第二十三話  魔女の家 第五夜

 俺の体の七不思議のひとつに、たとえどれほど改造態で血みどろになろうとも、一度人間態に戻ると再び変身した時には綺麗になっている、というものがある。


 人間態の時は普通に汗もかけば垢も出るから風呂はもちろん必要不可欠なのだが、わざわざ二形態で身体を洗う必要が無いというのは助かっている。


 今日は家に帰ると、アリサが俺に風呂を勧めてくれた。沸かして準備してくれていたらしい。


 正直なところ、レドラムの内臓にまみれた時の全身の汚れのあの何とも言えない絶望感といったら無かったので、こうして身体を洗えることは精神的にも助かる。


 と、身体をごしごしとやっていると、風呂の戸がノックされた。ハッと振り返ると、カチャリと戸が開き、アリサが顔を出した。


「ヒュージ、背中、流してあげよっか」


 いやいやいやちょっと待て、それは不意打ちに過ぎる。


 もちろんそれは嬉しいのだが、嬉しいのだが……。と逡巡しているうちに、アリサはバスルームに入ってきた――裸で。


「い、いや、アリサ、マ、マズいんじゃないか――」


 その裸はあまりにも眩しかった。


 彼女の豊満なおっぱいは形の整ったおわん型で、乳輪は程よい大きさで薄めの桃色。ツンと上向きの乳首がたまらなくエッチだ。思わず俺の股間の息子が主張を始めた。


 腰のくびれはくっきりとしており、お腹には綺麗に縦のラインがあり、すっとお臍へとつながっている。正面から見てもお尻の形が良いのがわかる。そして股間……いや、まじまじと見ては余りにも何なんだが、毛は形が整って刈り揃えられていた。


 今まで見たことのない完璧な女性の裸がそこにあった。


 童貞の俺にはあまりにも強烈過ぎる。


「そんなにじっくり見られたら、私もさすがに恥ずかしいかな」


 お互い顔が真っ赤になっている。


「こ、恋人同士だもんね、お風呂くらい、一緒でもいいわよね?」


「う、うん、もちろん俺も嬉しいんだけど、さ、さすがに刺激が――」


 もはや息子の怒張がとんでもないことになっている。


「えいっ」


 アリサが背中に抱き着いてきた。背中に当たるおっぱいの感触がなんとも幸福感を増長させる。


 もう一生このままでいい。


 と、アリサが身体を上下に動かし始めた。石鹸のぬるぬるした感触と共に、背中をおっぱいが行ったり来たりする。


「ヒュージ、き、気持ち、いい?」


 そりゃ気持ちいいに決まってるよ。なんだよこの幸せは。そうか、世の中のカップルはみんなこんな幸せを味わっていたのか。


 もう心臓がすごい勢いで動き回っている。


「背中ごしにヒュージのドキドキが伝わってくるよ……」


「そりゃこんなエッチな事してたら、誰だってドキドキしちゃうよ」


「エッチ、なんだ……」


 アリサの呟きがかわいい。


「ヒュージ……こっち、向いて」


 アリサが俺に耳元で囁く。その声の方向へ、俺はゆっくりと振り向いた。


 アリサの唇が俺の唇に吸いつく。


 お互いの舌がお互いを求めて絡み合う。


「っん……!」


 アリサの口から吐息が洩れる。


「ヒュージ、大好き」


 そう囁き、アリサは再び俺の唇を奪う。


「私……ヒュージになら、襲われても平気だよ?」


 アリサは俺と初めて会った日にも、同じようなこと言ってたっけ。


「襲うだなんて、俺そんなことはしないよ。優しくするよ」


 そう言って、今度は俺からアリサにキスをした。



 お互いの身体を流して風呂から上がり、身体を拭いてから俺はアリサをそっと抱き上げ、俺の寝室へと連れて行った。


 アリサをベッドに横たえ、そっと彼女の隣に添い寝する。


「俺、初めてで上手くできないかもしれないけど、頑張って優しくするから――」


「わ、私も初めて、なの」


 アリサが顔を真っ赤にしながら言った。


「そっか、初めて同士だなんて、俺幸せだよ」


 するとアリサは困ったような表情を浮かべた。


「私、二十四よ。この歳で初めてだなんて、ホントに嫌じゃない?」


「どうして?俺すごく嬉しいよ」


「でも、この世界じゃ十五、六歳で結婚なんて当たり前で、私はもうおばさ――」


「違うよ、お姉さんだよ」


 俺にとってのアリサは間違いなく憧れのお姉さんポジションなんだ。二十四でおばさんだなんて、絶対言わせない。


「アリサは、俺にとって大切な恋人だよ。憧れのお姉さんなんだ。だからそんな事気にしないで」


「で、でも――」


 そういうアリサの言葉を、俺は唇を奪って遮った。




 そしてその後、俺たちは初めて結ばれた。


 永遠にこの時間が続いて欲しいと思った。二人にとっての幸せの時間がこのままずっと続いて欲しい。そのためならどんな努力も惜しまない。


 その夜、俺たちは何度もお互いを求め合い、何度も一つになった。


 俺の心の中のアリサは、互いを求めあえば求めあうほどに、狂おしいほどにもっともっと大きくなった。


 アリサを好きになって良かった、と心の底から思えた。




 翌朝、俺たちはどちらともなく目を覚まし、初めて布団の中で同じ朝を迎えた。


「おはようアリサ」


「おはよう、ヒュージ」


 お互い裸のまま、俺はアリサを抱きしめた。この暖かさが無性に嬉しかった。


「俺さ、アリサのおかげで、人間なんだって思えるんだ」


「ヒュージは人間よ、いつだって」


 うん、と俺は頷いた。


 俺は悪魔との戦いで拳を血まみれにし、全身を臓物で汚している。自分の残虐さ、容赦のなさに気付きながら、それを押し殺して戦っている。


 レドラムに、人間の本質は悪魔と変わらない事を指摘され、俺はそれに同意しかけた。それは違うと叫びたかったが、どこかで変わらないかもしれないと思っている自分もいた。


 だが、アリサと抱きしめ合う事で、いつも俺の心は浄化されるのだ。俺にはアリサというとても大切な人がいて、彼女の事を想う都度、全うな人でありたいという願いが心を満たすのだ。彼女に相応しい人間でありたいと、あり続けたいと。


