第二十七話  呪いの連鎖

 俺の目の前で、アリサは俺とレーヴェウスを交互に見やっていた。


 俺は恐怖に屈しなかった。恐怖をはねのけ、アリサを救いたい一心で、俺は彼女を守れた。俺の身なんかどうなってもいい、彼女さえ無事ならば――。


「何故だ!?貴様、何故絶望しない!?」


 レーヴェウスが怒りに任せて怒鳴り散らす声が俺に突き刺さる。だがその怒りの声も、今の俺にはどうでも良かった。


「アリサ、無事でよかった――」


 俺は思わずアリサを抱きしめた。


「ヒュージ……!」


「もう大丈夫だ。今度こそ、俺はレーヴェウスを討つ。きみが無事なら、俺は何だってできる」


「ヒュージ、今この瞬間を、私は何度も何度も見続けたわ。私もあなたとなら何でもできるわ!」


 アリサが熱い目で俺を見つめ返す。そうか、これが彼女の予知夢の瞬間だったのか――。


 アリサからそっと身を放し、俺は彼女に向かって頷いた。


 背中に手を伸ばす。あれだけ背中を焼かれたというのに、魔法空間バッグは無事だった。


 ゲッコー丸を手に取る。


「ヒュージ、その剣は――」


 後から様子を見ていたフォールがそう問いかけてくる。


「セドリック王から戴いた」


 そう返し、俺はレーヴェウスに向き直り、ゲッコー丸を抜刀した。


「アリサ、電撃魔法は得意かい?」


 俺の問いに、アリサは


「ええ、任せて。特大のをお見舞いしちゃうから」


 間違いない、意図は伝わっている。


「人間、その剣は無駄だと何度言えばわかる?!」


「レーヴェウス、無駄かどうかなんてやってみなくちゃわからないだろう?」


 そう軽口を叩く一方で、俺はコンピュータに問いかけていた。


(あとどれだけの時間があれば変身できる!?)


『通常モードまであと十五分は必要です。ただし、緊急モードならば、今すぐ二分間だけならば変身可能です。そのかわり緊急モードを使えば、六時間は変身できません』


 二分。それだけあれば充分だ。


 狙うは無刀・新月。刀の鍔だ。かつてセドリック王と戦った時の、解呪の王冠の事を思い出していた。そのアイテムそのものを狙えば、攻撃は当たるのではないか、守護を貫けるのではないか。そして、もしそれが鍔ならば、狙うはただ一点――。



「変――身」



 改造態へ変身すると同時に、緊急モードのカウントダウンが開始された。


「ゆくぞレーヴェウス!」


 俺は大空高くに跳躍した。その高度、レーヴェウスの頭上を遥か超え、上空三十メートル。俺は狙いを定めてゲッコー丸を構えた。……突きの姿勢だ。空中で身を翻し、俺は垂直に近い上体で落下を始めた。


「刀の鍔なら――刀と共にあれ!」


 狙うは一点。鍔の茎穴なかごあな


 俺の直感が訴えた。きっとその一点ならば、ゲッコー丸の攻撃は通るはずなんだ。


 そしてその直感は正しかった。俺の突きは、まるで飲み込まれるように茎穴なかごあなを通り、レーヴェウスの喉の下、鎖骨の間に突き立った。


「今だアリサ!」


 既に呪文の詠唱を終えていたのだろう、アリサは杖を大きく天に振りかざした。と同時に極大の雷光が、レーヴェウスに突き立ったゲッコー丸目掛けて直撃した。


 その立て続けの衝撃に、レーヴェウスの体がドンと地面へと落ちた。レーヴェウスは天を仰ぎ、苦悶の声を挙げていた。電撃の威力もあってか、その体は動いていない。


 今こそ、最後の時。


 俺は再び大空へ跳び上がると、その頂点で身体を大きく反転し、強烈な回転を身体に加えた。



「フロッグ稲妻ドリルキック――」



 俺のつま先が、レーヴェウスの額を捉えた。その額の中央に生えた角を砕き、額の中央にミシミシとつま先がめり込んでゆく。レーヴェウスの全身を駆け巡っている電撃が俺の足に反応し、オゾン臭と共に放電を始める。


