第十三話 修道院~地下一階
俺の寝室に宝箱を三つ出し、金貨、銀貨、宝石類を宝箱に移し替え、武具を整理して並べ、ドレス類を天井から吊るし、アクセサリー類も宝箱にしまい、禁呪書とポーション類はアリサの仕事部屋に置いて、魔法空間のバッグをほぼ空にした。ケンデウス王家の歴史書は俺のベッドの枕元に置いた。フロントポケットに入れている内緒のペアリングと、鑑定してもらった刀、そして
さて、今日は修道院だ。城の中で唯一、古くからある建物。というよりも、城自体がまるで修道院を覆いかぶせるように建てられたのではないか、と思わせる向きもある。なぜわざわざ修道院を城の敷地内に入れたのか?
恐らく、これもこれからの探索で明らかになる謎の一つなんだろう。
実際問題、まだまだ解決していないことは山ほどある。第一王子、第二王子の行方、魔王による王家への呪いの数々、王家に災いをもたらした可能性の高い宮廷魔術師レドラムの存在、地下二階の大きな鉄の扉、そしてこの修道院の存在。
しかも伝え聞くには、この修道院の地下には何階層にもわたるダンジョンが存在しているという。なぜその地下深くに魔王が復活したのか?そもそもなぜ、神をまつる修道院の地下にそんなダンジョンが存在するのか?
まずは、この修道院がどういう存在なのかを突き止めよう。
修道院の見た目は、周囲の城の建造物と比較して明らかに古い。建造されて軽く二、三百年は経っているだろう。いや、それよりも更に古いかもしれない。
石造りで組み上げられて外壁材が塗られているが、その外壁材はほとんどが剥がれ落ちている。ところどころにある彫刻も年月が風化させたのか劣化が激しく、既に何がモチーフとなっているかもわからないものが多い。
扉は既に半壊状態だった。ここしばらくの間で何度か出入りがあったのだろう、埃には足跡が残っていた。人間の足跡以外にも、何やら奇妙な足跡があった。
俺は半壊状態の扉を押し開け、中に入る。
室内は学校の教室程度の広さだった。そこに長椅子が二列になって並んでいた。長椅子も既にボロボロで、扉と同じく半壊状態になっているものも多い。
足跡は長椅子と長椅子の間を往復していた。そしてその突き当りには、何やら祭壇のようなものがあり――その祭壇の真下には、地下へと続く階段がぽっかりと口を開けていた。
他に、扉などは無かった。修道院とは名ばかりの、礼拝所のようなものだ。
こんな建物の何を守る必要があったのだろうか?
いや、違う。守るべきものは、この修道院の地下にあるものなのだ。地下深くに続くダンジョン。
そして、そのどこかに、昨日までアンゼリカの呪いで立ち入れなかったであろう入り口があるはずだ。そこが、真の深淵への入り口だ。
はたしてこの地下に、どれほどの魔物が潜んでいるのだろうか?
俺は、慎重に階段に足をかけた。
改造態に変身する。
階段を下りる音が、カツン、カツンと響く。地下から湿っぽい空気を感じる。ちょうど昨日、地下一階の牢獄に降りた時の臭いに似ている。
かなり深くまで降りた。深さ的にも昨日の地下牢と大差ない。
だが、つくりはまるで違った。
天井の高さは四メートルほどだ。いつ崩れてもおかしくないような、非常に古い石積みの地下構造物。降り立ったのは小さな部屋だった。八メートル四方の正方形の部屋だ。そして、階段の降り口と正反対に、部屋の出口があった。扉のたぐいはない。
そうそう、実は一つ、自分の機能を自動化した。センサーのスキャンを常時起動させることにしたのだ。怪しい場所に行くたびにスキャンしていたのでは遅い、という判断で、コンピュータの設定を変更したのだ。情報は常に最新のものが視覚に投影されている。もちろん、この機能が使えるのは改造態の時だけだ。
部屋には、階段以外は特に何もなかった。じめじめとしているため、埃は積もっていない。足跡は階段の途中で消えていた。
どちらにせよ、裏手の出口から部屋の外に出るしかあるまい。
俺は意を決して、部屋の外に出た。
そこは、ただの通路だった。まっすぐ続いているが、途中で左右に横道がある。
片方の壁伝いで移動すれば全てをくまなく回れる、という迷路の法則がある。が、その欠点は時間が異常にかかることだ。
マッピングは脳内のコンピュータがやってくれるから、俺は必要な時に記憶を参照すればよい。だが、迷宮をくまなく探索するというのは骨だ。特に昨日の地下二階で懲りている。早いところ階段を見つけて地下に降りるべきだ。
当然敵もいるだろう。無論、敵を全滅させるに越したことは無いが、そうなればやはりすべてを
さてどうしたものか。何より早く魔王を倒すべきなのだ。
ええい、ままよ――。
俺はまっすぐ通路を進み、十字路に立った。左右それぞれを見回すが、どちらも特徴のない通路だ。ここでうだうだやっていても何も進展しない。
とりあえず左だ。
左の通路を進む。と、センサーが反応した。正面に非生命体一体。また“非生命体”だ。
俺は構えを取ってじりじりと進む。敵はまだ気付いていないようだった。
距離は約十メートル。次第に近づいてゆく。
五メートル。まだ気付いていない。
大きさは人間大。昨日戦った悪魔と違い、羽は生えていない。角が二本生えており、体色は赤い。そして、その手には雑な棍棒が握られていた。
先手必勝。
俺はその場で大きく前方に跳躍し、後頭部目掛けて飛び蹴りを決める。ゴキャッと鈍い音と共に、敵の首が大きく前方に垂れる。そして、そのまま転倒。
殺したら死体が残る。内臓もあれば骨格もあり、血も流れている。なのになぜ“非生命体”なのだ?
