第十一話  城 地下(二)

 悪魔の所業が続く地下二階に俺はいい加減うんざりしていた。


 何かないかと慎重に各部屋を覗くが、見付かるものはうんざりするほどの拷問器具とその犠牲者の遺体だけ。中には血を大量にため込んだ瓶だの、首だけを盛り付けた巨大な皿などという醜悪なものまであった。唯一の救いは、子供と女性の被害者がほとんどいない事だった。


 探索中、一つの大きな部屋を発見した。その中央は深い穴が掘られ、そこには何百、何千もの人骨が投げ捨てられ、山となっていた。穴の深さは相当なものだ。覗き込んでも底が見えない。


 そして特筆すべきは、その穴から時々、もぞもぞとスケルトンが這い出してきている事だった。


 それにしても、死者の数が多すぎる。城に仕えていた者や騎士団の団員、街の疑わしい男たち、それらを仮に全員引っ立てたにしても、この数は多過ぎる。その数倍、いや、十数倍は殺されている。一体どこから、そして何のためにこんなにも死者を生み出す必要があったのだろう?


 そして今目の前にしているこのスケルトンを生み出す大穴。これは何のために存在しているのか?これも魔王の呪いなのだろうか?


 生み出され、周囲でうろついてるスケルトンはなぜか俺を襲ってこない。見ていると、どうやら一定時間たつと部屋の外に出ていくのだが、それを追いかける気にはなれない。この骨の量を見ても、とてもじゃないが全滅させることなど無駄だ。


 ここは放っておいて、探索を続けることにした。


 階段から続いていた道を直進した先に、やや広めの、何も無いホールのようなスペースが現れた。円形の部屋で、通路は前後左右に一本ずつ。天井は随分と高い。七、八メートルはあるだろうか。今のところセンサーに反応はない。


 が、そのホールに一歩足を踏み入れた途端、低い声が響き渡った。


「生きた人間がいるぞ」


 どこから聞こえたのだろうか?やはりセンサーに反応はない。が、やがてその意味がわかった。部屋の中央に、一体の人影が転送されてきているようだった。これも魔法の力という奴なのだろうか?


 その人影は、人影というには人からかけ離れている物だった。


 山羊のような脚に、人間の女性の胴体。腕も人のそれに近いが爪は長く鋭い。背中には蝙蝠のような巨大な羽が生え、頭はやはり山羊のような形をしている。大きさは羽も含めて三メートルくらいか。本体は二メートル半程度。見るからに悪魔だ。


 やがて、その姿が実体を伴った。センサーは未確認の“非生物”と認識している。


「我が王へのにえの間をけがすのは貴様か」


 男とも女ともつかない独特の低い声だ。先程の声の主はこいつか。


「穢すだと?人の命を弄び、穢しているのはおまえらだろう」


 俺はそう言いながら、構えを取る。


「貴様は変わった人間だな。魂は人間だが、血肉が無い」


「そうさ、俺はただの人間じゃあない。改造人間ヒュージ。おまえら悪魔を地獄に送り返す者だ」


「改造……人間?フハハハ、面白いな、相手をしてやろう」


 言うが早いか、その悪魔が爪を俺に向けながら一瞬で間合いを詰めてきた。速い。


 鋭い爪を持つ手を左手で打ち払い、その胴体に向けて拳を打つ。が、当たる寸前に手首を掴まれる。しかし俺はそのまま右足を振り上げその腕に蹴りを叩き込む。命中した一瞬、手首をつかんでいた力が弱まり、その隙を逃さず俺はその手を振り払う。


 だが、敵は再び右腕の爪を伸ばし、俺に突き入れようとする。右へ右へでは攻撃を当てられないと悟り、咄嗟に左へと避ける。ギリギリ敵の爪が俺の喉元をかすめるかどうかで躱し、俺はその伸びきった腕を掴むと、咄嗟に上腕に両足を絡め、片膝を肘に固定し全身にありったけの力を込める。と、ゴキャッと鈍い音と共に敵の肘が折れる。


「グオォォォッ!」


 声にならない声で敵が苦悶の呻きを上げる。


 敵の腕から跳び退きざま、その顎に蹴りを一撃入れる。メキッという音と共に敵の顎が変形する。


 着地と共に再び構えを取り、俺は言った。


「悪魔の強さ、どれほどのものか見せてみろ」


 どうした、面白いんじゃなかったのか?


