第九話  謁見の間再び~城三階

「性懲りもなくまた来たのか、貴様」


 城の二階、謁見の間。玉座に座るセドリック王は、俺の姿を見るなりそう言った。


「倒す手段を見つけたからな」


 言いながら、俺は玉座に一歩、また一歩と近付く。


 王殺しキングスレイヤーは魔法空間のバッグにしまってある。


「何度も言わせるな、我を倒すことなど不可能なのだ」


 セドリックは横に置いてある巨大なメイスをむんずとつかむと、玉座から立ち上がり、高座から降りてくる。


「昨日は見逃してやったが、今日は殺してやろう」


 目の前に立つセドリックを見る。


 ふと、センサーがセドリックの王冠を指し示し、魔力感知の反応を伝えた。


 そうだ、そう言えば、本来攻撃が跳ね返されるはずが、あの王冠に命中したキックだけは跳ね返されなかった。なにか秘密があるのだろうか?


 どのみちセドリックを倒して、あの王冠を持ち帰りアリサに鑑定してもらえば秘密はわかるだろう。まずはセドリックを倒す。


「その言葉、そっくり返させてもらう。勝つのは俺だ」


 言いながら、俺は背中の魔法空間のバッグへ手を伸ばし、そこからゆっくりと王殺しキングスレイヤーを引き抜いた。


 と同時に、剣を下段に構えながらセドリックの懐に飛び込む。


「せいやぁーッ!」


 俺は思い切り力を込め、下段から上段へ剣を振り上げた。


 瞬間、バチバチッという音と共に、セドリックの青白いオーラが剣の軌跡で消失する。セドリックの右腰から胴の穴、そして左胸までのオーラが無くなった。


「貴様ッ!その剣はッ!?」


「そうさ、王殺しキングスレイヤー……あんたを一度殺した剣だッ!」


 咄嗟にセドリックは後へ引く。高座ギリギリだ。


「まさか貴様、ダナールの呪いをッ!」


 セドリックに焦りの色が見て取れる。


「ウオオォォォッ!」


 メイスを後ろ手に構え、セドリックが突進してくる。


 ブンッと凄まじい勢いで振り抜かれるメイスをジャンプで躱し、着地際に右腕目掛けて王殺しキングスレイヤーを振り下ろす。またも激しい衝撃音がなり、それと同時に剣が前腕の橈骨を叩き折った。


 セドリックはメイスの柄をブン、と突き入れてくるが、右側に躱しざまに、再度、今度は下段から右腕を狙い剣を振り上げる。


 衝撃と共に尺骨が叩き折られ、メイスの重量が左腕だけに圧し掛かり、セドリックはバランスを崩す。


「き、貴様あああぁぁぁーッ!」


 セドリックは左腕だけでメイスを振るうが、両手で振り回していた時よりも勢いは当然弱い。しかも、メイスを振り回す慣性に引きずられ、もはや隙だらけだ。


 メイスを振るうタイミングに合わせ、何度も剣戟を入れる。


「おのれぇぇッ!!」


 さすがに自分の不利を理解したのか、セドリックはメイスを投げ捨てた。


 だが、それがセドリックにとって有利に働くわけではない。むしろ、終わりが近づいたのだ。


「終わりにしようか、セドリック王!」


 俺は剣を左手に持ち替え、セドリックの懐に再び飛び込んだ。


 狙うはただ一つ。



「フロッグ――パンチ」



 俺の渾身の正拳突きが、かつてダナールが貫いたのであろうセドリックの鎧の胴の穴に深々と突き立ち、その奥の背骨を砕いた。その瞬間、セドリックの下半身が力を失いその場に崩れ落ち、上半身は行き場を失い俺に覆いかぶさってきた。


