第二十一話  地下四階

 地下四階への階段のありかも、ソーニャが手を引いて教えてくれた。彼女は子供ながらに地下三階のありとあらゆる事情を知っている良き案内人だった。


「この階には、まだソーニャたちを縛り付ける何かはあるのかい?」


 地下三階の悪魔たちを倒し、彼女たちをここへ連れてきた簒奪者さんだつしゃドルズを地獄へと送り返し、もはやこの少女たちを縛る何物も無いだろうと思い、俺はそう尋ねた。


「骨があるわ」


 そうか、あの骨の山か……。あれがここにある限り、この階に残る幽霊たちは成仏できないのか。ソーニャの骨もあの中にあるのだ。何とかできないものだろうか?


 少なくとも聖職者ではない俺には、いかんともしがたい。


「いつかあの骨が焼かれることがあれば帰れるかもね、ターコムの街に」


 骨を焼く、か。そういう浄化の方法でも知っていれば良かったのだが。


「そのうち俺が何か方法を探しておくよ。その時にまた会おう、ソーニャ。今日はありがとうな」


 俺はソーニャの頭をくしゃくしゃと撫でた。


「うん。おじさんも、ありがとう」


 ソーニャの礼を受け止め、俺は地下四階の階段へ足を踏み入れた。




 地下四階はそれまでの雰囲気とは打って変わって、明らかに人の手が微に入り細に渡り入っている階層だった。その雰囲気は寺院や神殿のそれに似ており、全体的に白い。至る所に彫刻や彫像が置かれ、レリーフのたぐいが飾られ、床や壁の石は綺麗にそろえられたものだった。だが、その対象は決して神聖なる存在ではない。邪悪な何かを崇め奉っている。


 彫像にしてもレリーフにしても、そのモチーフはまさしく悪魔だ。それも、これまで見てきたようなものではなく、もっと高位の、力に溢れた何か。まぎれもなく魔王に捧げられたものだろう。


 それまでの階層の雑な石積みの迷宮とは大違いだ。


 明らかにこの階層には何か良からぬものがある、と思わせる。


 そして、変わったのは迷宮の雰囲気だけではなかった。敵もまた、これまで以上の難敵が増えたのだ。



『警告 熱源反応、前方二十メートル』



 突如、文字情報に警告が浮かんだ。前方から猛烈な勢いで火球が迫って来ていた。


 俺は咄嗟にそれを躱すも、左上腕がジュッと音を立て焦げる。


 焦げた皮膚は血液中のナノマシンが直ちに修復するが、もちろんそれに伴うエネルギー消費もあれば、完全に回復するまでに少々の時間もかかる。


 咄嗟にセンサーの距離を前方に集中して敵を探知する。


 悪魔が三体。直進した先の十字路の右に隠れながら、その内の一体が魔法を仕掛けてきたようだった。


 これはさっさと近付いて片付ける方がいい。俺はその曲がり角へ向けて、ダッシュする。と、再び警告。



『警告 左方、飛翔物接近 至急回避』



 慌てて俺はバックジャンプする。と、先程まで俺がいた位置に近い壁に矢が突き立った。


 左方へ向けてセンサーを広げると、十字路の左側に、さらに悪魔が二体。一体ギリギリ壁際からが弓でこちらをねらっていた。


 悪魔は明らかに知能の高そうな人間型で、見た目も角が生えて肌の色が灰色っぽい紫という以外は人と大して差異が無い。しかもこうして連携してきているということは、明らかに今までの雑魚とはワケが違う。


 戸惑っている暇はない。俺は目の前の十字路を右に曲がり、そこにいる三体に向かう。が、センサーを左に集中させたせいで反対側への俺の注意が逸れ、右にいるはずの敵は一体減っていた。



『警告 熱源反応、前方五メートル』



 目前に火球が迫っていた。


 咄嗟にその火球を右手で打ち払う。すぐ右の壁で火球は爆裂し、俺は爆風をもろに食らう。


 そこへ間近に立っていた二体が襲い掛かってきた。その手には剣が握られている。


 右側はまだ爆炎が晴れず視界が悪い。俺は慌てて左側に回避しながら、向かってくる敵の剣を持つ腕に打撃を入れる。


 センサーが、さらに後方からの敵の接近を知らせる。先程矢を放った連中だ。さすがに同士討ちを敬遠してか、弓を持っていた敵は武器をダガーに持ち替えていた。


 四対一。更に前方には魔導士もいる。その魔導士は周囲の悪魔よりも位が高そうで、装飾された衣服を身に付け、杖を握っていた。今は手下どもの戦いに注視しているようだ。


 敵の一体が横から俺に斬りつけてくるが、俺はその攻撃を躱しざま、敵の目を狙い腕を打ち付けた。腕の粘膜が敵の目に触れたのがわかる。


「ギャアッ」


 苦痛の声と共に、敵は首を振りながら後方へ下がる。


 カエルの粘膜には毒が含まれているのだ。そしてこの毒は、傷口に触れれば痛みを数倍にさせ、目に入れば失明の危険性すらある。少なくとも乱戦で活用すれば、牽制くらいにはなる。本来ならこれを有効活用する方法もあるのだが、どうも自分のスタイルではない、と使うのを敬遠している。


