第二十一話 殺戮の洞窟
翌朝。
いつもより少し早めに目が覚めた俺は、アリサをベッドに残して服を着て、家の庭に出た。
さっそく、昨日エリカに教わった演武を行おうと呼吸を整え、全身の気の巡りを確認する。コンピュータの推測によれば、本来なら大なり小なり誰しもが持っているはずの魔力が俺の身体に魔力が無いのは、俺がこの世界の生まれではないからではないか、とのことだ。
その一方で気に関しては、生命の根源にあるエネルギーを具現化したものであり、俺の体に流れていても何ら不思議ではないという。そして、その量が人よりも、下手をすれば純血のイズニフであるエリカよりも多いのは、機械化されたことにより体内エネルギーの流れがスムーズであること、また体内に蓄えているエネルギーが気と性質が似ているため相互作用しているのではないか、との事だった。
実際に気をエネルギーとして変換することも、その逆も現状の回路で問題なくできるようで、さらに気のコントロールを覚えた現状では、その応用で部分的にエネルギーを集中させて強化することなども可能らしい。
そうした体内エネルギーのバランスを気という形で俺が把握しやすくなったことは、自分の身体を知る上でも大いに役立つだろう。
さて演武である。
体内の気の巡りにも意識を傾けながら動くことで、技の修行と同時に気のコントロールの修行にもなると教わった。まずはそこに気を付けながら、一通りの演武を行ってみる。
一回おおよそ六分弱の演武であるが、ここに詰まっている基礎修業は非常に多い。
足の運び方や身体のバランスのとり方といった初歩の初歩を一から学び、反復することで確実に身に付けてゆける。これは今まで我流で戦ってきた俺にとっては、自分の格闘術を一からリセットして見直すにはベストの方法だと感じている。
これまでの戦い方を捨てて一から学べと言われても、それはそう簡単にできるものではない。だからこそ、そういうことを意識せずに一から上書きできるこの演武という修業は、今の俺にとってはもってこいの修行方法といえた。
もちろん、これまでの戦いによって得た経験則もあるが、それはどちらかといえばコンピュータが蓄積しているもので、戦い方を変えていけば、それに対して自動的に最適化してくれるはずだ。
何度目かの演武を終えたところで、庭のベンチにアリサが座っているのに気が付いた。
「おはよう、ごめん、気付かなくて」
アリサにそう言うと、彼女は
「おはよ。それだけ集中してたってことでしょ?気にしないの」
と笑顔で返してくれた。
「朝ごはん、できてるわよ」
そう言って、アリサは俺の手を握った。
家に入ると、すでにシュニィがテーブルについて俺たちを待っていた。
「おはよう、シュニィ」
「おはようございます」
互いに朝の挨拶をして、俺もテーブルに着く。
「じゃ、食べよっか。いただきます」
アリサに倣い、俺も手を合わせていただきます、と呟き、食事にありついた。
その後オブグラッド寺院に戻ると、俺たちはオンノブ師の案内で、オブグラッド寺院の最高部にある小さな祠へと案内された。祠は古い石積みの小さな建物で、その中には小さな御神体を祀る祭壇があり、祭壇の横を通るとその奥には地下へと通じる階段があった。
「この祠の階段が、本来は地下迷宮への入り口となっているのですが、残念ながら今は階段の突き当りの扉が封印されています」
「つまり、ここからは入れない、ということですか?」
俺の問いに、オンノブ師はええ、と頷く。
「先日黒尽くめの怪しい人影――レーヴェウス本人とのことですが、それを目撃した後、ここの封印が気になりまして。私が直接確認しましたが、封印は破られておりませんでした」
「ちなみに、ここの封印を破る方法はご存じですか?」
俺の更なる質問にも、オンノブ師は答えてくれた。
「はい、存じ上げております。この小さな祭壇に、双子のイズニフの頭を捧げることです。それを捧げたのち、解封術師による詠唱によって扉が開く仕組みとなっております」
解封術師――聞きなれない言葉だが……俺は何気にシュニィの方を見ると、何か感づいてくれたのか、こくりと頷いた。
「その解封術師、もしやグラヴィス師という方では?」
気になり、俺はそう尋ねる。
親父さんがその行方を追っていた老魔術師。そして合点がいった。レーヴェウスが連れている鎖でつながれた老魔術師というのがそのグラヴィス師なのだ、と。
「私もレーヴェウスに犯された際に――その名を聞きました。あの鎖でつながれていた老魔術師が、まさしくその名で呼ばれていました」
シュニィが俺の後を続けるように、そして少しばかり表情を曇らせて言った。するとオンノブ師が頷きながら答える。
「ええ、そうです。代々その弟子によって、魔王を封印する場所の解封術は口伝されています」
「口伝なんですか!?」
アリサが驚いたように聞き、続ける。
「ということは、レーヴェウスの手からそのグラヴィス師も取り戻さないと、後世に伝承できないということに……」
「そうなりますな。それもあってスタンフラー氏はレーヴェウスの後を追っています」
なるほど、親父さんの行動目的はそこか。そして何らかの方法でグラヴィス師を取り返すことができれば、他の魔王の封印を解くための時間を稼げる、ということも考えているのではなかろうか。
「さて、ここが破られていないとしても、実はもう一カ所、迷宮に降りる方法があるのです」
オンノブ師は続ける。
