第十四話 地下二階
地下二階の空気も、一階とそう大して変わらなかった。ただ、微量に血の匂いが混じっているように感じられた。
探索していく中で、悪魔に新たな種類が加わった。魔術を使ってくる敵だ。
魔術といっても、火の玉や氷柱を飛ばしてくるようなもので、その速度も決して早くはなく、余裕をもって見切れる程度のものだった。
無論、乱戦状態でそれを打たれることは厄介だったので、まず最初に狙うべきは魔術を使う杖を持った悪魔、という鉄則が俺の中でできあがった。
地下二階の探索中、所々壁が鉄格子になっている箇所が散見された。最初は不思議でならなかったのだが、そのうちに理由がわかった。
鉄格子越しに、矢を打ってくる悪魔も現れたのだ。
弓の使い方があまり上手くないのか命中精度こそ悪いが、特に近くに出入り口が無い場所でそれをされるのが非常に鬱陶しかった。
探索を続けているうちに、見覚えのある巨大な鉄の扉をみつけた。見覚えがある、といっても全く一緒というわけではない。頑丈な鉄製の
俺は閂を引き抜き、その鉄の扉を押し開けた。予想通り、そこは昨日探索した城の地下二階へと繋がっていた。
瞬間、頭の中で地図が大きく広がった。城の地下と、今まで探索していたダンジョンのマップが接続されたのだ。それにより、二階のマップの探索がすこしばかりやりやすくなった。
だが、なぜこの二つが接続される必要があったのだろう?しかも閂の存在を考えると、ダンジョンから城の地下への一方通行だ。。
いや、理由は無いわけではない。現に昨日、地下二階で悪魔と戦っているではないか。
昨日の悪魔はこういった。「我が王への
そして何より、悪魔の存在を強めるのは人間に与えられた苦痛や恐怖。そのための生産工場として、トライスタの城は、そしてその王家の人々は機能していたのだ。
では今は?その供給が断たれてから、すでに随分な時間が経過している。死体が白骨化する程度には時が流れているのだ。
だが、アリサが言うには悪魔は、魔王は力を強めているという。まだ別の供給源があるということなのだろうか?
腑に落ちないことが多すぎる。
二階の探索を始めてややしばらく経ち、それなりにこの階の構造もわかってきた。
そして、探索をしていない場所が残り一か所という時点で、どうにも理解しがたい事態に陥った。
地下三階への階段が無いのだ。マップで確認する限り、隠し部屋という線もなさそうだ。
ではそのまだ探索をしていない最後の区画にあるのか?と問われると、答えはノーだ。城の地下二階との構造上、階段が作れない場所なのだ。
それとも、これまで探索した中で隠し階段の存在を見落としたのだろうか?
仕方ない、階段探しは後にして、未踏の最後の区画を探索しようと足を向けた。
その通路を進むと、徐々に、地下二階に降りた時に感じたあの臭いが強くなっているのがわかった。
血だ。
それも古い血ではない、新鮮な血の匂い。次第にその臭いが強くなる。むせ返るような生臭さだ。
やがて、通路から広めの部屋が見えてきた。
そして、センサーが新たな敵を感知した。未確認の悪魔が一体、そして人間が一人。
……人間だと?こんなところにか!?