 さて、これで一時的に三対一。


 背後で敵が動くのがわかった。俺はすかさず後蹴りを当て、敵を弾き飛ばす。その隙を伺い前方の二体が斬りかかってくるが、俺は態勢を低くしてその足を大きく払った。


 一体はかろうじて後ろへ避けたものの、もう一体は明らかに不意を打たれたのか、足払いで大きく転倒する。


 俺はその転倒した敵の剣に舌を伸ばしてそれを奪い取り、咄嗟に右手に持ち替えると前方の一体に斬りかかった。


 俺の突然の剣戟に対応できず、その敵は胸から腹にかけて深い傷を負う。俺はそのまま追撃し、敵の首目掛けて剣を突き立てた。と同時に突き立てた剣を抜くと、傷口からババっと血が飛び散り、ドクドクと溢れ出す。



『警告 熱源反応、前方十メートル』



 この状況でか!敵の魔導士は相当に冷静だ。


 目の前の敵が倒れる寸前、俺は血でドロドロと濡れたその襟首を掴み、盾にするように身を隠した。と、ドンッという衝撃と共に、火球の爆破が起きる。


 俺は目の前の煙の中に飛び込み、敵の魔導士に一撃を加えるべく剣を突きの構えで持ち、駆け抜けた。


 煙を抜けた瞬間、魔導士が目を見開き驚いている顔が飛び込んできた。俺はそのままの勢いで、剣を魔導士の鳩尾深くに突き立てた。


 ガハッという声と共に、魔導士が血を吐いた。俺は魔導士の体に蹴りを入れ、剣をその体から抜き取ると、再び後方目掛けて駆け戻る。


 まだ敵は三体いる。



『警告 前方、飛翔物接近 至急回避』



 いや、矢は見えている。咄嗟に身をよじり矢を躱しながら、最も位置の近い一体にそのまま斬りかかる。が、敵も冷静に俺の斬撃を受け止め、押し返してくる。


 甘い。


 俺は舌を伸ばして敵の頭を掴み、思いきりこちらに引き寄せた。と同時に、その腹部へ深々と剣を突き刺す。そのまま力を込めて剣を背中まで貫通させると、敵を突き刺したまま別のもう一体に体当たりする。さすがに二体串刺しとはいかなかったが、不意を打つには充分だった。そのまま壁まで押し付け、剣を突き刺している敵の下腹部に足を当てると思い切り剣を引き抜く。


 足の裏でなにか大事そうなものがグチャッと潰れる感触がした。敵のことながら、思わず俺の背中にも寒気が走る。


 玉を潰された敵はその場でしゃがみ込み、苦痛で動けなくなる。


 と、背後から弓持ちだった敵がまたもやダガーに持ち替えたのかこちらにドスのように構えて体当たりをねらってくる。


 俺はさっと身体を横にずらして向かってきた敵を躱すと、後からその背中を前方に勢いよく蹴りつけた。


 当然、そのダガーは壁にいるもう一体に突き刺さる。


 味方同士で唖然として見つめ合っている中、俺はダガーを持っていた敵の頭にハイキックを入れた。パンッという音と共にその頭部は木っ端微塵となり、その血や脳漿が今まで見つめ合っていた相手に無遠慮にかかる。


 俺は首から血が噴き出ている死体を脇に避けると、壁際でダガーを突き立てられている最後の一体の顔面目掛けて正拳打ちを放つ。ぐちゃりという感触と共に、その顔面が大きく陥没し、拳がめり込んだ。


 白かった床や壁は真っ赤な血に汚れていた。


 邪悪な悪魔を討つとはいえ、やっていることはこれでは悪魔と一緒だ。血を流し、敵を惨殺している。


 思わず城の地下二階の拷問部屋の光景を思い出す。


 俺の殺し方も充分に残酷だ。このままでは、俺も悪魔と同類になってしまうのではないか、そんな思いがよぎる。何が俺を人たらしめているのか?悪魔との違いは何だ?



 その後も何組かの悪魔の集団と遭遇し、俺はそれらをことごとく打ち破った。今までと違い連携が取れている分、戦うのに少々苦労はしたが、倒すと時々魔力のこもったアイテムを持っていたので、何かの助けになればと見つけ次第バッグに放り込んだ。


 地下四階はそれまでの階層とは違い、入り組んでこそいるものの、それほど広さを感じさせない階層だった。しかも構造も迷宮というよりは何らかの施設っぽくもあり、作りもほぼ左右対称な構造をしていた。


 そして、その最深部と思われるエリアに入ると、またしても雰囲気が一変した。


 そこはまるで、神殿内にさらに小規模な神殿があるような場所だった。大きな、直径五十メートルほど、高さ最大二十五メートルほどのドーム状の部屋の中央に、装飾やら雰囲気がまるで違う建物が丸々建っているのだ。そこだけ何か別の物を祀っているような雰囲気で、だ。


 そこには、何やら今まで見たものとは異質の言語でこう書かれていた――レドラム、と。


 レドラムといえば、王家に仕える宮廷魔術師の名だったはずだ。その名が、なぜこんなところで刻まれているのだ?


 俺は入口と思われる階段を一歩、また一歩と慎重に上る。


 中の様子をセンサーで探るが、なぜかこの建物の中だけはスキャンが阻害される。どういうことだ?なぜセンサーが効かない?何か特殊な事でもされているのだろうか?


 こうなればやむを得まい、中に入る以外に無い。


 入口の階段の奥には、両開きの金属の扉がある。そこから向こうは、なにもうかがい知れぬ空間だ。


 俺は意を決して、その扉に手をかけた。



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