第一章 シネッサ聖女修道院
第二話 再改造手術
恐怖の帝王レーヴェウスを撃退してから、約一か月が過ぎた。
俺、河津飛勇児ことヒュージは、今やすっかりアリサとの生活にも慣れ、毎日を研究と学習とで過ごしている。
今のところ、逃走したスタンセン=レーヴェウスの行方はわかっていない。賢者連盟から新たな情報が来るのを首を長くして待っている状態だ。
アリサとは、俺の言語理解の能力で禁呪書を中心とした古代語の魔導書の解読を進めたり、俺の脳内コンピュータの情報を頼りに錬金術用の化学式などを学び合ったりしている。
その他にも、この世界に召喚されてから自分の体についてのメンテナンス情報を調べ、自分でできるメンテナンスを行うなどの習慣をつけた。
また、今後の戦いに役立つかもしれないという思いからアリサに魔法の初歩を教わろうとしたのだが、どうやら俺の機械の体には魔力というものが一切流れておらず、魔法は諦める、という結論が出た。
しかしながら、その後の錬金術の研究や、トライスタの地下ダンジョンで得た魔法のアイテムの鑑定結果などから、俺の体を機械という『アイテム』と見做したうえで魔力付与の改造ならできるのではないか、という研究成果が出た。
また、メンテナンス情報から得たものの一つに、メンテナンスモードの一環として部分変身という能力があることが判明した。
そこで、俺はアリサと相談して、自分を再改造することを決めた。改造箇所は、俺のベルトだ。
そもそも、俺は自分の改造態のベルトのデザインが嫌いだ。というのも、ベルトのバックルには秘密結社デストロイのエンブレムがでかでかと刻まれており、これを見るたびに否応なく改造手術の事を思い出すのである。
そこで、ベルトの構造から見直しを図り、ベルトのデザインも変えてしまおう、ということになった。
この世界の武具には、魔力の込められた宝石やルーンストーンと呼ばれる魔法文字が刻まれた石をはめ込む、ソケットと呼ばれる共通規格のようなものが備わったものが存在する。元々魔力の込められた武具とは異なり、使う人間がその特性を自分に合わせて組み合わせることができるのだ。
また、それに合わせて高位の魔術師は貴重な宝石に魔力を込めることができる。アリサもそういった依頼を受けることがあり、その場合その魔力によっては相当な報酬を得ることもあるそうだ。
ルーンストーンは古代魔術によって生み出されたもので、現代の魔術師ではそう簡単には作れないものらしい。ただ、先日トライスタ城で手に入れた禁呪書の中には、そのルーンストーンを生み出す魔術がいくつか記されていたらしく、材料さえ入手できればアリサはそれを作り出すことが可能らしい。
そのルーンストーンには、さらにルーンワードと呼ばれる秘術があり、特定のルーンストーンを特定の順番でソケットにはめ込むことにより、さらに強力な武具を生み出すことが可能となるそうだ。
そこでアリサと色々相談した結果、俺のベルトのバックルをソケットの付いた武具から作り直し、そこに特定の魔力を込めた宝石を嵌めることで、俺の肉体に魔力を備えさせよう、ということになった。
そこで問題になったのが、ではどういう魔力を俺に備えさせるか、という選択だ。
俺が考えたのは、子供の頃にテレビで見た特撮番組でフォームチェンジによって炎や氷、電撃といった力を使い分けられるヒーローの事だった。
今現在、俺のベルトのバックルには二つのモードを発動させるトリガーが存在する。右側を触ることでフロッグウィップの起動、左側を触ることでポイズンモードの起動が可能だ。これを応用・拡張し、ソケットに嵌めた宝石に触れることでそれらの能力を使い分けられるようにしたい、と俺は考えた。ベルトの構造上、錬金術を用いればそのような改造は実際に可能だという結論もコンピュータが吐き出している。