「この祠の向こうの壁を越えて、さらに山を登るとゴーツの住む洞窟があります。元々その洞窟は、迷宮への予備の入り口として別の方法で封じられていたのですが、いつの間にかその洞窟がゴーツの巣とされてしまいました」
「では今回はそちら側の封印が破られて侵入されたのではないか、と?」
俺の問いに、オンノブ師は頷いた。
「その封印方法とは?」
「それが、不思議なのです。ここから遥か西にあるユニモデイル島という場所に、アルマダという集落があります。そこに住む部族の神殿に、ここに封じられている二体の双子の魔王のもう半身ずつが封印されているのですが……双子の魔王のどちらかがどちらかの迷宮で復活すると、呼応して封印が解かれる、とされています」
「まさか……!」
ハッとして、俺はアリサとシュニィに目をやる。やはり二人とも驚きの色を隠せていない。
「既にそのユニモデイル島で、双子の片割れが復活しているかも知れない、ということですか?」
「ええ、その可能性は高いか、と。それも、多分つい最近のことなのだと思います。それこそ、そのレーヴェウスがここを訪れた時にはすでに……」
「何か確証はあるのですか?」
シュニィがそう尋ねた。
「恐らくは。というのも、その占拠された洞窟のゴーツは、皆殺しにされていたのです」
つまりは、そのゴーツたちを皆殺しにし、レーヴェウスはすでにこの洞窟から地下迷宮に潜り、その目的を果たしているということになる。そして、ここに入れたということはつまり、もう一方の双子の魔王も復活している、ということに他ならない。
「ですが、その封印が破られている現場までは確認しておりますか?」
シュニィは追及を続ける。
「いえ、さすがに奥までは――」
オンノブ師はそう言って目を伏せた。
「いや、まあどのみちそこに行くしかないんだから、そこは俺たちで確認しよう。もしかしたらまた違う可能性だってあるわけだし」
俺はそう言ってシュニィに目を向けて頷いた。
その後、壁に取り付けられた扉を抜け、俺たちは三十分ほど山道を登った。するとオンノブ師が、
「こちらです」
と道から外れた獣道らしきものを指し、俺たちを先導する。
それから程なくして、
入り口周辺には、すでにかなり腐敗しているゴーツの死体が何体も転がっていた。
「これは酷いな……」
その腐敗している死体の有様に、俺は思わずつぶやいた。
「では、私は先に寺院に戻っております。お三方とも、お気をつけて」
オンノブ師が俺たちにそう言って頭を下げる。
「こちらこそ、こんな場所まで案内して下さって、ありがとうございます」
アリサが明るい声でそう礼を言った。それに続けて、俺とシュニィも頭を下げた。
さて、洞窟である。かつては松明か何かで照らされていたのだろう洞窟の中は、今は暗い。
アリサが杖に明かりを灯した。俺も改造態に変身する。
中に入ると、腐敗臭がより酷く感じられた。一体どれだけの死体が転がっているのだろうかと想像するだけで、うんざりしてくる。
やはり洞窟内の至る所にゴーツの死体が転がっていた。オスもメスも、子供も容赦なくすべてが殺されている。剣とおぼしき武器で殺されたもの、魔術か何かで焼き殺されたもの。そのどれもが、迷いのない一撃で殺されていた。
ゴーツが生活空間として使っていただけあってか、洞窟自体は広い通路と部屋が連なっている印象だ。所々で分かれ道があったが、そのどれもが部屋で行き止まりとなっていた。
最奥まで続く通路を進むと、やがて明らかに人の手が入ったと思われる部屋に出た。その部屋の最奥には、無惨にも爆破か何かで破壊され、一部が熱で溶かされたような捻じ曲がった金属の扉があった。
「とても封印を解いて入ったなんて状態じゃないわね」
半ば呆れたようにアリサは言う。
「どうみても力技にしかみえないな。レーヴェウスならこのくらいやりかねないか」
俺はかつてレーヴェウスと戦った時の、火柱の立ち上る熱戦を思い出していた。
「でもさ、ということは双子の魔王のもう片割れはまた復活していない可能性も高まったんじゃない?」
アリサの言葉に、俺は少しばかり安堵した。
「そうですね、封印が解かれたのではなく無理矢理こじ開けられたということは、片方はまだ封印されたまま、と考えていいでしょうね」
シュニィも同意する。
「とりあえず、奥に行ってみよう」
俺はねじくれた鉄の扉の無理矢理こじ開けられた隙間をくぐって、さらに奥に進む。アリサとシュニィは隙間を難なく抜けてきた。
扉の奥は、ひたすらに下へと向かう階段だった。粗雑に切り出された石で組み上げられている。足音がカツン、カツンと奥まで響き渡る。相当に深いようだ。
それまで周囲を包んでいた腐敗臭はなくなり、そのかわりにひんやりと肌を冷やすピリピリとした空気が纏わりついてくる。
「かなり深いわね」
そう呟いたアリサの声が幾重にも反響して聞こえてくる。
そうして十分ほど階段を下ると、ようやく部屋らしき場所へと辿り着いた。これまでの階段と同様、あまり綺麗とは言えない状態の石で組み上げられた、小さな部屋だった。
その奥には、冷たそうな鉄の扉が見えた。
今のところ、センサーに特に何かの反応はない。
「特に敵の反応はないようだ。奥に進もう」
俺はそう二人に告げると、扉を開き、その奥へと足を進めた。
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