第六話 城 二階右~謁見の間
改めて俺は、一階の階段の間から、二階右に向かう階段を上って行った。つくりは左と対象になっており、二階に上ってすぐの通路にも、同じように両開きの扉があった。
俺の頭に埋め込まれているコンピュータは敵の種類をある程度認識したようで、ゾンビやその変種、そしてスケルトンに関しては探知・認識パターンを学習したようだった。
それに伴いセンサーが室内をスキャンする。……スキャンなどという高度な技術が搭載されているならもっと早くに教えてくれ。
スキャン結果、室内には現状で認識できるパターンの敵はいないことがわかった。
俺は慎重にドアに手をかけ、押し開ける。
大丈夫だ、何もいない。
部屋はそこまで広くない。縦長の部屋で、入ったドアの左側にひときわ大きな両開きの扉がある。
室内には何組かの応接セットのようなものが置かれていた。雰囲気としては、待機室か何かのようだった。応接セットのほかに、部屋奥はクローゼットのようになっていた。クローゼットの扉はすべて開かれており、中身は空っぽだ。
とすると、隣の部屋は謁見の間か、はたまた玉座の間か何かなのだろうか?どちらにせよ一緒ではあるが。
俺はひときわ大きな両開きの扉の前に立ち、スキャンを試みた。
すると、視覚情報に未確認の存在を確認、と文字が現れた。
つまりは何かがいる、ということだ。
スキャンによると、隣の部屋の広さは結構なもので、左側の広間とそう変わらないようだった。とすると、部屋の奥に多分玉座があり、敵はそこにいるのだろう。
残念ながらスキャナーの精度はそこまで高くはなく、また広範囲を対象とするには機能が弱いようだ。
ならば直接入ってこの目で確認するしかない。
俺は、ゆっくりと扉を押し開けた。
そこは、まさしく謁見の間と呼ぶにふさわしい部屋だった。壁には国旗と思われるペナントがいくつも掛けられており、部屋の中央を赤い絨毯が奥まで走っている。
最奥は床よりも一段、二段と高くなっており、その高座には玉座と思しき椅子が置かれていた。玉座の後ろには扉が一つ。
そして、その玉座にそれは座っていた。
全身に鎧を着込み、額には王冠が輝いていた。姿勢が悪いのか前のめり気味に座っているそれは、右手には巨大な金属製の棍棒――メイスというのか?――を持ち、左腕を膝上に掛けていた。
「人間風情がまた性懲りもなく我を倒しに来たのか?……無駄な事を」
玉座からでも聞こえる、良く通った声でそれはそう言った。
俺は少しずつ、警戒しながら玉座に近寄る。
「あんたが呪われた王様か?」
それは、俺の問いに激しく反応した。
「誰が呪われているだと?失敬な!我こそはケンデウス王国国王セドリックなるぞ!」
セドリックと名乗ったそれ――鎧を着こんだミイラともスケルトンとも言えぬ、青白く光るその存在は、そう声を張り上げると、その場に立ち上がった。
デカい。身長は二メートル半はあるだろうか。そして両手で抱えるそのメイスは、身長よりも長い。先端の鉄塊はバスケットボールほどはあろうか。そんなものを軽々と振り上げたのだ。
何だこのバケモノは。俺が言えた義理じゃないが、全身骨の上、あれだけ重そうな全身鎧を身に纏っているくせに、あんな重量物を軽々と振り回すなど、バケモノ以外に例えようがない。
だが、この先に進むためには、このバケモノを倒さねばならないのだ。
俺は警戒しながら少しずつ間合いを詰めていく……とはいえ、間合いは敵の方が遥かに広い。迂闊に敵の間合いに入れば、あの鉄塊の餌食となる。いくら俺でもただでは済むまい。
改めてこの戦場を見渡す。部屋の天井は高い。センサーによれば十メートル二十七cm。
十メートル程度なら、俺のジャンプ力で余裕だ。過去にテストでは二十四メートルは跳躍している。
戦闘の邪魔になるであろう物は、それこそあの玉座くらいの物だろう。
セドリックが、高座から一歩、二歩と降りてくる。
同じ高さに立ってみても、やはりデカい。
それにしても、あの青白い光は何なのだろうか?