また、俺の体にそういった特性を付与することで、それらの特性に対する耐性も得られる、という副作用も判明した。
その結果、三種類の魔力が込められた宝石を用意しよう、ということになった。
ベースとなる宝石はトライスタ城から得た財宝の中にいくつもあり、材料には困らない。また、込める魔力もアリサほどの高位の魔術師ならば苦も無くできるという。
そうして選んだのが、炎を司るルビー、氷を司るサファイア、雷を司るトルマリン、の三種類だ。
ソケット付きの武具のベースは上質のロングソードを使う事にした。ソケットがついている装飾された刀身部分をプレート状に加工し、その表面に錬金術を用いて本体に金メッキ、装飾に銀メッキを施した。そして右端にはフロッグウィップ起動用にアメジストを、左端にはポイズンモード起動用にエメラルドをあらかじめ埋め込んでおいた。
そして、いよいよ再改造手術当日。
俺はメンテナンスモードからベルトのみの部分変身を行い、アリサの作業部屋の工作台の上で仰向けになっていた。
「じゃあ、まずはベルトのバックルを取り外すところからね」
手術、といっても機械工作と錬金術による加工がメインとなる。俺は自分の状態をモニターするために、視覚情報をオンにしておく必要がある。これは、メンテナンスモードならば人間態でも使用が可能なので問題ない。ただし、自分の体を自分で弄るようなわけにもいかず、俺はアリサに指示を出して、彼女に全てを委ねる必要がある。
「取り外し、いつでもいいよ。回線もオフにしたよ」
バックルの取り外しは、一度試験的に行っているので特に問題はない。手順はアリサも理解している。このために、鍛冶屋に原型を作ってもらい、それを錬金術で加工したドライバーやペンチといった工具も製作済みだ。
アリサがバックルの取り外しを始めた。
これでいよいよ、俺はデストロイの怪人ではなく、正式に改造人間ヒュージを名乗れるようになる――あくまで気持ちの問題ではあるが。あの忌々しいデザインともおさらばだ。
アリサが慎重な手つきでバックルの接合部を取り外している。
「ヒュージ、痛くない?」
「大丈夫だよ」
ベルトには痛覚が無いので痛みを感じることはないのだが、そういう説明よりも「大丈夫」と言う方がアリサを安心させるだろうと考え、俺はそう応えた。
やがて、回線部分の接続が切れたことを視覚情報が告げてきた。
「オッケー、じゃあ次は新しいバックルに回線の移植だね」
この作業は、俺が起き上がって二人でやることになっている。
メンテナンスモードにサポートしてもらいながら、俺がパーツを押さえ、アリサには錬金術でハンダ付けに近い加工をしてもらう。
フロッグウィップとポイズンモードのスイッチに当たる宝石への魔力的な接続は、アリサが慎重に施してくれた。その際にエメラルドに毒属性の魔力も付与したらしく、それに伴い毒の強度が上がり、またキックでもポイズンモードが利用可能になるらしい。
フロッグウィップのグリップ部分は俺の腹部に内蔵されており、これは単純にスイッチを押すことでグリップが飛び出てくるというギミックだ。
「よし、回線移植完了だ。じゃあ新しいバックルの接続をしようか」
俺はそう言って再び作業台に乗った。
「まずは回線の再接続からね。ヒュージ、モニターよろしく」
アリサが新しいバックルを手に、俺の腹部の端子を確認している。俺も視覚情報に集中する。
何度かカチャリという接続の音が聞こえ、やがて回線接続完了の表示が現れた。
「上手くいったみたいだ。試しに回線をオンにするから少し待ってて」
アリサにそう告げて、俺はコンピュータに回線をオンラインにするよう指示する。
と、コンピュータが新たな機能拡張を認識した。
「アリサ、成功だ!」
