第五話  城 二階左~一階厨房

 ゆるりと左に向け円を描くように曲がる階段を上る。左右の階段の間には、下には何やら王を象ったような彫刻が立ち、上には大層なシャンデリアがぶら下がっていた。


 規模は小さいとはいえ、やはり城なのだろう。


 二階へ上った。階段から繋がった部分の奥には、玄関側に向けて部屋へ入る扉がある。両開きの割合大きな扉だ。ドアノブはなく、奥へ押し開くような扉となっている。


 ゆっくりとドアへ近づくが、今のところ何かの気配はない。が、先程のスケルトンの事もあり、そう油断もできない。


 一気にドアを押しやり、部屋へ突入した。


 部屋は広いダンスホールか何かのようだった。一階にあった部屋のおおよそ倍ほどの広さがある。


 一階と比べ、面積がちぐはぐに感じる。大学で建築を学んでいたこともあり、建物の図面はなんとなく頭に描ける。その頭の図面が物語っている。本来は広いであろうはずの一階が狭く思えるのだ。やはり隠し部屋のたぐいがまだあるのだろうか?左部分でこれなら、右部分は一体どんなことになっているのだろう?


 部屋には何もいなかった。特に散乱しているでもなく、カーテンのたぐいが乱れているでもない。


 そして、部屋の右奥には扉が一つ。まだこれ以上部屋があるというのか?構造に混乱してくる。


 俺はその扉に慎重に近づく。こちらはドアノブがある。


 ドアノブに手をかけ、ゆっくりと引いた。そこには――下へ続く螺旋階段があった。


 部屋ではなかった。そして下に続く階段とくれば、その下にまた別の部屋があるに違いない。


 階段を降りきると、やはりドアノブのある扉があった。


 ドアノブに手をかけ、慎重にドアを押し開ける。


 と、またもや腐敗臭のようなすえた匂いが鼻を突く。またゾンビがいるのだろうか。開けたドアから室内を覗くと、そこは調理場だった。厨房には、調理人の格好をした四体のゾンビと、腐った食材。


 部屋は大きなL字型で、おそらくその張り出した部分が先ほどの隠し部屋だ。部屋の左奥にはまた扉がある。


 が、観察よりはまずゾンビの始末が先だ。


 手近の調理台に置いてあった肉切り包丁を持ち上げ、一番近くにいるゾンビの頭目掛けてそれを投げつけた。


 勢い良く回転して肉切り包丁はゾンビの額に突き刺さり、頭を真っ二つに割る。と同時に、その場に崩れ落ちた。その様子に気付き、残りの三体がこちら目掛けて迫ってきた。


 その手には、今俺が投げつけたのと同じような肉切り包丁や、麺棒、お玉が握られている。


 肉切り包丁を握っているゾンビがまず最初に襲い掛かってきた。振り下ろしてくる包丁を避け、ゾンビの顔面に正拳突きを見舞う。パンッという音と共に、衝撃が後頭部に伝わり、その後頭部が弾け脳漿が吹き飛ぶ。


 飛び散った脳漿がその後ろから迫ってきているゾンビの顔にかかるが、そんなものなどこれっぽっちも気にせず、その目の前で崩れ落ちたゾンビを足蹴に麺棒を振り上げてくる。


 振り下ろしてきた麺棒を掴み、それを奪い取り、頭を殴りつけた。麺棒が当たった場所が激しく陥没し、片目が眼窩から飛び出す。一瞬動きが止まったゾンビに、ハイキックを見舞うと、気持ち良く頭が粉々に吹き飛んだ。


 最後の一体に麺棒を投げつける。麺棒はゾンビの胸部を貫通し背中に突き出るが、相手は一向に構うことなくこちらに向かってくる。


 行動が単純すぎる。見た目と匂いにさえ慣れてしまえば、こんなものは敵にすらならない。


 すばやく頭部に蹴りを入れ、さっさと動かなくしてしまうのがこの手合いには有効だろう。ゾンビは迷わず頭を狙う。よし、覚えた。


 さて、奥の扉だ。厨房の広さと、先程の隠し部屋の面積分を考えると、おおよその広さは想像がつく。


 ゆっくりとドアノブに手をかけた、とその時。


 扉の向こうからウゥ、といううめき声が聞こえてきた。それも複数だ。


 またゾンビか。


 やる気が削がれるが、仕方がない。ドン、とドアを蹴り開けた。その瞬間――。


 何やら異常なスピードでゾンビの一体が襲い掛かってきた。普通のゾンビじゃない!