コンピュータにその問いをぶつける。
『存在する次元の相違により、同一次元の存在として認識できません。その非生命体が本来存在するべき次元では生物ですが、現在私が存在する次元には本来的に存在していないため、非生物として認識しています』
なんのこっちゃ。もっとかみ砕け。
『別次元の存在が、この次元にも二重で存在しています。しかし、本来のこの次元の生物ではないため、センサーは生物として認識できません。よって非生物として認識しています』
ややこしい。異次元の存在がこの次元にはみ出してるということか?
そしてこっちの世界に干渉してきていると、そういうことなのか?
ではその異次元とは何なんだ?
『地獄と思われます』
悪魔だけにか。面倒だからこいつらは非生物ではなく悪魔と分類しろ。
『分類変更 非生物を悪魔と認識します』
さて、探索続行だ。
そのまま通路を進むと、再度センサーが反応した。前方に悪魔三体。今し方倒したものと同種。
ならば倒すのは雑作もない。
前方を見やると、小部屋のように開けているようだ。
先手必勝再び。
小部屋に向かって走り、そのまま前方にいる悪魔の顔面に飛び膝蹴りを見舞う。ぼっこりと顔面が陥没し、敵はそのまま後ろに倒れた。残る敵は左右に一体ずつ。
突然の闖入者に敵も驚きを隠せないでいる。何やらキーキーと理解できない声で叫んでいる。もう少しでもコミュニケーションを観察すれば言語の解析もできるのかもしれないが、とりあえず今は不要だろう。
俺はそのまま着地とともに左を向き、その懐へ飛び込むと鳩尾に深く拳を突き立てた。
「グッ……ガッ」
苦悶の表情を浮かべ、身体をくの字に折ってその場に倒れ込む。さてもう一体、と振り向くと、必死の形相で棍棒を振り上げ挑みかかってくるところだった。
敵が棍棒を振り下ろす寸前に、ハイキックで頭を狙い首ごとへし折る。敵はそのまま横に吹き飛んでいく。
そのままくの字に折れている方に向き直り、まだ死んでいないことを確認すると、俺はその頭を踏みぬいた。
室内を見回すが、どうやらここで行き止まりのようだ。目につくものは何もない。
引き返し、十字路をそのまままっすぐ進む。
またしても、センサーが反応した。同種の悪魔が四体。同じような部屋だった。
再び奇襲で一体を倒し、残り三体に囲まれる。三体との間合いを取りながら、相手の出方を待つ。敢えて背中を見せてる側の敵が棍棒を振りかぶり突進してくるところを後蹴りで迎撃する。
すると待ちかねていたかのように残り二体が同時に襲い掛かってきた。俺は咄嗟に態勢を低くし、半円を描くように足払いで転倒させ、敵の動きを止めた。
そのまま再び背後の敵に向き直り、敵が体勢を整える前に懐へ飛び込み下から顎を突き上げる。バキッと顎が砕ける音が響き、敵の体が宙に浮いたところを突きさすように前蹴りを叩き込む。蹴りはそのまま敵の胸骨体を粉砕する。大方心臓に肋骨が刺さりアウトだろう。
再度振り返り残りの二体と対峙する。二体はソロソロと立ち上がり、警戒しながら棍棒を構えた。フッと一歩だけ間合いを詰めると、二体はその場でびくりと恐怖を見せる。こうなれば勝負は決まったようなものだ。手始めに右側の敵に迫り、ミドルキックで腕ごと肋骨を叩き折る。その勢いで吹っ飛ばされた敵の体が、もう一体に激しく衝突する。
倒れた敵の角を掴み頭を持ち上げ、膝を顔面に埋める。角をつかんだままそのまま敵を横に投げ捨て、衝突で倒れ込んでいる敵の頭にローキックを入れる。
俺は明らかに殺すことを目的として戦っている。
昨日までの敵はほとんどが死体や骨だった。そのせいか倒すことへの罪悪感はほとんど感じていなかった。
だが今日倒している悪魔たちはどうだ?血肉があり、骨がある。明らかに生き物を殺している感触だ。正直、楽しいものではない。
敵は悪魔という人間とは相容れない存在だ。それはわかっている。だが、一体倒すごとに、徐々に心がささくれ立ってゆくのは何故だ?
悪魔が大勢の人々を殺しているというのもわかっている。昨日の地下二階の光景など、悪魔に魅入られた者たちでなければ成せない所業だ。
だが――。
地下一階の探索に費やすこと約二時間、地下二階への階段を見つけた。
今の俺は、敵を殺す理由を欲しがっているのかもしれない。
そう、理屈ではなく心で。
この先で、果たしてそれは見つかるのだろうか――?
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