俺の言葉に、アリサがにっこりと笑みを浮かべる。
「じゃあ、新しいバックルを取り付けるわね」
アリサが慎重に位置調整を行い、工具でバックルを取り付ける。こうしてみると、アリサはすっかり電子機器の取り扱いに慣れているようだった。彼女の持つ知識は、この世界ではもはや最先端のものとなる。
やがて、ガチャっとロック音が聞こえた。バックルの取付完了だ。メンテナンスモードでも不具合はまったく出ていない。
「さて、いよいよお楽しみの本番ね」
アリサが嬉しそうに三つの宝石を手に取った。
「ヒュージ、順番はどうする?」
「そうだな、右から赤、青、水色がいいかな」
「わかったわ」
アリサはそう応えると、さっそくソケットに一つづつ、宝石を嵌める。ソケットに宝石を乗せると、まるで吸い込まれるかのように宝石が食い込み、カッチリと固定される。
都度、視覚情報に追加機能拡張の情報が流れてくる。
三個の宝石が嵌り、視覚情報に大量のテキストが流れてくる。そのスクロールの勢いが早く、とてもではないが全てを追いきれない。待つこと数分、やがて機能拡張完了のメッセージが流れてきた。
「コンピュータの処理も終わったみたいだ。ありがとう、アリサ」
俺はそう言って上体を起こすと、アリサにキスをした。
「ん、どういたしまして。じゃあ、さっそくテストしてみよっか?」
アリサはどうやら俺以上に結果が気になっているらしい。それはそうだろう、何しろまったく未知の技術を頭に叩き込みながら、実に多くのアイディアを提供してくれたのだ。自分自身の発案がどれだけの効力を持っているのか――技術屋的な彼女の一面を考えたら、それは楽しみなのだろう。
俺は作業台から降りると、さっそく彼女の手を引いて外へと向かった。
家から少し歩き、俺がこの世界に出現した河川敷の土手近くへとやってきた。あまり人目に触れない場所となると、このあたりが適当だろう。……酔っぱらいさえ来なければ、だが。
「アリサ、ここに大きな岩とか呼び出せたりしちゃう?」
割と無理を言っている自覚はあるのだが、多分アリサならできるような気がした。
「待っててね」
……やっぱりできるのか。
アリサが呪文詠唱すると、俺の正面に高さ二メートル、幅一メートルくらいの岩盤が出現した。
「このくらいのサイズでいいかしら?」
いやいや、ベストサイズだよこれは。
「ありがとう、絶妙にいいサイズだよ」
この一か月共に生活して、アリサはまるで俺の心を読んでるのではないか、というくらい何ごともピタリピタリと当ててくる。もはや俺にとってはかけがえのない、最愛のパートナーとなっている。彼女のいない人生など、俺にはもはや想像もつかない。
「よし、それじゃ炎から試してみるよ」
俺はさっそく改造態に変身した。
そして真新しいベルトのバックルのルビーに触れる。すると、視覚情報にフレイムモード起動、の文字が浮かんだ。
ギリッと右手を握り込むと、手を覆うように炎がメラメラと燃え上がる。俺の皮膚には影響はない。
「フロッグ――業炎パンチ」
岩に向かって正拳突きを入れると、命中した周囲に炎が爆風を伴いボワッと広がった。まさにイメージ通りだ。
「そう、このイメージだよ!」
何気にものすごく嬉しい。
横で見ているアリサも嬉しそうに笑っている。少しドヤ顔っぽくもある。
「すごい威力ね!ヒュージのパンチで爆風とか……ファイアボール並じゃない!」
「そうだアリサ、俺に向けて火球を放ってもらえるかい?」
するとアリサが「え?」と言う顔をして見せる。
「大丈夫、ちゃんと受けられるかどうかの耐久テストだから」
俺の言葉に意図を理解してくれたのか、アリサはすぐさま手のひらの上に野球ボール大のファイアボールを出現させた。そして俺から十メートルばかり離れて、
「行くわよ」
その言葉と共に火球が飛んできた。視覚情報に警告が出る。
