第八話  塔

 トライスタ城の敷地内のやや外れ、訓練場のような広場の近くに、その塔はあった。


 建物自体は邸宅同様に割と新しめで、建造されて十年も経っていないことがよくわかる。


 塔の形は、チェスのルークの駒によく似ている。円筒状の建物で、屋上が見張りのスペースとなっている。四階建てだから、屋上を含め五階層になる。


 入り口はそれなりの大きさの両開きの扉だ。


 かつて騎士たちが宿舎として使っていたことを考えると、今はスケルトンやゾンビの巣窟となっているかもしれない。


 俺は慎重に扉に近づき、中をスキャンする。


 やはり。


 スケルトンが五体確認できた。五体……多いな。だが扉のすぐ裏には敵はいない。


 俺は改造態に変身し、ゆっくりと右側の扉に手をかけ、音を立てないように引いた。そのまま開けっ放しで中にするりと潜り込む。


 部屋は半円状で、テーブルと椅子が並んでいる。食堂のようだ。正面の壁はカウンターのようになっており、その壁の向こうは厨房だった。


 スケルトンは全て食堂側にいた。全員が鎧を身に付け、剣と盾を持っている。やはり騎士団員が呪いでスケルトンになったのだろうか。


 割合近くにいた一体が、こちらに向かってくる。が、テーブルで動線が邪魔されているのか、スムーズには近寄ってこない。


 俺はテーブルを挟んで左右に動き回り、スケルトンの動きを翻弄する。馬鹿正直に右へ左へと流されるのが無様だ。


 だが、実を言うと俺も攻めあぐねていた。敵は武器を持っているが、俺は相変わらず素手だ。何も格闘が嫌だというわけじゃないが、こういう場所での戦闘となると、やはりリーチの差はデカい。


 仕方なく、俺はテーブルをぐるりと右回りに迂回して、スケルトンの盾側から近付いた。


「とりゃぁッ!」


 盾ごと叩き割るつもりで、頭目掛けて正拳突きを放つ。案の定、敵は盾で防御してくるが、俺の拳はその盾を叩き割り、スケルトンの頭蓋骨にめり込んだ。すかさず拳を引き抜き、反対の拳でフックを叩き込むと、スケルトンの頭蓋骨が崩壊し、動きを止めた。


 その頃には既に新たに二体のスケルトンが、俺を挟み込むように接近していた。


 背後から迫るスケルトンに後回し蹴りを浴びせていったん距離を取り、その回転を活かして正面から迫って来ていたスケルトンに裏拳を叩き込んだ。咄嗟の攻撃で対応が遅れたのか、裏拳は綺麗にその頭蓋骨を破壊し、スケルトンはその場で崩れ落ちる。


 距離を取った後方のスケルトンと再び相対する。俺が向き直ってきたころには既に体勢を立て直し、突きの構えでこちらにじりじりと歩み寄っていた。俺はそのまま突撃し、突き出してきた剣を手の甲で捌くと、そのまま顔面をぶち抜いた。


 さて残るは一体だ。早くも俺の側面に回り込み、隙を狙って剣を振るってくるところだった。ブンと振り回された剣を蹴りで止め、そのまま蹴りぬく。その攻撃でバランスを崩したスケルトンに続けてもう一蹴り、ハイキックを決める。パン、という音と共に、頭蓋骨が木っ端微塵になる。


 これで五体。念のため見落としは無いかと確認する。


 厨房も確認するが、問題は特に無かった。


 さて、階段だ。


 厨房側から右回りの螺旋階段が上に伸びており、二階へと続いているようだ。


 上階のスキャンを試みるが、天井と床の厚さがそれなりにあるのか、センサーは無反応だった。やむを得ず、おとなしく階段を上る。慎重に上りながら、度々スキャンを行うが、反応はない。やがて、二階に出た。


 階段はそのまま三階へと続いていたが、ひとまずは二階の探索を行う。


 階段を出て正面に廊下が伸びており、突き当りは窓になっていた。廊下には左右に三つずつ扉がある。ここが騎士の宿舎だったのだろう。扉の前を進みながらスキャンをするが、どの部屋からもスケルトンやゾンビの反応は無かった。


 試しに左一番奥の部屋の扉を開けてみたが、そこには寝台が六つあり、それぞれの横には鎧掛けと思われる台座が置いてあった。その台座の一つには、実際に鎧が被せられていた。


