第四話  シネッサ姉妹団キャンプ

 トライスタを出発して六日目、いよいよ目的地が近くなったころ、俺たちはとある集団から襲撃を受けた。


 見た目は人間の若い女性に近い。肌の色が白に近い灰色で、身に付けているものは俗に言うビキニアーマーとでも呼べばよいのか、胸と股間の大事な部分だけが、しかもギリギリ隠れている程度の黒い革。そして膝上まである革の黒いブーツと、上腕まである革手袋を身に付け、銘々が剣や槍、手斧、弓などを持っていた。特徴的なのは、部分部分に施されたどこか邪悪な雰囲気の漂う紋様のタトゥーだった。


 センサーの識別は『悪魔』である。


 襲撃を受けたのは目的地まであとわずか、といった場所でちょうど聖女修道院と姉妹団シスターフッドキャンプへの分岐炉の道しるべが立っているあたりだった。


 敵は全部で五人。身に付けているものに僅かな差異はあれど、みなほぼ同様の格好だ。悪魔でさえなければ、見た目は整っているものばかりだった。


 最初の一撃は、こちらを狙って飛んできた矢だった。


「アリサ、安全なところまで下がっててくれ」


 俺はアリサにそう言うと、すかさず馬を降り、改造態へと変身した。


 敵は疎らな林から集団で現れ、あっという間に俺を取り囲む。俺はアリサが離れたのを確認すると、まずは弓矢を持っている敵に目星をつけ襲い掛かった。もちろん、アリサへの攻撃を警戒してのことだ。


 その目標の前には手斧を持った敵が立ちはだかるが、振るってきた斧を持つ腕を掴みそのまま背負い投げで飛ばし、すぐさま弓持ちに向き合った。敵が弓から剣へと持ち替えようとしているが、もちろんそんな暇は与えない。剣を抜こうとしている腕に手刀を打ち込み、そのまま叩き折る。


 その隙を見て後ろから槍が迫るが、すかさずその槍を掴み、目の前の弓持ちの腹部に突き立てた。そして、一瞬武器の動きを封じた槍持ちに向き直り、その頭部にハイキックを入れる。蹴りの一撃は槍持ちの横っ面を砕き、その口と鼻から鮮血が舞い散る。


 その後方で、先程俺に投げられた斧持ちが起き上がっていた。後の弓持ちと目の前の槍持ちは今のところ無力化できている。あとは左右に一人ずついる剣持ちと向こうの斧持ちだ。


 ひとまず位置的に一番近い右の剣持ちに目標を定め、俺はその懐の入ろうと駆け寄る。敵が剣を振るってくるが、左腕でそれを受けて弾き返し、そのまま顔面に向けて正拳を放った。その一撃で顔面は大きく陥没し、敵は後方に大きく吹き飛ぶ。


 咄嗟に後を振り返ると、斧持ちが再び俺に駆け寄ってくるところだった。俺はベルトのバックルに指を添えた。


 『ライトニングモード起動』と視覚情報に文字が浮かび、俺の体が帯電を始める。


 襲い掛かる斧を左腕で掴む。と同時に、電撃が斧を伝い敵に稲妻が走る。そのまま斧ごと敵を引き寄せ、敵の鳩尾に右ひじを突き立てた。その口から血が吐き出され、俺の腕がその血に塗れる。


 最後の一人が俺の左から襲い掛かってきた。俺は目の前の斧持ちをグイっと左側に引っ張り、咄嗟に盾代わりにする。その背に剣が突き立てられ、そのまま胸に貫通する。俺はそれを引き抜かせまいとさらに斧持ちを左側に振り回し、その前にいる剣持ちが柄から手を放すように仕向けた。斧をつかんでいる手にさらに電撃を流し込むと、突き立った剣にも稲妻が走り、剣の柄がバリバリッとスパークする。


