第五話  シネッサ共同墓地

 シネッサ姉妹団シスターフッドキャンプから小一時間ばかり北に向かって歩くと、モリアが言っていたシネッサ共同墓地の鉄柵が見えてきた。


 入り口まではもう少し歩かねばならないようだが、いつ敵と遭遇しても大丈夫なように、俺は改造態に変身していた。


「ヴァンパイアと戦うのになにか注意点とかってあるのかい?」


「そうね、しいて言うなら眷属にされないように噛まれない事、かしら」


「ああ、やっぱり噛まれたら仲間にされるのか。でも俺の場合どうなんだろう?血液っていってもナノマシン入りの人工血液だしなあ。思うに噛んだ時に毒素みたいなものが注入されるのかな?それとも呪いか何かなのかな?」


 とはいえ、俺のヴァンパイアに対する知識は、地球にいたころのマンガや映画からのものだ。作り話だから様々な解釈で描かれていたが、いざ実際にそれが実在する世界のことになると、それはその世界の住人に聞くのが正解だ。


「禁呪書の中に、いわゆる死霊術ネクロマンシーの本もあったんだけど、その中にヴァンパイアになるための魔術の記載があって、それを読んだ限りではヴァンパイアって言っても色んな種類がいるようなのよね」


「種類?」


「ええ、いわゆる支配階層のヴァンパイアから、単純にただの喰屍鬼グールまで様々よ。死霊術ネクロマンシーでなるヴァンパイアって言うのはその支配階層ね。それ以下となると、単純に支配階層のヴァンパイアに噛まれるか、彼らの血を体内に取り込むだけで普通のヴァンパイアにはなれるらしいの。例外的に、支配階層のヴァンパイアと性行為をすると、同じ支配階層のヴァンパイアになると言われているわね。ちなみにただのヴァンパイアに噛まれても結局は同族にしかなれないわ。それで、人間の血を吸えなくなった末路が喰屍鬼グールね」


「なるほど。今回討伐するヴァンパイアレディって、名前からして支配階層っぽいよね。ちなみにもし万が一噛まれた場合、元の人間に戻ることって――」


「かなり高位の聖職者による解呪が必要と思われるわ。それこそ拉致された聖女様クラスの、ね」


 ということは、現状噛まれてしまったらアウト、と考えた方が良いのだろうか。


「なんとなく俺は噛まれても平気な気がするけど、アリサが噛まれるのはマズいな」


「いや、ヒュージも気を付けてよ?あなただっていくら機械の体とはいえ、ベースは人間なのよ」


「そうだね、気を付ける。ところで支配階級のヴァンパイアってやっぱりアンデッドを生み出したりするの?」


「ゾンビやスケルトンなら手下として呼び出すわね。支配階級じゃなくても、規模は違うけど呼び出しはするわよ」


「下手をすれば倒してもキリがない、とか?」


「さすがに死体がないと無理とは思うけどね」


 そう考えると、墓場はまさにホームグラウンドといっても良いのだろう。

 俺はふと鉄柵の中を見た。


 いる。スケルトンが。武器こそ持っていないが、至る所でスケルトンがうろついている。

 そのうち、俺たちが歩くのに合わせて鉄柵の内側を進んでくるものが何体か現れた。明らかに警戒しているように見える。


「相当な数がいるわね」


「ちょっと位置関係を把握してみるよ」


 俺はそう言って上空高くへと跳び上がった。

 現在位置から最も近い入り口まではおおよそ二百メートルの距離だ。墓地の広さは一キロ四方にも及ぶ。入り口は対象になる向こう正面にもある。建物らしきものは全部で三つ。どれも敷地の中央付近に固まっている。

 着地し、俺は地面に落書きするようにおおよその地図を書いてアリサに説明した。


「焼こうか?」


 突然アリサが言い出した。


「焼くってもしかして……このスケルトン達を?」


「うん。手っ取り早いでしょ?一体一体チマチマ相手してたら地下霊廟にたどり着く前に日が暮れるわよ?」


 確かにアリサの言う通りなのだ。現状見えているだけでも百体はくだらない数のスケルトンが見えている。いくらワンパンで倒せる相手とはいえ、数が多ければそれだけで時間のロスは大きい。


「でもこれだけの範囲を火の海になんてできるのかい?」


「中央の建造物周辺まで直線距離でならいけるわよ。さすがに一km四方を焼けと言われたら時間かかっちゃうけど」


「時間かかっちゃうけど……って、できるのかい?!」


 できるってことに驚きだ。アリサって実は俺よりもずっと強いんじゃないか?