俺は咄嗟にその火球を手づかみした。火球の爆破を握力で抑え込む。
「ハッ!」
握りつぶすと同時に、火球が手のひらの中で爆発するが、その衝撃もろとも握力で封じこめる。
「ちょ、ちょっと!ヒュージ、大丈夫!?」
アリサがとんでもないものを見た、といった表情で俺の元へ駆け寄る。
俺は彼女に握りつぶした手を広げて見せた。
「大丈夫だよ」
手のひらはフレイムモードの炎をそのまま発しているが、ダメージの痕跡はない。
「思った通り、火炎のダメージも防げるみたいだ」
武器としてだけではなく、防具としての役割もこの身体が担っているということだ。
「よし、次のテストに移ろう」
俺はベルトのサファイアに触れる。視覚情報にフロストモード起動と文字が浮かんだ。
全身が心なしか青色に染まる。そう、まるで黄色色素を失ったシアンのニホンアマガエルのような色に。
「綺麗な色ね」
「うん、実際にニホンアマガエルにもこういう突然変異種がいるんだ、これがまたかわいいんだよ」
俺の説明に、アリサはへぇー、と興味深げに頷く。
「よし、じゃあいくよ――フロッグ氷結パンチ」
先程の岩に、再び正拳突きを入れる。と、拳の突き立ったところを中心に岩がパキパキと氷結を始める。
体表から冷気が伝わるが、体温に変化はない。やはりフロストモードでは冷気耐性がしっかり発動しているようだ。
「変温動物としての弱点も克服したみたいだ」
「変温……動物?」
アリサが不思議そうな顔で首をかしげる。
ああ、その辺りの学問はまだ浸透していないのか。
俺はアリサに簡単に変温動物と恒温動物の違いを説明した。
「なるほどー、それでヒュージの弱点が寒さだったわけね。どおりで布団の中でよく私に抱き着いてくると思ったわ」
言いながらアリサがニヤニヤと笑う。
アリサさん、なにか別の意味で勘違いしてやしませんか?
「いやその、否定はしないけどそれはアリサとくっつくのが気持ちいいのであって……」
「わかってるわよヒュージ。そういうところがまたかわいいのよね」
言いながら、アリサが手を伸ばして俺のカエル頭をポンポンと撫でるように叩く。
「このひやっとした感触も気持ちいいのよね」
「あ、でも粘膜に毒が含まれてるからちゃんと手を洗わないとダメだよ?」
俺の言葉を聞くとアリサは何やら呪文を唱え、彼女の前に水でできた玉が出現した。そしてすかさずその玉の中に手を突っ込み、ちゃぷちゃぷと洗う。手洗いを終えると、その水の玉は形を崩してパシャリと地面に落下した。
「これで大丈夫?」
アリサの言葉に俺はうん、と頷いた。
まったく魔法というのは便利だなぁ、と思う。
「さて、それじゃ最後の一つを試そう」
言って、最後の一つ、トルマリンに触れる。と同時に、ライトニングモードが起動した。
体色が元に戻り、手足にバチバチとスパークが走る。ためしに両手のひらを近付けると、指先から何本もの電光がバチバチとほとばしる。辺りにはうっすらとオゾン臭が漂う。
「電気の逆流もないしコンピュータも問題無しだ」
これも電撃耐性のおかげだろう。
「それじゃ、危ないから少し離れててね」
アリサが後ろに下がったのを確認すると、俺は大きく空に跳び上がった空中で反転して身体を大きくひねり、回転を加える。そしてその岩目掛けてキックを放った。
「フロッグ稲妻ドリルキック――」
おびただしい電撃を帯びながら、俺のつま先が岩を捉え、回転が穴を穿つ。強烈なオゾン臭が鼻孔に広がる。
岩はあっという間に粉砕された。そして俺の体は容赦なく地面に穴を開けてゆく。
結局、下半身が大きく埋まったところでようやく回転が止まった。
「ぬ、抜けない……」
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