途端、ダンッ、金属が何かとぶつかり合うような激しい音が周囲に響いた。それと同時に、人間の声と思われる、苦悶の絶叫――。
「ぎゃあぁぁ、脚が、脚があぁぁッ!」
ダンッ、と再び何かが叩きつけられる音。
そして、再び絶叫。
俺は急いでその広めの部屋に駆け付けた。そこには――。
巨大な鉄格子の檻。
十五メートル四方はありそうな部屋の、ほぼ中央が鉄格子で仕切られていた。
鉄格子の向こうはキッチンだった。向かって右にあるかまどにはごうごうと火が踊り、その上には巨大なフライパンが乗せられていた。
そしてその横には、頑丈そうな大きな木のテーブルの上に人間が乗せられ、そしてその脚を切断している巨体がいた。その手には巨大な肉切り包丁がにぎられ、たった今、その脚を切断したのであろう肉切り包丁はテーブルに突き立っていた。
その悪魔は、下半身が芋虫のようになっており、上半身は異常に太った人間のようだった。だが、禿げ上がった頭には二本の角が生え、明らかに人外の存在であることが見て取れる。
「ダマレ食材ッ!」
その悪魔が醜悪な声で怒鳴る。
「動クナッ!」
そう叫ぶと同時に、肉切り包丁が持ち上がり、再びダンッとテーブルに叩きつけられた。
またしても絶叫。
男の太ももが輪切りになっていた。脚からはドクドクと鮮血が溢れ出し、テーブルどころか床一面が赤く染め上げられてゆく。
なんと悍ましい光景だろうか。
生きた人間をそのまま調理するというのか。
その悪魔は、輪切りにした太ももをフライパンに投げ込んだ。ジュウゥという音と共に、肉の焼ける臭いが周囲に充満する。
無性にその悪魔が許せなくなった。こんな奴は存在してはいけない。俺の中で、そのシェフ気取りの悪魔に対する殺意が鎌首をもたげた。
「いい加減にしろッ!」
思わず俺はその悪魔に対してそう怒鳴りつけた。
「ダレダ?」
その悪魔が、鉄格子の左にある出入り口に近付いてくる。
でかい。身長は三メートルはあろうか。その巨漢ゆえ、実際にはそれ以上の迫力がある。
ギィ、と音を立て、出入り口の鉄格子が開いた。芋虫状の下半身がもぞもぞと蠢き、出入り口を乗り越えてくる。
俺は背中に手を伸ばし、刀を取り出した。抜刀し、鞘をベルトに挟む。
「キサマモ食材ニシテヤルッ!」
言うや否や、悪魔は猛スピードで突進してくる。咄嗟に右へ回避するが、同時に今し方まで俺がいた場所に巨大な肉切り包丁がダンッと叩きつけられていた。その衝撃で床の石材が弾け飛ぶ。
この巨体でこの速度、油断すると危ない。
改めて刀を構える。こいつの切れ味、試させてもらおう。
敵がブン、と肉切り包丁を振り上げた。
今だ。
敵の足が動き出す前に、俺は一歩踏み込み、刀を横一閃に薙ぎ払う。
スッと滑らかな感触と共に、刀は敵の脇腹をいともたやすく裂く。
傷口は見た目よりも深く、血と脂と共に、内臓がはみ出て落ちる。
一瞬遅れて、悪魔が痛みに叫んだ。
「ギャァァッ!」
その声と共に、傷口から銀色の炎のような何かが立ち上り、グツグツと沸騰するように泡立ち始める。
「キサマ、何ヲシタッ!?」
そうか、これがアリサの言っていた退魔の力――。
「ユルサンゾッ!」
悪魔が再び包丁を振り上げる。が、俺はその動きに構わず、刀を横に構え、悪魔の横を駆け抜ける。その刃は芋虫状の下半身をザックリと切り裂く。
ドロリとした粘液状の内臓のようなものが吹き出し、床一面をテラテラとした粘液が覆ってゆく。そしてやはり、その傷口にも銀色の炎が灯り、激しく沸騰するかのように泡立ち始める。
これできっと敵の速さは封じたはずだ。あとはあの肉切り包丁を何とかすれば勝てる。
下半身をじたばたさせながら、悪魔はやっとの思いで俺の方を向いた。
「オ、オノレッ!」
またしても肉切り包丁を振り上げる。こいつ、これしか芸が無いのか?
