第十八話 小さな師匠(一)
結局シュニィの解呪が失敗し、その場はお開きとなった。
魔王の封印されている地下迷宮の探索は明日にすることとなった。
その後、アリサは書庫の管理者でもあるオンノブ師の許可を得て、寺院の書庫の、中でも魔術に関する書物の閲覧をさせてもらうこととなった。
一方シュニィは、エリカに見せられた祈祷に大きく感銘を受け、オンノブ師からエカール百八神の教えを少しばかり学ばせてもらうことにした。
そして、残る俺はというと――。
「では、特訓の間はあたしを師匠、と呼んでくださいね」
俺の目の前で、エリカはそう言ってのけた。エリカが俺と遊んでほしい、といったのは、この特訓ごっこに付き合え、ということらしい。オンノブ師は意味ありげに俺を見て笑っていたが、詳しい事は何一つ言わない。
それは目の前のエリカも一緒だった。だが、どうにも何かを企んでいるらしいことは伺い知れた。
「ヒュージは素質があるの。あたしは一目見てピーンときたわ。だから、あたしはヒュージをお弟子に取ることにしたの」
「素質?」
一体何の素質だ?遊びの素質か?
「ヒュージ、右手を出して」
言われ、俺ははい、と右手を差し出した。
「ダメよ、はい師匠!って言わないと」
「はい、師匠」
すると、エリカは俺の手のひらに、その小さな紅葉のような手のひらを乗せてきた。
「いくわよ」
次の瞬間、俺の右手のひらにいきなりエネルギーのようなものが注がれた。これはまるで、先程エリカが解呪の際に発した気合の衝撃のそれと似ている。
「感じ取って。それが感じられたら、それを全身に隅々まで行き渡らせて」
全身に隅々……?
俺は右手からじわじわとそのエネルギーのようなものを身体の方へと動かしてみる。すると、想像していたよりもスムーズにそのエネルギーが体の中を自由に動くのが感じられた。そして言われた通り、左手にも、両の脚にも、そして頭にもそれを巡らせる。
「うわぁ、やっぱり才能あるわ!じゃあ次は、全身に行き渡らせたまま、その状態を……そうね、五分くらい維持してみて」
「はい、師匠」
そう応えて、俺は視覚情報にタイマーを表示させた。
そして体のエネルギーを維持させたまま考える。
これは一体何の遊びなんだ?エリカから渡されたエネルギーを、身体の中でこねくり回したり維持したり。そもそもこのエネルギーは何なのだろうか?
「師匠、このエネルギーは何なんですか?」
「お話してると維持できなく……うそ、安定してる!」
別段これを維持するのに、特別に集中を要するわけでもない。
「ヒュージって特別なのね。わかったわ、これは『気』よ。人間なら誰でも持っているもの。生命力の流れ」
気……?気功や気合の気?
「そして人間には、この気の流れを司る八つの気門があるの。今のヒュージの気門は、さっきあたしが気を流し込んだ時に強引にこじ開けたわ。この状態を気門開放と呼ぶの」
機械の身体の俺が、気を操るだって?そりゃいったいどういう冗談だ?
「ヒュージの身体は、ものすごく気を通しやすくできてるみたい。気門の開閉もすぐ覚えられるわよ」
「師匠、この気を使えるようになると、どうなるんですか?」
するとエリカは楽しそうに微笑んだ。
「それはこれからのお楽しみ」
そして、俺のタイマーが五分を告げた。
「師匠、五分経ちました」
「うわぁ、まったく減ってないわね、すごぉい!」
エリカはものすごく楽しそうに笑っている。
「じゃあ次は、気門を意識してもらうわよ。まず両手首と両足首の四つ。それと、上からおでこ、喉、みぞおち、おへそ。ここに気を開け閉めする入り口みたいなものがあると思って」
言われた場所を一か所ずつ意識する。試しに左手首を閉じるように意識してみると、左手の気が少なくなってゆく。逆に開くことを意識すると、先程までと同じように気が流れ込む。一通り、八門に同じことを試みた。
「師匠、できました」
「うん、見えてるわ」
気って見えるんだ……。
すると、いきなり視覚情報に文字が飛び込んできた。
『体内に新たなるエネルギー源の流れを感知、以降これを【気】と設定します』
コンピュータが認識しただと?試しにコンピュータに質問をぶつけてみた。
(自分以外の人間の気の流れを感知することは可能か?)
『目の前の少女で観測しました。可能です』
(モニタリングできるか?)