 そのゾンビの手には異常に伸びた鉤爪があり、目は血走っていた。


「にぐを、ぐわぜろッ!」


 そのゾンビが叫ぶように言葉を発した。


 俺は思わず迫りくるゾンビにハイキックを入れる……が、俺の蹴りが腕でガードされる。


「なん……だと!?」


 その腕はぐにゃりと折れて曲がっているが、頭はしっかりと守られていた。


「くわ……ぜろ!」


 猛烈な勢いでその口が俺の首元――といってもカエルのそれだが――に迫る。


 咄嗟に、その横っ面に掌底を打ち込んだ。間一髪、噛み付きは空を切り、そのゾンビがよろける。


 そのゾンビの頬骨が陥没し、充血している目が半分はみ出した。だがやはり痛覚が無いのか、すぐさま体制を立て直すと、再び俺に向かって噛み付いてこようとする。


 ならば、と大きく開く口に左前腕を突っ込んだ。噛むなら噛めばいい。噛み千切れるのならばな――。


 今の俺の体表は、どんな衝撃も吸収するカエルの肉体のそれに近い。しかも、刃物や牙ごときでは簡単に傷つかないようにできている。仮に腕の肉を貫通したところで、骨は特殊合金製だ。生物の歯など逆に粉々に砕けるだろう。


 左腕をゾンビに噛み付かせたまま、俺は右の肘でゾンビの頭頂部を打ち砕く。その頭頂部はぼっこりと陥没し、両目が眼窩から潰れたようにはみ出していた。


 噛む力が緩み、ズルリとゾンビがその場に崩れ落ちる。


 それにしても、この変種は何なんだろうか?


 改めて室内を覗くと、そこは食糧庫だった。やはり腐敗臭は変わらず、しかし違うのは、食われたであろう人間の死体がいくつも転がっている事だった。


 慌てて他のゾンビを見やる。


 もう一体、変種らしいゾンビが床に転がる腐りきった人間の肉にかぶりついていた。その他に、普通のゾンビが三体。


 どちらから始末するべきか?


 ふと、天井を見る。センサーが天井までの高さを計測した。四メートル五十三cm。


 俺は天井へ向けて跳躍した。そして、天井に到達と同時に、そこに張りつく。アマガエル同様、手足の先が吸盤の役割を果たし、壁や天井に張りつくことが可能なのだ。


 そしてこの位置からなら、変種の頭部に直撃する蹴りを繰り出すことができる。


「トウッ!」


 天井を強く蹴り、空中で反転して変種の頭部に強烈な飛び蹴りを見舞った。その勢いはすさまじく、そのまま頭部を床まで踏みつけたほどだった。頭部だったものは跡形もなく周囲に飛び散り、変種ゾンビはその場でビクビクッと痙攣して、やがて動きを止めた。


 その音に気付いた残り三体のゾンビが迫ってきたが、難なく頭部を破壊し、活動を停止させる。


 それにしてもあの変種、一体どういう存在なんだろうか?もしや、ゾンビが人肉を食らうとあの変種になるのだろうか?人肉に対する異常な執着。気を付けねばならない相手だ。


 さて、と室内をぐるりと観察する。


 広さは想定していたとおりだった。これで二階との整合性も取れる。左側には、これ以上の隠し部屋はないだろう。


 保管されていたであろう食料は、ほぼ使い物にならない状態だった。たとえ使えたにせよ、ゾンビがいた部屋の物など誰も口にはしたがらないだろうが。


 左側は大方の探索を終えた。ならば次は右側の探索に移るべきだろう。


 俺は食糧庫を出て厨房を抜け、再び螺旋階段を上り、二階の広間へと戻った。


 特に異常はない。先程出た時と様子に変わりはない。


 と、突然窓ガラスが割れる音が響いた。咄嗟に音が響いた先を見ると、ガラス窓が二カ所割られていた。そしてその割れた窓から、何かが這い上がってくる姿が見えた。


 スケルトンだった。


 さすがに上ってくるのに支障があったのか、二体とも盾は持っていなかった。


 すかさず俺は構えを取る。


 俺の格闘技は、脳内に埋め込まれたコンピュータに入っている戦闘データを元にした我流の空手のようなものだ。それに自分の身体能力を組み合わせて戦っている。


 だから構えと言ってもきっとこれは素人同然のものなのだろう。


 その上格好はカエルだ。誰かがこの様子を見たら、きっと笑うに違いない。


 さて、二体のスケルトン相手にどう戦うべきか?戦闘素人の俺に、名案はない。


 スケルトンは歩調を併せ、少しずつ間合いを狭めてくる。


 これは、二体が同時に斬りかかってくるだろう。


 と、次の瞬間、スケルトンの一体が鋭い突きを繰り出してきた。もう一体は俺が避けることを想定してか、剣を上段に振りかぶっていた。


 俺は咄嗟に、振りかぶっている方と逆側に避ける。と同時に、突き入れてきたスケルトンの頭部目掛けて上段蹴りを決めた。


 バキャッという音と共に、そのスケルトンの頭部が砕け散り、その場で膝から崩れ落ちた。


 残る一体はまだ剣を上段に構えたまま、素早くこちらに向き直る。


 この体制では即座に頭蓋骨は狙えない。敵の攻撃を誘い出した隙でなければ。


 じりじりとスケルトンが歩み寄ってくる。と、間合いに入った瞬間、スケルトンは一気に剣を振り下ろしてきた。俺は瞬時に半身を右にずらし、剣を躱すと同時に頭蓋骨に正拳を叩き込んだ。拳は頬骨から入ってそのまま頭蓋骨を貫通し、向こう側に抜ける。と、スケルトンの体から力が抜け、四肢がだらりと垂れさがった。


 頭蓋骨に突き立てた拳を抜く。ガシャリとスケルトンだったものが床に転がった。


 このままここにいても、もしかしたらまたスケルトンが上ってくるかもしれない。そう思った俺は、さっさと広間を抜け、階段を降りるのだった。



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