第八話  ブロンコの村

 朝食後、支度を整えてポータルでシネッサ姉妹団シスターフッドキャンプに戻ると、守衛のアガサからモリア修道女長が俺たちを探していたことを聞いた。


 俺たちは急ぎモリアのテントへ向かうと、その入り口に見慣れたカラスがいるのを見つけた。先日俺たちの家にも来た、おやじさんの使い魔のカラスだった。


 テントの中に入ると、モリアが開口一番に


「スタンフラーさんから手紙が届いたわ。ブロンコの村が悪魔に襲われているらしくて、あなたたちに助けを求めているの。急いで向かってもらえるかしら?」


 悪魔に襲われているのだとすれば、急がねばならない。


「わかりました。ブロンコの村ですね」


 モリアの話によれば、ブロンコの村へは修道院から歩いて半日ほどだという。急いで馬で行けば、午前中のうちには辿り着くだろう。


 俺たちは挨拶もそこそこに厩舎へと向かい、預けていた馬を受け取るとブロンコの村へと出発した。


 一度、昨日敵の襲撃を受けた分かれ道に出るとそこから修道院への道を進む。そのまま道なりにしばらく行くと、再び分かれ道に出た。東に向かえば修道院、西に向かえばブロンコの村、とあった。


 標識通り西へと向かうこと数時間で、俺たちはブロンコの村の入口へと辿り着いた。念のため入り口近くで馬をつなぐと、俺たちは徒歩で村の中へと進んだ。


 村の入り口付近は疎らに家が建っており、それらの家は既に荒らされたかのように扉が開けっ放しにされ、主に老人の死体が転がっていた。


 やがて家の密度が高くなり、広場などがあることから村の中心部が近い事がわかった。

 死体は老人と子供がほとんどで、若者の姿は見えない。


 ふと、少し離れたあたりから爆発音が聞こえた。俺たちはその音を頼りに一目散に駆けて行った。


 そこでは戦闘が行われていた。十数人の村人に交じり、おやじさんが魔法で奮闘していた。悪魔の姿がちらりと見えるが、固まっている村人に対し、それを囲むように少人数で何隊かに別れていた。その数二十四体。その悪魔は、昨日俺たちを襲ったあの女性の悪魔たちだった。俺はその悪魔たちをデーモンレディと分類してコンピュータに登録していた。


 村人たちは明らかに苦戦している。人数的にもだが、囲まれているというのが何よりも不利だ。


 俺とアリサはすかさず、一番近くのデーモンレディの集団へと向かった。弓を構えているのが三体。アリサが火球を放つと、その三体を巻き込むように爆発が起きた。直撃を受けた一体は焦げてその場に倒れたが、残りの二体が俺たちに気付き、矢を射てくる。俺は水平に跳躍し、その内の一体に直接殴りかかって直ちに無力化させると、残りの一体に蹴りを見舞い、その頭部を破壊した。アリサがすぐさま俺の横に駆け寄る。


 と、村人の集団の中からおやじさんが俺たちの到着に気付き、こくりと頷いた。

 俺は次の標的を探る。


 今、村人とおやじさんがいる場所はとある家の開けた庭で、周囲には陰に潜める場所がいくつもある。だが、センサーにはしっかりと連中の居場所が察知されている。


「回り込んで不意を打とう。アリサ、付いてきて」


 俺はそう言って、今いる位置から一度陰に潜むと、隣に位置する家の裏をぐるりとまわり、敵の背後を取った。今度の敵は四体。今は二体が弓矢で攻撃し、もう二体は手に持つ武器で飛び掛かろうと様子を見ているところだった。


 アリサが容赦なく火球を放つ。火球は弓を持つ相手に直撃し、その隣にいたもう一人の射手も爆発に巻き込まれ半身を焼かれて倒れた。残りの二体は背後からの攻撃に驚くも、即座にこちらに向かって飛び掛かってきた。


 しかし、通路は狭い。俺がアリサを庇うように前へ出て、まず先に襲い掛かってきた敵の攻撃を受ける。敵の得物は手斧だが、俺は身体を潜らせ斧の刃ではなく柄を腕で受け、カウンター気味にアッパーを入れた。斧の勢いと相まって拳が強烈に顎を捉え、粉砕する。そのまま敵の体が仰け反り、後続のもう一体に激しく衝突し、それを転倒させた。


 俺はその隙を逃さず飛び掛かり、転倒している敵の顔面目掛けて拳を振り下ろす。ぐちゃりと鈍い感触と共に、その顔面は大きくひしゃげた。残りは十七体、四体、四体、四体、五体の四隊に別れている。そのうちの一隊は、今現在村人達と戦闘中だ。そこにはおやじさんもいるので、俺たちは残り三隊の殲滅を急ぐことにした。

 俺は残りが潜んでいる位置を大まかにアリサに伝えた。


「同じ方面だと怪しまれるから、向こう側に回り込もう。付いてきて」


 俺の言葉にアリサが頷く。

 俺は家と家の隙間を伝い、反対側の敵に接近した。アリサも今まで同様に既に呪文の詠唱を終え、いつでも火球を放てるように準備を終えている。


 再び敵は四体。やはり二体が弓、二体は剣で武装していた。

 そこへアリサの火球が炸裂し、弓矢の一体と剣の一体が沈む。と同時に、俺はもう一体の弓矢持ちに飛び掛かった。低位置から弓矢持ちの腰を目掛けて蹴りを放ち、その腰骨を粉砕する。すぐさま体勢を整え、残りの剣持ちと対峙した。剣持ちは逃げ出そうとしていた。いや、他のグループとの合流を計ろうとしていたのかもしれない。チラチラと周囲を窺っていた。だが、俺はその隙を与えずにすぐさま飛び掛かった。