 すると、それまでセドリックを包んでいた青白い光が、次第にその光を弱めていった。


 俺は、そのままセドリックの上半身を抱え、玉座に置いた。もはやセドリックは脅威でも何でもない。


「貴様……名はなんという」


「ヒュージ。ヒュージ・カワズだ」


「そうか、ヒュージ。もうすぐ余はこの魂を失う。その前に、余の話を少しだけ聞け」


 俺は無言で頷いた。

「大方、おぬしは地下迷宮に挑むために、余を倒して修道院の呪いを解こうとしたのだろう。だが、それは間違いだ。修道院に呪いをかけたのは我が妻、王妃アンゼリカだ。アンゼリカは、余が魔王の呪いで狂気に陥っていた時に、不貞を働いたのではないかという余の疑心暗鬼と、宮廷魔術師レドラムからの助言で余が処刑した。その時、最後の瞬間に、アンゼリカはこの街など魔王の手に落ちてしまえ、と修道院の地下に広がる迷宮に人間が入れないように呪いをかけたのだ。そして、それに乗じて魔王もまた、アンゼリカに呪いをかけた。不死の呪いをな。そのアンゼリカの呪いを解くカギこそが、我が王冠、解呪の王冠だ」


 セドリックは残された左腕で王冠を取り、俺に手渡した。


 そうか、呪いを解く王冠。だから、これを被っていたところだけが無敵の呪いの効果を無くし、俺のキックが当たったのだ。


「余は跡継ぎを二人とも失い、悲嘆にくれていた。そこを魔王レーヴェウスに狙われ、この街を、この国を滅茶苦茶にしてしまった。頼むヒュージ、アンゼリカの呪いを解き、地下深くにいる魔王レーヴェウスを打ち倒し、この街を救ってくれ。余の下半身に鍵束がある。それを持って三階にある宝物庫から役立ちそうなものを持って行ってくれ。そして、その鍵で一階にある施錠された階段を降りて呪われし地下へ行き、アンゼリカの呪いを解くのだ。そしてできれば、アンゼリカに伝えてくれ、信じてやれなくてすまなかった、と……頼んだぞ、勇者ヒュージ――」


 セドリックを包む青い光が完全に消えた。


 言いたいことを言うだけ言って天に召されたか。


 そうか、勇者か。アリサも俺のことを勇者と呼んでいた。勇者なんて柄じゃないのにな。俺はただ一目惚れした俺の女神のために頑張ろうって思っているだけの改造人間だ、買いかぶり過ぎだ。


 俺は、崩れ落ちたセドリックの下半身を玉座に運び、上半身とつながるように座らせた。切断した腕も身体の脇に添えてやった。そして腰もとにぶら下がった鍵束を取り上げた。


 鍵は全部で五本。


 まずはセドリックに言われた三階を探索しよう。


 宝物庫か。アリサにたくさんお土産を持って帰れるだろう。喜んでくれれば嬉しいんだが。



 玉座の後ろの扉の奥は、主に王族の使用人の部屋、建物左側とはまた別の王族用の厨房、食堂といったあくまで王族個人に関わる部屋が配置されていた。二階の奥には一階及び三階への階段があった。


 邸宅の外観からわかってはいたが、三階は一、二階に比べて小さくなっており、伴い扉の間隔などから、王族の個人部屋が大半だった。国王と王妃の寝室、二人の王子の居室、そして鍵のかかった一部屋。そこがセドリックの言っていた宝物庫なのだろう。あくまで国の財産ではなく、国王の個人資産と思われる。


 五本のうちちょうど合う鍵を差し込み、回す。ガチャリと機械的な音がして、ドアノブのロックが外れた。ノブを回し、ゆっくりと引く。


 そこはまさに宝の山だった。至る所から魔力の反応が検知される。


 様々なアクセサリー、武具、衣類――どれも一目見て相当価値のあるものばかりだった。

 中に一組、とても素敵な指輪があった。魔力は込められていないが、彫刻がきめ細やかで宝石のあしらい方も上品なペアリングだ。これは、と思い魔法空間のバッグのフロントポケットに仕舞った。何か記念になりそうなものはここにしまおう、と決めていたのだ。


