第三話 旅立ちの時
再改造手術から一週間が過ぎ、俺は研究や学習の合間を見て新たな戦い方の訓練を積んでいた。
場所は相変わらずの河原だ。ただし、アリサによって実戦以外でのドリルキックの使用は固く禁じられた。理由は言わずともがな、埋まってしまった場合、最悪手伝ってもらわないと身体が抜けなくなるからだ。
訓練の中で、フロッグウィップの新たなバリエーションが増えた。電撃を伴ったライトニングウィップが使えるようになったのだ。炎や氷も試してはみたのだが、こちらは今一つ使い勝手がよろしくなかった。
ちなみに俺の舌にも電撃を纏わせることができた。そもそもが同じ材質でできてるので当然と言えば当然なのだが。だが舌の場合は第三の手として使う事を想定しているので、そういう使い方はあまり向かないのでは、とも思っている。
また、ゲッコー丸とモードチェンジを組み合わせられるか試してみたが、こちらは残念ながら無理だった。さすがに俺自身の肉体を武具として認識させて魔力を持たせているので、武具から武具へという都合のいい使い方はできないようだ。ならばフロッグウィップはどうなんだ、と言われそうだが、こちらはあくまで俺の肉体の延長と認識されているので問題無いらしい。
ならば魔法のように火球を飛ばしたり雷撃を浴びせたりが可能か、と言えばそれは無理だ。俺の腕がロケットパンチの機能でも持っていれば可能だったのだろうが、生憎そのような改造は受けていない。
そもそもが肉弾戦で戦うことを想定して作られた改造人間なのだから、それはそれでいいのだ。
正直な事をいえば、ゲッコー丸を使う事にもいささかの抵抗感はある。そもそもは俺が気に入ってトライスタ城から貰ってきた日本刀ではあるが、悪魔相手にこれがあれば何でも解決的な都合良さが、己の向上心を下げているような気がするのだ。人工筋肉も鍛えることでより強く、より柔軟になっていくという言葉をどこかで聞いたか読んだかした覚えがある。やはり自分の肉体で戦えてナンボ、的な考えが俺の根底にはあるのだ。
そういう意味では、今回の再改造のように、ゲッコー丸の退魔の力と似たようなパワーを俺の機能拡張として追加する方がまだ素直に向き合える気がする。ここは追々アリサと相談していきたい点だ。
アリサと相談といえば、ひとつダメ出しされた事があった。よくヒーローものでフォームチェンジした時にシステムボイスが発生するシーンなどがあるが、俺のモードチェンジでもそれを再現したい、できればアリサの声で――とお願いしたら、恥ずかしそうに却下されてしまった。俺としてはそんな機能がついてくれるだけでもものすごく燃える(萌える?)ものがあるのだが、アリサがそばにいる時にそれが発生したら絶対恥ずかしくなるからダメ、と言われてしまった。
そんなこんなで一週間が過ぎたわけだが、その日訓練を終えて家に帰ると、一羽のカラスが家の中にいた。
「どうしたの?そのカラス」
俺がそう聞くと、アリサは
「おやじさんの使い魔よ、手紙を運んでくれたの」
そう言うと、アリサは俺に一枚の丸められた手紙を渡してくれた。
俺はさっそくスルスルとそれを開き、目を通す。
『アリサ・グリーバー、ヒュージカワズ、両名に援助を乞う。
ライフィルド王国のシネッサ聖女修道院にて事件あり。
至急、シネッサ聖女修道院の南、シネッサ
ウィステリア・スタンフラーより』
手紙の一番下には、おやじさんが尋ねて以来アリサが身に付けるようになった、賢者連盟のネックレスと同じデザインの紋章が描かれていた。
「アリサ、これって……」
「ええ、賢者連盟からの正式な連絡。しかもおやじさんからのね。ということは間違いなく魔王関連ね」
そうか、ようやく何か手がかりになりそうな事実をつかめたということか……いや、手紙には事件あり、と書かれていた。とすると、何か問題が発生したのかもしれない。
「ライフィルド王国とは?」
「ケンデウスの北東にある国ね。シネッサ聖女修道院はライフィルドのほぼ中央にある古い修道院よ。その名の通り聖女を祀っているわ」
「ここの元修道院とは違って、今も人がいる、ということかい?」
「ええ、ほとんどが修道女ね。でも手紙にシネッサ
俺の印象としては、先のレーヴェウス封印の件もあってか、修道院は魔王と深い関係があるのではないか、という認識がある。とすれば、そのシネッサ聖女修道院にも、何らかの魔王が封じられている可能性があるのではないか、と考えてしまう。
「やはり、魔王が……?」
「その公算は高いわね。明日からの出発で問題無いわよね?」
「もちろん。早いところおやじさんから話を聞かないと。何日くらいかかるの?」
「徒歩なら二週間位だと思うわ。馬なら六日くらいかしら」
人間が徒歩で移動するのは大体一日三十kmほど。それで二週間とするならおよそ四百二十kmほどの距離だ。とすると馬なら一日七~八十kmは移動できるということか。おやじさんの手紙には至急、と書かれてあったから、そうなれば馬で行く方が間違いはない。ただ、俺が改造態でアリサを抱えて移動すれば、馬と同じくらいの速度は出せるのだが、これはアリサが許可しないだろう。
「じゃあ、明日朝一で馬を二頭買って行こう。街はずれでたしか馬を売ってたよね?」
「ええ、そうしましょう。良かったわ、ヒュージが変身して俺が抱えていくなんて言い出さなくて」
「い、いや、さすがにそれは言わないよ」
やはり言わなくてよかった。というか最近、まるでアリサに心を読まれてるのではないかと思うことが多い。それだけアリサが俺のことを考えてくれてるんだと思うと嬉しいのだが、先にツッコまれると狙ってボケられないのは少し寂しい。
「ところで野営の準備も必要だと思うんだけど、野営用品とかはあるのかな?」
「え?」
俺の疑問にアリサが首を傾げた。
「野営用品……?別にいらないわよ?」
野営用品が……いらない?