 敵は剣を大きく横に振るい、俺に攻撃させまいと間合いを取る。何度かこちらに突きを向けてくるも、突きを引っ込めようとした瞬間に俺はその剣を握り、大きくこちらに引き寄せた。と同時に、顔面に正拳を叩き込むと、敵はその場で崩れ落ちる。


 俺はアリサに向かって頷き、再び移動を開始する。今度はすぐ横の建物の陰に潜んでいる五人の一隊だ。


 が、味方が減っていることを不審に思ってか、今度の敵は後方に見張りを置いていた。発見された!と思った瞬間、その見張りに対しアリサの火球が炸裂した。アリサは即座に二発目の詠唱を始めた。俺はアリサの射線の邪魔にならないように身をかがめ、いつでも飛び出せるように構える。再び火球が放たれ、さらに二体の敵が巻き込まれた。と同時に、俺は大きく跳躍し、背後から敵の後頭部を掴み地面へと叩きつける。咄嗟に振り返ると残りの一体がちょうど斬りかかってくるところだった。俺はその場で横に回転して立ち上がると、敵の顔面目掛けて舌を伸ばし、目の前へ引き寄せ、その鳩尾に深々と膝を叩き込む。くの字に身体を折った敵の背中に、さらにダブルスレッジハンマーで追撃し、その背骨を粉砕した。そこへ、地面に叩きつけられた敵が立ち上がりこちらに向かってくるが、俺は敵の懐に入ってタックルし、そのまま敵を抱え上げ後へ倒れ込み、敵の脳天を地面へと再び叩きつけた。


 残りは八体。いつの間にか陰に潜んでいたはずの残りの一隊も村人たちに襲い掛かり始めていた。

 乱戦になる前に、とアリサが村人の後ろから襲い掛かる集団に火球を放つ。


 それに併せ、俺もバックルのルビーに指を這わせ、『フレイムモード起動』と同時に火球の着弾点付近目掛けて大きく跳躍した。ボン、と炸裂音が敵の四体の中央で広がる。俺はダメージが軽度な敵に狙いを付け、燃え盛る拳を叩きつけた。そのまま、まだ動ける敵二体を相手取り、即座に蹴りを叩き込んで制圧する。残りは村人と乱戦中の四体のみ。俺はそのまま村人たちの間を突っ切り、村人に襲い掛かっている二体の喉輪を左右の手で掴んで村人たちから引きはがした。そのまま二体の身体を持ち上げ、握力を込めて喉を潰す。


 そのままデーモンレディの死体を放り投げると、残る二体へと向き直った。一体は剣を持ち、一体は槍だ。


 村人が槍持ちに苦戦しているのを見て、俺は先にその槍持ちを始末することにした。槍を村人に突き刺そうとした瞬間、後からその槍を掴んで引っ張り、体勢を崩した相手の背中に膝を叩き込んだ。と同時に喉を掴んで膝を固定し、背骨を折る。


 残りの一体はおやじさんと戦闘中だった。おやじさんが剣を突き出したところを敵は後ろに躱すが、俺はその背中を強烈に蹴り飛ばした。すると仰け反っていたはずが無様におやじさんの剣に刺さり、その切っ先が背中を貫通した。俺はその後ろから忍び寄り、敵の首をゴキリと捻り、とどめを刺す。


「おやじさん!怪我はない!?」


 アリサが駆け寄ってきた。それに併せ、俺も改造態から人間態へと姿を変えた。


「村の人たちも、怪我してませんか?よかったらポーションを使って!」


 何人かの手傷を負った村人に、アリサはポーションの瓶を開け、傷に塗っていく。

 おやじさんは無傷だった。


「助かったよ二人とも。しかし酷い有様だ。昨日から必死に抵抗していたんだが、村の若い連中のほとんどがさらわれて、老人と子供がかなり殺されてしまった」


 おやじさんの顔は明らかに憔悴しきっていた。


「ええ、来る途中に村の様子を見ました。一体なぜこんな事に――」


 すると、村人の一人がぽつりぽつりと話し始めた。


「実は数日前から若者が何人か連れ去られていたんだ。それが、昨日になって急に悪魔が大量にやって来て、一気に若者だけを連れ去り、残った人々を殺し始めたんだ。若者たちは村の向こうにある塔に連れ去られていったよ」


「塔?その塔とは……?」


 俺の疑問に、その村人が続ける。


「随分と古くからある塔で、昔は魔術師が住んでいたらしいんだが、今は無人のまんま放置されているんだ。中はほとんど空っぽだ」


「アリサ、ひとまずここが落ち着いたら俺たちで塔の人たちを救いに行こう」


 俺がそう言うと、アリサはわかった、と頷く。


「ところでおやじさん、目的の人には会えたんですか?」


 モリアから聞いていた限りでは、おやじさんはこのブロンコの村に、賢者連盟の誰かを訪ねて来ていたはずだ。


「ああ、グラヴィスという魔術師を探しに来たんだが、数週間前から行方不明になっているそうだ」


 おやじさんの目的も叶わず、そして村は悪魔の襲撃に遭っている。なんとも悲惨な状況だ。


 やがて、アリサが怪我人の治療を終えた。

 俺はアリサに水筒を渡し、


「アリサも少し休んで」


 と彼女を座らせた。


「おやじさんも休んでいてください。俺とアリサで、その塔に行ってきます」


 そう言うと、おやじさんもわかった、と頷いた。





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