第十二話 魔女の家 第三夜
「アリサさん、ただいま」
玄関を開け、アリサの顔を見るなり開口一番、俺はそう言った。
ただいま、という言葉は、俺にとっては重みのある言葉だ。
小学二年で火事で両親を失い、既に両祖父母も他界し、両親ともに一人っ子だった俺は、その歳で天涯孤独の身となった。以来、俺には家というものが無かった。施設育ちだった俺は、ただいまという言葉だけは絶対に口にしなかった。それは、俺を温かく迎えてくれる「家」に対して使う言葉だと思っていたから。だから、大学に入り寮生活になってからも、その言葉を使うことは無かった。
だが、アリサの家は、そしてアリサという人は、俺がその言葉を使うに値する家であり、人なのだと俺は思っている。
「おかえりなさい、ヒュージさん」
小学校二年生以来のやり取りだ。なんだか感慨深いものが込み上げてくる。
「いいものだなあ、家って」
ふと、俺の口からそんな言葉がこぼれた。
「そう?」
応えながら、アリサは嬉しそうにフフっと笑ってみせる。
そう思うのは、アリサという存在がいるこの家だからこそなんだよ、と俺は心の中で付け加える。
夕食を食べながら、今日の出来事をアリサに語って聞かせた。塔でのダナールのこと、
俺は、セドリックとアンゼリカ、二人の最後の言葉にある感情を重ねていた。それは、二人の愛。魔王の一件が発生するまで、二人が愛し合っていたのがそれらの言葉から伝わってきた。お互いを想い合っていたのだ。だからこそ、セドリックは最後にアンゼリカへの言葉を俺に託し、その言葉を聞いたアンゼリカはセドリックの名を口にした。
その話をアリサに伝えると、
「私も、結婚するならそうやってずっとお互いを想い合っていたいな」
と、うっとりとした顔で言った。
そうだよな、と俺も思う。できればアリサとそういう関係になれたらいいな、と。
夕食も終わり、一息ついてお茶を飲んでいるタイミングで、俺は宝物庫の話を切り出した。
「アリサさん、実はさっきの話の中で、一つ伝えてないことがあるんだ」
「え?そうなの?どんなお話し?」
「実はセドリック王から、あるものを貰ったんだ」
「あるもの?」
興味深そうにアリサが聞いてくる。
「セドリック王の、宝物庫の鍵。好きなものを持って行っていいぞって」
アリサがきょとんとした顔で俺をまじまじと見つめてくる。何だか気恥ずかしいな。
「それで、持てるだけ持ってきたんだ」
そう言って、俺はテーブルの上に魔法空間のバッグを置いて、メインポケットを開いて見せた。
そこには、空の宝箱三つに、数えきれないくらいの金貨や銀貨、魔法の武具にドレス等などがぎっしり詰まっていた。
「え、ちょっと待って、じょ、冗談でしょ?」
そりゃこれ見せられたら驚くよな普通。多分想像するに、国家予算規模の財産だと思う。
アリサの驚きの顔を横目に、俺は魔導書を取り出し、テーブルの上に積み重ねてゆく。
「え?なんでこんなに禁呪書があるの?!」
文字は読めても意味の分からない俺には理解できなかったのだが、これらの魔導書は禁呪が書かれていたものだったのか。なるほど、宝物庫に仕舞われていたわけだ。
「これだけじゃなくて――」
と、サイドポケットを開く。数々のアクセサリーが大量に入っている。
「それと――」
もう反対のサイドポケットを開き、こちらも中身を取り出してみせる。いくつものポーションボトルだ。
「し、信じられないわ……!」
アリサは何本かのボトルを手に取り、そのラベル書きに目を走らせる。
「嘘でしょ、エリクサーまである――」
エリクサー……?ゲームで完全回復するようなポーションだったような?
「やっぱりそのポーション類ってすごいお宝なのかな?」
「お宝なんてものじゃないわよヒュージさん……!とてもじゃないけど、一般人が手に入れられるような代物じゃないわ」
その顔には驚きの色が浮かびっぱなしだ。
「そのポーション、アリサさんの研究に役立つ……かな?」
「そりゃあもちろんよ!錬金術師としてはエリクサーなんて念願の品ですもの!」
「そっか、よかった」
アリサの研究に役立つのなら、貰った甲斐があったってものだ。
「それでね、アリサさん。宝物庫建てよう、この家の隣に」
俺の言葉に、アリサが固まった。
「――というわけで、宝物庫、必要だと思うんだ」
固まったアリサが平常運転に戻ったのを確認してから、俺は改めて宝物庫の必要性を説いた。何より一国の王の財産をほぼ丸々持ってきたのだ、普通に家で保管するのはいささか不安もある。特に禁呪書だの貴重なポーション類だの魔法のアイテムだのは、取り返しがつかなくなる。
「そ、そうね。あったほうがいいかもね。……それにしてもヒュージさん、あなたって欲がないの?」
欲がない……?どういう意味だろう?
