書忘れちゃってな。地理の北村、男子にも容赦ないだろ？　だから、慎ちゃん教科書貸してくれ！」

　北村先生、確かに怖いもんな。

　男女差別しない良い先生なのだが、男子にも容赦なく叱責するため、男子を守りたい女子からは人気がない。

「ああ。いいよ。落書きするなよ」

「小学生か、俺は！」

「お前ならやりかねないから言っている」

　女性の偉人の写真にちんこ書き足したりするやつなのだ、コイツは。

　すると、突然、横から話に入ってくる者がいた。

「き、北村マジないよね〜！　拓也くんを叱るなんて信じらんないよぉ！」

　僕の隣の席の千葉さんだ。

　クラスでは割と中心人物で、金色に染めた髪を何やら盛ってセットし、少しメイクが濃い。有り体に言えば、ギャルだ。

　話に入るタイミングを探っていたのか、若干固い。緊張を隠して無理に明るく取り繕っているようだ。

　拓也はこういうギャルによくモテる。いや、万人にモテるのだが、アプローチをかけるのは陽キャのギャルが多い、というだけのことなのだろう。

　しかし、拓也は意外にもガードが固い。

　僕とニコニコ雑談していたのが、一瞬で氷のように無表情になる。

「ふぅん、そう。……じゃ、慎ちゃん。俺行くわ。教科書さんきゅー！」

　拓也は教科書をひらひら振って、去って行ってしまった。

　千葉さんは泣きそうな顔でしゅんと俯いてしまった。

　可哀想だが、この世界ではよくあることだ。

「し、慎一くん。ごめんね。せっかくおはなししてたのに……。あたし、そんなつもりじゃなくて……」

　僕は何も言っていないのに、あたふたと弁明し始める千葉さん。別に僕は怒ってないのに。

　周りの女子も千葉さんをフォローしない。

　無謀にも男子にアプローチをかけ、敗れた者に情けをかけないのが、この学校の常識なのである。

「アイツは女子には誰にでもあんな感じだよ。あんまり気にすんな」

　千葉さんがあまりにも可哀想だったので、ポケットから飴ちゃんを出して、千葉さんの机に置いた。

　千葉さんは僕を見つめながら、はっと息を吸いながら両手で口を覆う。

　何その演劇めいたムーブ。

「慎一きゅん……」

　瞳をうるうるさせて千葉さんが言う。

　きゅんってなんだ、きゅんって。

　飴ちゃんあげただけで大袈裟なやつである。

　僕が若干引いていると、周りで見ていた女子の一人がガタッと立ち上がり、ゆっくりと拍手をし出す。

　ぱちっ……ぱちっ……ぱちっ……ぱちっ

　それに続くように、ガタガタガタっと皆が立ち上がり、パチパチパチパチと拍手しだした。

　僕は謎の状況に固まる。

　うんうんと満面の笑みで頷いている女子もいれば、人差し指で涙を拭う者もいた。

　え？！　何？！　何なの？！　何のスタンディングオベーションなの？！

　謎の拍手喝采の中、ポツンと立ち尽くす僕に千葉さんが声をかける。

「慎一くん。飴ありがとう。一生大事にするっ！」

「いや。食えよ！」

　そのシュールな光景を教室の隅で桃山がムスッとしながら眺めていた。

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　放課後の生徒会室。

　生徒会役員全員が席に着くと、今日は会長ではなく、桃山がガタッ立ち上がり、ホワイトボードの前に立つと、進行しだした。

「今日は私が議題をだします」

　会長はあらかじめ聞いていたのか、何も言わない。

　皆、一様に深刻な表情をしている。

　何？！　そんな逼迫（ひっぱく）した案件あったっけ？

　桃山はサラサラとホワイトボードに女の子らしい丸っこい字をホワイトボードを大胆に使って大きく書いていく。

　僕は書かれた字を見て、なお理解できなかった。

「今日の議題はこれです」

　バンっ！

　桃山がホワイトボードを一回手のひらで叩いてから、叫ぶ。

「慎ちゃんが誰かれかまわず、女子に優しくし過ぎ問題ぃぃ！」

　パフパフ

　どこから持ち出したのか美咲ちゃんが、パフパフ鳴らすゴム風船のついたラッパを鳴らす。

　ふざけているようで、顔は株主総会の参加者のような真剣な表情。

　ふざけるのか、真面目なのか、どっちかにしてくれないかな。

「確かに慎ちゃんは優しいよね。他の女子には」と会長が言う。

「はい。慎ちゃん先輩はとっても優しいです。他の女子には」と美咲ちゃん。

　おい。なんか含みがないか、君たちの言い方。

「だが、優しいことはいいことではないのか？」

　薫先輩の言う通りである。

　優しいことはいい事だ！

「それではここで、これをご覧いただこう」

　桃山がおもむろにDVDを取り出すと、ノートパソコンに挿入する。

　皆がパソコンの画面を覗き込む。

　映し出されたのは、先ほどの教室での一部始終であった。

