第十話  城 地下(一)

 地下への階段を封じている扉の鍵を回し、地下への階段に足を踏み入れた。


 外はまだ明るいが、当然ながら地下に明かりはない。


 幸い、俺の目は暗い場所でも見えるように改造されている。機能を発動すれば暗視・赤外線・サーモグラフィなど複合的な視覚情報を組み合わせ、リアルタイムのCGによる補完が行われ、ほぼ明所同様の視覚が得られる。


 地下への階段はかなり深かった。地上からおよそ十五メートルは下った。


 地下一階へ降りると、そこは石造りの壁に大量の鉄格子が張られた、大牢獄だった。


 セドリック王の狂気の時代に、ここに大量の文官や側近、そして町民が投獄されたのだろう。


 各牢には寝台もなく、ぼろきれ同然の毛布と、トイレと思しき穴があるだけだった。所々に白骨と化した死体が残されていた。


 天井の高さは二メートル半といったところか。


 地下の湿気のせいか鉄格子には錆が浮き、長らく換気もされていないのだろう、独特の臭気が漂っている。


 当然、人気は無い。


 監視部屋には四人掛けのテーブルと椅子、それに暇つぶしに使われてたのだろうチェスらしきゲームが一式。


 厨房もあったが、所詮捕らわれの身の人間に与える食料にそれほど手間をかけている様子はなかった。


 そして、やや狭いホールのような場所があり、そこには扉が一つ。鍵穴がある。手持ちの鍵の一つ、最初にここに入った時に使ったものと同じ鍵で扉のロックが外れた。


 ゆっくりと扉を開く。すると、そこからはふわっと空気が流れ込んできた。


 覗き込んでみると、階段が上に続いている。試しに、と階段を上ると、外に繋がっていた。出たのは、城の入り口とは真逆の方向の、城壁の裏。城壁を挟んで塔が見える位置だ。


 なるほど、捕らえた人間はここから地下牢に入れられていたのだ。城の真裏、その向こうには建物も何もない。人目に触れず囚人を連れ込むにはもっとも適している。


 俺はそれだけを確認し、再び地下へ戻った。


 地下牢は思っていたよりも広い。こうやってみると、思っていたよりも取り残されたであろう白骨死体は多い。


 そして、最奥部と思われる場所に着いた。なぜなら、異常な臭気が漂う更なる地下への階段があったからである。血の臭いと腐臭とが混じり合い、更にそこに何やら焦げたような臭いが混じっている。


 この地下で一体何が行われていたのか――?


 それを想像するのは難くない。過度な拷問、そして大量虐殺。


 正直なところ、降りるのを躊躇するほどの臭気だ。だが、行かねばなるまい。アンゼリカ王妃の呪いを解かねば、修道院の地下に降りることは叶わない。そして、その地下深くに行かねば、魔王レーヴェウスは倒せないのだ。


 ゴクリとつばを飲み込み、覚悟を決めた。俺は、地下二階への階段に足を踏み入れた。



 明らかに周囲の空気が変わった。


 これまでの湿った匂いと錆の臭いに交じり、やはり腐臭と血の匂い、そして何かが焼けこげるような臭いが漂ってくる。


 階段を降り切ると、まっすぐ通路が伸びていた。少し奥辺りから、何本も横道が走っている。通路には鉄でできた扉がいくつもあり、所々から赤い光が漏れていた。先程までの牢獄と比べると、天井は高い。四メートル半はあろうか。


 一番近くの扉に近付くと、扉には小さな鉄格子が付いており、中の様子が窺えた。


 なにやら寝台の上に死体が乗せられていた。手と足が鎖で縛られ、その鎖はそれぞれが滑車のようなものに巻かれ、ハンドルを回すと手足が引き延ばされるようになっていた。


 拷問器具だ。ハンドルを回すことで人体を引っ張り苦痛を与えるものだ。


 そして、その近くには、先にその器具で犠牲になったのであろう被害者の遺体が、山のように打ち捨てられていた。これで、一体何人の人々が身体を裂かれたのだろうか?そしてこれを使って拷問していたのは、一体どういう連中だったのだろう?


