第十五話 シネッサ聖女修道院 地下
カッツエルの封印後、俺たちは念のためを考え、修道院の地下へと足を踏み入れた。
その悪魔を召喚した魔王がいなくなれば、手下は大概地獄に帰って行くらしいのだが、稀にそれを逃れ残留する者もいる。そういった例外を排除するための確認作業のようなものだった。
カッツエルを封じていた地下迷宮は、三層に及ぶ規模のものだった。
呼び出した悪魔が群れていたと思われる第一階層、力を蓄えるために使われていたと思われる第二階層、そしてカッツエルの肉体を封じていたと思われる第三階層。
辿り着いた第三階層はさほど広くなく、入り口に当たるホールから前室を経て封印の間と思しき部屋へと繋がっていた。
封印の間には全長七メートル近くの寝台のようなものがあり、どうやらそこに、あの四本腕の身体が寝せられていたようだった。
寝台の奥には、何かの紋章が描かれている石板があり、その紋章はうっすらと赤い光を発していた。そういえば、レーヴェウスが最初にいた部屋にも、同じような石板があった。
「アリサ、この石板の紋章って何かわかるかい?」
「これは苦悩の紋章ね。ここが苦悩の乙女を封じていた印じゃないかしら?」
なるほど。ということは、レーヴェウスのところにあったものは恐怖の紋章だったということか。
俺は封印の間をくまなく探った。するとセンサーが反応し、何やら視覚情報に赤いラインで囲まれた部分を表示した。
「何かあるみたいだ」
俺は慎重にその壁に近づいた。
そのラインの右側に、小さく囲まれた別の赤いラインがあった。俺はその部分を手で触れた。すると、大きく囲まれた方の壁がゆっくりと引っ込み、そこに何かがせり上がってきた。宝箱だった。
「お宝発見ね。何か珍しいものがあればいいけど」
アリサの表情がぱあっと明るくなっていた。
「箱に罠は無さそうだ。じゃ、開けるよ」
ギィ、と音を立て、箱が開いた。
中には硬貨類はなく、宝石や宝飾品といった小物が中心だった。しかし、その大半に魔力の反応が認められた。その中に一点、とても強力な光を発する物があった。
俺は思わずそれを手に取った。
見た目はそれほど高価そうでもない金属っぽい何かで、いわゆるソケットの規格に準じたものだ。だが特徴的なのは、そこに彫られた文字だった。『軍』の字を横に寝かせたような文字だった。
「アリサ、これは――」
「わっ、ルーンストーンじゃない!」
アリサの顔がより一層輝いた。目がものすごくキラキラして眩しい。こういう学者肌な部分で喜びを見せるアリサの表情もかわいい。
っと、ルーンストーンといったか。確か組み合わせて一つの言葉を作り出すことができれば強力なアイテムとなるとかいう――。
「あとでうちに帰ったらルーンストーンの魔導書で調べてみましょ。凄いのだといいわね」
他にもソケット規格の宝石が数個あった。詳細は後ほどアリサに鑑定してもらってからだ。
「あら、ペアリングがあるわね」
そう言ってアリサは一組のペアリングをつまみ取った。
俺は何気に左手薬指の指輪に目を向けた。そしてアリサの手の同じ位置の指輪と交互に見やる。俺たちの婚約指輪だ。
「ところでヒュージの元の世界には、右手薬指には何か約束事ってあるの?」
「恋人同士がペアリングをつけることが多いかな。左手は婚約や結婚、右手はもう少し軽い意味合いかな」
俺がそう言うと、アリサは満足そうに頷いた。
「じゃあこの指輪、もしいい効果だったらおそろいでつけようよ」
「そうだね」
俺がそう応えると、アリサはさっそく鑑定の詠唱を始めた。
ふむふむ、とアリサが頷いている。
「これ、私たちにちょうどいいわね。念話の指輪よ」
「念……話?」
「そう、つけている人同士で、念じるだけで会話ができるの。少しくらい離れていても通じるわよ」
「ああ、テレパシー!」
俺がそう言うと、アリサは不思議そうに首をかしげた。
「ああ、ごめんごめん。俺の元いた世界では、そういう能力を超能力といって、その、念話?のことをテレパシーと呼んでいたんだ」
俺の説明にアリサは納得がいったようだった。
念話の指輪もやはり大小あり、アリサは俺に小さい方を渡してきて、さっそく右手を差し出した。俺はその薬指に、指輪をそっと嵌めた。そして次にアリサは俺の右手を取ると、同じように俺の薬指に指輪を嵌める。
『どうですかー、きこえますかヒュージくーん』
さっそくアリサの念話が頭に飛び込んできた。
『聞こえてますよアリサお姉さーん』
すると、アリサは嬉しそうにうふふ、と笑みを浮かべた。
だからどうしてこの人はやることなすことかわいいんだ。
「そういえば、さっきカッツエルと戦ってた時に私を侮辱したとかって言ってたけど、あれって何だったの?」
そうだ、あとで話す、といってその件はそのままだった。
「あのたった数秒の中で、俺はカッツエルの精神世界に取り込まれたんだ。その中で、俺はカッツエルの言葉に苦しみ、悩まされた。あの小娘はシュニィを蔑み、俺を罵り、挙句の果てにきみを侮辱した」
「何て言ってたの?私の事」
「何の悩みも無いつまらない女だって。侮辱にもほどが――」