「穿て、俺の足!」


 ギャルギャルギャルッと鋭い音を立てながら、レーヴェウスの頭蓋骨に穴が空いてゆく。


 摩擦がふっと軽くなった瞬間、ぐちゃりという感触と共に足元から脳漿が溢れ出してきた。俺の体が激しく回転しながら、レーヴェウスの頭を一直線に突き抜ける。


 そして、貫通――。


 俺の体は脳漿にまみれながら、レーヴェウスの後頭部を飛び出した。


 そして着地と同時に、緊急モードのカウントダウンが終わり、改造態の変身が強制解除された。


 レーヴェウスだったものは、ゆっくりと後方に倒れ込んだ。俺は勝ったのだ。




「終わったよ」


 俺はアリサたちの元へ駆けつけるなり、そう言って彼女を抱きしめた。


「うん――お疲れ様、ヒュージ」



 彼女から体を放して、俺は今し方倒したばかりのレーヴェウスに向き直った。


「見て、ヒュージ」


 アリサが指さす。


 レーヴェウスの体がぐんぐんと縮んでいた。それはやがて最初に会った時の形態に戻り、そしてさらに、そこから人間の体へと変貌を遂げていった。


 薄茶色の髪に、緑色の目。アンゼリカ王妃と似た整った顔立ちの青年だった。額には俺が穿った穴の痕が無惨にも残り、首には鍔の付いたゲッコー丸が突き刺さっていた。


 俺はその死体に歩み寄り、ゲッコー丸を抜くと、鞘に納刀した。


「これが第二王子ハルホーク……」


 するとその体から、何やら赤く発光する球体が飛び出してきた。これが封印するべきレーヴェウスの魂か。


「おやじさん!お願いします!」


 おやじさんが魂の封印石を取り出し、前へ出てこようとしたその時――




『見つけたぞ!』




 その赤い球体からレーヴェウスの声が響くと同時に、球体がフォールに向かって飛んで行った。そしてそれは、瞬く間にフォールの体に吸い込まれていった。


「な、何が起きた……!?」


 おやじさんが焦りの色を浮かべてそう言った。


「フォール!どうした!?」


 思わず俺もフォールに声をかける。


 すると、フォールはゆっくりとフードを下し、顔を露わにする。そしてその顔を見たアリサが、ぽつりと呟いた。


「まさか――スタンセン王子!?」


 薄茶色の髪に緑色の目。確かにアンゼリカ王妃やハルホーク王子と顔つきは似ている。


 この中で、スタンセン王子の顔を知っているとすればそれは古くからトライスタに住んでいたアリサだけだ。


 フォールは自分の正体を知るかもしれないアリサの元へ来るのを拒んでいたということか。


「馴染むぞ、ケンデウス王家の血筋でも、ここまで馴染むとは――」


 フォール、いや、スタンセン王子の口からそんな言葉が洩れた。


「どういうことなんだ!?」


 俺の問いに、スタンセン王子、いや、レーヴェウスは答えた。


「これが、余が真にほしかった身体よ。ご苦労だったな、人間ども」


 言うや否や、レーヴェウスの背後に赤黒く光るポータルが出現した。


「さらばだ。もう二度と会うことは無いだろうがな――」


 そう言って、レーヴェウスはポータルに背中から飛び込んだ。と同時に、ポータルは忽然と消えた。





「封印に失敗したどころか、みすみす復活させてしまうとは――」


 おやじさんが口惜しそうにそう言った。


「おやじさんの責任じゃないです」


「そうよ、フォールって人がまさか第一王子だなんて誰も知らなかったんだから」


 誰も責めるべきではない。おやじさんはもちろん、スタンセン王子さえも、責めるべき対象ではない。スタンセン王子は、自分が王家の呪いを解くべきだと考え、このトライスタの街へ舞い戻って来たのだろう。だが、それを誰にも知られたくなかったから、ああやって身を隠しながら活動していたに違いない。


「もう一度見つけて、今度こそ地獄に送り返す――」


 俺はそう呟いた。新たなる決意と共に。





 かくして、俺の最初の魔王討伐は幕を閉じた。


 フォクスエルは、体を隠した場所からすっかり姿を消していた。そもそもが本来、人と深くかかわってはいけない身ゆえに、どこかへ飛び去って行ったのだろう。


 おやじさんは今回の詳細を賢者連盟に報告し、今後のレーヴェウスの動向を探るために一度トライスタの街を離れるとのことだった。


 トライスタの街はすぐに復興に入った。といっても、石造りの建造物が多いこともあり、火事による被害は思ったほど大きくはなく、街の人々はそれほどしないうちに普通の生活へと戻っていった。


 トライスタ城は、レーヴェウスによって大きく破壊された。特に修道院付近と城本体は修復が不可能なほどで、この先廃墟として特に何かされること無く放置されていくのであろう。


 地下迷宮もまた、場所によってはひどく破壊されていた。俺が懸念していたのは地下三階の骨の山だったのだが、幸いそこにいたる道はそれほどの被害を受けていなかった。ソーニャ達の成仏の方法は現状まだ模索中だ。


 そして俺とアリサは――。


 魔王レーヴェウスを取り逃がしたことが尾を引き、お互いでよく話し合い、一度結婚を延期することにした。魔王がらみの話については、おやじさんから何らかの報告を受け、もしまた戦う必要が生じた時は俺たちで片を付けたい、というのが二人の共通認識だ。とはいえ、生活は二人一緒だから特に不都合はない。


 家の隣には、小さいながらも丈夫な倉庫――宝物庫が完成した。アリサは完成後、結界の魔法を張り、俺たち以外が立ち入ることを完全に禁じた。


 アリサは、自分がイズニフの力を持っていることを自覚していた。自分がどこか人と違うことは幼い時から気付いていたらしく、また予知夢もその力の一端なのだろうと思っていたそうだ。


 俺は、自分の能力、特に脳内のコンピュータを活用し、アリサの魔術師兼錬金術師の仕事を手伝えるよう、知識を身に付け始めた。特に錬金術は俺がいた世界の化学とも通じるところがあり、そういう分野に対して、俺のコンピュータは大活躍だった。


 鍔を得たゲッコー丸、つまり聖刀・月光と無刀・新月は元々対になって作られたものだということが、ケンデウス王家の歴史書に記載されていた。これを合わせて神刀・真月というのが本来の名らしい。その能力は攻守ともに聖なる力を活用できるようになるとのことで、今後の対悪魔の戦いでも大いに役立ってくれるだろう。


 他にも、俺が手に入れた魔法のアイテムの数々には何かと役立つ物が多かったらしく、それらは追々アリサが使い道を教えてくれるという。


 俺は今、それらのアイテムのうちいくつか気になった品があり、それを自分の体に機能として組み込めないかどうかを、コンピュータと錬金術を活かして検討している。もし上手くいくようなら、アリサの手を借りて自分を再改造したいと考えている。



 だが俺たちは、この時はまだ何も知らなかった。


 このレーヴェウス討伐がまだほんの始まりにしか過ぎなかったことを。


 転生の女神リライアが言っていた世界を救う、という出来事は、これから本格的に俺たち二人に降りかかってくることになるということを。


 そして、俺たち二人が長い旅に出て、より愛と絆を深めていくことになるのだということを知らなかった――。




          第一部 完








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