 と、センサーが何者かの接近を知らせた。扉から離れ、周囲に気を配る。スキャンの結果、すぐ近くの右に曲がる通路から、スケルトン状の何者かが接近しているらしい。


 すぐに対応できるように構えを取り、曲がり角にじりじりと近付く。


 スケルトンらしきものが姿を現した。と同時に、側頭部に向かって正拳突きを放つ。


 ゴッ、と鈍い音と共にスケルトンらしきものが激しく横転した。拳が当たった場所は軽く陥没している程度で、今までのように一撃で粉砕されるほどやわでは無いようだ。


 よく見ると、そのスケルトンの体は血で染まったような濃い赤色だった。


 剣と盾を装備している赤いスケルトンだ。


 それは素早く立ち上がると、こちらに向けて構えを取った。


 ヒュン、と剣を一閃してくる。速い。が、俺は後方宙返りでその攻撃を避ける。


 拳でダメなら蹴りしかない。敵が再度構える前に間合いに入り、頭目掛けてハイキックを放つ。敵は素早く盾でガードするが、その盾ごと叩き割るつもりで放った蹴りだ。そう簡単には止まらない。


 蹴りは盾を割り、そのままの勢いで頭蓋骨を半壊させる。


 しかし、敵の動きは止まらなかった。そのまま剣を振りかぶり、こちらに剣戟を浴びせようとする。しかし――


 クン、と俺の膝先が視界から消え、振りかぶった敵の腕にもう一蹴り入れる。


 振りかぶった腕の骨を砕かれた敵は、それでも抵抗するように割れた盾で、蹴り上げている俺の足に向かってシールドの縁で打撃を入れようとする。が、俺もそれに向かって振り上げていた足を、膝を曲げてシールドを持っている腕目掛けて踵蹴りを入れる。


 腕の骨ごと盾を更に蹴り割ると、ズルリと盾が滑り落ちた。こうなれば敵はただの的だ。そのまま正面から顔面に正拳突きを入れ、沈める。


 それにしても、今まで相手にしていたスケルトンよりも強くなっている。何か秘密でもあるのだろうか?テレビゲームで違う色の敵が出てくると強くなるなんてことがあったが、これも似たようなものなのだろうか?



 地下二階の小部屋は、それぞれが様々な拷問器具の置かれた殺戮部屋だった。あまりの惨さに、吐き気を抑えるのに必死だった。どうすれば人間はこんなにも残酷な事ができるようになるのだろう?


 宙から人をぶら下げ皮を剥ぎ、その剥がれた皮が山積みになっている部屋があった。ぶら下がっている死体は既に肉が干からびていたが、その真下の血だまりの跡の赤黒さは、かなりの時間が立っているにもかかわらずそこで行われたことの陰惨さを知らしめていた。


 歴史か何かの授業で習った鋼鉄の処女アイアンメイデンの実物があった。人型の本体と蓋に大量の棘が付けられ、その中に人を入れ蓋をすることで無数の刺し傷をつけるという拷問器具だ。悪趣味に過ぎる。


 全体に棘のようなものが突き出た大きな樽のようなものに人を縛り付け、それをぐるぐると回転させる拷問器具。回転させるごとに自重で棘が食い込んでは抜け、を繰り返させ、何度も傷口を抉るのだ。


 こんな拷問で狂気に陥ったセドリックは何を吐かせたかったのだろうか?第一王子の行方か?ありもしない王妃の不貞か?第二王子をさらった者の正体か?


 なんにせよ、これは人が人にしていい事ではない。


 地下二階を探索中、何度も赤いスケルトンと遭遇したが、そもそもこいつらは何者なのだろう?