「どうしてそう思うんです?俺、欲しいものなら色々あるけど――」
「だって、この財宝の大半を私にくれるって、半分に分けようとかならわかるけど、ほぼ全部を私にって、それは欲が無さすぎるわ」
「ああ、そういう意味か――俺、あんまりお金とか執着無いんだ。自分が最低限生きれるだけあればいいやって、そう思ってるから。それよりも例えば何か記念になるような形のあるものとか、例えばお金じゃ買えないものとか、そういうものの方が大事、かな」
その中にはもちろん、アリサの心も含まれている。今一番欲しいのがアリサの心。それさえあれば、他のものなんてどうでもいいとすら思っている。
俺は人の心は決して金じゃ買えないって思っている。金で心が買えるような人は、俺には必要ない人だ。そしてアリサは、決して金じゃ心が動かない女性だ。
「俺と違って、アリサさんは研究資金や材料調達にお金がいるだろ?だから俺はいいよ」
俺はそう言って笑う。
「あ、そうそう、この中でどうしても一つだけ、欲しいものがあるんだ」
言いながら、俺は例の刀を取り出した。
「こいつを鑑定してもらえないかな?」
「変わった形の剣ね」
アリサは刀を受け取ると、抜刀してまじまじと刀身を見つめる。
「この剣、武器とは思えない美しさね」
研ぎ澄まされた刀身にアリサの顔が写る。
アリサは緊張の面持ちで鑑定の呪文を唱え始めた。
そうしてやや少しの間を置くと、アリサの顔にまたも驚きの色が浮かんだ。
「これ、物凄い退魔の力を宿しているわ。こんな強力な魔法が込められた武器、私はじめて見た」
「退魔の……力?」
「そう、悪魔や死霊を退ける力を持った剣よ。きっと高位の聖職者でもここまで強い退魔の力を持っている人は稀。そのくらいの力を秘めているわ」
「そうなんだ。実はこの剣、刀って言ってね、俺が元いた世界で作られているものにすごく似てるんだよ。俺にとっては他の剣よりもなじみが深い形っていうか、故郷を感じさせるていうか。だから、魔王討伐に使いたいって思っていたんだ」
よかった、呪われた刀じゃなくて。
「ホッとした顔してるわ、ヒュージさん」
思わず顔に出たらしい。
「うん、呪われてなくて良かったって思ってね。刀って呪われているものも結構多くて、もしそうだったらどうしようって」
「よかった、安心して使えるわね」
俺はうん、と頷いた。
「さて、財宝ひとまずどこに保管しようか?」
俺がそう尋ねると、アリサは
「一番安全なのはヒュージさんがそのまま持っている事だと思うのよね」
「いや、でも万が一もしもってことがあったら困るよ」
戦いという場に身を投じている以上、これは避けては通れない問題だ。
「そんな、万が一なんてことは言わないで。ヒュージさんは、いつも必ず帰ってくるのよ、ここに」
ああ、俺はアリサがそう思ってくれてるだけで幸せです。……が、それとこれとは別問題だ。
「ひとまず俺が寝ている部屋に置いておきます?宝箱の中にしまって」
俺にはそのくらいしか思いつかない。
「まあ、こんな町はずれの魔女の家になんか泥棒は入らないだろうし……ヒュージさんに任せるわ」
「ありがとう。それと、明日城に行く前に建設屋に寄って宝物庫の依頼、してくるよ」
するとアリサは申し訳なさそうに、
「いえ、それは私が行くわ。何かあったら嫌でしょ?」
きっと召喚された日の踏まれたり蹴られたりの事を思い出したんだろう。確かに、今の俺はまだ街の人間からすればよそ者だ。その俺がいきなり街の建設屋でアリサの家の宝物庫の依頼をするなんておかしいと思われて当然だ。
「かえって心配かけてしまうな。ごめん、アリサさん」
「全然あやまることじゃないわよ?」
そう言って、アリサが俺に抱き着いてきた。
「ありがとう、ヒュージさん」
耳元で、アリサにそう囁かれた。
いけない、これは胸が思いっきりドキドキする奴だ――。
思わず、俺もぎゅっとアリサを抱きしめた。
早く俺の想いを伝えなきゃ、と思う反面、まだ早い、とブレーキをかける自分もいる。
恋愛ってこんなに難しいんだ、と俺はこの歳になって初めて知った。
人を好きになる気持ちってすごく楽しい反面、もし自分だけが空回りしていたらどうしよう、という不安もある。
まるで思春期の子供の恋だな、と恥ずかしくもなる。
だが、今はこの気持ちを大事にしよう。アリサを好きでいるという幸せを噛みしめよう――。
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