 引き続き残りの部屋の確認をするが、どの部屋も同じような作りだった。


 俺はそのまま螺旋階段に戻り、三階へと向かう。


 三階も、二階と同じような構造だった。スキャンしても、やはり敵の気配は感じられない。また奥の部屋から扉を開けてみたが、この階も結局は兵舎だった。


 さて、そうなると残るは四階と屋上だ。これで何も無ければ、訪れ損となってしまう。


 四階は、階段を出てまっすぐ、塔の中央に向かって廊下が伸びていた。扉は突き当りと、左右にそれぞれ一つずつ。


 スキャン結果は、正面の部屋の奥に何やら生命反応があるのみで、左右には特に何もいないようだ。


 まずは右の部屋から確認する。扉を開けると、そこは会議室のようだった。大きな円卓に、それを取り囲むように何脚もの椅子が並んでいた。部屋の壁には騎士団の紋章旗が貼られていた。騎士団が呪われた今となっては、そんな旗に何の価値もないが。


 反対、左側の部屋を覗くと、そこは騎士団長の私室のようだった。大きめのベッドに応接セット、キッチンまである。


 ふと、そういえばトイレはどこなんだろう?と思ったが、そう言えば塔の脇に小さな建物がいくつかあったな、と思い出した。その内の一つがトイレなのだろう。


 左の部屋を出て、いよいよ正面の部屋の前に立った。


 生命反応がある、とセンサーが感知しているが、そこで俺は昨夜のアリサとの会話を思い出し、左手中指に嵌めた指輪に手を伸ばした。魔力感知の指輪だ。


 指輪に集中して念じてみると、突如視覚ディスプレイに文字が浮かんだ。


『新たなセンサー情報を認識しました。以降左手中指の指輪とリンクして反応を検知します。センサー情報を【魔力】として登録しました』


 そして、さっそくセンサーの反応で扉の向こうがぼんやりと青白く光るのがわかった。


 というか、俺の頭に埋め込まれているコンピュータって思っている以上に高性能なんだな。しかも思考とリンクしてるから、すんなりと魔力なんていうこっちの世界の単語まで使いやがる。


 ともかく、これで相手は魔力を帯びた生命体だということがわかった。


 慎重に扉に手をかけて、ゆっくりと開いた。


 扉を開けた瞬間のその光景は、俺にとってはかなり強烈なものだった。



 大きな岩盤に一人の生きた騎士が大の字に貼り付けられ、その胸には深々と一本の剣が突き立っていた。



 本来室内にしつらえてあったであろう事務机やら応接セットやらは激しく損壊し部屋の左右に吹き飛ばされており、室内の中央やや奥に、魔法か何かで出現させたのであろう岩盤がドンと鎮座していた。そしてそこに張り付けられた騎士だ。胸には剣が突き立ち、手足は岩でできた枷で動きを封じられていた。


 センサーが、その騎士と、騎士に刺さった剣から魔力を感知していた。


 その騎士も、俺の姿を見て驚いていた。つまりは、お互い驚いた同士で見つめ合っていた。


 先に口を開いたのは騎士だった。


「ま、魔王の手先が何の用だ……!」


 やっぱりそう見えちゃうのか、不本意だな。


「俺は魔物じゃありません」


 そう言って、人間態に戻って見せた。


「俺の名はヒュージ。悪魔の手下と戦っている戦士です。さっきの姿は、戦うための姿なんです」


「そうやって人間を謀っているのだろう?悪魔らしい考えだ」


 頑固だなこの人。


「あの、俺は行方不明になっている騎士団長ダナールさんって人を探しています。魔王の手下となったセドリック王を倒すヒントを知っているらしいと――」


「私がダナールなんだが」


 なんと。そりゃこんなところでこんな風にされていれば行方不明とも思われるわけだ。


「今の話でお前さんが悪魔じゃないってことはわかった。そもそも悪魔なら私の居場所をさがす真似などしないだろうしな。疑ってすまなかった」


 そう言ってダナールは首を下げる。


「いや、それはいいんです。それよりも、よくこんな状況で生きてますね」


「王と同じで私も魔王に呪われたのだ。この場所でこのまま永遠に生きる呪いをかけられた。唯一呪いを解くには、胸に刺さった剣を抜けばよいのだが、そうすれば私は王と同じようなバケモノとなってしまう。もうこうなってから二年にもなる」


「なんて残酷な呪いだ……」


 こんな格好のまま、何もできずに永遠に生きるなど苦痛でしかないだろう。しかも胸に刺さった剣の痛みを味わいながらだ。


「王を倒す方法を知りたい、と言ったな。私を貫いているこの剣、王殺しキングスレイヤーを突き刺せば、王の不死のヴェールが解かれる。何しろ私はこの剣で王を殺したのだからな」