 いや、適材適所か。俺は対個人か少人数の集団には強いが、多人数戦は苦手だ。それは俺の手足が四本しかない上に、飛び道具も無いからだ。一方のアリサは魔術師という性質上接近戦を不得手としているが、遠隔からの攻撃なら様々な手段を持っている。だからこそ、二人で力を合わせて戦えば、どんな難敵でも倒すことができるはずだ。


「まずは入り口まで行こうか」


 そう言って、俺が先導する。そこから二百メートルばかり進むと、閉じられたゲートが見えてきた。そこには、ゲートを開けば今にも襲い掛かって来そうなスケルトンが二、三十体ほど群っていた。


「じゃ、さっそく焼いちゃおうか。ヒュージ、危ないから少し下がってて」


 アリサに言われて、俺は彼女の隣まで下がった。アリサは既に呪文の詠唱を始めていた。と、彼女の詠唱が止み、その杖を向けた先――まだ開かれていない鉄柵のゲートを覆うように、幅十メートルはあろうかという炎の壁が出現した。


 轟轟と燃える炎の壁に、たちまち群っていたスケルトンが焼かれていく。

 アリサは杖と手振りでそれを押しやるような動きを見せると、炎の壁が奥に向かってゆっくりと動き出した。


「さ、行きましょ」


 アリサの言葉に、俺は頷くしかなかった。




 動く炎の壁は迫りくるスケルトンと枯草を次々と巻き込んで焼き上げていった。俺たちはその後ろを付いて行く形で前進し、墓地の中央部を目指した。


 炎の壁に巻き込まれなかったスケルトンが横から迫ってきたが、それらはそこまでの数でもなかったので俺とアリサで殲滅していった。


 最近埋葬された死体が無かったためか、ゾンビが現れることは無かった。

 スケルトン自体も、埋葬されているのがほとんど一般人のためだろうか、非武装がほとんどだった。


 およそ七百メートルほどを進むと、墓地の中央の建物が密集している辺りへと辿り着いた。アリサが杖の一振りで動く炎の壁を解除した。


 建物の一つは屋根がドーム状になっており、その下にベンチが置いてある壁のないものだった。参拝する者が休むための建物だろうか。


 もう一つは、長さのある建物で、入り口は固く閉じていた。

 そして最後の一つは小さめの建物で、こちらも入り口が固く閉じられている。


「どっちだと思う?」


 アリサが何の気なしに俺に聞いてきた。


「なんとなくなんだが、俺は小さい方の建物だと思う。そっちの長い建物は、多分入ったら棺桶がずらずらと収納されている施設かなんかじゃないかな、と思うんだ。無縁仏っていうか――」


「無縁……仏?」


「ああ、身元不明だったり、弔ってくれる親族がいなかったり、そういう死者の事を、俺の元いた世界ではそう呼んでたんだ」


 アリサはなるほど、と納得する。


「じゃあ、小さい方からいってみましょ」


 俺はああと頷き、小さい方の建物の扉に手をかけた。

 しばらくまともに使われていなかったのだろう、蝶番の周辺にはびっしりと錆がつき、扉も赤茶色の錆で汚れていた。鍵のたぐいはかかっていないが、素直には開いてくれない。


「フンッ」


 取っ手を力強く引き、半ば無理矢理扉を開けた。ギギギィッと重苦しい音を立て、扉が開く。

 扉のすぐ奥が地下へ続く階段だった。


「正解ね」


 そう言ってアリサは何やら軽く呟くと、その杖に明かりが灯った。


「行こう」


 俺が先陣を切る。

 埃っぽい、乾いた空気が頬を撫でる。


 階段は人が二人並んで進めるほどの広さだった。下まではかなり深そうだ。

 およそ十メートルほど降りたあたりで、階段を降り切った。

 そこは石組みでしっかりと四角く作られた玄室だった。広さは八メートル四方はあろうか。その中央には二つの石棺が置かれていた。玄室の奥には、さらに通路が繋がっている。


 『警告 スケルトン 二体』


 俺のセンサーが石棺内を捉えた。


「アリサ、この棺の中身……スケルトンだ」


 しかし、棺の蓋が重たいためか中からスケルトンが出てくる気配はない。


「自分たちでは開けられないようだ。放置しよう」


 アリサは静かに頷く。

 奥へ続く通路は、少し進むとT字路になっていた。センサーで感知できる範囲には敵はいない。


「どっちにする?」


「んー、左」


 俺の問いに、アリサは迷いもなくそう応える。

 俺たちはそのまま左側へと曲がった。十メートルほど進むと、通路は右へ曲がった。そのまま道なりに進むと、また先程と同じような玄室へ出た。先程の部屋よりはやや広く、石棺は四つ。やはり中からはスケルトンの反応がある。そして、向こう正面にはまた通路が続いている。


 俺たちは互いに目くばせだけして先へと進む。少し直進してからまた右に曲がり、やがて直進と左へと折れる場所についた。


「さっきのT字路の反対側との合流地点ね」


 アリサの言う通りだろう。ここは左へと曲がるのが正解だ。

 そのまま左へと進むと、しばらくして小さな部屋に出た。部屋の中央には、さらに地下へと進む階段があった。


「選択の余地は無いわね。進みましょう」


 アリサの言葉に、俺は頷いて階段へと足を踏み入れた。





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