「だって夜は野営――」
「しないわよ?毎晩ここに帰ってくるもの」
「え?」
「え?」
ごめん、意味が解らない。
と、アリサが俺の疑問を感じ取ったのか、説明を始めた。
「明日の朝に馬を買って出発するじゃない?で、夕方になったら、辿り着いたところでポータルの印を刻んで、そのあとポータルでここに戻ってくるわけよ」
「そうかポータル!」
確かにその方法なら野営をしなくてもいい。馬も毎晩預けられる。なるほど、納得だ。
「それを毎日繰り返せば、わざわざ危険な野営をしなくても済むでしょ?ここで寝られるんだし……」
言いながら、アリサがなにやらモジモジしている。うん、さすがにそれは俺でもわかる。俺も同じ気持ちだ。
「それに街道沿いで進むのなら、案外キリの良いところで宿場町とかもあるから、そういう時はそこでお泊りもいいわよね。美味しいものが食べられるかもしれないし」
そうか、決して無人の荒野を進むわけではないのだ。街道を通って行くのであれば、迷う心配もない。
「目的地のキャンプにも宿泊施設もあるだろうし、無ければ無いでここに帰ってくればいいしね」
「なら、残る問題は俺が乗馬経験がない事くらいかな」
「そこは慣れよね。ヒュージなら運動神経もいいし、すぐ覚えるわよきっと」
翌朝。
俺たちは街外れの厩舎で二頭の馬と馬具を買い、またこの厩舎に馬の世話を頼む契約をした。
厩舎から俺たちの家までは割と近くなので、預けに来るのもそれほど手間ではない。
アリサは、綺麗な白馬を選んだ。店主いわく、まるでユニコーンのように女性が好きな馬らしく、女性を背に乗せる時は非常に従順な馬だそうだ。
俺は、一番人馴れしているという葦毛の馬を選んでもらった。
アリサから馬具の付け方を教わり、その後はじめての乗馬に挑んだ。半時間ばかりアリサに色々教わり乗ってみたが、人馴れしているというだけあり割と短時間でそれなりに形だけは乗れるようになった。
そして、いよいよ出発の時が来た。
おやじさんの使い魔のカラスには、今朝一番でこれから出発する事を記した手紙を持たせて飛び立たせている。
あとは、順調に六日後に俺たちが目的地に辿り着けばいい。
俺たちはトライスタの街の北門から街道に出た。
カッポカッポと音を立てる馬の足音が小気味良い。
アリサが言うには、普段は
ケンデウス王国でもトライスタ周辺は農業を営んでいるものが多く、しばらくは畑の風景が続いた。特に麦の栽培が多いようで、同じような景色がずっと続いている。
景色は退屈だが、俺の隣にはアリサがいるから会話で退屈はしない。
彼女の強みはなんといってもその博識さだ。知識の範囲が非常に広く、とにかくよく色んな雑学を知っている。魔術や錬金術一辺倒ではないのだ。しかも知識をひけらかすのではなく、雑談でポンポン飛び出してくるから興味を持って聞ける。
この世界において新参者である俺にとっては、そういう彼女の話は非常に為になる。本当に頭の良い人というのは、話し方や教え方が上手い人だと思っている。そういう意味では、アリサは俺にとってものすごく大事な教師でもある。
またまるでその脳はスポンジのようで、彼女自身も知識に貪欲なものだから、俺の話も無駄なく吸収している。最近は俺の知る限りの科学の知識まで吸収しているくらいだから、錬金術についてはこの世界でもトップクラスの知識量をもっているだろう。そういう意味では賢者連盟の一員としても相応しい人材なのではないか、と思う。
途中何度か休憩を挟み、なんやかや会話をしながら進んでいるうち、夕刻が訪れた。程よいタイミングで小さな農村に辿り着くことができた。が、宿屋などは無いらしい。
「じゃ、村の入り口にポータルの印を刻むわ」
アリサはそう言うと、街道の脇に杖で何やらルーンを刻んだ。するとそこに一瞬青白い光がうかび、やがて消えた。
「これで、明日の朝ここにポータルが出せるわ。じゃ、家に戻りましょうか」
そう言うと、アリサは右手に付けていた指輪に触れ、何かを念じた。と同時に、青白い楕円のポータルが開く。
「さ、行きましょ」
言って、アリサは再び白馬に跨ると、騎乗したままポータルに飛び込んだ。俺も追いかけるようにポータルに入る。と、見慣れた俺たちの家の目の前に出た。
そのまま二人で厩舎へ行き、馬を預けると俺たちは家へと戻った。
「やっぱり一日馬にのると、お尻が痛くなっちゃうわ」
「そうだね、俺も少しヒリヒリしてるよ」
「じゃあ軟膏塗ってあげるわよ。私にも塗ってくれる?」
少し顔を赤らめながらアリサが言う。いや、もちろん全然構わないのだが、というか嬉しいんだが――こう言う面、アリサは奔放というかなんというか……。
まあ、そのおかげで俺たちの仲が上手くいっているというのも自覚しているので、素直に感謝しておこう。
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