 そんな事だろうと薄々感じてたよ。何とも無残な話だ。


「ヒュージと言ったな。お前さん、化け物になった私を倒せる自信はあるか?」


 いきなりの難問だ。騎士団長ともなればその剣技は並外れたものに違いない。五分五分、といったところか?だが、倒さねば先には進めない。


「自信があるかと聞かれたら、正直わかりませんとしか言えない。ですが、俺にはやらねばならない事がある。魔王を倒すという目的がある!」


「そうか、ならば私に刺さったこの剣を抜け。そして私に勝ち、この剣で王を倒せ!」


 言われ、俺はその剣の柄に手をかけた。


「ダナールさん、あなたの無念は俺が晴らします!うおぉぉぉッ!」


 強烈に岩に刺さる剣に力を込めた。だが、普通に強化されている俺の筋肉でも剣は抜けない。やむを得ず、改造態に変身しながらさらに力を込めた。


「ぬおおおおぉぉぉぉぅッ!」


 ズリズリッと剣が引き抜かれた。刀身にはダナールの血が滴っている。


 すると、ダナールの体に異変が起きた。剣の刺さっていた傷跡から青白い炎が吹き出し、その体を覆ったのだ。その炎はダナールの肉体をボロボロと崩し、骨だけの姿へと変えてゆく。と、俺が抜いた剣が魔力のエネルギーか何かでダナールに引っ張られ、剣はダナールに奪われた。


「倒さなくてはいただけないってことか」


 ダナールを縛り付けていた枷が力づくで割られ、青白い炎に包まれた一体のスケルトンとなり、俺の正面に立ちはだかった。


 俺はゆっくりと構えを取る。それに呼応するかのように、ダナールも剣を中段に構える。


 隙が無い。


 ふと思い出した。俺の腰のベルトの存在を。これはただの飾りではないのだ。


 ベルトのバックルに右手を当てると、右側にグリップが出現した。俺はそのグリップを勢いよく引き抜く。俺の手に握られたのは、一メートル半ほどの長さの、薄ピンクの粘着性の鞭。カエルの舌を模した、伸縮自在のフロッグウィップだ。


 俺はフロッグウィップをダナールの剣目掛けて振り放つ。狙いは搦め手だ。


 が、やはり熟練した騎士だけあり、俺の動きは読まれ、剣は逆にウィップを斬るように振られる。しかし、フロッグウィップはそう簡単には切断できない。俺は剣がウィップに当たったと同時に手首をくいっとひねる。すると、命中した部分を支点に、ウィップが剣に絡みついた。


 これで剣の動きは封じた。俺はグリップを左に持ち替え、ウィップを縮めながらダナールの懐に入る。


「せやッ!」


 顔面目掛け正拳突き。


 しかし、俺の拳はダナールの左腕で防がれた。ピキッという音と共にダナールの腕にひびが入るが、折れるには至らない。


 やはりこいつ、デキる。


「セイッ」


 腕が上がっている隙に、右膝を腰骨に叩き込む。またしても鋭い音が響き腰骨にひびが入るものの、致命打には至らない。


 ダナールが距離を取ろうと後に引くが、剣が絡めとられているため敵の思うようには間合いが取れない。


 このタイミングならば……!


 俺は再度グリップを右手に握り、捻るようにぐいっと引き寄せた。


 剣がダナールの手を抜け、こちらに飛んでくる。俺は剣を受け止め、フロッグウィップを収納し、剣を後に投げた。


 これで無手と無手。もちろん腕に覚えのある騎士なら無手の戦いの心得もあるだろう。


 どちらともなく互いの間合いに入る。


 ダナールが拳をぶつけてくるが俺はそれを寸手で躱し、カウンター気味にダナールの剣が突き立っていた胸の中央に拳を叩き込む。ベキベキッという音と共に何本もの肋骨が折れる。その勢いで拳を持ち上げダナールを宙に浮かせ、もう一方の拳をダナールの顔面に叩き込む。だが、入ったダメージはひび程度だ。普通のスケルトンとは硬さが違う。


 俺の一撃で吹き飛んだダナールは再び立ち上がり、構えを取る。


 そろそろ終わらせよう。狙うは一つ。


 さあ来い!


 誘い込むように構えをとる。


 ダナールが飛び込んできた。


 これで終わりだ。



「フロッグキック」



 その場で側頭部を狙いハイキック。ダナールの頭蓋骨が強烈な蹴りで砕け散る。と同時に青白い炎が消え、ダナールだったものがその場に崩れ落ちた。


 俺は、王殺しキングスレイヤーを拾い上げると、そのまま塔を後にした。



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