 魔法空間のバッグには全部で四つのポケットがある。それぞれがすべて別の空間に繋がっており、目的別に収納できるようになっている。


 部屋の一角にはガラス棚があり、そこには豪奢な瓶に封じられた何本ものポーションが保管されていた。これもアリサの研究材料にはもってこいだろう。


 またその近くには小さな書架があり、数冊の古い本が置かれていた。ざっと背表紙に目を走らせると、そのほとんどは魔導書で、その中に交じって一冊の歴史書があった。ケンデウス王家について書かれているものだ。


 もちろん、室内には宝箱もあった。その宝箱自体が相当な価値のあるものだ。部屋に置かれている四個の宝箱のうち三箱には、大量の金貨と銀貨、そして宝石が入っていた。いったいどれほどの価値になるのかわからない量だ。


 そして、宝箱の中には、一つ、施錠されて開かないものがあった。やけに長い宝箱だ。


 思わず鍵束を探る。残る四本のうち、一本がその宝箱の鍵だった。ゆっくり鍵をひねろうとすると、視覚情報にコンピュータからの警告が現れた。


『罠があります。毒針が射出されます』


 そして、その毒針の射出口と思われる場所にマークが示された。


 手近にある宝箱から銀貨を一枚取り出し、射出口を塞いで鍵を回した。カチャリといういう解錠の音と共に、パスッとガスか何かが吹き出すような音がして、押さえつけていた銀貨に小さな衝撃が伝わった。慎重に銀貨を持ち上げ裏返すと、三cmばかりの針が銀貨に突き刺さっていた。その先端には緑色の液体がついている。


 俺はその銀貨を部屋の隅に置き、解錠した宝箱を開いた。


 中に入っていたのは、黒く美しい鞘に納められた、一振りの鍔の無い刀だった。しかも、かなり強い魔力を発している。


 こんな異世界にも刀があるということにまず驚いた。いわゆる東洋の国があるという証だ。


 俺は思わずその刀を取り出し、慎重に抜刀した。


 まるで濡れているような刀身に、美しい波模様。どの角度から眺めてもその輝きは眩い。思わずしばしの間その美しさに心を奪われていた。


 これだけ慎重に仕舞われていたということは、相当な宝なのだろう。これはアリサに鑑定してもらわねば。できれば今後の戦いに役立てたい。


 さて、これだけの量の宝、どうやって持ち帰るべきか?


 魔法空間のバッグを広げた。口を広げると、想像以上に大きなものまで入るらしい。


 まずは金貨が大量に入った宝箱をしまおうと、持ち上げ――られなかった。そりゃそうだ、でかい箱に大量の金。重量は相当のものとなる。いっそ箱は入れずに、中身だけ別に入れた方が良さそうだ。


 全ての金貨、銀貨、宝石を仕舞いこんだ。続いてはアクセサリーだ。これは壊れては嫌なのでサイドポケットに入れることにした。


 同じくポーション類は、反対側のサイドポケットにしまった。魔法空間であれば割れることは無いだろうが、あくまで慎重を期して、だ。


 武具と衣類は、魔力が込められている物だけを厳選して仕舞った。もちろん、刀も忘れない。一着だけ、気になる純白のドレスを見つけたので、それも入れた。魔導書もアリサの助けになるかも、ともちろん仕舞った。そして、つい気になったのでケンデウス王家の歴史書も入れた。これは時間がある時にでも俺が読もう、と思ったものだ。


 そして、最後に空になった宝箱を入れた。


 全てをしまい終えて、バッグのそれぞれの蓋を閉じ、再びそれを背負う。


 不思議な事に、これだけ物を入れたにもかかわらず重さは何一つ変わらない。


 ふと、アリサの家に宝物庫を作らないといけないんじゃないか、と考えた。この世界には当然銀行などないだろうし、ならば頑丈な宝物庫は必要だ。幸い、資金は潤沢にある。


 祖母との思い出の多い家を改築するのには、きっと抵抗があるだろう。ならば別棟で建てた方がいいだろうな、などと考える。


 何よりまずは、これで当面の生活に困ることは無いだろう。


 ありがとう、セドリック王。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る