 その電撃に、敵は思わず剣から手を離した。俺は迷わずその敵に迫り、右手で喉輪を入れ、すかさず持ち上げる。バチバチッとその体を電撃が襲った。


「なぜこんな場所に悪魔がいる!?」


 その悪魔の女性は恐怖と苦痛からだろうか、顔を歪めていた。


「言葉はわかるんだろう?」


 俺は喉輪に少しギリッと力を込めた。だが、悪魔は答えない。

 俺は握力を強めた。悪魔の口から苦しそうにヒュー、ヒュー、と呼吸音が鳴る。


 仕方ない、とどめだ。


 俺はそのまま喉を握りしめ、やがて動かなくなった悪魔をその場に投げ捨てた。




 俺たちがシネッサ姉妹団シスターフッドのキャンプに到着したのは、それから一時間と少し後のことだった。


 キャンプはかつて小さな砦か何かがあった場所の廃墟を利用しており、かけた外壁は簡易的に木で補強され、入り口には弓矢と剣で武装した女性の見張りが立っていた。


「ここがシネッサ姉妹団シスターフッドのキャンプで間違いない?」


 アリサがその見張りに問うと、


「ええ、そうよ。あなたたちは?」


 と問い返された。


「私は魔術師のアリサ・グリーバー。彼は戦士のヒュージ・カワズ。ここにお世話になっているウィステリア・スタンフラーさんから連絡を受けてやって来たのだけど」


「ああ、聞いているわ。私は守衛のアガサ。入り口からすぐのところに厩舎があるから馬はそこにつないでちょうだい。奥にモリア修道女長のテントがあるから、そこに行ってもらえる?」


 アガサと名乗った守衛の女性は、指差しで厩舎とテントを示しながらそう教えてくれた。


「ありがとう。しばらくの間おじゃますることになると思うので、よろしくね」


 アリサがそう挨拶して頭を下げたのに続いて、俺もぺこりと頭を下げた。


 その後、教えてもらった厩舎で馬をつなぎ、俺たちは奥の修道女長のテントを目指した。


 キャンプというイメージから、地球で言うところの難民キャンプかなにかを想像していたが、雰囲気は少し違った。建物こそテントが多いが、中には元の建物を利用したバラック小屋などもあり、ちょっとした出店や鍛冶屋などもあった。


 また、やはり姉妹団シスターフッドキャンプというだけあり、女性の姿がほとんどで、男性はごくわずかだ。


 やがて、俺たちは最奥のテント――修道女長のテントに到着した。


「こんにちは、モリア修道女長のテントはこちらでよろしいですか?」


 アリサが明るくそう問いかけると、中からやや低めの、落ち着いた女性の声が帰ってきた。


「はい、そうですが……少々お待ちになって」


 それから程なくして、白とグレーの聖職者服に身を包んだ、四十代くらいの女性が入り口に現れた。


「はじめまして、私が修道女長のモリアです。もしかして、トライスタからやって来たスタンフラーさんのお知り合いの方かしら?」


「はい、はじめまして、トライスタから来ました魔術師のアリサ・グリーバーと申します。で、こちらが――」


「はじめまして、戦士のヒュージ・カワズと申します」


「そうですか、どうぞ、中にお入りになって」


 モリア修道女長に促され、俺たちは彼女のテントへと入った。中には四人掛けのテーブルがあった。

 モリアに勧められ俺たちがテーブルにつくと、その向かいにモリアが座った。


「スタンフラーさんから色々伺っておりますよ。あいにくスタンフラーさんは一昨日から修道院の西にあるブロンコの村へ行ってますが、あなたたちが来た時のことは任されておりますのでご安心ください」


 おやじさんが――いない?


「おやじさ――いや、スタンフラーさんはなぜそのブロンコの村へ?」


 俺がそう問うと、モリアは伏し目がちに


「なんでもブロンコの村に住む賢者同盟の魔術師と連絡が取れないとのことで、直接訪ねると言ってました」


 モリアは賢者同盟については知っているらしい。


「一週間ほどで戻る、と仰っていましたから、その間の事は私にお任せくださいね」


「ありがとうございます」


 アリサが頭を下げるのに合わせて、俺も頭を下げる。


「それで、一体シネッサ聖女修道院に何が起きたのですか?」


 アリサがさっそく本題に触れると、モリアはゆっくりと話し始めた。


「話は今から三週間前に遡ります。私はあいにくその場にはいなかったので、これはその場にいた者たちから聞いた話になるのですが――その日、修道院に訪問者が三名訪れました。一人は黒ずくめの服を着た若い男性、もう一人は白い服を着た少女、そしてもう一人は、鎖でつながれた魔術師の老人だったそうです。そして、その黒尽くめの男は、自分の事をケンデウスの第一王子スタンセンだ、と名乗ったそうです」