「私、悩みなんて無いわよ?」
あっけらかんとした顔でアリサはそう言った。
「色んなこと、うじうじ悩んでも前になんか進めないから、悩みなんて投げ捨ててるわよ、私」
「それって悩みが無いんじゃなくて、悩まないんじゃないかな?」
「それって何か違いある?」
そう問われると少し自信がない。アリサの言うように同じかもしれない、とも思う。
「でも、アリサがつまらないってのは侮辱だよ。一緒にいてこれほど楽しい相手はいないよ」
「私も退屈させない自信はあるわよ」
そう言ってアリサは自信満々ににっこりと笑った。
宝箱の中身を魔法空間のバッグにしまい、俺たちは地上へと戻ることにした。
その途中、地下一階の隠し階段の間の中央にある血痕に、俺は何か痛々しさを感じずにはいられなかった。
ここでシュニィはレーヴェウスに犯されたのだろう。そして聖女を穢した結果、この血によって封印が破られ、カッツエルは肉体を得て復活した。これを穢れた血と呼ぶことは、シュニィに対する侮辱だ。
俺はおもむろにゲッコー丸を抜刀し、『浄炎』をその血痕に灯した。穢れなどではない、聖なる者の血だ。
浄炎によって、血痕は跡形もなく消えた。すると、突如部屋の中央から赤い光が走り、それはやがて壁に達すると、壁中にその光が巡った。そうしてゴゴゴッという音と共に壁が動き出し、やがてぽっかりと開いていた隠し階段が封じられた。
「シュニィは穢れてなんかいない」
俺がぽつりと呟くと、アリサもそうね、と言った。
その夜、俺たちはシネッサ
キャンプは明日から撤収を開始することになるだろう、とモリアは言った。
その後、俺たちのいない間のシュニィの様子を聞くと、特に問題なく一日を過ごしていたと報告を受けた。
姉妹団の修道女に伴われてシュニィがモリアのテントへやってくると、彼女は俺たちにねぎらいの言葉をかけてくれた。
「カッツエルの討伐、ありがとうございました」
色々と思うことがあったのだろう、シュニィはそう言うと少し安心したような顔を見せた。
「さて、俺たちも今後の予定を決めないと」
俺がそう言うと、シュニィは明日一日だけ時間が欲しい、と言ってきた。修道院に戻り、旅の支度をさせて欲しい、との事だった。もちろん断る理由は無い。シュニィも自分本来の聖女の服を着たいだろうし、他にも旅に備えて持っていきたいものはいくつかあるだろう。
とはいえ、夜は今まで通り俺たちの家で過ごすことに変わりはないので、あまり大袈裟な旅支度は必要ない、とだけ伝えた。
俺たちの家も、少し模様替えが必要だ。
今後もシュニィが共に過ごすなら、ベッドの入れ替えが必要だ。寝室をシュニィ用の客間にし、寝室にあったダブルベッドをアリサの作業部屋のベッドと取り換える必要もある。
それと、シュニィ用に馬をもう一頭準備する必要がある。
幸い、シュニィは今までの経験上乗馬の心得はあるとのことなので、そこら辺の不安要素はない。
「ヒュージ、しばらくは両手に花状態よ、嬉しいでしょ」
アリサがそう言ってからかってくる。いやいや、あなたがそれを言ってどうするんですかアリサお姉さん。しかも笑い方が意味深ですよ……。
その翌日、おやじさんへ向けてアリサが使い魔を飛ばした。アリサが使っているのは、家の近くにある森にすむフクロウで、必要な時だけ呼び出しているそうだ。
文面の内容はもちろん修道院を取り返し、カッツエルを封印したこと、そしてこれから追って三人でオブグラッド寺院を目指すことだ。
その日、俺はアリサと二人きりの時間をのんびりと楽しんだ。こういう時間が、今はなによりも幸せに感じる。
アリサの鑑定の結果、手に入れたルーンストーンは相当貴重なものだということがわかった。このルーンストーンの名は『グーン』。由来はゲッコー丸と同じく遥か東方の国のもので、やはり大天使の加護を受けたものらしい。全部で三個の組み合わせにより、本来の力を得ることが可能だという。だが、その残りの二個についての詳細はわからなかった。
また、いくつかの宝石がアリサの装備を強化するのに使えそうだという。アリサの強化なら大歓迎だ。
さて次の目的地はアイシエム山のオブグラッド寺院。エカール百八神に仕える
果たしてオブグラッドの高僧はシュニィの淫紋の呪いを解けるのだろうか?
そしてそこに封じられている魔王達の復活は阻止できるのだろうか?いや、復活させたうえで魂の封印石に封じることも視野に入れなければならない。
レーヴェウスの足取りもいち早く知りたい。このまま奴を野放しにして各地の魔王を復活させられては、人々の生活もままならない。なんとしても阻止せねばならない。
次の魔王は苦痛と欺瞞。またそれらに苦しむ人々を助けねばならない。
今の俺には、戦うことしかできない。戦うことで人々の安寧を取り戻すしかない。
だが、俺には最大で最愛の味方であるアリサがいる。彼女と一緒なら、どんな邪悪にでも打ち勝ってみせる。
待っていろレーヴェウス。俺はお前を絶対に地獄に送り返してやる。
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