 俺はこれっぽっちも面白くなんかない。


 魔王のせいで苦しんでいるアリサや街の人を救うために戦っているのだ。


 この街から悪魔を消し去るために戦っているのだ。


 悪魔は痛みを堪えるのに必死なのか、動こうとしない。ならば叩きのめすまで。


「そりゃぁッ!」


 今度は俺が一瞬で間合いを詰め、相手の腹に左手で強烈なボディブローを叩き込み、直後、右の拳を打ち上げ、相手の頬を下から殴る。と、その二撃で敵の体が浮く。すかさず敵の胸目掛けて垂直蹴りを入れ、さらに相手を宙に浮かせ、追い打ちと言わんばかりに空中で二連蹴りを見舞う。


 敵はそのまま吹き飛び、強烈に壁に叩きつけられた。ズルリ、と壁から床に滑り落ちる。


「とどめだ」


 俺は天井近くまで飛び上がり、天井に強烈な蹴りを入れて身体を反転し、敵の顔面目掛けて飛び蹴りを叩き込む。



「フロッグ反転キック」



 右足にぐちゃりと鈍い感触が伝わる。明らかに頭蓋骨を割り、脳か何かを踏みしめた感触だ。俺の足はそのまま更に敵にバキバキと食い込み、顔面を真っ二つに蹴り砕いてようやく止まった。全身がビクビクと痙攣したのち、敵は動くのをやめた。


 これが非生物だって?この感触はどう考えても生物だ。とどめを刺した頭部の傷からは、どくどくと血が溢れている。


 さて、探索を続けなければ。



 悪魔を倒したホールを新たな基点にし、俺は探索を続けた。


 まずはこの地下二階がどれほどの規模なのかを知るために、正面をそのまま奥まで進むことにした。


 途中に何本か横道はあったが、覗き込んだ限り、相変わらずあの残虐な拷問器具と死体にまみれた部屋が続いているだけのようだった。


 そして正面の突き当りに辿り着いた。そこには鍵穴のある扉が一つ。残り二本の鍵のうちどちらかで開くだろう。


 鍵を開ける前に、室内をスキャンする。

『生命反応一体あり』


 何かいるということか。魔力は感知できない。……だが、こんな場所に生き物だって?


 いや、ダナールという前例もある。それに、アンゼリカ王妃には不死の呪いがかけられているとも言っていた。ならば――。


 扉に鍵を差し込んだ。一本目は外れた。そして二本目。ガチャリ、とロックの外れる音。


 俺は、慎重にドアを開く。


 そこにもまた、残虐な光景があった。



 断頭台ギロチン



 その断頭台ギロチンには、きらびやかなドレスを着た、頭のない女性が手首を固定されたままもがいていた。その手指には、豪奢な指輪がいくつも嵌っていた。


 この女性は生きていた。首からはだらだらと血が少しずつ流れている。新鮮な血だ。ゾンビのように腐っているわけでも、今まで見てきた部屋の凝固した血でもない、真新しい血が流れ続けていた。その血は、断頭台ギロチンの下に置かれた桶にポタ、ポタ、と垂れている。周囲には、無残にも断頭台ギロチンで引きちぎられたのであろう薄茶色の髪の毛が散乱していた。


 だが、首はどこだ?


 部屋には、この断頭台ギロチンと、処刑されたこの首無し女性だけだ。他のものは何も無い。


 とすれば、やはり生命反応はあくまでこの首無しの女性というわけだ。


 服装や指輪などから察するに、この女性こそがアンゼリカ王妃なのだろう。だが首は?


 首を探し出して、解呪の王冠を使えば呪いが解ける、そういう事なのだろう。


 ならば、首探しだ。


 一旦、断頭台ギロチンの部屋から出て、悪魔のホールまで戻る。あいかわらず悪魔の死体が転がったままだ。


 基準となる太い通路は、このホールから伸びている四本。つまり、降りてきた階段に繋がる通路と、断頭台ギロチンの間に繋がる通路、そして残る左右に向かう通路だ。


 ひとまず、右の通路を突き当りまで進んでみよう。


 右の通路は、縦軸の道とは違い横道と呼べるものがなく、鉄の扉も無かった。そのまま突き当りまで来ると、大きな鉄の扉があるだけだった。その扉には鍵穴はない。引いて開けるための把手が付いているだけで、のぞき穴もなければ鉄格子もない。