 フォールの正体だった第一王子スタンセン。しかし、今はその肉体を乗っ取られ、恐怖の帝王レーヴェウスとなっているはずだ。


「やはり魔王がらみ、ですか」


 俺がそう問うと、モリアはええ、と頷き続ける。


「スタンセン王子と名乗ったその男は、我がシネッサ聖女修道院の現聖女、シュニィ・ヴィーントと面会するために訪れた、と言い門番と対応に出た修道女を殺して無理矢理修道院に入ってきました。そしてそれを追い返そうと聖女シュニィが立ちはだかったのですが、スタンセンの声に恐怖し、聖女を地下に連れて行ったそうです。それから、地下から泣き叫ぶ声が聞こえ、数時間後に聖女を担いだスタンセンと鎖につながれた老魔術師だけが、修道院から立ち去ったそうです」


「その聖女様は拉致されたのですか?」


 アリサの疑問に、モリアは頷く。

 魔王が聖女を拉致した?一体何の目的で、だ?


「そして彼らが去った後、私が修道院に戻ってからその地下の様子をみると、とんでもない事になっていました。地下ホールの中央に血だまりがあり、そして、本来は無いはずの更なる地下への階段が現れていたのです。私は修道院にいる番兵の一人を地下に向かわせたのですが、彼女は帰って来ませんでした」


 モリアの言葉に、俺はアリサと顔を見合わせた。


「まさか魔王のダンジョン――」


「そのまさかです。シネッサ聖女修道院は、ある魔王を封じるために作られ、その地下への道を長年封じてきました。それが彼らの手によって破られ、その三日後、地下から大量の悪魔が現れました。私たちの抵抗虚しく修道院は悪魔の手に落ち、私たちは命からがら逃げ出し、修道院を取り戻すべくこのキャンプを設営しました」


「聖女が拉致され、修道院も奪われ――そして白い少女が出て行かなかったという事は、その白い少女がもしや――」


 俺の言葉に、モリアはその通りです、と頷く。


「シネッサ聖女修道院の地下に封じられているのは、魔王序列第七階位、苦悩する乙女カッツエルと言われています。封じられているのはその魔王としての肉体であり、その魂は白い猫のような少女の姿を持つ、と語り継がれてきました。つまり、地下への封印が解かれ、魂がその肉体を取り戻し、魔王が復活して悪魔がまた現れたということだ、と考えられます」


 だとすれば、ここからは俺の出番となるだろう。修道院を悪魔から取り戻し、地下迷宮へもぐり、魔王を倒す。


「モリアさん、わかりました。後は俺に任せてください。魔王は俺が倒します。トライスタを取り戻したように、修道院も俺が取り戻します」


 俺がそう言うと、アリサが驚くような一言を発した。


「ヒュージ、今回は私も一緒に行くわ」


「アリサ、それはあまりにも――」


「危険だ、って言いたいんでしょ?でも私だって戦えるわよ。いつもヒュージに守ってもらってばかりじゃない、私だって魔術師として戦えるわ」


 アリサと出会ってから一月半、俺はよくわかっている。アリサは実はかなり頑固なのだ。こう言いだしたらまず彼女を止めるのは無理だ。ありとあらゆる手段を考える。頭がいいだけに反抗するのは無駄だ、と俺は学んでいる。


「わかったよアリサ。でも約束してくれ、俺が危ないと判断した時は、全力で逃げてくれ。絶対に死ぬな」


「ええヒュージ、約束するわ」


 逃げるとなれば、俺とは違い彼女にはポータルなりテレポートなりの手段がある。あとは俺が全力で守ればいい。


「では、さっそく修道院に――」


「その前に、実は他にもお願いしたい事があるのです」


 俺の言葉を遮り、モリアが言った。


「聖女シュニィが拉致される際に、実は聖女の力が破られてしまっているのです。各地の結界や封印といった、聖女でなければ施せないものが。そのうちの一つに、このキャンプと修道院との間にあるシネッサ共同墓地の地下霊廟に封じられているヴァンパイアレディの棺があります。姉妹団シスターフッドのスカウトから、その共同墓地で多くのアンデッドが復活しているという報告がありました。キャンプからも割と近いため、脅威になる前にそちらを先に何とかしていただけないでしょうか?」


 確かにキャンプ周辺がアンデッドで荒らされるのは何かと問題だろう。それに、地下に潜る前にアリサと一緒に戦う訓練もできるならちょうどいい。


「わかりました。まずはそのヴァンパイア退治から取り掛かります」





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