 だが、やがてその正体であろうものがわかった。


 それは、赤い光が漏れていた通路の奥の部屋にあった。


 未だに燃え続けている炉があり、そこで焼かれているスケルトンが何体もいたのだ。


 赤いスケルトンが鉄の棒を使い、炉の中のスケルトンを引っかいては裏返し、を繰り返していた。炉の中のスケルトンは呻きながらもただ黙って焼かれ続けていた。そんな中から一体がじりじりと這い出てくると、そのスケルトンには赤い血のようなものがかけられる。そうして、また新しいスケルトンを炉に入れて焼いていたのだ。


 これは一体何の儀式なのだ?


 幸い、ここにいるスケルトンはどれも武器を持っていなかった――いや、炉を管理しているスケルトンが鉄の棒を持っている。だが、所詮は細い棒に過ぎない。


 管理している赤いスケルトンが二体、焼き上がったばかりの赤いスケルトンが一体、そして今焼かれているスケルトンが六体。焼かれているのはすぐには這い出てこないだろう。まずは三体を沈めよう。


 俺は構えを取りながら、ゆっくりと部屋に入る。


 すると、炉の管理をしていた赤いスケルトン二体が俺の存在に気付いた。焼きたての赤いスケルトンは、そこに立ったままだ。


 二体は鉄の棒を槍のように構え、俺に襲い掛かってきた。


 リーチが長いうえに、先端は先ほどまで炉に突っ込まれ、赤々と熱せられていたのだ、さすがに直撃は御免だ。


 棒が狙っているであろう場所から右に避け、すかさず右のスケルトンの頭部にハイキックを入れる。バキッと頭蓋骨が半壊するが、やはり動きは止まらない。だが、半壊したということはもう半分を壊せばいいのだ。続けて敵が体勢を整える前に、もう一発、フックを反対側の顔面に叩き込む。既に半壊しているためか、脆くなっていた頭部は拳であっさりと破壊される。敵の体がその場で崩れ落ちるのを見てか、迂回しようと右側に回り込んでいたもう一体がその位置から鉄の棒を横殴りに一閃してきた。躱しきれないと判断した俺は、すかさずベルトのバックルに手を伸ばし、フロッグウィップのグリップを握りグイっと上へ引く。


 バックルとグリップの間に伸びたウィップが鉄の棒を受け止め、その弾力がクッションとなり、俺への直撃も避けられた。そのままウィップを引き出し、鉄の棒を絡めとる。グイっと力を込めると、特に握りもない鉄の棒はあっさりとスケルトンの手から抜け落ちた。


 武器を失ったスケルトンは、拳を握りこちらに殴りかかってくる。が、その拳を左手で受け止め、そのまま握力を込めるとミシミシという音と共にスケルトンの手の骨がバラバラになり、俺の手の隙間からポロポロと骨が転がり落ちる。


 スケルトンは慌てて腕を引こうとするが、俺は素早く手首を掴んでそのまま引き寄せ、それと同時にローキックを放つ。腕を引かれたことでバランスを崩した敵は、更にローキックの勢いでその場で転倒するが、腕は俺に持たれているために態勢が宙ぶらりんになっている。敵の頭はちょうど俺の膝上だ。そこで俺は敵を少し上に引き上げると手を放し、頭蓋骨を左膝と左肘で挟んで粉砕した。


 フロッグウィップをくいッと引っ張りグリップに収納するし、バックルに戻す。


 さて、立ちっぱなしの焼き上がりはというと、相変わらずその位置を動かない。これはさっさと解体すべきだと判断し、顔面へ向けてハイキックを放つ。と、相手に反応があった。咄嗟に腕でガードしたのだ。が、そのガードもむなしく腕はへし折れ、顔面は大きく陥没する。焼き上がりだけあってか、まだ骨はそこまで硬くはなっていないようだった。その一撃で敵はその場に倒れる。


 さて、残りの焼かれている連中はというと、炉の中でもぞもぞ蠢いているばかりで一向に出てこようとしない。


 やむを得ない、俺は落ちていた鉄の棒を拾い上げると、それぞれの頭蓋骨へ向けて叩き入れる。何回か叩き込んで頭蓋骨を破壊すること六体、ようやく片付いた。


 増援も来る気配はない。


 では、探索を続けるとしよう。



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