セドリックの鎧に目をやると、その腹部に、大きく穴が空いていた。そこからは空虚に開いた空間と、背骨だけが覗ける。弱点があるとすれば、きっとそこなのだろう。
だが、その弱点を突ける余裕が果たしてあるかどうか。
ええい、うじうじ考えても仕方がない。
俺はセドリックの懐目指して飛び込んだ。
「せいッ!」
飛び込みざま、その鎧の穴目掛けて正拳を叩き込む。が、何かに邪魔されてか、その奥の背骨には届かない。
「無駄だ、我を倒すことはできぬッ!」
セドリックがメイスの柄で俺を殴りにくる。咄嗟に腕で受けるも、その力でガードが崩される。力が凄まじく強い。
よろめいた俺に向かって、メイスが叩きつけられる。が寸手で跳躍して躱し、後に身を引く。
メイスが叩きつけられた石床は大きく陥没し、その破壊力をまじまじと見せつける。
だが黙って引くようでは勝ち目はない。俺は再び飛び込むと、がら空きになっている胴体にむけて今度は蹴りを見舞う。
しかし、またしても俺の攻撃は敵に届かない。鎧にすら当たらずに跳ね返されるのだ。
なにかバリアのようなものが張り巡らされているのか?
セドリックが大振りにメイスを横殴りしてくる。咄嗟に跳躍し、その勢いでセドリックの顔面目掛けて膝蹴りを入れる。しかしやはり相手に当たる寸前で跳ね返される。
「くっ……何がどうなっているんだ!」
「恐怖の帝王レーヴェウス様からの祝福で守られている我の体には、何人たりとも傷一つ与えること敵わぬのだ!」
何度攻撃しても寸前で跳ね返され、弱点と思しき胴の穴も何かの力で守られている。
何より、全身を覆う青白い光。
セドリックは言った。恐怖の帝王レーヴェウスの祝福、と。いや違う。それこそが、この王にかかっている呪いのはずなのだ。そしてその呪いを解かない事には、この先に進むことはできない。
「なにか、弱点は無いのか……?」
しかし、脳内のコンピュータは何も反応をしない。
俺は部屋の高さ目いっぱいまで跳躍すると、その頭部目掛けて蹴りを放った。
「ジャンピングフロッグキック」
その蹴りは、セドリックの王冠に命中した。そしてその王冠はセドリックの頭を離れ、宙に舞い、カランカランと乾いた音と共に床に落ちた。
一方、蹴りの勢いで、セドリックの首はあらん方向へと曲がっていた。
「やったか……!?」
だが、セドリックはメイスを床に置くと、両の手で自分の頭をつかみ、ゴキリ、と元の位置へと戻して見せた。
「無駄なのだよ、我を倒すことなど不可能なのだ!」
転がり落ちた王冠を拾うと、セドリックは再びそれを頭に乗せた。
無理だ。今の俺には弱点がわからない。今の俺には勝つ事ができない。
ここはおとなしく一度引くしかない。
幸いにして、俺が引く様子を見せると、セドリックは再び玉座に戻り腰かけた。
追ってはこないということか。
だが、俺は必ずお前を倒す方法を見つけて、再びここへ戻ってくる。
それまで待っていろ、セドリック――。
俺は人間態へと戻り、おめおめと城を後にした。
悔しさとやるせなさで胸が苦しかった。
改造人間であることに慢心していた。
倒せない敵がいることに、自分のちっぽけさを見た気分だ。
井の中の
だが、落ち込んでばかりもいられない。セドリックのあの呪いを解くために、何かヒントを見つけなければ。
知識が豊富なアリサならば、もしかしたら何か知っているかもしれない。
俺は、悔しさを胸に、アリサの家へと帰ったのだった。
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