　拍手喝采のシーンが異様過ぎて怖い。何かの宗教みたいだ。

　映像が終わる。

「…………おい、桃山。これ盗――」

「――これが現状である！」

　桃山が僕の追及に被せて叫ぶ。

『である！』じゃねーよ！

　ちょっと内緒で写メっちゃった❤︎　ってレベルじゃないから。定点カメラだからコレ。

　どう見ても盗撮です。

　本当にありがとうございました。

「これはひどいね」

「ああ。あの女子も可哀想に」

「はい。慎ちゃん先輩鬼畜です」

　会長たちは盗撮には一切触れない。

　そして何故か僕がボロカスにディスられている。

　何故だ。

「最初の拓也氏はまだセーフだよね。あれだけ冷たくされれば、脈なしなんだってハッキリ分かるし」

　会長が言う。

　僕にはまだ理解が追いつかない。

　どういうことだ？

「はい。それを慎ちゃん先輩ときたら、その気もないのにあんな神対応しちゃって……あーあ。あの子、もう慎ちゃん先輩以外の男を愛せない体にされちゃってますよ」

「な！　そんな訳ないだろ！　飴ちゃん程度で！」

　はぁ〜っ、と女子４人が呆れたように嘆息する。

「でも、慎一は私達には神対応なくないか？」

「「「確かにぃ〜！」」」

　会長達は僕そっちのけで理想の神対応談義に盛り上がり出す。

　もう僕抜きで女子会してくれませんかね？

　不意に会長がこちらに顔を向けて、口を開いた。

「ちょっと慎ちゃん！　試しにさ、私に優しくしてみてよっ！」

　試しに優しく、って指示が雑ぅ〜！

　優しいって何？　分からん。

　しばらく考えて、あっ、と閃く。

　僕は会長の席の後ろまで行くと、会長の肩をガッと掴んだ。

「最近母さんに肩揉みしてて、けっこう上達してきてるんですよっ！　会長、いろいろ忙しくて疲れてるでしょう？　僕がほぐしてあげますよ」

　会長の肩をくいくい揉んでいく。

　めっっっっちゃ柔らかい。赤ちゃん肌かよ！

　全然凝ってる感じがしないが、何故か首から耳にかけて真っ赤だ。

　肩揉みで血行が良くなってるのか？　ふふふ。見たか！　僕の実力！

「ふぁっ……ぁぁあああっ！　んぁあああっ！」

　やらしい声だすのやめてもらえます？　肩揉みしてるだけなんだが。

　ついには会長は机に突っ伏し、撃沈した。

「つ、次私！　私です、先輩！　優しくしてください！」

「お、おう」

　美咲ちゃんが鼻息荒く、前のめり気味に手を挙げる。

　同じ肩揉みだと、芸がないか。

　優しくか……優しく……優しく……。

　考えても何も浮かばなかったので、とりあえず頭を撫でておいた。

「ふぁ……ふぁああああ〜！」

　顔を真っ赤にしてテレテレする美咲ちゃん。

　可愛い。

　美咲ちゃんはニヤニヤした表情で、妄想の世界へ旅立った。

「わ、私は！？　私にも優しくしてくれ！」

　もはやキャラが崩れている。クールビューティーが言うセリフじゃない。

　よし、薫先輩には足ツボマッサージだ！　肩揉みよりもガチめに習得しているので、効果抜群のはずだ！

　僕は薫先輩の上履きをガバッと脱がすと、紺色のスクールソックスの上から親指でググっと指圧した。

「ああああああああああっ！　痛いぃぃ！　痛ぁぁあああい！　でもそれがイイぃぃぃいい❤︎」

　痛そうに顔を歪めながら、同時に顔を上気させ、恍惚の表情をする薫先輩。

　薫先輩は尊敬すべき先輩である。普段は仕事ができ、本当にカッコいいし、美しい先輩だ。

　だが、これだけは言わせてくれ。

　ドM乙

「一片の悔いなし……！」

　ガクっと薫先輩が椅子の背もたれにのけぞったまま、撃沈した。

「わ！　私は？！」

　期待に満ちた目で桃山が僕を見る。

　目がキラキラしている。

　あの足ツボマッサージ見た後でよくそんな目できるな。

　僕は特に思いつかなかったので、とりあえずいつもの感謝でも伝えようと思い立った。

　僕は美咲ちゃんの時と同じく、桃山の頭を撫でる。

　ふにゃふにゃした顔をする桃山。

　そして僕は桃山の目を見て言った。

「桃山、いつもありがとう。桃山の頑張りにいつも助けられてるよ。なんだかんだ桃山が一番（僕たちのクラスにとって）大切な存在なんだって思うよ」

　僕は思っていることをそのまま言った。

　台本もなく、思ったままに言ったので、言葉足らずかもしれないが、僕たち２－Dの代表としてハッキリと感謝を告げた。伝わってるといいな。

「あ…………ぇ……ぁ……」

　桃山は何故か混乱したように瞳をあちらこちらに彷徨わせて、顔を真っ赤に染めた。

　なんだ、意外に恥ずかしがり屋なのか？　可愛いな。

　しばらく混乱した後、桃山も机に撃沈した。

　結局、僕はまた一人ぼっちになるのだ。

　皆がいつ夢の世界から帰るのか不明なので、僕は皆を残して先に帰宅するのであった。