だがいい、俺も試したいことがある。さあ、打ち込んで来い。
ブン、と肉切り包丁が振り下ろされた。それに合わせて、俺はその肉切り包丁を――
斬った。
シャリン、と鈴が鳴るような音を響かせながら、刃はいともあっさりと肉切り包丁を斬り裂いた。悪魔の手元に残ったのは根元のみ。残りはその場でズルリと滑り落ち、床にドンッと突き立った。俺は刀を鞘に納め、その場で大きく跳躍した。
終わりにしてやる。
天井を激しく蹴り、その勢いで身体を反転させ、回転を加えながら悪魔の頭頂目掛けて蹴り入れる。
「フロッグ反転スピンキック――」
ドリルのように脚が悪魔の頭に大穴を穿つ。回転が脳漿を飛び散らせ、頭骨を砕きながらより深くめり込んでゆく。蹴りはその勢いで首の骨まで到達し、それを砕き背中まで貫通した。
……めり込み過ぎだ。
悪魔の鎖骨に左足をかけ、貫通した右足を引き抜いた。
それにしてもこの刀、切れ味が良すぎだ。よもや肉切り包丁まで切り裂けるとは思いもしなかった。しかも刃こぼれの一つもない。
よし決めた。お前の名前は魔剣ゲッコー丸だ。
ゲッコー丸を背にしまい、俺は悪魔のキッチンへと足を踏み入れた。残念ながら食材とされていた男は、出血過多で死んでいた。
キッチンの奥には扉があった。
生命反応一体あり、とセンサーが告げている。
俺は慎重に扉に手をかけ、押し開いた。
中を覗くと、その部屋は牢獄だった。先程の悪魔が行き来できるほどの通路をはさみ、左右に三つずつ牢屋があった。そして、突き当りにはまた扉だ。
右の一番手前の牢屋に、一人の男が閉じ込められていた。若い男だ。整った顔立ちで、薄茶色の髪に緑色の目が印象的だった。黒っぽいローブを身に付けている。
男は、俺の姿を見るなり身構えた。
「大丈夫だ、敵じゃない」
俺はその男に言うと、変身を解除した。
「安心してくれ、人間だ。ここの悪魔は倒した」
「騙そうったってそうはいかない――」
俺は再び変身すると、男が捕らえられている鉄格子をつかみ、力を込めた。鉄格子は飴細工のように曲がり、人が一人抜け出せるだけの広さを作った。
「少し
俺は入ってきた扉を開き、男を招いた。
男は恐る恐る監獄から出ると、ドアから外の様子を窺った。
「あれは……あんたがやったのか?」
俺はコクリと頷く。
「俺の名はヒュージ。改造人間ヒュージ。悪魔を地獄に送り返す者だ」
「ヒュージ、か。俺はフォール、旅の戦士だ。この街の魔王の噂を聞きつけてやって来たが、街はずれで悪魔共に捕まって、ここに入れられてしまった」
「街はずれで悪魔にだって!?」
俺の心に不安がよぎる。
「ああ、ついてきてくれ、脱出しよう」
フォールと名乗った男は、そう言うと何やら呪文を詠唱した。すると、フォールの頭上に小さな光球が現れた。松明代わりの魔法だろうか?
「行こう」
言って、フォールは奥の扉に向かう。
ギィ、と扉を開くと、そこは人が二人ばかり並んで歩ける程度の通路だった。
やはり地下三階への階段ではなかった。
フォールは早足で通路を進んでゆく。随分長い通路だった。
やがて通路は勾配を伴い、上へと向かった。空気の流れで、そろそろ外に出るだろうといった頃に、俺は変身を解いた。同じくして、フォールもローブのフードを目深に被った。
フッと、フォールの頭上の光球が消えた。
外だ。
空は夕焼けに染まっていた。
「ここは――」
出口は、木々に囲まれており、人目に付きにくい場所にあった。普通に歩いていれば見過ごすような場所だ。
だが、不安に思っていた場所ではなく、俺はほっと胸をなでおろしていた。
フォールが街はずれと言った時、真っ先に思い浮かんだのがアリサの家の事だった。彼女に何かあってはいけない、という思いが俺を不安にさせていたのだ。
ここは同じ街はずれでも、アリサの家とは街を挟んで真逆の方向だ。
それにしても、こんなところにダンジョンへの入り口があるとは――。
「ヒュージ、助かったよ、ありがとう。実はこの付近で悪魔が出没して何人も行方不明になっていると聞いて調べていたんだ。失敗したよ、ミイラ取りがミイラになったってやつだ」
「そうか、気を付けるんだぞ、フォール。悪魔は手ごわい。だが、俺が必ず魔王を倒すから、フォールはこれ以上危険な事に首を突っ込んではいけない」
俺の言葉に、フォールはわかった、と頷いた。
「じゃあ、機会があればまた会おう、ヒュージ」
「そうだな、そのうち酒場ででも一杯やろう」
そう言って、俺たち二人は別れた。さて、俺も帰ろう。アリサの元へ――。
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