 俺はそのことを、ぽつりぽつりとアリサに伝えた。



「私、愛されてるのね、ヒュージに」



 愛されてる……?


 そうか、これが、愛というものなのか――?


 感謝しか無かった。また彼女に気付かせてもらった。


 俺の想いを一方的に押し付けるのではなく、お互いを想い合うこと。これが愛情の形なのだ。そして、この気持ちがあるから、俺は人間でいられるのだ。これこそが、人間と悪魔の本質の違いなのだ。


「俺も、アリサに愛されているから、人間でいられるんだね。ありがとう」


 俺は改めてアリサにそっと唇を寄せた。




 朝食を終え、俺は昨日の出来事をアリサに報告した。


 アンゼリカ王妃の霊に導かれ地下三階へ行けた事、幽霊の指輪の事、地下三階の霊が旧首都ターコムからのものであり、そのターコムへ次元の門を通って行ってきたこと。そして地下四階で宮廷魔術師だったレドラムと戦ったこと、帰り道が次元の門で城の倉庫に繋がっていたこと。


「昨日も驚きの連続だったのね」


「一番のサプライズはアリサがお風呂に入ってきたことだよ」


 言って、俺は自分の顔が真っ赤になるのを感じた。アリサの顔を見ると、彼女もそこは同様だったようだ。


「私も自分があんなに度胸あるなんて思ってもいなかったわ。人様に裸を見せたなんて後にも先にもあれが初めてよ」


 家族を除いてだけど、とアリサは付け加える。




「そっか、次元の門ね……」


 ふと思い出したように、アリサが呟く。


「私たち魔術師は割と普通に使うのよ。ポータルと言うんだけど」


「ポータル?」


「そう、ポータル。つなぎっぱなしのを作るにはそれなりに手間暇材料がいるんだけど、一時的に拠点に行って戻って、くらいの簡単なものなら巻物なり指輪にチャージなりで手軽に作れるわね」


「指輪に……チャージ?」


 あ、という顔でアリサは続ける。


「特定の魔法を封じこめておける指輪があってね、例えばポータルの魔法を五回分とか、ファイアボールの魔法を二十回分、とか。そうやって魔法を封じ込めるのをチャージする、というの」


 なるほど、そういう便利なアイテムが存在するのか。


「指輪はさすがに作るのにそれなりの時間がかかっちゃうけど、ポータルの巻物一つくらいならすぐ作れるわよ。念のために持っていく?」


「うん、それは助かるな」


 俺がそう答えると、アリサは仕事場から何やら紙を一枚持ってきて、その紙に向けて呪文を詠唱し始めた。すると、その詠唱している呪文の文字がまるで印刷物のように紙に浮かび上がる。アリサが呪文の詠唱を終えるころには、すっかり呪文の全文が紙に書き込まれていた。そしてアリサはその紙をスルスルと丸め、青いリボンで縛った。


「はい、ポータルの巻物よ。広げて念じるだけでポータルが出現するわ。出口はうちの前にしておいたわよ」


 そう言って、アリサは俺に巻物を手渡してくれた。俺はそれを受け取ると、バッグのフロントポケットにしまった。と、その時――。


 城の宝物庫で手に入れたペアリングが、俺の指に触れた。そうだ、と思い、俺はそれを取り出した。


「アリサ、左手を出してもらえる?」


 果たしてここの世界でも、左手の薬指に指輪を嵌めることに意味があるのかはわからないが、俺はアリサが差し出した左手の薬指に、ペアリングの小さな方を嵌めた。サイズはあつらえたようにピッタリだった。


「え?これ……は?」


 アリサがきょとんとした顔で俺を見つめる。


「うん、俺の元いた世界ではね、夫婦や婚約者同士で、左手の薬指にペアリングをつけるという風習があったんだ。それでね――」


 そう言って、俺は大きい方の指輪をつまんで見せた。


「あ、お揃い!」


 アリサはそう言って、察したように俺からその指輪を取り上げると、俺の左手薬指にそれを嵌めてくれた。


「魔王を倒したら、結婚しよう、アリサ」


「うん。じゃあ、これは婚約の指輪ね?」


 アリサが嬉しそうな顔でそう尋ねてきた。どさくさに紛れてプロポーズしてしまったが、アリサも即答だった。こんなに簡単でいいんだろうか?俺は本当にこんなに幸せでいいんだろうか?


「これで俺たちは婚約者同士だね」


 俺の言葉に、アリサは笑顔で頷いた。


「ヒュージ、幸せにしてね」


「うん、約束する。俺は絶対アリサを幸せにする」


 俺はアリサをぎゅっと抱きしめた。アリサも、俺をぎゅっと抱きしめ返してくる。


 これで、俺には絶対に死ねない理由ができたのだった。



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