 スキャンを試みるが、反応は無かった。魔力も検知されない。


 ならば、と把手に手をかけ引いてみるが、これっぽっちも動かない。ギシリとも言わない。裏からかんぬきでもされているのだろうか。


 仕方がない、引き返そう。


 続いては左の通路だ。悪魔のホールを抜け、そのまま直進する。


 やはり右の通路と同じく、横道や扉は無かった。そして突き当り。やはり扉があるが、右の通路の大きな鉄の扉とは違い、普通のサイズのものだった。鍵穴もある。


 スキャンを試みる。


 『生命反応一体あり』


 魔力は検知されていない。


 最後の一本の鍵を差し込み回すと、ガチャリと音が響く。


 ゆっくりと慎重にドアを開く。



 そこは、何かを祀る部屋のようだった。祀るとは言うものの、決して神聖なものではない。見るからにおどろおどろしい、悪趣味なものだった。部屋の奥、中央には祭壇のようなものが置かれていた。辺り一面に血が飛び散った跡があり、血が注がれているグラスが何杯も置かれていた。頭蓋骨がいくつもあり、その上には蝋燭が立っていた。そして不思議な事に、それらの蝋燭には全て、火が灯っていた。


 祭壇の中央には、女性の生首が置かれていた。だが、見た目は死者のそれではない。血色の良い、健康そうな顔だ。年齢は四十代くらいだろうか。見目麗しい、上品な顔立ちだ。髪の毛は綺麗な薄茶色だが、断頭台ギロチンで切断されたのだろうか、髪の毛の長さはまばらだ。眠っているのだろうか、目は固く瞑っている。


 これがアンゼリカ王妃の首か。


 ゆっくりと祭壇に近づく。と、アンゼリカの首がゆっくりと目を開いた。


 その瞳はグリーンに輝き、周囲の蝋燭の光を反射している。


「わらわの眠りを妨げるのは誰だ?」


 まだ視点が定まらないのだろうか、こちらを見ながらも瞼を何度も瞬いている。


「あなたが……アンゼリカ王妃、ですね?」


「いかにも、わらわがアンゼリカだ」


 ようやく視点が定まってきたのか、アンゼリカが俺の顔を凝視する。その顔には何やら不快感のようなものが見て取れた。


 それはそうだろう、いきなり目を覚まさせられて、その相手がカエルの化け物なら誰だって驚く。


「何者だ、魔王の使いか?」


「いいえ、俺は一介の戦士です。あなたの呪いを解きに来ました」


「なん……だと?」


 俺は魔法空間のバッグから、解呪の王冠を取り出した。


「わらわはこの街が魔王の手によって滅びることを願ったのだぞ、悪魔の領域に人間が入り、魔王を打ち倒すことを防ぐために!わらわを殺した王を、この街を、この国を滅ぼすために!」


「王妃――違うのです、あなたを殺したものこそ魔王そのものなのです!」


「ちがう!わらわを処刑したのは、王とレドラムだ!」


「いいえ、その王こそ、魔王に呪われていたのです!」


 アンゼリカが息を呑んだ。


「まこと……なのか?」


「俺は、地上で呪われた王を倒しました。王は最後に自分を取り戻し、あなたの呪いを解いてやって欲しいと俺にこの王冠を差し出したのです」


「嘘だ!」


「いえ、まぎれもない事実です。セドリック王から言伝を預かっています。信じてやれなくてすまなかった、と」


「ああ、セドリック――」


 アンゼリカの目から、一筋の涙が零れた。



 ややしばらくの沈黙ののち、アンゼリカは何かを覚悟したように言った。


「わらわに、その王冠をかぶせてくれ」


 俺はわかりました、と告げて、アンゼリカの頭に解呪の王冠を乗せた。


 すると、それまで生気に溢れていたアンゼリカの顔が、少しづつ死の色を浮かべ始めた。


 頬からは赤みが消え、唇は青ざめ、その目からは輝きが消えた。


 同時に、周囲に灯っていた蝋燭が一斉に火を失った。


「逝ったか――」


 俺は冠をその場に残し、祭壇の部屋を後にした。


 向かうは、断頭台ギロチンの部屋だ。



 断頭台ギロチンの部屋のアンゼリカの体も、既に命を失っていた。


 俺はアンゼリカの手枷を外し、その体を持ち上げ、再び祭壇の部屋へ向かった。


 そして、祭壇の部屋で祭壇に寄り掛かるように身体を置くと、祭壇の上からアンゼリカの首を持ち上げ、切断された首の上に乗せた。



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