『表示します』
すると、エリカの体内を滑らかに循環する気の流れが確認できた。この少女、意識することなく常に気の循環を行っているようだ。しかも、気門解放していないにもかかわらず、かなりの量をコントロールしている。
(わかった、モニタリング解除してくれ)
『了解しました』
「じゃ、次は自分で気を出してみる訓練よ。一回全部気門を閉じて」
言われ、俺はエリカの指示に従う。と、身体を流れる気の量がゼロになった。
「気門を閉じたままで、身体から少しずつ気を感じ取ってみて。一度感触を覚えてるからできるはずよ」
俺は自分の体内の隅々を意識する。すると、指先やつま先、頭の芯、下腹部、心臓――至る所から小さな気の塊が感じられる。それは次第に大きさを変えて広がって行き、やがて全身くまなく気が満ちた。気門を解放せずとも、身体をこれだけの気が巡っているということか。
「すごいわね、ちょっと言葉でおしえるだけでここまでできる人、初めてだわ」
「もしかして師匠ってすごい人なんですか?」
「そうよ、こう見えても私も老師なんだから。まだ五歳だから先生はできないけどね」
いや充分先生やってるよ!今まで気なんて一度も意識した事の無かった俺が、すでにここまで気を操れるようになっているのだ。
「じゃ、お楽しみその一。その状態で気門開放して、気を一気に高めてみて!」
ものすごく楽しそうにエリカは言った。
ではさっそく、気門開放――。
ドン、という衝撃が俺を中心に発生した。それこそ、先程エリカが解呪の際にやってみせたのと同等の衝撃だ。体中を駆け巡る気の量が凄まじい事になっている。
「師匠、こ、これって……!?」
「これがヒュージの気よ!すっごい、あたしとおんなじくらいよ!」
純血のイズニフと同等の……気?なぜ俺の体にこんなものが流れているのだ?しかも俺は機械の身体だぞ!?
「でもまだね。ヒュージ、何か隠してる事あるでしょ。それも見せて?」
まさか……変身の事を言っているのか?だがここで隠し立てしても意味はない。
「師匠、驚かないでくださいね。――変身!」
瞬間、俺の身体が改造態に変わった……と同時に、気の量がさらに増してゆく。
「うわぁ、おっきいカエルさんだ!」
こういうところは年相応にかわいらしい表現をする。これが本来のエリカの性格なんだろう、と思う。
そこへ、シュニィを伴ってオンノブ師が姿を見せた。
「あまりにも大きな気に何ごとかと思ったら……まさか、ここまでとは。しかもそのお姿。エリカはそこまで見抜いてたんですか!?」
オンノブ師の言葉に、エリカはエヘヘヘ、とはにかんで見せた。
「ヒュージさん、これって……!?」
シュニィも驚いた表情で俺に尋ねてくる。
「いやね、最初はエリカちゃんの遊び相手なのかと思ったら、本当に修行だったんだよ。気の」
「気……ですか!?
「そ、そうなんですか?」
思わず、俺はオンノブ師とエリカにそう尋ねた。
すると、エリカは迷わずうんうんと頷き、オンノブ師は
「その通りです、
と、半ば呆れ顔だ。
「もうこのくらいだと、簡単な気弾くらいは飛ばせちゃうと思うわよ」
「気弾……ですか?」
格闘マンガなどでよくあるエネルギー弾みたいなものだろうか?
「ちょっと右手に少し気を集中させて……あそこの岩に、気の塊をぶつけるつもりでやってみて?」
エリカにそう言われ、物は試しとイメージを固め、手を突き出した。すると、ドン、という音と共に岩が砕け散った。
「え?」
さすがに驚くしかない。
「粉々……ですね」
と、突然視覚情報に警告が表示された。
『気の流入量の限界突破まであと二%。気門閉鎖を推奨します』
慌てて、俺は気門を閉じた。
「あれあれ?どうしちゃったのヒュージ?」
エリカに問われ、俺は説明する。
「どうにも俺の身体には気の限界量があるようで、気門開放し続けると限界突破して身体に悪影響が出るみたいなんです」
その言葉にさすがに驚いたのか、エリカは
「気の暴走が起きるレベルなのね……抑え方も修行しないとダメかも。いいわ、教えてあげる」
エリカのその言葉を聞き、オンノブ師とシュニィはそれではまた後ほど、とその場を後にした。
さて、修行の続きである。
「そう言う時は、まずは自分の気のちょうどいい量を覚えるのが一番いいのよ」
「ちょうどいい量、ですか。ちょっとお待ちください」
(コンピュータ、俺の気の限界量と、気の減衰率、増加率を計算して、最適値を出してくれ)
『八十二%です』
(気の流れをモニタリングして、特に指示がない限りはその数値を維持してくれ)
『了解しました』
(ちなみに限界量で活動した場合、どのくらいの時間維持できる?)
『約一分です』
つまりは、気の量を八十二%にしておけば暴走することはなく、限界まで引き上げた場合は約一分戦える、ということだ。
「師匠、もう大丈夫です」
「え?大丈夫って……どういうこと?」
そこで俺は、エリカにもわかりやすいように俺の体の仕組みと、俺がどういう存在なのかを説明した。
「改造……人間っていうんだ」
今のこの世界、この時代には当然あり得ない存在だ。人体の大半を機械に置き換え、頭の中には最新鋭のコンピュータ技術まで搭載している。本来ならばできないであろう肉体の細かな管理もコンピュータに任せられ、普通の人間をはるかに超える能力も持っているのだ。
(ところでコンピュータ、俺の体に気が流入することによる俺に身体能力の向上はどのくらいになる?)
『気門閉鎖時で通常の一割増し、気門開放時の八十二%維持で通常の五割増し、限界量で通常の倍程度です』
これもエリカのおかげだ。
「師匠、ありがとうございます」
俺が頭を下げると、エリカは
「あたしは気のきっかけを作ってあげただけよ。それに修行は始まったばかりよ、次は技を教えるわ」
と、さらに嬉しそうににっこりと笑った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます